「えー、改めまして、俺の名前はナツキ・スバル。マスター、あんたの名前も聞かせて欲しい」
月明りに青白く照らされた土蔵。掴みでスベり倒したスバルだったが、気を取り直して尻餅をついた少年に手を差し伸べる。
少年は未だ混乱しながらも、スバルの手を取って立ち上がった。
「ありがとう。……俺は、衛宮士郎。この家の人間、だ」
「エミヤ・シロウ、だな。あんた──いや、
「あ、ああ。仲良くって言うなら聞きたいことが──」
「悪いシロウ、それは後にさせてくれ。そりゃあ俺としても、この素晴らしき出会いに祝杯でもあげたいところなんだが……」
「──あぁ、それはこの場を生き残れたら存分にやってくれ」
背後からかけられる声。ランサーは槍を構え、こちらを睨む。……が、しかし。その実、ランサーがここでスバルたちを仕留める気がないことをスバルは知っている。前回のように彼の地雷を踏みさえしなけえればこの場は凌げるのだ。
「あー、ランサー。……ここは引いとかねえ?」
「あぁ?」
「あんたの役目って偵察だろ。最後の一人、セイバーのサーヴァントは召喚された。マスターは後ろのシロウだ。それで今日は引いてくれねぇかな」
「……へぇ。何故オレが偵察だと思う?」
「──そう、だな」
ランサー本人から聞いた、とは口が裂けても言えない。スバルは少し言い淀み、
「……俺の事『七人目のサーヴァント』って言ったろ。まだサーヴァントも出揃ってない内から他の全陣営を把握してるってのは、積極的に諜報活動をしてる証明だ」
「…………」
「それに、俺がセイバーを自称したことに突っ込みを入れてこねえ。俺のナリが剣士に見えるのかよ、あんた。既に残ったクラスがセイバーだろうって目途が立ってたから受け入れられたんだろ? それがあんたが偵察だと思う理由だ」
「──ほう」
嘘だ。スバルの言い訳は『ランサーはマスターから様子見の命令を受けている』という前提を知った上で構築された、後付けの論理である。しかし、今のスバルが知り得る情報だけでそれらしい弁明はできた筈だ、とスバルはランサーの反応を待つ。
ランサーはしばし黙ると、顔をあげ、
「良い読みだ、セイバー。気に入ったぜ。……だが一つしくじったな」
「しくじった……?」
「確かに退くつもりだったんだが、今ので気が変わっちまった。もう少しお前さんの力が見たくなった。……オレとしてもここで殺すのは本意じゃねえんだ、死なないでくれよ?」
「はあ!? おい嘘だろ──!?」
槍を構えるランサーにスバルは士郎を庇って後ずさる。
しかしランサーは一息でその距離を飛び越え、朱槍の射程に引きずり込んだ。
「そらそらそらそらァ──!」
「うぉおおおおっ!?」
軽妙に突きを連打するランサーに、スバルは士郎を安全圏に突き飛ばし、自身も横に飛び退き受け身をとる。回避で精一杯、反撃など叶うべくもない。
話が違う! と滝のような汗が噴き出すスバル。
「前回は話せば撤退してくれたろうが! 好感度が上がったら強制戦闘とか罠過ぎんだろ!」
前の周回はスバルが腕を怪我して満身創痍だったのも大きかったのかもしれない。こんなことなら槍を食らっておくべきだった……などとは微塵も思わないが、ともかくランサーを弁舌で退かせることには失敗してしまった。こうなれば武力で撤退を促すしかないのだが──。
体勢を立て直したスバルは返す刀で鞭を振るが、正面切っての攻撃は当然のように槍に阻まれた。
「不意打ちのギルティウィップ止められてる俺にはもう手が無ぇ!
