英霊スバルのゼロから始める聖杯戦争   作:どんぱち

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第18話 『間桐慎二』

 顔を覗かせる朝日が輝く明け方。

 柳洞寺の境内、開けた空間の中心には二人の人影。

 

 キャスターと葛木が待ち構えていた。

 

「──驚いたわ、セイバーのマスター。アサシンを倒したその魔術、投影……なのかしら。あなたの魔術回路、是非生きたまま手に入れたいわね」

 

 魔女はそう言って品定めするかのような眼差しを士郎へ向ける。

 スバルはその物言いに眉を顰(ひそ)め、士郎より一歩前に出る。

 

「悪いがうちのマスターは非売品だよ。店頭のショーケースで楽しむだけにしてくれ」

 

「あら、他人事みたいに言うけれど、あなたもよセイバー。あなたの使い魔の魔術も、未だ私が見た事の無い魔術体系だもの」

 

「ふん、ならとくと見るがいいかしら。ベティーたちの魔法をその身を以て味わわせてやるのよ」

 

「あら、可愛らしい顔をして好戦的なこと。けれどその威勢もどれだけもつでしょうね──」

 

 キャスターは言うと……前兆なく、飛んだ。

 浮き上がったその背からは漆黒の翼が生えている。

 

「いくらあなたたちが希少と言っても、聖杯の奇跡ほどでは無いわ。私の工房に足を踏み入れた以上、その気になればいつでも殺してしまえるのよ──?」

 

 キャスターの言はハッタリではない。その証拠はスバルたちの眼前に広がっていた。

 

 空が明るいのは日の出の影響ばかりではない。

 空を埋め尽くす、紫紺に輝く魔法陣。幾何学模様が宙を踊り、まるで空全てが一つの生物かのように美しく回転する。それら全てが、滞空するキャスターを中心に稼働していた。

 

 ──柳洞寺の空を統べる、紛れも無い魔女の姿がそこにはあった。

 

「────」

 

 思わず目を奪われるスバル。その頬を汗が伝う。

 ……と、見上げる視界の隅に、それを見つけた。

 

「──士郎」

 

 士郎へ呼びかける。魔女を見上げ身構えていた士郎は、スバルを見やり、その目線を追う。

 その視線の先にあったのは、

 

「見ろ、本堂だ」

 

 スバルの言う通り、キャスターと葛木のずっと後ろには柳洞寺本堂がある。そしてその賽銭箱の奥には、佇む少女──。

 

「桜──!」

 

 虚ろな目をした間桐桜が、そこにはいた。

 士郎は我慢ならず『陽剣』を携え本殿へ一直線に走り出す。道中に葛木がいるが構うものか。

 

「どけ葛木! どかなきゃ斬る!」

 

「それは物騒だな。斬ったものを燃やす妖剣と聞いている」

 

 言葉とは裏腹に一切の感情を出さない葛木は、そのまま士郎の前に立ち塞がる。

 士郎は忠告はしたとばかりに走る勢いのままに『陽剣』で横凪ぎに斬り付け──、

 

「──馬鹿な」

 

 ──肘と膝で刃を挟み込まれ、『陽剣』は完全に静止した。

 

 圧巻の達人技。士郎は我に返るや否や『陽剣』を引き戻そうとし、バランスを崩す。──もうそこに葛木の姿は無かったのだ。

 背後に風切り音、死角から迫る拳、衛宮士郎にはそれに対処する手段など無く──。

 

「…………!」

 

 硬い金属の音。

 葛木の拳は、刀身が受け止めていた。完全に士郎の理外の行動、『陽剣』の憑依経験がそうさせていた。

 士郎は『陽剣』を翻し葛木の腕を断ちにいく。しかし葛木は尋常ならざる速度でそれを回避、距離をとった。

 

 なんとか凌いだものの、それを遠くから見ていたスバルは気が気でない。

 

「士郎の奴、一人で──いや、これは……」

 

「そうなのよ。作戦通り、かしら。あいつ、あれで存外冷静みたいなのよ」

 

 先走ったかに見えた士郎、しかしこれは事前の決め事の通りだ。

 士郎が葛木を、スバルたちがキャスターを相手取る。戦力の振り分けはこれしかない、と。

 士郎は自分の役目を果たしている、次はスバルの番だ。

 キャスターを見上げる。彼女は交戦する士郎と葛木を見下ろして、

 

「あら、あの娘が見つかってしまったのね。彼女の体、だいぶ弄(・)ら(・)れ(・)て(・)い(・)た(・)か(・)ら(・)まだ調整中だったのだけれど」

 

