……夢を見た。
ある少年の、始まりを見た。
──腕の中に抱かれた、その感覚を覚えている。
十年前、地獄の中から俺を助け出した、その男の温もりを覚えている。
──目に涙を溜めた、その顔を覚えている。
「まだ生きている」と心の底から喜んでいた男の姿を覚えている。
その顔が、あまりにも嬉しそうなものだから、俺は。
──
「──来たぜ、新都!」
バスを降り開口一番、スバルは高らかに宣言する。
スバル、ベアトリス、士郎、イリヤ、桜、大河、慎二の衛宮家一行は冬木市新都の地に降り立った。
駅前は、平日にも関わらず人通りが多く賑わっている。
見渡せば、百貨店にブティック、ボウリング場など興味を惹かれるものが多くて目移りしてしまう。スバルが、さてどこへ向かったものかと考えていると、慎二が並び立ち声をかけてくる。
「おいセイバー、お前どこ行くか決めてるの?」
「まったく! 俺、毎度素通りしてて新都で遊ぶ機会無かったし」
「だろうと思った。まぁこの大所帯ならヴェルデが無難かな。あそこのショッピングモール」
言って慎二は大きな施設を指差す。
家族連れをターゲットにした大型百貨店は、成程、イリヤから大河までいる衛宮家一行にはベストなチョイスに思えた。
「おお、助かるぜシンジ! これまでで一番活躍したな!」
「絶対僕もっと頑張ってたよねえ!? キャスターを倒せたのは僕のお陰だったと記憶してるんですけどこれって記憶違いですかっ!?」
「慎二、楽しいのは分かるけど駅前のど真ん中であんまり騒ぐもんじゃないぞ」
「兄さん、恥ずかしいのでやめてください……」
「腑に落ちねぇ──っ!」
響く慎二の声を後目に、ともかくショッピングモールへ行く事になった。
聖杯戦争の合間。つかの間の休日が、始まる。
スバルと桜は裁縫道具屋で足を止めていた。
並ぶ彩り豊かな裁縫道具を二人して物色する。
「この辺の水性のチャコペンとか、仮止めのクリップとかも重宝するな」
「成程……、ありがとうございますナツキさん。勉強になります」
「いやいや、俺だって授業とかで教わるレベルの話しか出来ねぇよ? ……サクラって、家庭的に見えて意外と家庭科の知識が無いよな。冷静に考えたらあんなデカい豪邸に住んでるお嬢様だし、当然か」
「全焼しちゃいましたけどね」
「あとメンタルが鬼強ぇ! 家焼け出された翌日にかませる自虐じゃねぇよそれは!」
桜が全く裁縫に詳しくない事もあり、この数日ですっかり裁縫の先生になってしまったスバルである。先生になって分かったことだが、桜は見た目の印象よりずっと不器用で、ずっと粘り強い。覚えは良くないが長時間頑張ってくれるので、スバルも先生として身が入るというものだ。
「間桐の家の事は本当に大丈夫ですよ、実家はあまり好きでは無かったので。ご迷惑をおかけしてしまってますけど、私は先輩のお家の方が好きです」
「なんか闇深そうな一面を垣間見たけど……まぁ、サクラが今幸せなら良いんだ」
魔術師の家ともなると複雑な家庭事情があるのか、とスバルは冷や汗をかきつつ会話を締めくくった。
と、イリヤと二人店内を見てまわっていた士郎が会話に混ざってきた。
「スバルは裁縫上手いよな。エプロンとか鍋掴みとか、まだ使えそうなもの繕ってくれて助かってる」
感謝の言葉を口にする士郎。
その下からイリヤも顔を出す。
「刺繍も上手よね。ほら見てシロウ、セイバーが私のハンカチにバーサーカーの刺繍をしてくれたのよ。中々の腕だと思うの」
「うわ、大したもんだな。……スバル、これどんな気持ちで刺繍したんだよ」
「いやっ、ねだられて仕方なく……! 俺も複雑な心境だったけどさ!」
イリヤが取り出した純白のハンカチには、デフォルメされたバーサーカーの顔。
先日、桜に裁縫を教える一環で刺繍を披露したところ、見ていたイリヤにねだられたのだった。
過去にメイリィにもエルザのぬいぐるみを所望されたこともあった。スバルはどうも殺し殺された相手を可愛く縫う星の下にあるらしい。
