「──は?」
躱した筈の槍は容赦なくスバルの心臓を仕留めていた。
日本家屋の庭先。青白い月光だけが照らす夜闇に、真っ赤な鮮血が散る。
おかしい。
おかしいおかしいおかしい。
確かに躱した確かに凌いだ、奴の背中側に接近したのだから槍の長さを考慮すれば心臓を貫かれる筈がない。二の太刀で死ぬならまだしも一振り目が心臓を穿っているのは意味が分からない道理に合わない常識の範疇に無い何故何故何故まるで全ての小細工は無意味だったかのようにまるで
もはや絶命を避けられぬ状況にただ感情の大海に溺れていたスバルは、その慟哭を聞いた。
見れば、土蔵にいた赤髪の少年が視界の外から走りこんできていた。
生身の体で。得物の一つも持っていない空手で。勇気と無謀が違うものであるならば、少年のそれは後者だったと言わざるを得ない。
「……バッ、逃げ……!」
満足に叫べないスバル。それを後目にランサーは覇気の無い態度で、
「おい坊主、落ち着けよ」
声と共に、スバルの体から槍が引き抜かれる。槍という支えを失った勢いのままに崩れ落ちる最中、走ってくる少年が視界に映った。
「────」
──その少年の顔が脳裏に焼き付いた。
死に行くスバルに悲しんでいる──
代わりに強く宿るのは、怒りだ。死を振りまく理不尽な暴力への、強い憤り。
死への諦観と、死をもたらすものへの義憤。一見矛盾するその感情の発露は。スバルも足を踏み入れた──地獄を見慣れてしまった者の眼差しではなかったか。
その眼光に、スバルは共感と危うさを覚えて。
……だからといって何もできないままに、地面に勢いよく叩きつけられた。
「……っ!」
もはや痛みに反応して声をあげることもできず、胸に穴の開いたスバルは、べちゃりと赤い液体を散らしながら倒れる。
もはや指の一本も動かせないスバルは、少年の拳をランサーが易々と止める光景を見ていることしかできない。拳を掴まれた少年は尚も食ってかかる。
「どうして殺したんだ! お前の狙いは俺だったんじゃないのか!」
「そう噛みつくな、もう捕って食いやしねえ。坊主はもはや部外者じゃな──」
「──衛宮くん、下がって! ──アーチャー!」
突如、少女の声が庭に響いた。
声に呼応して空から急降下してきたのは、一人の男だった。紅い外套に身を包んだ褐色の男は、両手の双剣をランサーに振り下ろす。
双剣と槍がぶつかり散る火花。ランサーは強襲をいなすも、苛立ちを隠せず舌打ちした。
「チィ、追ってきやがったかアーチャー!」
アーチャーと呼ばれた男はそこから後ろ飛びに下がりつつ、双剣を槍兵へ向け投擲。回転する刃が両側からランサーを追い立てる。投擲剣の追撃を嫌ったランサーもまた距離をとり、戦場に一時の静寂が生まれた。
しかし、表情が曇るのはランサーばかりではない。下がるランサーを見届けたアーチャーは、自身の後ろに降り立った少女へと不満げに口を開く。
「凛、まさか気付いていないとは言うまい。その少年はマスターだ。そしてサーヴァントを従えている。刃を交える理由はあっても、手を貸す理由があるとは思えないが──」
「……だとしても、あのサーヴァントはもう死に体よ、すぐにでも消滅するわ。アーチャーあなた、私の事を敗退者に追い打ちをかける貧者にしたいの?」
「──まったく、口の達者なマスターを持つと苦労する……!」
アーチャーが、いつの間にか再び持っていた双剣でランサーに切りかかる。
「と、遠坂!? お前なんでこんなところに──」
「黙って下がっていて。あとで説明はしてあげるから」
遠坂と呼ばれた少女とアーチャーの乱入によって混迷を極める庭先。
……しかし、スバルが目撃できるのはここまでのようだ。話す声が、意識が遠のいていく。いよいよスバルの命の灯が消えつつあった。
「……仲間、か。……よかった」
どうも遠坂という少女は少年を助けに来てくれたようだ、とスバルは内心胸を撫でおろす。自分が死にゆく世界ではあるが、少年が無事で何よりだと、心からそう思えた。
この周回では生き残れなかったけれど、願いは果たせなかったけれど、この仮初の身にも守れたものはあったのだと、そう感じられて──。