 そう呟くキャスターへ、スバルは声をかけた。

 スバルは士郎たちから離れるように歩きながら、のべつまくなしに喋り立てる。

 

「よう、キャスター! あんた俺たちの力を研究したいんだったか? 俺もつくづく魔女にモテるもんだ。魔女を惹き付けるフェロモンとか出てんのかな? そこも研究してくんね?」

 

「……口の減らない子ね、セイバー。あなたの望みは戦力の分断でしょう。いいわ、今の私の圧倒的火力では、宗一郎の邪魔をしてしまいますもの」

 

「げ、見透かされた上で許された……。すげぇ自信だなキャスター」

 

「当然でしょう? この私に、戦力を分断すれば勝てるなどと思い込んでいるあなたには、現実を教えてあげなくてはならないもの。……大丈夫、抵抗せずに投降すれば、立派な礼装として重宝してあげるから」

 

「何もだいじょばねえ! 礼装ってマジックアイテムみたいな事だよな!? 俺、負けたらアイテムにされんの!?」

 

 焦って声を荒げるスバル。

 ともかく。キャスターはおとなしくスバルに続いた。

 立ち止まったのは士郎たちから数十メートルの距離。寺全域を掌握するキャスターにとっては無いに等しい距離だが、葛木は一息にこちらには来られない距離。……そして、スバルたちの切り札に士郎を巻き込まない距離だ。

 

「キャスター。きっとお前は凄い魔術師なんだろう。街の人たちを犠牲にして吸い上げた魔力を山ほど貯め込んでる今のお前の魔術にかかれば、俺たちの相手なんて赤子の手を捻るより楽な事なんだろうさ」

 

 ベアトリスと仲良く手を繋いでキャスターに向き直るスバル。

 キャスターは涼しい顔でそれを見下ろす。当然だろう、瞬きの間に魔力光線で焼き切れる相手だ、彼女にとって抹殺はいつでも一息にできること。今は余裕の面持ちで生け捕りを狙っているところなのだから。

 

「あらセイバー、分かっているじゃない。なに、あなた、命乞いに来たの?」

 

「いや、謝りたかったんだ」

 

「謝る……?」

 

「あぁ、そうだ」

 

 空を支配する魔女。

 それに微塵も臆することなく、スバルはキャスターを真っすぐ指差し、

 

「──コソコソと卑劣に集めた魔力、全部無駄にして悪いなってさ!」

 

 指を親指に変え、サムズダウン。宣戦布告とした。

 

 澄ました顔をしている魔女の顔を歪めてやるべく、スバルはベアトリスの手の感触を確かめる。

 優しく、けれどしっかりと握り返される小さい手。それを受けて。

 

 その決まり手の銘は告げられた。

 

 

「「────"E・M・T"!!」」

 

 

 瞬間、広がる不可視のフィールド。

 それがスバルを、ベアトリスを、ライダーを、──キャスターを、包み込んだ時。

 

「──な」

 

 キャスターは重力に引かれ落下する。

 これまで魔術で組んでいた飛行機構が働いていない。慌て、しかし造作もなく再び飛行の為の魔術を組──めない。あらゆる術式が成立しない。

 

「まさか、魔術式を──!?」

 

 結果、魔女は成す術もなく翼をもがれ、地に落ちていく──!

 

 ──絶対無効化魔法『E・M・T』。スバルとベアトリスの完全オリジナル魔法第二弾。展開したフィールドは、あらゆる魔法の術式をほどき無効化する。そしてそれは、キャスターの魔術とて例外では無い。

 

「さぁ、奥様! こっからは魔力ゼロ、拳のみってな! ──力比べと、いこうぜぇっ!」

 

「筋力Dがなんか言ってるかしら!」

 

 威勢の良い言葉と共に振るわれるギルティウィップ。撓(しな)る鞭は落下するキャスターの体を捉え、鋭い音と共に巻き付きその身を捕らえた。

 両腕を締め上げられ、受け身の取れないままにキャスターは地面に叩きつけられる。

 

「あぁっ──!」

 

 痛々しく喘ぐ魔女。スバルはその光景に顔を顰(しか)めつつも、この機を逃す訳にはいかないと走り寄る。

 対するキャスターは、鞭に縛られたままに顔をあげ、声を張り上げて叫んだ。

 

 

「──ライダー、令呪を以て命じます! この鞭を断ち、セイバーから私を守りなさい!」

 

 

「は──!?」

 

 拘束されたキャスターの手元で赤く輝く聖痕。

 瞬間、スバルの手から手応えが消え失せる。

 キャスターとスバルを繋いでいた鞭が、鎖付きの短剣によって断たれていた。

 