「どんな
「料理は出来るだけで、別に趣味って訳じゃない。男の癖に料理が趣味ってのもどうかと思うしな」
「うお、時代を感じる台詞……! いやいや良いと思うぜ、料理が趣味。これからは家事の出来る男が来ると思う。料理を題材にしたスピンオフとか狙って行こう。──なっ、桜?」
「は、はい。スピンオフ……? はともかく。私も料理が出来る先輩は、その、素敵だと思いますっ」
「──っ! そ、そうか……」
俯いて顔を赤くしながら褒める桜に、流石の士郎もドギマギしていた。
「……あれ、思いの他良い雰囲気。これ俺たち邪魔か? クールに去った方が良いか……?」
「そうね。ここは大人の余裕で浸らせてあげることにするわ」
自分たちそっちのけで甘酸っぱい固有結界を展開する二人に、スバルとイリヤは空気を読んで存在感を薄めた。そこへ、
「むきゃーっ、なのよ! タイガ、髪を引っ張るんじゃないかしら!」
「ごめ~ん。だってベアトリスちゃんのツインテール、触り心地が良さそうだったんだもの。虎は狙った獲物は逃がさないのだっ!」
良い雰囲気を引き裂いたのは、騒ぐベアトリスと大河の声。
大河に弄ばれて弾む大容量の縦ロールが二人の間に割り込み、士郎と桜は咳払いをして距離をとった。
それはそれでラブコメでよくある展開ではあるのだが、しかし。
「シロウとサクラの関係が進展しないの、あの人のせいだったりしねぇ?」
保護者代わりである大河に、あまりにあんまりな結論を下すスバルだった。
ゲームコーナー。人の多いショッピングモールでも特別賑やかなスペースを皆で歩く。
スバルは並ぶクレーンゲームの中に、可愛い灰色の猫のぬいぐるみがあるのを発見した。
「お、このぬいぐるみ、パックに似てね?」
「むむ……! にーちゃには足元にも及ばないけど、愛らしいと言えないこともない奴なのよ。どうしてもと言うなら持って帰ってやってもいいかしら」
「いや、これはクレーンゲームっていって、このアームで穴まで運べたらゲットできるってやつなんだよ」
言葉に反してガラスに張り付いてぬいぐるみに食いつくベアトリス。
それに気付いた大河が、寄ってきて小銭を取り出した。
「ベアトリスちゃん、あの猫ちゃんが欲しいの? 良かろう、お姉さんがお金を出してしんぜよう」
「た、タイガ──!」
最年長らしい太っ腹なところを見せた大河に、ベアトリスの顔が明るくなる。
精霊ベアトリス、四百年の生涯で初のクレーンゲーム挑戦。彼女は目を輝かせながら、スバルたちの師事を受け……、
……数十分が経過した。
取り出し口に横付けされたパック(似)は、すぐにでも穴に落ちそうなところから既に何度も持ち直している。ホワイト退社の本家とは似ても似つかない鬼の粘りを見せていた。
「えーっと、ベア子。そろそろ次の場所へ行かないか? フジムラ先生の財布の中身だって有限だしさ」
スバルは恐る恐る言う。
対してベアトリスは、わなわなと震えながら大河の財布を漁り、
「あと一回、あと一回で取れる筈なのよ……! あのにーちゃを持ち帰れるなら、タイガの金なんて全てつぎ込んで構わないかしら……!」
「構うぞチルドレンよっ!?」
「人の金を私物化するんじゃねぇよ! ……俺もロズワールの厨房や敷地で結構好き勝手してたのは内緒な!」
と。ベアトリスを宥めていたところで、後ろを騒々しく通っていく声があった。
「衛宮、向こうに格闘ゲームがあったぞ。相手してやるから来いよ!」
「ちょっと待て慎二、それ俺の財布じゃないか──!?」
そう騒ぐ男子が二人。無一文の筈の慎二は、財布を高々と掲げていた。
それを見たベアトリスとスバルは目を細める。
「……反省したのよ。あれと同レベルは流石に嫌かしら」
「ああ、反面教師から学ぶんだ、ベア子……!」
「聞こえてるんだよお前ら! セイバー、お前も来い! 腕折られた恨みだ、斬刑に処してやる!」
「お、言ったなシンジ! 望むところだ! 優雅でしなやかな氷のキスを味わいな!」
