英霊スバルのゼロから始める聖杯戦争   作:どんぱち

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エピローグ 『帰郷』

 衛宮士郎は屋敷から響く、鍋を振る音、食材の焼ける音に顔を上げる。

 香ばしいその匂いは土蔵まで届いてきていた。

 

「そっか、今日の夕食は皆を呼んで豪勢にやるんだったか」

 

 士郎は作業服姿だ。食卓へ向かう為に一度着替えなくては、と腰を上げようとした時──、土蔵の床に焼き付いた魔法陣に目が留まった。

 

 あの夜、ナツキ・スバルを召喚した魔法陣。思えば、これも前回の聖杯戦争に参加したという切嗣が残したものだったと考えれば合点がいく。士郎は去って行った者たちの想いを継ぐと同時に、その縁によって生かされていたのだろう。

 士郎は魔法陣を指で軽くなぞり、土蔵を後にした。

 

 ──あの聖杯戦争から半年が過ぎた。

 戦いで冬木に刻まれた傷跡は癒えつつある。教会に派遣された新しい神父の尽力もあり、表向きには騒動の全ては遠い過去の出来事になりつつあった。

 士郎たちも、士郎たちなりの半年間を生きてきた。その中で変わっていったものも沢山ある。──着替えを終えて居間へ入ると、その変わったものの一つが出迎えてくれた。

 

「あら衛宮くん。台所と桜、借りてるわよ」

 

「先輩。もう少し待ってくださいね。もうじき出来ますから」

 

 台所では凛と桜が並んで調理に励んでいる。

 あの戦い以降、凛と桜の仲は急速に縮まった。仲睦まじい先輩後輩といった感じで、凛が桜に甲斐甲斐しく世話を焼いてやっているのをよく見る。いつか二人だけでいるのを見かけた時には、桜が凛の事を「姉さん」と呼んでいた。まさしく姉妹のような仲の良さだと、士郎は微笑ましく思っている。

 

 台所に並ぶ、そんな二人の力作を見て、士郎は思わず感嘆の声をあげた。

 

「おお──」

 

 かに玉、餃子、シューマイ、炒飯、青椒肉絲(チンジャオロース)、凛の得意とする中華料理の数々が盛り付けられ、居間へ運ばれていく。そして隣では、桜もまた慣れた手付きで中華鍋をかき回していた。

 

「遠坂の料理の腕前は相変わらず凄いけど……、桜もこの半年で腕を上げたよな」

 

「遠坂先輩に教わっているんです。先輩には、いつも美味しいものを食べて欲しいですから」

 

「桜、ナツキくんにも衛宮くんとの事を応援するって言われてるらしいわよ。それで張り切ってたんですって」

 

「と、遠坂先輩! それは秘密に──!」

 

「は、ははは……」

 

 苦笑する士郎。──この半年、士郎は桜から熱心なアプローチを受けている。スバルと凛の入れ知恵らしいそれによって士郎と桜の関係がどう変化したかは、プライバシーの観点から言及を避けたいが……一つ屋根の下で二人きりで同棲している男女の関係進展など、推して知るべしだ。

 

 そう、二人きり、だ。

 スバルとベアトリス、それに慎二まで出ていった衛宮邸には、今は士郎と桜だけで住んでいる。イリヤはと言うと──、

 

「タイガ、つまみ食いは止めなさいっ。お行儀が悪いわよ」

 

「えーだってー! こんな美味しそうな料理を並べられたら我慢なんて出来ないわよ! 虎だ、私は虎になるのだっ」

 

 居間の食卓に並ぶ中華料理へ手を伸ばす大河と、窘(たしな)めるイリヤ。

 イリヤは今、藤村の家で暮らしている。聖杯戦争終了後も国には帰らないと言い出したイリヤの事を、大河が預かると言ってくれたのだ。以来、イリヤも大河と共に衛宮邸に朝食夕食を食べに来る仲になっていた。

 

 調理を終えた凛と桜が、盛り付けた皿を持って席に着く。士郎もそれに続いて座った。

 この場の五人が座った食卓は、皆が詰めて座っている為に不自然なスペースが空いている。

 ……スバルとベアトリスが座っていた場所だ。スプーンと皿が置かれているその空間には、今は誰も座っていない。

 寂し気な表情の大河は、遠い目をして呟いた。

 

「二人がいたのは、ほんの少しの期間だったのにね。スバルくんもベアトリスちゃんも、突然出て行っちゃうんだもの。──今日も呼んでいるんでしょ?」

 

「あ──、ああ。でも忙しいらしい。努力するけど、来れるか分からないって」

 

 士郎の返事に、そっかぁ、と大河は料理へ伸ばしていた手を引いた。もう暫(しばら)く、スバルたちが来るのを待つという事だろう。

 他の皆もそれに倣(なら)って、料理が並び終わったにも関わらず黙って時を過ごす。それだけ、ナツキ・スバルたちがいた食卓が皆にとって大きなものだったのだ。ほんの短い期間で、彼らは衛宮邸の団欒の一部になってしまっていたのだ。

