言峰神父の事後処理は思いの他、地道で力技だった。
スバルも、まさか他に工作員も無くたった一人で聖杯戦争を隠しきっているとは思っていなかった。
葛木を無縁仏として火葬する時間で言峰とスバルたちは深山町・柳洞寺に向かい、寺の破壊跡や無意識に山を下りていたことに困惑していた一成たちを説き伏せた。
キャスターも黄金のサーヴァントも既に姿は無い。破壊跡に関しては、山門付近は吹き飛んでいたが寺自体には被害は無かった。言峰神父は寺の人たちに「山門倒壊は老朽化によるもの。無意識の集団避難は自分にも原因は分からない」と説明していた。スバルにはあまりに雑な言い訳に聞こえたが、信心深い寺の人々は『自分たちは何かに救われたのだ』というだけで納得してくれたらしい。神父は「被害場所が寺ではガス事故という言い訳が効かん。キャスターも厄介な場所を根城にしてくれた」と面倒そうに言っていた。
そうして柳洞寺のケアを済ませたスバルたちは踵を返して新都へ戻り、葛木の納骨を終える。全てを終えて教会に帰ってくる頃には、既に日が傾きかけていた。
どっかりと私室のソファーに腰かけた言峰神父が口を開いた。
「これは私の仕事だ。お前たちがここまで付き合う必要は無かったが」
「……うちのマスターがクズキの死後に責任持つと決めたんだ、サーヴァントの俺も付き添うのが道理だろ。それに、あんたには聞きたい話があるからな。目を離した隙にいなくなられちゃ困る」
答えて、スバルと士郎は正面に座り言峰神父に向き合う。ベアトリスはスバルの膝の上だ。
スバルから見た言峰綺礼は、どこか機械的な善人という印象だった。
スバルたちにも寺の人々にも、神父は無骨ながら真摯に接する。その脚で現地を周り、話を聞き、復旧の手続きをとりつける。その振る舞いは神父様そのものだったが、……そこに言峰神父自身の心が無いように見えた。
それが善いと思うからするのではなく、それが『善いことだと理解している』からする、とでも言うのか。
「って、良い事してる奴の心の中にまで文句つけるのは難癖過ぎるだろ。何考えてんだ、俺」
「……スバル?」
「あぁいや、なんでもない。──それじゃあコトミネ神父。一日奮闘した後で悪いんだが、あんたの知ってる事を洗いざらい吐いてもらうぜ」
スバルが問うているのは当然、黄金の鎧のサーヴァントについてだ。
柳洞寺を襲撃した八騎目のサーヴァント、その正体を前回、十年前の聖杯戦争のサーヴァントではないかと推測したスバルが、言峰神父から情報を聞き出そうとしているところだった。
「黄金のサーヴァント。それは確かに前回の聖杯戦争に参加していたアーチャーに他ならないだろう」
神父はそう、スバルの推論を肯定した。十年間この街に潜伏していたサーヴァント・アーチャー。それがあの男の正体だ、と。
「前回の……アーチャー……!?」
「やっぱりか。つまりあいつは前回の聖杯戦争に勝ち抜いて、現界し続けるという願いを叶えたってことだな?」
「いや、それは無い」
「え──、いや、でも実際にあいつは……!」
梯子を外される。スバルの半ば確信に近かった推理は、すげなく神父に否定されてしまった。
何故だ。あの男は現にああして今も留まり続けているではないか。本来聖杯が呼び、聖杯と紐づけられているサーヴァントを現世に留め続けるというのは、それこそ聖杯によって叶えた奇跡なのではないのか。
そう食い下がるスバルへ、言峰神父は回答を返す。
「何故なら、前回の聖杯戦争は完遂されること無く終了している。聖杯はセイバーのマスター──衛宮切嗣によって破壊されたのだから」
「「……なんだって?」」
可愛らしく首を傾げるベアトリスを後目に、二人の反応が重なる。
衛宮切嗣。その名はスバルも大河から聞いていた。それは五年前に亡くなった──、
「……どうしてここで、シロウの親父さんの名前が出てくる」
「そう驚くことかな。衛宮士郎も父親から魔術を教わったのだろう。衛宮切嗣はこの土地に住む魔術師だった、それは聖杯戦争との関わりを疑って然るべきだと思うが」
「ぐ、ぐうの音も出ねぇ」
「……どうして切嗣は聖杯を破壊したんだ」
「事の顛末を詳しくは知らん、私の召喚したサーヴァントは早々に脱落してしまったものでな。……ただ、あの男は聖杯という奇跡に縋ったにも関わらず、目前でそれを破壊した。それは事実だ」
……スバルは考え込む。士郎から聞く限り衛宮切嗣という男は善人だ。火災から生き残った士郎を引き取り、士郎や大河からの信頼も厚い。そんな人が求めた聖杯に手を付けることなく破壊する理由とは何か。