「馬鹿な……、どうして──」

 

 キャスターを庇うように現れたその姿を、スバルは知っている。

 長い髪を靡かせ、眼をバイザーで封印したその漆黒の姿は。

 

「──どうしてライダーがここにいるんだよ!?」

 

 ライダーのサーヴァント。

 既に消滅したと思われたその女は、苦痛に歪んだ顔で己がマスター──キャスターを守り立ち塞がった。

 

 ……体に巻き付いている鞭をなんとか解き、キャスターは汗を掻きながらも立ち上がる。

 

「ふぅ──、焦ったわ、坊や。当初計画に無かったライダーがいなければ、私は負けていたでしょうね」

 

 言って、魔女が懐から取り出したのは──裏切りの短剣。

 魔術を封じられたキャスターが持つ、最後にして絶対の切り札。

 

「──っ! やべぇ──!」

 

「──ミーニャ!」

 

 ベアトリスは結晶弾を放つ。『E・M・T』内でも術者特権で魔法を使えるベアトリスによる、本来は防ぎようのない必殺の攻撃。

 しかしそれは、間に立ち塞がるライダーによって打ち払われた。

 

「……マズったのよ……! 令呪契約も宝具も『E・M・T』で術式をほどけるタイプじゃなかったかしら……!」

 

「しくじった……! アレだけは使わせちゃならなかったのに!」

 

 キャスターに対して絶対的な力を振るう『E・M・T』は、当初発動すればキャスターは制圧できるものとしてスバルは考えていた。しかし昨晩になってその思惑は崩されることになる。

 ──それが宝具"破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)"。あらゆる魔術を破却する短剣。

 厳密に言えば『E・M・T』は魔術ではなく魔法なのだが、昨日短剣にシャマクを打ち消されたこと、今『E・M・T』でキャスターを無力化できていることから、この世界の魔術と異世界の魔法が同系統の神秘として扱われているのは間違いない、あの宝具は問題なく『E・M・T』を破却してしまうだろう。

 

 眼前にはライダーが立ちはだかり、キャスターまでは届かない。スバルとベアトリスには、『E・M・T』というこの領域自体に刃を向けようとするキャスターを止める術が無い。

 

 魔女が、その魔術破りの短剣を振り上げる──!

 

 

 

「────"破戒すべき(ルール)"、──えっ」

 

 キャスターが掲げた、短剣を持った腕が──止められた。

 背後から何者かに掴まれ、びくともしない。

 

「────?」

 

 振り返る。

 そこには、一人の人間が立っていた。

 

「ひっ──」

 

 魔女の顔が恐怖に歪む。

 

 それは取るに足らない存在だ。矮小で、愚かで、無知で、無能で、何をどうやってもキャスターの脅威になり得ない為に捨て置いた存在だ。

 

「聞いてるよ、キャスター」

 

 ……ただ、この領域においてはその立場が、ひっくり返る。

 

 

「──お前今、魔術が使えないんだってなぁ!?」

 

 ──間桐慎二。

 『E・M・T』の影響を一切受けない万全の男が、凶悪な笑みで襲い掛かった。

 

 

「あなた、ライダーの──! 離れなさ、きゃ──!?」

 

「少しは出涸らしの気分が分かったか!? そいつを寄越せよ!」

 

 ──間桐慎二。歴史ある魔術師の家マキリに生まれた、魔術回路を持たぬ失敗作。……それはあくまで、魔術世界に視点を置いた場合の話である。

 学業の成績は常に上位。高い身体能力を持ち、弓道部副部長の座を実力で勝ち取った彼は、一般世界においては──文武両道の秀才。そう評価されるに値する人間だ。

 

 その秀才、慎二である。

 いかに英霊が相手と言えど、魔術に頼り切った女から短剣を奪う程度は造作も無い──!

 

「こ(・)れ(・)、衛宮の刀と同じ契約破りの剣なんだろ?」

 

「な──、やめ──」

 

「やめるかよ、バーカ!」

 

 慎二は奪った歪な形状の短剣を、そのまま魔女の手の甲に浮かぶ令呪へと、嫉妬心に任せて突き立てた。

 ──瞬間、令呪の魔術契約は破却される。キャスターは、己がサーヴァントを縛る権限を失った。

 

 慎二はそのままキャスターを組み伏せる。キャスターは精一杯身じろぎをして抵抗するが、弓道で培った慎二の筋力を払いのけるにはまるで力不足だ。性差だけでない、魔術に頼り切っていた者と魔術を持たざる者の差が、歴然とした筋力差として現れキャスターを押さえつける。