その感慨を、優しく包むものがあった。
スバルの手を、誰かが握っている。
誰かは、恥じるように、悔いるように言った。
「──ごめん、俺にはお前が救えなかった」
謝罪の言葉。……何故ここで謝るのか。
スバルが体を張ったのだ。仲間が駆けつけてくれたのだ。感謝や安堵の言葉を口にするのが普通だろう。そこで、何より先に己の無力を吐露する、なんて。
「……ああ。間違いなく、俺のマスターだろうよ……」
分かる。スバルには分かるのだ。
目の届く皆を守りたくて、でもこの小さな手で救えるものなどなくて、自分は託されたのに、やらなければならないのに、結局何も成せなかった者の謝罪。
その在り方は、ナツキ・スバルのそれによく似ていたから。
「……待って、いろ。俺が……」
誰かの手を握り返す。力はまるで入らないが、それでも、思い切り握る。
スバルの心を救ってくれた人たちに、誇れるように。
今度はスバルが、その手をとって──、
「……俺が、必ず──」
まだ名も知らぬこの少年と、聖杯戦争をきっと戦い抜いてやる。
──そうして、サーヴァント、ナツキ・スバルは。
心臓を失い、命を喪った事此処に至って、今生の運命を見定めたのだった。
……ああ、でも。
そんな己がマスターに、一つ文句をつけるとするならば──。
「もう少し余裕をもって召喚して欲しいもんだな!」
土蔵でのリスタートを認識した瞬間、ギルティウィップを振るう。
槍の軌跡は二度も体で覚えさせられている。その軌道にあらかじめ振るわれた鞭は朱槍を叩き、間一髪でスバルの身を守った。
「よし、上手くいった……!」
「なに──!?」
スバルはそのまま鞭をランサーに叩きつける。前回と同じなら、この反撃でランサーはこの土蔵から距離をとってくる──!
「
「チィ──!」
ランサーはたまらず大きく飛び退く。
「──本気か。七人目のサーヴァントだと……!?」
スバルはランサーが下がったことを確認して、後ろの少年に視線を移す。
召喚者の少年は尻餅をつき、呆気に取られていた。サーヴァントの召喚が成功すると思っていなかったのか、あるいは少年にとってもスバルを召喚は理外の現象だったのか。ただただ信じられないものを見る目でスバルを眺めている。
この光景だけ見れば、少年の姿はそれは無様なものだ。
……しかしスバルは知っている。
我が身を顧みずランサーに飛び掛かった、彼の無謀と激情を知っている。
死にゆくスバルの手をとって謝罪を述べた、彼の無念と絶望を知っている。
「あんた無事か、無事だな、そりゃなにより。さて──うぉっほん!」
大げさに咳払いをして、天高く人差し指を掲げて。
「サーヴァント・セイバー、ナツキ・スバル。召喚に応じてただいま参上! あんたが俺のマスターか?」
そう、高らかに名乗りをあげた。
目を瞬かせる赤髪の少年。……その視線が、少しばかりこそばゆくて、
「まぁ、とは言っても──俺のご主人様はエミリアたんだけなんだけどね! 言うなれば俺はサーヴァントになる前から愛の
「…………」
「うおお照れ隠しで凄まじくスベり倒した! 第一印象コレは最悪だろ……」
──それが第五次聖杯戦争、最後の一組。
英雄未満と英雄未満。
英雄幻想と英雄夢想。
セイバーとそのマスター、運命の邂逅であった。
◆サーヴァントセイバー:ステータス
CLASS:セイバー
真名:菜月 昴
属性:中立・善
筋力 D 魔力 D
耐久 E 幸運 C
敏捷 D 宝具 E
◆クラス別能力
対魔力:EX
一部の呪い・権能にのみ耐性を持つ。
騎乗:D
騎乗の才能。地竜を手なずける事に長ける。
◆保有スキル
カリスマ:D+
軍団を指揮する才能。セイバーの精神状態によりE~Bランク程度の効果を発揮する。
精霊騎士:A【不完全な召喚により現在使用不可】
精霊使いの才能。契約精霊を顕現させる。顕現中は『魔法』が使用可能。
【 霊基情報に一部、参照不能領域 有り。 】
──愛してる。
愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。