英霊スバルのゼロから始める聖杯戦争   作:どんぱち

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第20話 『アンタたちを許さない』

「何者なのよ、あいつ……!?」

 

「────」

 

 もう何度も聞いたベアトリスの台詞。それを後目にスバルは思考する。

 柳洞寺でのキャスター戦が決着を見たと思った矢先、またもスバルは死のループに巻き込まれてしまった。突如現れた金髪の男は何もしないでいるとその圧倒的な宝具らしき攻撃でスバルたちを全滅させる。だが、それを止めに入ると今度は『嫉妬』の魔女の影が出現してやはりスバルたちは全滅する。どちらに転んでも全滅する袋小路、何か解決の糸口は──。

 

「──待て。ベア子、今なんて言った?」

 

「え……、いや、だから何者なのよあいつ、って──」

 

「そう、それだっ!!」

 

「ぎゃーっ! な、なにかしら!?」

 

 何度も聞いた、けれどそれどころではなく気に留めていなかったベアトリスの言葉に賛同し、指を鳴らす。

 

「ベア子の言う通りだよ。あいつが何者なのかに糸口はある。──これまでこんなこと無かったんだ、影が現れるのはあいつの仕業と考えるのが自然じゃねぇか!」

 

 気が動転してそんなことにも気の回らなかった自分に呆れてしまう。

 謎の人物が現れてから謎の現象が発生したのなら、まず何よりもその因果関係の確認が最優先だろうに。

 

「『E・M・T』は解除されちまうが、背に腹は代えられねぇ! シンジ、キャスターから離れとけ! ベア子はシンジを守ってやれ!」

 

「は──、はぁっ!?」「す、スバルっ!?」

 

 驚愕する二人をおいて、スバルは金髪男へ走る。ベアトリスの元を離れたことでキャスターが自由の身になってしまうが、こうでもしなければ嵐か闇で全滅するだけだ。

 士郎が『龍剣』を投影、対する男も円柱剣を取り出し──というところで、数十メートルの距離をなんとか走り切って士郎と男の間に割って入った。

 

「ちょっと待ったぁーっ!」

 

「スバル──!?」「────!」

 

 身構えた体勢のまま面食らう両者。スバルはその内の金髪男へ向き直り、

 

「俺の名前はナツキ・スバル、通りすがりのサーヴァント! そっちの残虐趣味のお兄さんはどちら様?」

 

 気さくに、けれどライダーと葛木を惨殺した事への嫌悪感を隠しきれずに話しかける。

 問いを投げかけられた男は──、心底憤慨した様子で言った。

 

 

「我(オレ)の視界に入るな下郎! ──面(・)倒(・)な(・)女(・)の(・)癇(・)癪(・)な(・)ぞ(・)、女(・)神(・)だ(・)け(・)で(・)充(・)分(・)だ(・)!」

 

 

「あ……? お前、何を言って──、いや」

 

 待て、女の癇癪と言ったか。

 何故そんな言葉が出る。女装もせずベアトリスも連れてきていない今、スバルを見て『女』など普通は口にしないだろう。──その女とは、もしかして。

 

「……まさか、サテラのことを言っているのか……!?」

 

 ──愛して「宗一郎様ぁぁ──っ!」る。

 

 そこまでだった。

 大嵐による終焉を回避した柳洞寺を、それでも二人の魔女が滅ぼす。

 

 一人目、『嫉妬』の魔女の溢れる闇。

 世界を飲み込む影が柳洞寺を何度目かの暗黒へと誘う。金髪の男が言うところの『面倒な女の癇癪』が全てを飲み込んでいく。

 

 二人目、裏切りの魔女の空を埋め尽くす魔法陣。

 もはや空の面積の方が少ないほどに幾何学模様が所狭しと乱舞、その全てが山門へ向けて紫の熱戦を放射した。一切遠慮も理性も無い一斉掃射、寺をも巻き込み全てを打ち砕いていく。