しかし考えても簡単に答えは出ず、やむなく顔を上げる。
「……今は話を進めよう。前回の聖杯は使われること無く破壊されちまった。だったらあの黄金のアーチャーはなんなんだよ」
「前回の戦いは完遂されずに聖杯が破壊され終わった。──つまり衛宮切嗣のサーヴァントの他にもう一騎、サーヴァントは残っていたということだ」
「それが、あの黄金のアーチャー……! でもどうやって十年も現界し続けてるんだ。聖杯無しじゃサーヴァントは現界していられないんじゃないのか」
「黄金のサーヴァント自身が現界することを望んだのなら話は容易い。ソレは魂を喰らう事で魔力を補い、この十年間生き続けたのだろう」
ライダーやキャスターが実行した魂喰い。あれを誰にも気付かれることなく、十年間も──。
士郎は聞き捨てならないと身を乗り出した。
「ちょっと待て。あいつの気配は異常だった。あんなのが十年間もいたら、親父だってアンタだって気が付く筈だ」
「恐らく匿っている者がいたのだろう。そのサーヴァントのマスターか、もしくは他の魔術師か。……一人心当たりはあるが、違うな。マキリの御老体はとうに隠居している」
マキリ。イリヤが間桐家をそう呼んでいた筈だが、あの黄金のサーヴァントが慎二のサーヴァントであるライダーと仲良くできるような性格には思えない。神父の言葉通り、関係が無いのだろう。
結局、言峰神父は黄金のサーヴァントが何故今まで生き長らえたかは知り得なかった。ならば、とスバルは質問を続ける。
「なぁ、神父。あんた、あいつの真名知ってるんじゃないか。俺があいつの事を話題に出した時、まるで深く知ってるような反応に俺は見えたけど」
「……そうだな、今回の聖杯戦争の参加者でない者の情報は開示して構わんだろう。──人類最古の英雄王、ギルガメッシュ。それがあのサーヴァントの真名だ」
「英雄王……ギルガメッシュ」
──ギルガメッシュ。人類最古の英雄譚『ギルガメシュ叙事詩』にその名を残す半神半人の英雄。
シュメールの都市国家ウルクを治めていた全知の王であり、未来を見通す予知夢の力を持っていたと伝わる。
「成程、サテラにまで気付いたのはその未来視の力か……! ──ん? でもなんで古い王様があんなやたらめったら宝具を振り回してるんだよ」
「多分古い王だからだと思う。あいつの時代、世界はあいつが治めてた。つまり
「規模がデカすぎるジャイアンだな!? ……しかし、真名が分かったところで特に弱点とか倒すのに役立ちそうなエピソードは浮かばねぇな。俺はあいつと相性最悪だし……」
「ギルガメッシュの事は私の方でも調べよう。聖杯戦争の運営に支障をきたす異物は、監督役としても放ってはおけん」
「ああ、助かる」
言峰神父の助力の申し出をありがたく受ける。
攻略法を見つけるまでは行かなかったが、謎の男が前回のアーチャー、ギルガメッシュであると分かっただけで大きな収穫だろう。
「聞きたい事はそれだけか。では私はギルガメッシュの調査に移る。──明日中には調べ上げよう。気が向いたのならもう一度訪れるがいい」
そう言って神父はスバルたちを出口へ先導する。
聖杯を壊した衛宮切嗣の真意、ギルガメッシュの攻略法──知りたい事自体は多いが、今ここで解決する問題はもう無さそうだ。
「シロウ、ベアトリス。出よう」
「ああ」
「意味のわからん話に黙って付き合ったベティーを労うべきかしら」
「あ、確かにシロウの父親もこっちの偉人もベア子には実感の無い話か、悪いな。静かにできて偉いぞ~ベア子」
「ふふん、なのよ」
ベアトリスの頭を撫でまわしながら、一行は渡り廊下を抜けて礼拝堂へと戻っていく。……道中、行きの時に士郎が凝視していた暗闇が気になった。
──地下へと続く階段。それは、ひっそりと、だが確かにそこに在り続けていた。
礼拝堂を通り、教会を出る。既に夕刻、真っ赤な太陽がスバルたちを照らした。
じゃあ調査を頼む、とスバルたちが教会を後にしようとしたところ、
「衛宮士郎。前に言った事は覚えているな」
言峰神父は、そう声をかけた。
「お前はそうやって、正義の味方である為にギルガメッシュを、ランサーを、アーチャーを踏み越えて聖杯に辿り着くのだろうが。そうして手にした聖杯をどうする」
「どうするって──」
神父は、スバルが見てきた今日一日で初めて。
心からの笑みと思われるものを浮かべて言った。
「正義の味方として父を継ぐお前は、果たして父の破壊した聖杯を前にどんな結論を出すのかな」
士郎はそれに答えられない。
……ずっと憧れてきた父の本心が、今は分からなかった。
