無数に撃ち込まれる弾丸は、その全てが名剣魔剣の類だった。
一本一本が英雄と戦場を駆け抜けたであろう、無二の宝具。
それらが全てが無遠慮に無造作に、ただ敵を八つ裂きにする散弾として使い潰されていた。
──その効果は絶大だ。
土煙の晴れたそこには、数十という宝具に身体を貫かれ、剣山と化したライダーと葛木がその骸を晒していた。
「ど──、どう、して」
一人串刺しを免れた士郎は、
「どうして……俺を守った。ライダー」
自身を庇い、致命傷を負った女へ問うた。
腕の一本、指の一本すら剣で縫い留められたライダーは、咳き込み、血を吐いて。
「……あなたが、死ぬと、……私のマスターが、悲しみますから」
先刻と同じ言葉を口にした。
……彼女の体が手足の先からほどけ、光となって溶けてゆく。もはや消滅は必至の体で、それでもライダーは最期の言葉を紡いだ。
「……シロウ。サクラとシンジを……頼みます」
かつてマスターだった慎二はともかく、何故ライダーが桜を気にするのか。その理由は士郎には分からない。……けれど彼女のその言葉は、学校や新都で戦った時とは違う、人としての彼女の言葉であることが伝わった。
「……分かった。俺が必ず、桜と慎二を守るよ」
眼前の剣山に、既にライダーの姿は無い。
果たして返事は届いたか。──どちらでも構わない。大切なのは、衛宮士郎が確かにその誓いを背負ったという事実だ。
葛木は辛うじて浅い呼吸を繰り返していた。……が、それは最期の灯火だと士郎にも理解できた。これだけ体中を貫かれてはもはや如何なる神秘でも葛木を治癒など出来ない。
「死者に構っている余裕があるのか、衛宮」
か細く、機械的に告げられる言葉。
己の死期にすらこの男の在り方は揺らがない。
「──っ、……分かってる」
士郎は言い淀むが、頷いて山門の方向へと向き直る。
……葛木宗一郎という男は、キャスターの魂喰いを許容する許してはならない敵だった。敵、だったが。……こうして訳も分からぬ内に八つ裂きになって死ぬ事を、一切憐れまずにいることなど士郎には出来なかった。
この惨状を起こした敵を睨む。
山門の前に立つのは、金色の髪で黒いライダースーツに身を包んだ男。初めて見る姿だったが、今の所業は人間に実行可能な神秘では無い。
正体不明、八騎目のサーヴァント。それがそこに立っていた。
「──頭が高いぞ、雑種」
「──っ!」
頬を斬る刃。
顔面目掛けて射出された槍を
……その槍を知っていた。突き上げて打ち込めば敵の心臓を必ず穿つ真紅の槍。その槍は、蒼い猛犬が振るう筈の、
「ゲイ・ボルク……!? どうしてこいつが──」
向き直った先、男の背後には、数十という宝具が浮いていた。否、空中から引き出されていた。空間を鞘とする『陽剣』と似た性質を持つのか、あの男は自身の背後に不可視の宝物庫を背負っていると見受けられた。
士郎には分かってしまう。男の撃ち出した宝具は、今宝物庫から引き出したる宝具は、士郎やアーチャーの使うような複製品などでは決して無い。その全てが紛うこと無き真作に他ならない。通常、英雄英傑が一つ持っていれば一騎当千のそれを数百と使い潰すこの男は、一体どれ程の英霊であるのか──。
「────
士郎は思考をカット、自身の魔術回路にありったけの魔力をまわす。
考えても分からない考察などするだけ無駄だ、頭を使うことはスバルがしてくれる。……士郎がするべきはいつだって一つだけ。
「────
これまでに無い最強を前に、知る限り最強の剣を此処に引きずり出す。
イメージした最強の、創造理念を鑑定、基本骨子を想定、構成材質を複製、製作技術を模倣、成長経験に共感、蓄積年月を再現、それらを一息に自らの手の中で実行、眼前の男を打倒しうる最強を作り出す──!