 

「ぐ、うっ──!」

 

 周囲を浸食され、眼前を破壊され、スバルの足元も崩れて闇の中へと落ちていく。

 終わりの見えない落下に、あとは終わりを待つだけの身になりながらも、スバルは判明した事実を反復する。

 

「あの金髪野郎、見ただけで相手の事が分かるんだ……! それで俺の死に戻りを知った……」

 

 そうとしか考えられない。

 世界を飲むあの影は、死に戻りが露呈したペナルティとして発生するものだ。金髪男は、一瞥しただけで魔女の権能を見通して魔女の『嫉妬』を買ったに違いない。これまでの周回も全て、あの男がスバルを見たことが原因で影が出現していたのだろう。

 かくして謎の終焉の真実は明らかになった。スバルがあの男の視界に入ると終末スイッチが押されてしまうのだ。

 

 だが、判明した事実は、同時にある致命的な枷を意味する。

 

 ──愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。

 

 溺れる程の愛に飲み込まれ、消えながら。

 その事実を口にする。

 

「俺は金輪際、あの金髪野郎の前には出られない……?」

 

 ──あの男と敵対する際、ナツキ・スバルは戦力に数えられない。

 

 ──愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 士郎が対峙する、その金髪の男の背後では、不可視の宝物庫から数十という宝具が引き出されていた。

 通常、英雄英傑が一つ持っていれば一騎当千のそれを数百と使い潰すこの男は、一体どれ程の英霊であるのか──。

 

「────是、即無也(クリア・ゼロ)」

 

 士郎は思考をカット、自身の魔術回路にありったけの魔力をまわす。

 考えても分からない考察などするだけ無駄だ、頭を使うことはスバルがしてくれる。……士郎がするべきはいつだって一つだけ。

 これまでに無い最強を前に、知る限り最強の剣を此処に引きずり出す──。

 

「────投影(トレース)、」

 

「宗一郎様ぁぁ──っ!!」

 

「──っ!?」

 

 絶叫に気を取られ集中が途切れる。

 瞬間、爆音。眼前の金髪の男が爆風に包まれた。

 上空から、男の位置へ輝く光弾が際限なく撃ち込まれている。空には巨大な魔法陣の群れ。そこから、人間であれば触れただけで蒸発し得る高密度の魔力がただ圧倒的な力押しで射出され続ける。……故に凶悪。如何に英霊と言えどこれでは塵も残らない。

 

「宗一郎様……、宗一郎様……!」

 

 それを事も無げに実行して見せた魔女は、しかし標的になど目もくれず、宝具で串刺しにされた己がマスターに駆け寄った。

 男を地面に縫い付ける武具を転移魔術で引き抜き、支柱を失ったその体を抱きとめる。

 葛木は全身を刃に貫通された体でありながら、なおも変わらぬ表情で言った。

 

「キャスター。私はここまでだ。──後はお前の手で望みを果たせ」

 

 言ったきり、浅く繰り返されていた呼吸音が、止まる。

 最期まで感情を感じさせず。機械的な言葉と共に、その生命は終わりを迎えた。

 

「……それは、駄目でしょうね。……だって」

 

 キャスターは葛木に駆け寄る際にローブがはだけ、素顔を晒している。

 振る舞いに反して幼さを感じさせるその端正な顔に、涙が伝った。

 

 

「──私の望みは、さっきまで叶っていたんですから」

 

 

 ──真名、メディア。ギリシャ神話における裏切りの魔女。

 女神の呪いによって妄信的な愛に囚われ、国を捨て、弟を殺し、愛した男からも捨てられてその果てに魔道に堕ちた女。

 

 その女にとって、何も奪わず何も押し付けない葛木宗一郎という男がどれほどの存在だったか。それを他者が言葉で言い表すことなど出来はしない。

 

 

 

「ふん、魔術師風情が、よくもここまで貯め込んだものよ。我(オレ)にこの鎧を纏わせるとはな」

 