 

 慎二はキャスターを以前押し倒したまま、力の限り声を振り絞り、

 

「ライダァァァ────ッ!!」

 

 高らかにその名を呼ぶ。

 

 ──長い髪を靡かせ、一時は己のサーヴァントだった存在が眼前に降り立った。

 

「……シンジ、あなたは──」

 

「お前は衛宮を助けに行ってやれ、ライダー! こっちは見ての通り僕の勝ちだ、ははは!」

 

「……シンジ。あなたは何故ここにいるのです。何のために、ここへ」

 

 ライダーは信じられないという顔で少年を見やる。

 ……よりにもよってこの少年が、妹や衛宮士郎の為に体を張って戦うなどあり得ない。彼がそんな殊勝な情を持ち合わせていないことなど、数日彼に付き従ったライダーにはよく分かっている。

 そのライダーの疑問に、彼はなおも抵抗を続けるキャスターの顔面を地面に擦り付けて嘲りながら、言った。

 

「僕の名前は間桐慎二。こいつらに捕まってる、あそこのグズの兄貴だ」

 

 慎二は縋る。己の肩書きに。

 一度は自分が特別な魔術師の家系の子であるという自信に酔い、それを突如奪われた。以降、家庭において邪魔な存在とされた少年時代を過ごした慎二は、自分が特別な存在であることに固執する。

 ……間桐桜の兄であり、彼女より優位な存在である。それは慎二に残された己を肯定する最後の砦。

 あまりに身勝手、あまりに醜悪な執着。──だが、

 

 

「桜は兄である僕のものなんだ。──勝手に掠め取ろうだなんて許すもんかよ!」

 

 

 醜悪な執着が、必ずしも醜悪な結果を呼ぶとは限らない。

 少なくともこの場において、身勝手な男は身勝手なままに、妹を救う為に立ち上がっていた。

 

「……分かりました。私はエミヤシロウの援護に。──シンジ。キャスターはあ(・)な(・)た(・)に(・)任(・)せ(・)ま(・)す(・)」

 

「────!」

 

 慎二は息を呑む。

 ……それは、半ば強引にマスター権を奪い取ったサーヴァントからの、初めての信頼の言葉だった。

 マスターだから、ではなく。間桐慎二に任せると、ライダーはそう言ったのだ。

 

「魔女とは、その力を恐れる凡人に滅ぼされるものと相場が決まっていますから」

 

「──この、一言余計なんだよ、ライダー! 命令だぞ、さっさと行け!」

 

 慎二の指示に従って、ライダーが『E・M・T』効果範囲外へと飛び出していく。

 

 ──その主従は契約を断たれた事ここに至って、初めて意思の通い合った主従関係を見せた。

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 蛇の如くうねり唸る拳が、前から後ろから襲い掛かる。

 それを弾き、躱し、炎の斬撃を振るい、時には理外の攻撃を無意識に剣で受ける。

 未だ衛宮士郎が辛うじてその攻撃を凌いでいたのは『陽剣』の力に他ならなかった。

 

「く──、この──!」

 

「厄介だな。切っ先に触れれば燃やされてしまう上、多少の攻撃であれば剣自体がお前を守るか」

 

 攻撃に転じることなどできない。凌ぐだけで満身創痍だ。『陽剣』を警戒して深く踏み込んでこない葛木、そのこちらの虚を突くような奇妙な踏み込みに翻弄され続ける。

 この剣の真の担い手たちであれば、この場で後れを取ることなどないだろう。衛宮士郎は、剣の憑依経験を借りてなお、未だ異世界の魔剣に足る力を身に付けてはいないのだ。

 

「──っ」

 

 ──と。葛木の動きに陰りが見えた。

 僅かに腕の上がった脇、胴に明確な隙を見出す。

 ようやく見えた隙を逃すまいと、士郎は全霊を込めて葛木の空いた胴へ『陽剣』を叩き込む──!