「だからそれは俺の財布なんだが!」
少年たちは勇んでゲームコーナーを足早に進んでいく。
息巻く慎二、応じるスバル、財布を取られた士郎が後を追う。
それを見て、苦笑いをする桜、呆れるイリヤとベアトリス、穏やかに微笑む大河。
──それは、ありふれた日々の一コマ。
少しだけ特別な、お出かけの思い出。
「はー、遊んだ遊んだ! 皆楽しんでくれて良かったな!」
「ああ。慎二もなんか、昔の慎二に戻ったみたいだった」
夕焼けが照らす新都。
三度目になる坂道を、スバル、ベアトリス、士郎の三人だけで登っていく。
せっかく新都まで来たのだから言峰神父のギルガメッシュに関する調査結果を聞いていこう、という話になり、他の皆と分かれて教会を目指しているのであった。
「でもスバル、今日はどうして突然遊びに行くなんて言い出したのよ」
ベアトリスは懐のパック似のぬいぐるみを一層強く抱いて言った。……結局、大河が筐体に齧り付くかという程に粘り、店員の恩情の末にゲットできたものだ。
「勿論俺が遊びたかったから! ……ってのもあるんだけど。一番はシロウに気付いて欲しかったからだな」
「俺に……?」
スバルは頷き、士郎を指差した。
「お前、コトミネ神父に言われた事、くらってたんだろ。正義の味方には~ってやつ」
「……『正義の味方には倒すべき悪が必要』」
「それ。シロウがそんな言葉を否定できねぇって言うから、今日このイベントを起こしたんだよ」
「…………? えっと、話が見えない。なんで俺が言峰の言葉を否定できなかったら、皆で遊びに行くって話になるんだ?」
「えぇ……皆まで言わすなよ……。えっと、つまりだな。シロウ、お前は何をしたら正義の味方になれるのか分からないなんて言ってたけど。そんなの、今日の皆を見てたら自明だろ」
未だに分かっていない様子の士郎。
スバルはやれやれと語りだす。
「そりゃあキャスターみたいに人を傷付ける奴がいたら、そいつを止めるのも分かりやすい正義の味方の活動だろうけどさ。でも、そういう悪者がいなきゃ正義の味方になれないだなんてのは、本末転倒ってもんだ」
「それは……」
「お前、親父さんが地獄から自分を救い出してくれたことに脳を焼かれ過ぎてんだよ。英雄幻想ならぬ『英雄夢想』ってとこか。シロウ、お前は正義の味方になる上で明確な目標がいるんだ」
スバルはそれを夢に見た。士郎がスバルの記憶を見たのと同じだ。契約関係による共鳴なのか、士郎の記憶を垣間見た。
──地獄の中、少年を助け出し喜ぶ男、そしてそれを羨んだ少年。
衛宮士郎の原風景であるそれが、彼の正義の味方像を形作っているのだ。
「分かるぜ? 偉大な父親をもって、それに追いつこうと焦っちまう気持ち。それが間違ってるとは思わねぇ。でも、お前はお前でちゃんと立派にやってんだよ」
過去、菜月賢一の息子という看板を勝手に背負って勝手に潰れたスバルだ。士郎が父の跡を継がねばと躍起になるのも理解できる。
……理解できるが、それは士郎が父にならなければいけないという訳ではないだろう。
「今日、サクラがさ、マトウの家が好きじゃなかったって言ってたんだ。自宅が居心地悪いって最悪だぜ? そんなサクラにとって、毎日和やかに食卓を囲んでくれたお前は間違いなく正義の味方だろ。お前はそれを否定するのか?」
「……たった、それだけのことで」
「それだけの事がサクラにはとても大きかったんだよ。サクラを、フジムラ先生を、イリヤを、シンジを、皆を笑顔に出来てるお前は、皆にとって正義の味方だ。──お前の目指す正義の味方は、この道の延長線上にあるんじゃないのか?」
悪がいなきゃ正義が為せない? 冗談じゃない。
人を救うなんて、もっと普遍的なものだ。
エミリアの膝枕に、レムの言葉に、オットーの拳に。
多くの仲間に救ってもらったスバルには、自信をもって言うことができる。
「コトミネ神父が何を言おうと気にしてやる必要なんてない。お前がお前でいるだけで救われてる奴がいるんだ。夢を、想いを、お前なりに背負って──」