 背後の土煙の中から、その声は轟いた。

 

 ──金髪の男には傷一つ無い。

 代わりにその身には黄金の鎧を纏っていた。あの鎧で、サーヴァントすら消し去るであろう猛攻を全て受けきったというのか。

 キャスターは激情に任せて膨大な魔法陣を展開、男へ威圧的に叫ぶ。

 

「何者です──! よくも宗一郎様を……!」

 

「雑種に名乗る謂れは無いが……、十年振りの余興だ、付き合ってやる。道化は道化らしく踊ってみせよ」

 

 黄金の男は口角を上げ、背後の宝物庫を拡大。

 魔女と男は、共に見渡す限りの一帯を自身の領域として発射台を展開し、睨み合った。

 

 永遠のように長い数秒、そして──、

 

 キャスターの魔法陣から紫の光線が続けざまに放たれる──!

 横幅数メートルもある極大の熱線はその全てが男に一直線に突き刺さる。……が、全て黄金の鎧を前に霧散した。なんという無法か。キャスターの総攻撃を前に、男は一歩の後退すらしていない。

 

「……これだけか? あまり我(オレ)を退屈させるなよ」

 

 男の宝物庫から数多の宝具が射出される。一つ一つが最大級の神秘であるそれらは、事も無げに光線を斬り裂き、キャスターに襲い掛かる。それを飛翔して躱し、空中を縦横無尽に飛び回りながらキャスターは男への集中砲火の手を止めない。

 

 ……一見、一進一退の攻防。

 しかし、当たっても効かない男と、当たらぬよう躱し続ける魔女では条件がまるで違う。

 黄金の鎧を破れないキャスターに勝ち目が無い事は、誰の目にも明らかであった。

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 『E・M・T』を解除した瞬間、葛木の元へ飛び出して弔い合戦に乗り出したキャスターを見て、スバルが抱いた感情は罪悪感だった。

 

「……畜生」

 

 スバルには前周回の知識で分かっていたのだ。キャスターは解放されれば葛木を殺害したあの男を狙う、と。どちらにせよ『E・M・T』を解除しなければ次なる行動に移れないとか、そんなものは言い訳でしかない。

 ……結果を見れば。彼女の悲劇を、スバルは保身の為に利用しているのだ。

 

「あぁ、クソ。嫌になる」

 

 それは、自分たちの生還の為にキャスターを利用したことも、実行しておきながらそれに罪悪感を抱く自分の偽善にもだ。

 しかし、いつまでも蹲っている訳にもいかない。行動を起こそうと、

 

「シンジ、お前は──」

 

 隣にいる筈の慎二に向き直ったスバルだったが、いない。

 見回せば、遠く、柳洞寺本堂の下で桜を背負う慎二の姿を見つけた。

 

「──あいつの方が、俺よりもよっぽどやるべきことをやってる。……へこむのは後だ!」

 

 まさか慎二に元気を貰う日が来るとは思わなかったが、とにかく浸るのは後回し。

 気を取り直したスバルは、手を繋ぐベア子に声をかける。

 

「ベア子、撤収だ! 訳あって俺は表立って行動できない、一度霊体化するぞ!」

 

「そういえばあったのよ、そんなの!」

 

 スバルとベアトリスの姿が、光の粒になり消える。

 士郎と正常にパスが通っている今、スバルは問題無く霊体化・実体化が可能だ。あの金髪男──黄金のサーヴァントがスバルを視認したらアウトと推定できた今、スバルは存在を気付かれずに行動する必要がある。

 

 不可視の霊体となった二人は、キャスターと男の戦闘に唖然とする士郎の元へ辿り着いた。

 

『シロウ!』

 

「うわっ、なんだ!?」

 

『俺だよスバルだよ! 訳あって今は霊体化してる』

 

「そういえばあったな、そんなの!」

 

『早く逃げるぞ! 寺の人たちを避難させて、俺たちも撤退だ!』

 