「──ほう」
尊大な男は、初めて感心するような声を洩らした。
士郎の垣間見たナツキ・スバルの記憶において、最強という概念はこの存在をおいて他に無い。
剣という概念を突き詰めた究極の体現、万物に勝る硬度を誇り。
如何なる宝剣、伝説の剣、魔剣にも勝る至上の一。
白銀の鞘に納められた、黄金の装飾をあしらわれた剣が、衛宮士郎の手に握られていた。
「──悪くない剣だ。原初の王たる
対峙する男は生み出された剣を賞賛する。──が、逆接の言葉と共に顎を上げて士郎を見下した。
「駄目だな。大元となった剣はさぞ絶世の剣だったのだろうが、所詮は贋作よ。──どれ。
言って、男は余裕の表情で背後の蔵へ手を伸ばし、
──酷く異質なナニカを、空間から引き出した。
それは、刀身部分に円柱が連なった歪な形状の剣だった。
それを、士郎は異質なナニカとしか形容できない。剣であればスバルの記憶越しに再現できる士郎ですら、ソレが何であるのか解析が出来ない。
如何なる伝承にも残らない正体不明の宝具が、その姿を現した。
「
男が円柱剣を構える。
性能すら測れない謎の宝具だが、数多の宝具を使い潰す男が自慢げに掲げるそれが生半可なものである筈がない。
手の中にあるこの異世界の最強を以て、眼前の最強を打倒する。
士郎は『龍剣』の柄を握る手に力を入れ、思い切り鞘から引き抜いた──!
「
「出番だ。起きるがいい、──エア」
──その邂逅は、世界を揺るがす。
「シンジ、お前っ……!」
スバルは眼前で、キャスターを取り押さえている少年に感嘆する。
逃げるキャスターを捕え、その上キャスターの手駒となっていたライダーを解放し味方につけた──文句無しにMVPの男、間桐慎二がそこにいた。
「見たかよ、セイバー。これが僕の力だ」
「────! ああ、やるじゃねぇかシンジ」
全校生徒をライダーの贄にしようとしたり、妹を見捨てようとしていた慎二はもうどこにもいない。彼はその腐った性根を見つめ直すことが出来たのだと、スバルは感慨深い気持ちで──、
「くく、あの生意気に僕を見下していたキャスターが、抵抗の一つも出来ないでやんの! 最高の気分だね、はっはっはーっ!」
「いや別に性根は変わってねぇなこいつ!」
「カス、なのよ」
そう二人して呆れていた背後で、轟音が響いた。
何事かと振り返れば、士郎と葛木が交戦していた境内中心が土埃に包まれている。
「っと、こうしちゃいられねぇ。早いとこ助太刀に行かねぇと。……キャスター、お前には今すぐ退去してもらう。散々街の人たちを苦しめてきたんだ、悪いが容赦は──」
「──宗、一郎……?」
「……ん?」
トドメを刺そうとしたキャスターの口から洩れたのは、マスターの名前。視線の先は──先程の土埃だ。
スバルは彼女の視線を追って振り返り、愕然とした。
「──は? な、なんで……」
土埃が晴れた、その境内には。
数百という剣や槍に貫かれ、八つ裂きになったライダーと葛木の姿があった。
「士郎が? そんな訳ねぇ、あんな惨い手口は──」
「何者なのよ、あいつ……!?」
「え──」
ベアトリスの言葉に従い見てみれば、山門前には見知らぬ男が立っていた。
金髪に黒いライダースーツの男。
状況から見て、あの堂々と佇む男がライダーと葛木を仕留めたというのか。
……だが、
「馬鹿な。サーヴァントはもう七騎いるだろ……!?」
あの男は、聖杯戦争に召喚された七騎の英霊では無い。……ならば、アレはなんだというのか。
「宗一郎様! 宗一郎様ぁ──っ!!」
スバルの困惑を引き裂く声。
組み敷かれたキャスターが、半狂乱に泣き叫んでいた。
「この、暴れるな……!」
暴れるキャスターを慎二が抑え込む。
キャスターのその、これまでとはまるで違う人間的な反応にスバルは心を痛めたが、
──瞬間、空気が変わった。
世界が息を呑んだのが分かった。
「──っ!? こ、今度はなにが──」
消滅したライダーと、無惨な葛木の遺体。
その前に立つ衛宮士郎の、手の中に。──最強の剣が握られていた。
「────!」
大気は張り詰め、大地は鳴動し、世界がその輝きに注目する。
最強が、鞘からその刀身を露わにする。
異世界における伝説、その象徴たる刀身が、冷たく青白い輝きを伴って現れ出た。
……思わずスバルはその名を口にした。
「──『龍剣』、レイド……!」
──『龍剣』レイド。親竜王国ルグニカの『剣聖』にのみ扱うことを許され、代々引き継がれてきた伝説の剣。
抜くべき時を剣自身が選ぶという曰くを持つこの魔剣がその刀身を見せるのは、世界の危機をおいて他には無いとされる。
その刀身が、外気に触れる。