ビル街に乱反射する夕焼けが、スバルたちを照らす。
まるでスポットライトが当たったかのような輝きの中、スバルは士郎を指差して言ってやった。
「──エミヤ・シロウとして正義の味方になれよ。英雄夢想!」
夕焼けの光を一身に浴びる少年は、呼吸すら忘れて立ち尽くした。
……やがて、大きく息を吐き出すと口を開く。
「……悪を倒す事に拘るなって、大罪司教を倒しまくってる奴に言われてもな」
「ぐっ……!?」
「痛いところを突かれたかしら。スバルの戦果はだいぶ悪を倒すヒーローなのよ」
「いや、それはやむを得ずというかだな……!」
「──冗談だスバル。大丈夫だ、伝わった」
「……そ、そうか?」
言葉通り、士郎の顔に迷いは無い。スバルの言葉が少しでも、彼の心を軽くしたのなら良いのだが。
……頂上に到着した。そこには昨日ぶりの言峰教会が堂々と建っている。
スバルは咳払い一つ、教会へと踏み出した。
「さぁ、コトミネ神父が調査結果を伝えてくれる筈だ。お前も答えを返してやれよ、マスター」
「ああ、行こう……!」
スバルたちは、凛とした眼差しで教会の扉を開いた。言峰神父に士郎なりの回答を突き付けてやるのだと、そう決意して足を踏み入れる。
広い礼拝堂には──誰もいない。
「……格好付かねぇー」
スバルのぼやきが礼拝堂に木霊した。
「おーい、コトミ──、ん?」
大声をあげて言峰神父を呼ぼうとするスバル。しかしそれは、士郎の手に制止された。
「シロウ?」
「────」
その手は震えていた。……顔を見る。
つい今まで迷いの無い表情をしていた士郎のその顔は、目が大きく開かれ、ハァ、ハァ、と荒い呼吸を繰り返していた。
「シロ──」
心配から今一度呼ぼうとして、思い出す。昨日ここを訪れた時にも、士郎は同じ反応を見せた筈だ。それは、何処でだったか──。
「…………」
士郎が歩き出す。──無音で。
足音を殺し、中庭へ続く奥の扉へ手をかけ、静かにそれを開けた。
「「…………」」
スバルとベアトリスは顔を見合わせ、同じく足音を殺して後に続いた。
昨日も通った渡り廊下を、士郎は慎重に、しかし迷いなく進んでいく。
そして、その闇に突き当たった。
「──地下……」
──壁と壁の間、建物の影になっている窪みに、細い細い階段がある。
人目から隠れるように存在している、地下へ続く通路。
ハァ、ハァ、ハァ、ハァ。士郎の息は荒れる一方だ。
ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ──。
「──っ、シロウ……!?」
荒れる呼吸をそのままに、士郎はその闇に足を踏み入れた。
スバルとベアトリスも、息を呑んで、それに追従する。
……十メートル程下りたところに、石造りの部屋があった。
聖堂と思われるその部屋は、埃などの汚れが無く、頻繁に使われているらしい。
「……ん?」
士郎が、背後、階段下の壁に振り返った。
そこには黒い闇が開き、奥の部屋へと続いている。
……三人は、引き寄せられるように室内へ入る。
湿った足元の感覚に気持ちの悪さを感じたが──そんなもの、この部屋自体に比べればなんでもなかった。
「────は?」
亡骸。亡骸。亡骸。亡骸。亡骸。亡骸。
亡骸。亡骸。亡骸。亡骸。亡骸。亡骸。
皮と骨だけになり、腕も脚も断たれ、頭と胴だけになった亡骸が並べられている。
……否、只の亡骸であればどんなに良かったか。
「──ぁ、────ぉぁ」
それらは蚊の鳴くようなか細い声で、
「……正気じゃないかしら。あの棺、
ベアトリスはこの地獄に慄き、信じられないものを見る目で部屋の奥を見る。
彼女の視線の先には棺があった。
「……吸い、取る……?」
「あの棺がこいつらと接続されていて、こいつらの魔力を吸い上げてるかしら。皆、養分として吸収する為にここで生かされているのよ」
「────」
生かされて、いる……? この、手足の無いミイラの状態で……?