「そうか、このままじゃ一成たちも──、分かった、行こう!」

 

 迅速に方針を共有し、寺の方へと駆け出そうとする。

 

『待ちなさい、セイバーとそのマスター』

 

『──っ!?』

 

 脳に響いたのはキャスターの声。今もなお黄金のサーヴァントとやり合い空を駆るキャスターが如何なる魔術か語り掛けてきていた。

 

『寺の人々なら無事よ。埋め込んだ人工令呪を起動して裏口から脱出させてあります。マトウサクラとその兄も既に脱出しているわ』

 

『人工令呪……イッセイに使ってた支配の魔術か!』

 

 この周回では一成の令呪を『邪剣』で断ち斬ってはいない、キャスターは問題無く一成を支配の魔術で操れた訳だ。そしてその力で、彼らを避難させたとキャスターは言うが……。

 

「……どういう風の吹き回しだ。これまでアンタは多くの人から魔力を奪ってきただろ」

 

『寺の者を避難させる時間で、代わりにやって欲しい事があるの』

 

「やって欲しい事……?」

 

『セイバーのマスター。貴方は言ったわね。「もし宗一郎が操られているのなら、私だけを倒す」と』

 

 それは昨晩の一幕。葛木が自らの意思でキャスターの非道を許しているのか、と士郎が問うた事を言っている。

 その時には、葛木の返答により敵対が決定的になる結果に終わったが……。

 

『……貴方の言った通りよ。宗一郎は私に操られていたの。彼が貴方に言った言葉も全て、彼の意思では無かった』

 

 嘘だ。

 葛木が己の意思でキャスターを容認し、こちらに拳を向けた事は明らかだ。

 そんなもの、先の最後のやり取りを見ていて察せない方がおかしい。

 ……だというのに魔女は、それを否定する。彼との全てを裏切り、破却する。それが彼女にとってどれほど辛い嘘なのか、到底計り知れない。そんな嘘を吐いて、その女は。

 

 

『だからお願い。宗一郎様を連れて行って。私が巻き込んでしまった彼を、私が殺してしまった彼を、せめて、安らかに眠らせて……!』

 

 

 それだけを願った。

 冬木市の人々を皆犠牲にすると、聖杯をその手に収めると豪語した魔女の最期の願いは、たったそれだけ。

 

 

 

「……キャスター。俺はアンタたちを許さない」

 

『────』

 

 士郎はキャスターに強い拒絶の言葉を投げ、──葛木の亡骸を黙って背負った。

 

『…………!』

 

「──ぐ」

 

 スバルは霊体化により魔力をカットしている状態なので、ベアトリスの重力軽減魔法(ムラク)も使えない。重量のある成人男性の遺体を運んでこの戦地を切り抜けるなど、とてもリスクの高い行為だ。

 ……けれど、それをスバルもベアトリスも咎めなかった。ただ、士郎が葛木を背負って駆け出すのを黙って追う。

 

 スバルも士郎も、キャスターに返答などしない。キャスターも礼など言わない。

 

 キャスターを許す事など出来ない。それを容認した葛木も然りだ。だが、それでも。

 

 無言のまま、葛木を連れた士郎は柳洞寺を走り去った。

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 一時間程経ち、日の昇った朝。

 新都の外れの坂道を、人目を避けつつスバルたちは登る。

 

 葛木の体は治癒魔術で傷口を塞いでムラクで軽くはさせてもらったが、士郎は断固として葛木を背負い、この道のりを歩いていた。

 

「……スバル。あの金髪のサーヴァントについて何か分かるか?」

 

「どうも人を見通す眼を持ってるらしいことは分かったけど、だったら何者だよって話だな。……シロウはどうだ」

 

「あいつ、いろんな武具を発射して攻撃するんだけど。……あれ、全部が宝具だ」

 

「「……なんて?」」

 

 スバルとベアトリスの声が重なる。

 

「俺やアーチャーみたいな投影品じゃない、本物の宝具をアイツはあれだけ沢山使い捨ててるんだよ」

 

 衝撃の情報が士郎の口から語られる。

 ライダーと葛木を貫いたものも、キャスターを迎撃したものも、全てが一英雄が一つ持っているかどうかという名剣魔剣の類だと──?