かの謎の男をそれだけの脅威と認め『龍剣』は抜刀された。
「そ、それほどの奴なのか、あの金髪は。……でも、これで」
スバルの脳裏に浮かぶのは最強を体現するラインハルトの姿だ。彼の魔剣が抜かれたとあっては、例えあの謎の男が如何に名の知れた英霊であろうと負ける道理は無い。そう、思った時だった。
金髪の男が士郎に応じるように腕を掲げる。──その腕の中で、剣が吠えた。
否、剣と呼んでいいのか。男が握っているのは、刀身と思われる部分に円柱が重なって出来た、柱のような歪なモノだ。
その三重の円柱が轟音を響かせ、周囲の風を巻き込み猛回転。その剣を中心とした、肌を刺す鋭い突風が一帯に発生する。
『龍剣』が世界を魅入らせる剣であるのなら、男のそれは世界を飲み込む暴風を生んでいた──。
「な──、なんだよ、あれ……!?」
片や世界を守護する刃。
片や世界創世の大嵐。
それが──今、衝突した。
「う、おおぉぉぉ──っ!?」
スバルとベアトリスの体は突風に呑まれ吹き飛ばされる。
これはあの円柱剣の嵐──では無い。ただ、剣と剣の鍔迫り合いによって生じた余波だ。ただそれだけで、スバルの体など優に浮かせるだけの衝撃が生じていた。
そしてその吹き荒れる衝撃波の奥に、スバルは見た。
『龍剣』が、衛宮士郎が、嵐に斬り刻まれて消滅するのを。
「──嘘、だろ」
信じたくない光景。しかし現実が一瞬後には襲い来る。
『龍剣』という防波堤を失った大嵐は、容赦無く柳洞寺を蹂躙した。
葛木の遺体が、間桐桜が、消滅する。
この嵐は人の身である以上、抵抗など出来る筈が無いものだ。
柳洞寺が、山が、嵐に呑まれ、刻まれ、その形を失う。全てが一片にまで分解される。
間桐慎二が、キャスターが、消滅する。
『E・M・T』すら通用しない。
烈風は容赦無く魔法無効範囲内の二人を分解してみせた。
「──ぐ、あ、う──ま、まだだ! ベア子!」
「────"E・M・M"かしら!」
仲間たちの死を前に動揺を隠せないスバルだが、まだこの手をベアトリスと繋いでいる以上、投げ出せない。手を強く握り、呪文が唱えられる。
スバルとベアトリスが不可視の絶対防御魔法で覆われた。如何に圧倒的な暴風と言えど、この世界から存在を半歩『ずらす』この『E・M・M』を破れはしな──、
「し、信じられないのよ……! これ、世界ごと斬って──」
言葉は続かない。
ベアトリスが、手元でバラバラに消滅する。
「べ──、ベアぁ────」
ナツキ・スバルが、斬り、刻まれ、て──。
「何者なのよ、あいつ……!?」
「──っ!」
目を開ける。
身体に不調は無い。目の前にはキャスターを組み敷く慎二とベアトリス。
あの嵐に呑まれる前の柳洞寺だ。
「戻って、きた……。──っ、あいつは!?」
視線を向けた先、境内中央ではライダーと葛木が剣の山と化した骸を晒していた。
「……セーブポイントが、更新されてる……!」
新たなリスタート地点はライダーと葛木が死んだ後。『死に戻り』はこの瞬間、彼らの命を取り溢した。
ライダーも葛木も過去の周回でスバルを殺害した実績のある、スバルの敵だった存在だ。だが、だからといってあんな凄惨な最期を迎えた姿を見て、良かったなどとは間違っても思えない。
やりきれない結末に、スバルは感情の置き所を見つけられないでいた。感情の高ぶるままに悪態をつく。
「クソ、突然出てきてなんなんだ、あの金髪野郎は!? サーヴァント七騎はもう全員登場してる筈だろ、劇場版限定の0人目かよ!」
スバルは言いつつ、しかし行動を起こさねばならないと、ベアトリスの手を取ったまま走り出した。
「す、スバル──!?」
「"E・M・T"は展開したまんまだ! キャスターを無力化したまま、ギリギリまで士郎に近付く……!」
あの男に楯突いてはいけない。宝具を抜かせてはいけない。
士郎の作ったコピーとはいえ、かの『龍剣』が正面から押し負ける相手など真面目に相手にするのが愚かだ。抜け道、裏道、スバルの得意とするところの搦め手で挑まなければ勝ち目は無い。
故に、今まず叫ぶべきは──、
「止めろシロウ! 『龍剣』を抜くな──っ!」
「──っ、スバル……!?」
投影に入っていた士郎が、スバルの呼びかけで中断、こちらへ視線を向けた。
山門前に立つ金髪の男もまた、こちらを見やる。……あの円柱剣を抜く気配は無い。
「よし、とりあえずデッドエンドは回避だ。このままあいつの正体と目的を探りた──」
──愛してる。
「──は?」
囁かれた声は、今聞く筈の無い声だった。
──愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。