「──コトミネ神父」
代わりに声を上げたのは、彼の剣、スバルだ。
「あまりうちのマスターを惑わすようなこと言わないで欲しいんだけどな」
「なに、迷える若者への忠告のつもりだがね」
そうかよ、と鼻を鳴らしてスバルは士郎を引き連れ教会を立ち去る。
背後にはいつまでも、いつまでも、微笑みを
「あの神父、いけすかん奴かしら。ロズワールと似た臭いがするのよ」
「どうだろ、俺は若ドナのイメージに近かったな。……どっちにしろ
「…………」
教会からの帰路、新都と深山町を繋ぐ夕焼けの大橋を渡るスバルたち。
その中で士郎は一人会話に混ざらず神妙な顔をしていた。
「……シロウ」
「ん、どうかしたかスバル」
「コトミネ神父が言ってた『前に言った事は覚えているな』って、何言われたんだ?」
「────!」
図星だったらしい。士郎は過去に言峰神父に言われたその事を考えているのか。
倒れていった人々の想いを背負いたいから背負うと、そう強くスバルに宣言してみせた士郎を、こうして悩ませるものは何なのか。スバルはその返答を待った。
……士郎は、苦笑して口を開く。
「……聖杯戦争に参加出来た事を喜べ、って。『正義の味方には倒すべき悪が必要だろ』って、そう言ったんだ。──俺はそれを否定出来なかった。俺には、何が正義の味方になることかなんて分からなかったから」
「────」
それが、衛宮士郎の矛盾。
背負った想いの為にも正義の味方でありたい。けれど、何をしたら正義の味方に成れるのかは分かっていない。その矛盾に衛宮士郎は苦悩している。
そんな、彼の赤裸々な告白を聞いて、スバルは、
「なんだ、そんな事か」
一笑に付した。
「なっ──、なんだとはなんだよ。こっちは真剣なんだぞ」
「悪い悪い。でも、何をしたら正義の味方なのかって? そんなの分かり切ってるだろ」
「えっ……、スバルには分かるのか……!?」
「逆になんで分からないんだよ。シロウ、お前自分の事が全然見えてねぇのな」
「それスバルが言えた台詞じゃないかしら……」
隣から辛辣な突っ込みが入りはしたが、事実だ。
正義の味方には倒すべき悪が必要? 的外れにも程がある。幾つもの地獄を見てきたナツキ・スバルに言わせてもらえば、アレの来訪を望む存在が正義の味方などである筈がない。正義の味方とは、もっと平和的で、普遍的で──、
「──ん。そうだな、じゃあ──」
何かを思いついたスバルは一度振り返り、通り過ぎた新都の発展した街並みを眺めてから、
「明日、一日時間くれよ。お前に正義の味方のなんたるかを教えてやろうじゃねぇか」
そう、満面の笑みで言ったのだった。
日が沈んだ頃。衛宮邸に帰ると、居間が何やら賑やかだ。
桜と大河が来ているのか。イリヤも待っている筈だから、それは賑やかにもなるだろう、と。
居間へ入ると。
「帰ってきた!」
「うわっ──!?」
士郎の胸にイリヤが飛び込んでくる。
「もう、キャスターが脱落してから丸一日姿を見せないなんて。心配したんだから!」
「きゃすたー? は分かんないけど、そうよ士郎。今朝は、桜ちゃんも士郎もスバルくんもいなくて飢え死にしちゃうところだったんだから!」
「すみません藤村先生。家の事情でバタバタしていて……。先輩方も、今朝の事は本当にお騒がせしました」
イリヤ、大河、桜が矢継ぎ早に話しかけてくる。確かに一日言峰神父と事後処理に付き合っていたから心配させてしまっていただろう。……キャスターが脱落した、とか、桜が事情を察している風な発言をしている、とか気になる事が多かったが、しかし。
それよりずっと気になるものが、居間の中央に鎮座していた。
「遅いぞ衛宮、先に風呂もらったから。あと、しばらく泊まることにしたから部屋借りたぞ」
「し、慎二!?」
間桐慎二。
魔術師未満の間桐家長男の姿が、そこにはあった。
「兄さんがすいません。それでその、揃ってしばらく御厄介になりたいのですが……」
「わたし、サクラは構わないけどシンジは嫌いだわ。ずっと偉そうなんだもの」
「ハッ、真っ先に敗退した分際で文句言える立場かよ。僕とライダーの方が長く勝ち残ったんだから僕の方が強かったってことだろ」
「っ! わたしのバーサーカーは最強なんだから! ライダーよりずっと強かったわ!」
「はん、現にセイバーのガキに負けてるじゃないか! あんな僕でも一捻り出来そうな子供に負けるなんて、バーサーカーも見た目だけだったんじゃないの~!?」
「~~っ! シロウ! やっぱり嫌よ、シンジだけ追い出しましょう!」
「いいや、このガキンチョを追い出すべきだね!