 

「いやいやいや、ソーシャルゲームもかくやなインフレだな!? どんな大英雄ならそんな無法が許されるんだよ、一つ二つくらい分けて欲しいわ!」

 

「とにかくメチャクチャなのは分かったのよ。それでシロウ、他には何か、あの金ピカの正体のヒントは無かったかしら」

 

「えっと……。そうだ、アイツは『十年振りの余興』だって言ってた。だからキャスターとの戦闘に付き合ってやるって」

 

「十年振りの、余興……? ……それって、まさか──」

 

 十年前。その年月にスバルは聞き覚えがあった。

 それは衛宮士郎が家族と己を失った冬木大火災の起きた年であり、すなわちそれは──。

 

「……見えてきたぞ」

 

 士郎の声に思考はせき止められた。言葉の通り、前方を見上げた先に目的地が見える。

 

 言峰教会。

 新都の高台に位置する荘厳な雰囲気の教会。

 

 目的の建物へ辿り着いたスバルたちは、広い敷地を通り、その戸を開く。

 

 広く荘厳な礼拝堂。

 その中央には背の高い男が立っていた。所謂司祭平服を身に着けた男は、こちらへ向き直る。

 

「衛宮士郎か。朝早くから何の用だ」

 

「──言峰」

 

 それが言峰綺礼神父。敵意を感じる訳でもない、どころか薄らと笑みを浮かべているというのに、強い威圧感を与えられる男だった。

 言峰神父は、士郎の背の葛木を一瞥し、

 

「成程。──ついて来い。その状態でここにいられては困る」

 

 言うなり背を向け、奥の扉へと入っていった。

 

「くそ、本当に待ったなしだな、アイツ」

 

「話が早いのは助かるけど……、神父さんとか後始末してくれる人ってイメージからはだいぶかけ離れた人だな。そういやトーサカちゃんもエセ神父だとか言ってたっけか」

 

 三人は言峰神父を追って教会の奥へと入っていく。

 中庭に出る。

 厳かながら凝った西洋建築の渡り廊下は、開けた空間であるにも関わらず曲がり角が多く、まるで迷路だ。

 

「ふん、悪くない内装かしら」

 

「そういやお前の実家も石造りの城だったか。確かにイメージ近いな。入り組んでて道に迷いそうなところは『愛し子』がフラッシュバックして気分沈むけど」

 

 立派な中庭を眺めながらそう話すスバルとベアトリスだったが、

 

「何をしている。話をするのならこちらに来い」

 

 神父はいくつか先の曲がり角へ入っていく。しっかりついていかないと本当に道に迷ってしまいそうだ。

 

「あ、あぁ悪い。すぐ行く。ほらシロウ行くぞ──シロウ?」

 

 士郎は、スバルたちのように辺りを見回すでもなく、ただ一点を見つめていた。

 

 ──壁と壁の間、建物の影になっている部分。その暗闇を見つめている。

 ハァ、ハァ、と。士郎の呼吸が荒い。葛木を背負ってここまで徒歩で来たのだ、多少呼吸が乱れていても仕方ないとは思うが。ハァ、ハァ、ハァ、ハァ。士郎の呼吸は、立ち止まっている今も荒くなる一方だ。

 

「シロウ……?」

 

 

 その視線の先、見つめている暗闇は、よくよく見れば、地下へと続く階──、

 

 

「シロウ! お前、大丈夫なのよ!?」

 

「──っ!!」

 

 ベアトリスの呼びかけで士郎は我に返った。荒れた呼吸を整え、深呼吸。

 

「悪い、ベアトリス。ちょっと気分が悪くて。もう大丈夫だ、言峰を追おう」

 