 

 瞼を閉じればスバルと共に戦った日々が思い出される。

 前回と今回と、聖杯戦争は多くの犠牲を出している。故に、それが良い機会だったとは口が裂けても言えないけれど。……それでも、スバルと共に走り抜けたその日々はとても充実したものだったのだ。

 

 そんな、もう戻る事の出来ない鮮烈な思い出に士郎が浸っていると──、

 

 

 

 

 

「──ナツキ・スバル参上~って、うおっ、また豪勢だな!」

 

「──ふん、また料理の腕を上げたようなのよ。褒めてやるかしら」

 

 ナツキ・スバルとベアトリスが、廊下から顔を覗かせた。

 

 

 

「もう、スバルもベアトリスも遅ーいっ! タイガのつまみ食いを止めるの大変だったんだから!」

 

「ふーんだ、中々来ないスバルくんとベアトリスちゃんが悪いんだもーん!」

 

「ロリっ子に窘(たしな)められる教職者サイドもだいぶ悪いと思うけど……」

 

「半年経っても、このニンゲンにはまるで進歩が見られんのよ……」

 

 呆れながらスバルとベアトリスが居間に入ってくる。

 

 ──スバルたちは、あの聖杯戦争の決着以降も冬木に留まり続けている。

 

 半年前、聖杯の破壊後、感動的な雰囲気の別れの後でいつまでも消滅しないでいたスバルが『あのー、そろそろ消してくれないと気まずい。霊体化とかしといた方がいいか……?』と洩らした事は、今も凛がスバルをからかう時の鉄板ネタである。

 

 凛とイリヤの言う事には、聖杯の泥に触れた事で聖杯の力で受肉を果たしたのだという。結果、スバルは聖杯が無くなった後も身体を保つ魔力さえ確保できれば現世に居続けられるのだった。──恐らくギルガメッシュも同じ手段で十年間現世に留まっていたのだろう、と聞いたスバルは、それはもう苦々しい顔をしていたが。

 

 そんな彼らは今は衛宮邸を離れ、自分の稼ぎで部屋を借りて住んでいる。

 士郎は、家賃が勿体ないし衛宮邸に住んで構わないと言ったのだが……。

 

「いや、シロウとサクラが同棲してる屋敷に居られる訳無ぇだろ。馬に蹴られるわ!」

 

「だからってなんで僕とシェアハウスなんだよ!」

 

 スバルの肩を押しのけ、間桐慎二が居間へ上がり込む。……慎二の言う通り、今スバルは慎二と部屋を借りて共に生活をしていた。共同でインターネットマーケティングの仕事をしているのだと聞いた事がある。

 

「僕は衛宮の家での生活に文句なかったのに! 別に衛宮と桜が同じ屋根の下で乳繰り合おうと構いやしないんだから」

 

「向こうが構うわ! いい加減に妹離れしろよバカ兄貴、俺の未来知識チートで稼がせてやってるだろうが!」

 

「その稼ぎだって、ライダーの結界喰らった連中のアフターケアと、お前の現界を維持する魔力の確保で大部分消えてるじゃないか! 第一、僕を頼らなきゃ知識を活かす技術も才能も無い癖に偉そうにするなよな! 家のマヨネーズ全部処分してやってもいいんだぞ!」

 

「おまっ、俺がベアトリスとマヨネーズを人質に取られたら反論出来ないのをいいことに──!」

 

「調味料と同列に語られるのは不服過ぎるかしら!?」

 

 あんな風に日々賑やかにやっているようだ。

 桜も、最近の慎二は活気に溢れていると嬉しそうに話をしてくれる。

 慎二が愉しそうにやっている事と、一時は冷め切っていた兄妹仲が回復している事が、士郎は素直に嬉しかった。

 

 ひとしきり慎二と取っ組み合ったスバルは、咳払い一つ、席に着く。

 そうして皆の視線を集めると、手を合わせて、

 

「よし、それじゃあ全員揃ったところでパーティ開始と行こうぜ! ──いただきます!」

 

「「いただきます!」」

 

 皆で声を揃え、食事は始まった。

 凛と桜の中華料理は絶品だ。この半年で更に腕を上げた二人の料理に一同は舌鼓を打ち、明るい食卓は続いていく。

 

「兄さん、その姿勢は行儀が悪いです」

 

「──チッ、分かったよ。口うるさいとこまで男に似たのかぁ、桜?」

 

「相変わらず品の無い奴なのよ。こいつ一緒に暮らしててもずっとこの調子かしら。タイガに一発、ガツンと叱ってやって欲しいのよ」

 

「むむっ、虎の一閃をご所望か!? 先生の愛の鞭が火を噴くZE!」

 