「……イリヤ相手にムキになって、情けないぞ慎二……」
イリヤと慎二が言い合っているのを見て呆れる士郎。
ただスバルとしては、殺し殺される関係だった周回もあった中で、二人がこうして対等に言い合いが出来るようになっている事実には感慨深いものがあった。いや、慎二が情けないとは思うが。
「──って、ん? シンジ、『僕と違って帰る場所がある』ってどういう事だ」
慎二にだって間桐邸があるではないか。逃げたライダーを追っていた時、一度だけ見た屋敷は年季を感じるが大きく立派な屋敷だった筈だ。スバルはそう思って士郎の顔を見るが、士郎も同じ反応だった。
二人に疑問の視線を投げられた慎二は、片目を瞑り溜息をついて言う。
「間桐の屋敷なら焼け落ちたよ。保険が下りるまで僕も桜も無一文なワケ」
「「なんでさ!?」」
スバルたちが言峰神父に付き添っている間に、何かとんでもないことが起きていたらしかった。
「──ウ。──シロウ!」
腹にのしかかり、身体を揺らされる振動に士郎の意識は覚醒していく。
士郎のぼやける視界に映ったのは、銀髪の少女イリヤだ。イリヤは馬乗りになって士郎を揺らす。
「シロウの寝坊助さん、早く起きなきゃ置いてっちゃうよ!」
窓からは陽の光が差す。起床時間としては普段よりは遅いくらいか。
眠気や疲れはあまり無い。一昨日、昨日とキャスター、アサシン、葛木、ギルガメッシュ、言峰を相手にして心身共に満身創痍の士郎だったが、ゆっくり寝られたことで多少の疲れはとれたらしかった。
「ん──起きる、けど──、置いてくって……?」
目を擦り、視界がはっきりしてくると──、部屋にいるのはイリヤだけではなかった。
「早く支度しろよ衛宮。ちなみに僕らは金無いから、今日はお前と藤村の奢りな」
「こいつ一切反省の色が見えんのよ。バーサーカーと同じ結末を辿らせてやろうかしら」
「兄さんがすみません……。藤村先生は学校は大丈夫なんですか?」
「まだしばらくは休校だから、一日くらい休んでも問題無しよ! 桜ちゃんたちも大変だったんだから、ここはパーッと楽しまないと!」
慎二が、ベアトリスが、桜が、大河が、寝起きの士郎の周りに立っていた。
そしてその中央から、
「ほら、皆準備万端だぞ。早く起きろシロウ」
スバルに腕を掴まれ、上体を起こす。
準備万端と言われても、士郎には全く心当たりがない。いや、確か今日一日スバルに時間を空けて欲しいとは言われたか……。
「ええと、スバル。これは一体……?」
「大家族が揃って起床を急かす! そしたらやるイベントなんて決まってんだろ!」
「いや、ちょっと分からない……」
何故全員がこの場に集まっているのか、と疑問の視線を投げる士郎。
スバルはその視線に応えて高らかに宣言した。
「──今日は皆で新都で遊びます!」
「なんでさ!?」
かくして、衛宮邸一行の休日が始まる。
──それは決戦の前の、最後の幕間。