「そうか……? 分かった、行こう。……それにしてもベア子が、シロウを心配してあんなに声を荒げるなんてな。この数日でだいぶ打ち解けてきたか?」

 

「……大人の余裕ってやつかしら。一応アサシンを倒したり頑張ってるみたいだから、あんまり冷たく当たるのも大人げないと思っただけなのよ」

 

 言ってプイと顔を背けるベアトリスに、一時的に癒された二人は笑みを浮かべる。

 

 

「……お前たちは、教会へ雑談をしに来たのか?」

 

 角から顔を覗かせた神父の台詞に、慌てて後を追うのだった。

 

 

 

 通されたのは、質素な石造りの部屋。

 礼拝堂や中庭の優雅さとかけ離れたここが、言峰神父の私室らしかった。

 

「もてなす物の一つもないがな。その男をここへ」

 

 神父はソファーの上にシーツを敷く。

 促されるままに、士郎は葛木の遺体をソファーに寝かせた。

 

「それで、今回お前たちが私を訪ねた理由は、この敵マスターの死体の始末という事だな」

 

「言い方が悪すぎる! ……けど、そういうことだ。クズキ・ソウイチロウ。穂群原学園の教員でキャスターのマスターだった。……どうか、丁寧に埋葬してやってくれ」

 

「……衛宮士郎のサーヴァント、セイバーだな。これだけ残虐に殺害しておいて丁寧に埋葬しろとは倒錯した事を言う。この男、表面上取り繕われてはいるが、全身がめった刺しにされているだろう」

 

「違うんだ言峰。葛木を殺したのはスバルじゃなくて──」

 

「シロウ」

 

 濡れ衣を着せられたスバルを庇う士郎、しかしそれをスバル自ら止めた。

 そ(・)れ(・)を話すのは、まだこれからだ。

 

「どれだけ相容れなくても死後の尊厳まで貶められる謂れは無いだろ。頼めるか、コトミネ神父」

 

「ああ。社会的には行方不明という形をとるが、私が責任を持って埋葬しよう」

 

「ありがとう。──それと柳洞寺がめちゃくちゃになってるから、その対応も任せたい。寺の人たちはキャスターが魔術で避難させたけど、山の麓で正気に戻って混乱してるんじゃないかと思う」 

 

「それは……また、面倒な事になっているな……」

 

「露骨に顔を顰(しか)めるなよ。本当に神父やれてんのか、それで」

 

 イメージよりずっと怪しげな男だった神父だが、心労で胃に穴が空きそうだという心配だけは的中していそうだった。

 

「分かった、これも監督役としての務めだ。よく知らせてくれた」

 

 こうしてキャスター戦の事後処理の引き継ぎは完了した。

 士郎としてはもう言峰神父に用は無いのだが──スバルは更に続ける。

 

「あ、そうだコトミネ神父。もう一つ良いか?」

 

「まだあるのか。この際だ、二つも三つもそう変わらん。言ってみろ」

 

 目を伏せ、苦笑する言峰神父。無骨ながら面倒見の良さを伺わせるその姿は、出会ってから初めて見た、神父の神父らしい顔だったかもしれない。

 そんな彼に、スバルはこれまでと同じ調子で問うた。

 

 

「十年前の聖杯戦争で勝ち残ったサーヴァントって、黄金の鎧を纏った偉そうな奴じゃなかったか?」

 

 ──神父の顔から、笑顔が消えた。

 

 

 スバルが、士郎たちから聞いた言峰神父の断片的な情報。

 聖杯戦争の監督役である。

 聖杯戦争を秘匿するための事後処理をしている。

 

 そして──前(・)回(・)の(・)聖(・)杯(・)戦(・)争(・)参(・)加(・)者(・)で(・)あ(・)る(・)。

 

「やっぱり知ってるんだな、あいつの事を。──迷える子羊を導いてくれよ、神父様?」

 

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