「ベアトリス、あまりタイガを調子に乗らせないでよね。──リン、おかわりを頂ける?」

 

「ええ、どうぞ。──まったく、この家の食卓はいつも賑やかね。」

 

 騒々しい食卓風景。

 それは間違いなく、士郎が戦い抜いて勝ち取った平和だった。

 

 ……皆が和気藹々と触れ合う中、士郎は正面を向いたままで隣のスバルへ声をかけた。

 

「──なぁ、スバル」

 

「──ああ、どうしたよ」

 

「俺、ボランティアとか色々やってるけどさ、まだまだ正義の味方だなんて名乗れない。きっと俺が目指しているのは、不確かで遠い、一生かけても届くか分からない道のりなんだと思う」

 

「……シロウ」

 

「でもスバルが教えてくれたんだ。少なくともこの食卓を俺は守れてる。俺は皆にとって正義の味方でいられてる。正義の味方になるってのはきっと、この食卓をずっと広げていく道程なんだよな。……だから俺は大丈夫だ。俺はこの道を、歩いていける」

 

 ──答えは得た。もう衛宮士郎は迷わない。

 果ての無い荒野へ歩き出す。

 一歩一歩、理想への道を進んでいく。

 

 士郎は己が相棒の方を向き、手を差し出した。

 

 

「ありがとう、スバル。俺の手をとってくれて」

 

 

 差し出された手と、スバルは固く握手を交わす。

 シロウの手の甲には、今も刻まれた令呪。二人の絆の証が輝いていた。

 

 ──聖杯戦争は終わった。

 しかし人生は続いていく。

 エンドロールの先で、正義の味方はささやかな日常を守っていく。

 

 閉じた瞼の裏には、あの夜、格好を付けて現れた英雄の姿が今も鮮明に残っている──。

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 それから幾度も季節は巡って。時が流れて。

 

 

 

 春の陽気の下、スバルはベアトリスを連れて住宅地を歩いている。しかしスバルの顔は、普段の軽薄な態度は鳴りを潜めており、どこか緊張を感じさせるものだった。

 ベアトリスはそんな態度のスバルに苦笑し、緊張をほぐそうと話題を振る。

 

「それで。スバルは、会ったら何がしたいのかしら」

 

 少女の問いに、スバルは立ち止まり少し思案すると、

 

「──そうだな、まずは謝る。そしてお礼が言いたい。どっちも言いそびれた事だ」

 

 遠い目をして言った。

 そうだ。この身には伝えたい言葉がある。届けたい想いがある。

 スバルはその為に一時冬木市を離れ、懐かしきこの地に来たのだから。

 

「それに話したい事が沢山あるんだ。好きになった子の事、好きになってくれた子の事、陣営の皆の話に……それに、こっちに来てからの冬木の仲間との事も。英霊ナツキ・スバルの、ゼロから始めた聖杯戦争の話もしなくちゃな」

 

「でも、神秘は秘匿するのがこっちの世界のルールらしいのよ」

 

「あー、それは多分大丈夫」

 

「む。ちゃんと秘密にしてくれる人たちなのかしら」

 

「ご近所さんはいつもの与太話だと思って誰も信じないと思うから」

 

「信頼が無さすぎるのよ!? 会うのが不安になってきたかしら……!」

 

 ベアトリスの可愛らしい反応に頬を緩めつつ、スバルはその門の前に立つ。

 もう二度と帰ることが出来ないと思っていた、その一軒家の前に、立つ。

 

「────」

 

「緊張、しているのよ?」

 

「──してる。俺は受肉してるとはいえ人間じゃない訳だしな。拒絶されたらどうしようって、凄く怖いよ」

 

「何があってもベティーがついているかしら。それにスバルには頼れる仲間が──シロウたちがいるのよ。胸を張って会えばいいと、ベティーは思うかしら」

 

「……サンキュー、ベアトリス。いつも心配かけるな」

 

「それは言わない約束なのよ」

 

 こちらを慮る小さな手を握り返して、目の前の家を見上げる。

 

 

 

 ……英霊ナツキ・スバルの、聖杯にかけた願い。

 生前、ナツキ・スバルはやりきった。王選を、その後の人生を駆け抜けた。

 聖杯に願わなければならないやり残しなど、ナツキ・スバルの異世界生活には無かった。

 

 ──異(・)世(・)界(・)生(・)活(・)、に(・)は(・)。

 

 

 

 スバルは目を閉じ、一度大きく深呼吸をすると。

 

 『菜月(ナツキ)』の表札を横切り、扉を開けた。

 

 

「────ただいま」

 

 

 

『英霊スバルのゼロから始める聖杯戦争』 Fin

 




 これにて完結となります。

 次回、あとがきの更新に伴い定期更新は終了致します。
 皆様の沢山の評価・感想コメントのお陰で走り切ることが出来ました。
 二ヶ月半の間応援いただき、本当にありがとうございました。
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