浮遊感。常軌を逸した事実を前に、スバルは足元の感覚が不確かになり、平衡感覚を失っていく。その耳に、
「────ぁ」
亡骸たちの譫言がまた聞こえ──、違う。
「──あっ、あ、ああ、あああぁぁぁっ……!」
違う違う違う、これは。
スバルが譫言と思ったこれは。
「──ぁぁ、────ぃぁぁ」
悲鳴、だった。
吸い殺されるギリギリまで絞られた彼らが、消え入りそうな声で精一杯の絶叫を上げ続けている。──誰も助けに来ない地下で、決して外へは届く事のない叫びを。
「ぉぶ、ぐぉげぇぇぇえええ──ッ」
「スバル──!」
堪え切れず嘔吐する。
吐瀉物がびちゃびちゃと湿った地面に溶けていく。昼にフードコートで皆でシェアしたサンドイッチが、焼きそばが、たこ焼きが全て汚物として足元を汚した。
ベアトリスに背を擦られながら、スバルは涙混じりに嗚咽を漏らす。
「にんげんの、やることじゃ、ないっ……!」
こんなこと人間のする所業では無い。
正気でこんな地獄を作れる者は、その精神性は、もう人間などではあり得ない。それは悪魔とでも呼称すべき存在で──、
「いや──よく来てくれた、衛宮士郎」
──その悪魔が士郎の肩を強く叩いた。
「「──っ!?」」
言峰綺礼。この教会の神父がこの場に現れた。
スバルは彼との対話を考えたが──思考を切り替える。こんな惨状の場に笑顔で登場する男と交わせる会話など無い。話を聞くのは一度この危険な男を制圧してからだろう。
すぐさまそう結論付け、ほんの一瞬の逡巡で言峰を武力で制圧すると決めた。
──しかし、その一瞬の逡巡が致命的だ。
「用があるのは衛宮士郎だ。サーヴァントは仕留めて構わん」
「──チッ」
「え──、────ぐぇ」
スバルの死角から舌打ちが聞こえ、次いで体に強い衝撃を感じた。咄嗟に飛び退こうとしたが──出来ない。まるで磔にされたかのように体が言うことを聞かない。
見下ろした胸からは、赤い角が生えていた。
……それを知っている。
心臓を貫くそれは、見覚えのある、その突起は。
「ああ、そういえば言っていなかったな」
なんとか、首を回して、振り返る。
そこには、見知った、青い槍兵の、姿──。
「改めて紹介しよう。──彼が、私のサーヴァントだ」
この世界で初めてスバルの命を奪った朱槍。
それが今再び、スバルの心臓を穿ち抜いていた。
「……これ」
埃が舞い瓦礫が散乱する部屋に、少女の呟きが木霊する。
少女とサーヴァントが来たのは、ランサーのマスターの拠点である廃墟だ。
ランサーのマスターが魔術協会から派遣された外来のマスターであるという事を少女はとうに突き止めていた。しかし、己がサーヴァントが重症の為回復に専念。充分に回復でき、また、柳洞寺に八騎目のサーヴァントが出現したのを機会にランサーに接触を図った、というところだったのだが。
その廃墟には、令呪を失った左腕だけが残されていた。
周囲には夥しい血の跡。血痕は黒ずみ、それがここ数日のものでは無い事を示していた。
「……この血痕、私と衛宮くんがランサーと交戦したのよりずっと前のものだわ。──私たちがランサーと遭遇する前から、ランサーのマスターは
協会から来たランサーのマスターは、既にランサーを奪われ死んでいる。それが少女の出した結論だった。
そうなると、気になるのはその新たなマスターの正体だが。
「でも残っているマスターは私と衛宮くん、それにイリヤだけでしょ。……マスターじゃない魔術師が令呪を奪ってマスターになるって、できるの?」
「不可能だ。聖杯に選ばれた者にのみマスター権がある。マスターやサーヴァントでない者は令呪を奪おうとマスターには成れん。間桐慎二のような例外も令呪に精通したマキリだから出来た事だろう」
「そうよね。じゃあもう一つ質問。聖杯が消えて無くなっても、令呪とサーヴァントが残っていたらマスターはいつまでもマスターなの?」
「……ああ。聖杯戦争が終わろうと、令呪とサーヴァントが残っていればそれはマスターと言えるだろう」
「……そう。得心がいったわ。ランサーが偵察に徹していたのも、真名が明かされようと撤退していったのも、──本命のサーヴァントが別にいたのなら合理的な作戦だもの」
少女は導き出された結論を口にする。
「柳洞寺に出現した八騎目のサーヴァント。十年前にあいつのマスターだった魔術師が、ランサーのマスターを殺してランサーを従わせているんだわ」
それは奇しくも、その男が教会地下にて正体を明かしたのと同時刻のことだった。