朝焼けが照らしていた筈の柳洞寺が陰る。
汚濁の如く溢れる漆黒が周囲に満ちる。
──『嫉妬』の影が、柳洞寺を飲み込まんと津波の如く押し寄せた。
「これは──!」
士郎は影に身構える──が、何もできない。
既に士郎は影の正体を知らないのだから、対処の仕様も無い。
──愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。
そうして、成す術もないままに、
本堂が飲み込まれる。間桐桜は闇に姿を消した。
境内が飲み込まれる。葛木の亡骸も士郎も姿を消した。
周囲が飲み込まれる。キャスターも慎二も姿を消している。
山門が飲み込まれる。あの金髪すら、心底苛立った顔でスバルを睨みながら闇に消えていった。
もはや周囲は全て闇に溶け、逃げる場所すら無い暗黒の只中にいる。
「す、スバル……!」
ベアトリスが繋ぐ手に力を入れた。
スバルは契約者としてそれに応えてやらなければならない。心配ないと、そう元気づけてやらなければ──、
「──は? は、え──、はっ……?」
意味が分からなかった。
パートナーが繋ぐ手に気付いていられない。
全く以て訳が分からない。
どうして、どうして彼女が現れたのか。
「……どうして」
──愛してる。
「答えになってねぇよ」
『嫉妬』の暗黒が全てを飲み込んだ。
……延々と続く暗闇に、スバルの疑問に答える声は無かった。
「何者なのよ、あいつ……!?」
回帰した。
呆然と辺りを見回す。
傍にはキャスターと慎二、ベアトリス。
境内でライダーと葛木が串刺しにされている、元通りの光景。
「……どうして」
スバルは『死に戻り』を誰かに明かしたりなどしていない。
……だというのに。
溢れ出て全てを飲み込んだ黒。あれは『嫉妬』の魔女の影に他ならない。
「スバル……?」
ベアトリスが心配そうにこちらを見上げている。
「あ、あぁ。大丈夫だ……」
ひとまずそう返事はするが、正直まったく頭の整理が追いついていなかった。
「宗一郎様! 宗一郎様ぁ──っ!!」
「この、暴れるな……!」
隣では半狂乱に暴れるキャスターを慎二が抑え込んでいる。
何度見ても痛ましいその姿にスバルは眉を
「……待て。ってことは──」
境内を見やる。
衛宮士郎の手元、鞘から抜かれるは異世界において名高き『龍剣』。
対する男の手には無名にして絶対の力を持つ円柱剣。
──スバルが困惑している間に、邂逅してはならない剣の激突は始まっていた。
「く、出遅れた──!」
身構える時間など無く、剣と剣がぶつかり合う。
唸る大気、叫ぶ大地。
円柱剣の生み出した暴風が、『龍剣』の斬撃を飲み込み、なおも吹き荒れる。
柳洞寺が、山が、仲間たちが。
世界を裂く一撃に刻まれ、潰され、跡形もなくなる。
スバルは三度目になる柳洞寺の崩壊を、成す術なく目撃し、共に消え去った。
「何者なのよ、あいつ……!?」
都合四度聞いたベアトリスの言葉を合図に、スバルは大きく息を吸い込む。
そのまま、数十メートル離れた士郎にまで届くように、力の限り声を張り上げ、
「シロウ!! 止まれ──っ!!」
「のわぁぁぁーっ、かしら!?」
叫んだ。
士郎は投影を中断し、金髪の男は興味なさげに、共にこちらを向く。
「よし!」
「よし、じゃないのよ! 耳がキーンってなってるかしら!」
「悪い、これしか思いつかなくて。……影の原因が俺が向こうへ走り出した事なら、これで回避出来る筈だ。……というか、士郎の『龍剣』投影は止めなきゃいけないんだから、これで駄目なら本当に手詰まりだ」
──愛してる。
「…………」
──愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。
全てが再放送だ。
現れた影に誰しもが成す術なく呑まれ、ゼロになった。
──愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。
「何者なのよ、あいつ……!?」
ナツキ・スバルはこれまで数えきれないだけの死を乗り越えてきた男だ。
仲間の命を救う為ならば、途中で投げ出す事など出来ない性分だ。
「宗一郎様! 宗一郎様ぁ──っ!!」
死して英霊となった今も、期待に応えたい人たちだっているのだ。
だから、スバルはどんな苦境に立たされようと決して諦めはしない。
「この、暴れるな……!」
諦めはしない、が。
「……ほっといたら金髪の円柱剣で死ぬ。介入したらサテラの影で死ぬ。……どうしたらいい? なんで影が来るんだよ……?」
糸口が見えない。何故死ぬのかが分からない。
運命の袋小路に囚われたスバルの疑問は、天地を乖離する一撃に消えた。