 

 葛木が、消えた。

 

「逸(はや)ったな、衛宮」

 

「釣られ──!?」

 

 謀られた。

 士郎程度が見出した隙など、この男がわざと見せたものに決まっている。

 ここぞとばかりに大振りに振り抜いた剣、その完全な死角から鋼鉄の拳が。

 

「ぐぁ──ッ!」

 

 骨の砕ける音。一撃で肩の骨を粉砕される。

 走る激痛。手から『陽剣』が落ちる。痛みが理由ではない、人体の構造として手を握っていることが叶わなかったのだ。

 地に落ちた『陽剣』が砕け散り大気に溶けてゆく中、眼前では捕食者の牙を思わせる手のひらが迫り──喉に噛みついた。

 

「が──ッ」

 

「その剣がお前を守っている限り、私には手出しが出来なかった。己の未熟な直感を信じたのがお前の敗因だ、衛宮」

 

 首の肉に強く強く食い込む指。

 そこに更に力が込められ、士郎の首が、骨が、軋み、

 

「────!」

 

 苦痛から解放される。

 葛木は大きく後ろ跳びに後退。つい今までいたその場に、鎖が音を立てて地面に突き刺さった。

 

 この鎖を士郎は知っている。

 学校の廊下で見た、あるサーヴァントの操る武器だった筈だ。

 思わず鎖の担い手を見上げる、そこには、

 

 

「──エミヤシロウ。あなたに死なれては困ります」

 

 

 朝焼けの光に髪を輝かせ、ライダーが跳んできていた。

 ライダーは士郎の目の前に着地すると、間髪入れず──自身の顔、そのバイザーに手をかけた。

 

「────!」

 

 衛宮士郎は既に知っている。ライダーの眼、その圧倒的な力を。

 もはや間違う余地も無い。ライダーの正体はかの怪物メドゥーサに他ならない。

 

 ──メドゥーサ。ギリシャ神話に登場するゴルゴン三姉妹の末妹。

 退治されたその血液からは天馬ペガサスを産んだとされる──見たものを恐怖で石にしてしまう怪物だ。

 

 その眼が、開放される──!

 

 ……葛木に晒された、一切の光を通さぬその美しき瞳孔。

 それは、一瞬で葛木の体から全ての神経活動を奪い去った。

 

「ぬ──」

 

 葛木は人間離れした身体能力から暗殺拳を放つ現代の異常である。しかし、いくら人間離れしようとその身はどうしようもなく人間だ。

 神代の神秘、石化の魔眼の力に抗う事などできはしない。

 

 ライダーが参戦して、実に二秒半。

 二秒半で、趨勢は決した。

 

「ライダー。お前、もう目が治って──!」

 

「エミヤシロウ、眼を解放している私に近付かないように」

 

「す、すまん。──えっと、その、助かった、ライダー。でも、俺が死ぬと困るってのは……?」

 

「……あなたが死ぬと、私のマスターが悲しみますから」

 

「…………? そ、そうだ、キャスターの方はどうなった!?」

 

「セイバーの魔術を無効化する力でキャスターは押さえました」

 

「『E・M・T』……! そうか、やったんだな。スバル、ベアトリス……!」

 

 キャスターは魔術を封じられ、拘束されている。

 葛木は、石化の魔眼で身動きが取れない。

 ……精一杯筋肉を緊張させ、それでも身じろぎ一つできない葛木は口を開く。

 

「ふむ。こちらの手の内は透けていて、反対にこちらの敵戦力の推定は甘かった。──敗北するは必定だな」

 

 彼は一切の感情を伺わせない顔で──そう、敗北を宣言する。

 

 ──ここに、キャスター陣営の制圧は完了した。

 

「よし、これで街への被害は止まる……!」

 

 安堵する士郎。

 ライダーが味方についてくれ、キャスターも倒れた今、むやみに人々を傷付けようとする陣営は残っていない。……ランサー陣営には未だ謎が多いが、民間人に被害が出ているような話は聞かない。

 

 衛宮士郎は冬木の平和を勝ち取ったのだ。

 

「……これでもう、あんな悲劇は──」

 

 これでもう、聖杯戦争で十年前のような惨状を見ることは──、

 

 

 

 

 

「ふん、聖杯を手中に置くだのと嘯くものだから見に来てみれば」

 

 

 聞いたことの無い声が響いた。

 心底嘲笑に満ちた、傲慢な声が。

 

「我(オレ)をわざわざ出向かせて見せるのがこの光景とはな! 見世物にもならぬではないか!」

 

 尊大な声に頭上を見上げれば、そこにあったのは、宝具だ。

 英霊が持つ、その英雄を象徴する神秘の結晶。一撃一撃が必殺と成り得る、奇跡の武具。

 

 それが今──数(・)百(・)余(・)り(・)、頭(・)上(・)に(・)あ(・)っ(・)た(・)。

 

「────え?」

 

 絶世の魔剣が、万物を貫く槍が、全てを薙ぎ倒す矛が。

 それら全てが、こちらに刃を向けている。

 

「敗者がいつまでも盤上にのさばるな、不愉快だ。──疾(と)く消え失せよ」

 

 無数の宝具。その刃が降り注ぎ、ライダーたちを無慈悲に蹂躙した。

 

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