本来、英霊ナツキ・スバルにはプリティで頼れる相棒がいた筈なのだが──何故か呼べない。……本来サーヴァントとマスターを繋ぐ筈の魔力供給のパスが、士郎との間には希薄にしか感じないことと関係がありそうだが。
ともかく。呼べない味方を頼る訳にもいかない。頼るならば──呼べる味方だ。
余裕の表情で歩み寄るランサーから視線は外さず、共にランサーを睨む士郎へ声をかける。
「シロウ! 颯爽と登場しておいて悪いが、俺じゃランサーに太刀打ちできない! お前の大魔法に期待していいか!?」
「なんでさ!? スバル、お前こそあの青いのと同じ超人なんじゃないのか!」
「強くてラブリーな相棒はいるけど今はお留守だ、上限解放したら呼べると思うから愛想尽かさず育成してくれよな! ……それで、シロウには手立てはあるか!?」
「手立てって、言っとくけど『強化』の魔術しか使えないぞ俺! 物を鉄くらいの硬さに補強できる」
「俺も人の事言えないけど、使いどころに困る能力だな!? 最初から鉄パイプとか持ってたら済むじゃん!」
「仕方ないだろこれしか教えてもらってないんだから! これでも今日は調子が良いんだぞ、これまではろくに成功した試しが無かったんだ」
「畜生、バッドニュースが矢継ぎ早にっ!」
ぎゃいぎゃい、といがみ合う二人。ランサーはその光景に鼻を鳴らしつつ接近する。
「仲睦まじくて何よりだ。うちのマスターにも多少は見習ってほしいところだが……しかしそうやって漫才してるだけじゃあ、オレの槍からは逃れられねえぜ」
もはや待つつもりはないと構えるランサー。対する二人は端的にいくつか言葉を交わし──、
「──シロウ、
「──わかった!」
何某かの意思疎通を済ませると、同時に別々の方向に駆けだした。スバルは左に大きく後退、広い庭で鞭を最も活かせる距離を保つ。士郎は右に疾走、軒先から屋敷・衛宮邸に上がり込む。
ランサーはこの二択、逡巡無くスバルを追った。生身の人間の士郎とリーチの長い鞭を持つセイバー、優先順位に迷う余地など無い。
「まぁ、狙うなら俺だよな! 戦士同士の正々堂々とか好きそうだし、あんた!」
「マスターを逃がしたのか、男を見せるじゃねえかセイバー」
その称賛には答えず、スバルは鞭を振り抜く。槍を絡めとろうと迫った鞭は、しかし中心を軸に回転した朱槍に事も無げに弾かれた。
「そいつはもう見切った。さあ、奥の手を出し渋ると後悔するぜ──!」
スバルが持ちうる最速の攻撃手段にあまりに無慈悲な言葉を浴びせ、ランサーはその朱槍を突き出した。空気を裂きスバルの体をも裂こうと迫る刃。そこへ──、
「──
聞こえた呪文、迫る風切り音。その正体がランサーとスバルの間に勢いよく割り込んでくる。現れたその巨大な
「盾だと──!?」
「ジャパニーズ襖だぁ──!」
『強化』され鉄の如き堅牢さでスバルを守ってみせた襖を踏み越え、スバルは拳を振りかぶる。その全力の拳が唸りをあげランサーの顔面をぶち抜いた。──が。
「坊主は援護に下がっていたのか。いい連携だ、少しは効いたぜ」
「そんな涼しい顔で言われてもな……!」
ランサーはスバルの拳に怯んだ様子はない。
「奮闘はお終いか? 期待外れだ──、ッ!?」
──ガン、と鈍い音。
発言を打ち切りランサーが咄嗟に腕で受け止めたのは、背後から放たれたランサーの頭を狙う横薙ぎの一閃だ。
「坊主か。いや、しかしどこからそんな得物を──いや」
振り返るランサーが見たのは、長物を持った士郎だ。彼が構えるは、自身の身長を超える2mの棒。それは──、
「セイバーの鞭か!」
「──
今スバルの手にギルティウィップは無い。襖を盾にする瞬間、その陰で士郎へ投げ渡している。そしてその鞭はいまや鋼鉄の武器となっていた。
ギルティウィップは4mの長さを誇る鞭だ。それを二つ折りに束ね、物質を補強する強化魔術で2mの棍棒としたのである。
スバルの鞭と士郎の魔術。主従が初めて敢行した、ランサーに奇襲を仕掛ける為の即席の協力作戦だった。
「剣というにはあまりに大雑把すぎるが、名付けて"ギルティブレード"ってところだ! 更に──!」
スバルは士郎を向いたランサーの背に飛びつく。両手足を使って羽交い絞めにランサーを拘束した。
「よし、シロウ今だ!」
「馬鹿な! セイバー貴様、英雄の身にあってマスターに戦闘を丸投げなど──!」
「生憎と仲間に頼るのは美徳だと教えられて育ったもんでな! それに俺は気を許した相手には無茶振りするタイプだ。己がマスターであろうと戦場で並び立ってもらうぜ! ──シロウ!」
「ああ!」
魔槍に並ぶ射程の"ギルティブレード"を手にした士郎が、スバルに拘束されたランサーへ迫る。接近の勢いのままに棍棒を思い切りランサーの顔面へと振りかぶった。
しかしそこはランサーも槍の英霊、肩と股が満足に動かない状態でも器用に朱槍を操り迎撃する。士郎も負けじと果敢に攻め込みランサーを牽制。……戦況に一時の膠着が生まれようとしていた。
「よし、これなら──」
──しかし、その膠着は気まぐれに
「発想は面白え、機転も効いてる。だが
ランサーは事も無げに士郎の手を打ち、棍棒を打ち上げた。次いで背面に肘を叩き込みスバルの脇腹にねじ込む。
「がっ──!」「ぐぁっ──!?」
スバルが悶絶し拘束を解いたところで、すかさず正面、棍棒を失い無防備になった士郎へ弾丸のような蹴りを叩きこむ。士郎の体は数メートルは吹き飛び、地面に叩きつけられ嗚咽が漏れた。
「ぎ、がぁ──ッ!」
「し、シロウ!」
「……大丈夫、だ……! それよりスバル……
「いいや充分だ、助かったぜシロウ! 時間稼ぎはここまでだ。……やっぱりな。ランサーの野郎、こっちが奇抜なことをしたら付き合ってくれると思ったぜ」
二人の発言に、ランサーは怪訝な目を向ける。
「──時間稼ぎ、だと?」
スバルの物言いは、まるで戦闘を長引かせれば勝機があるとでも言うようだ。
ランサーは自身の継戦能力に相当の自信がある。元よりその身が戦闘続行に長けた英雄であるが故に、当然スバルの日和見的な発言には眉をしかめた。
「セイバー、貴様」
スバルの首元に槍の刃先が立てられる。薄皮一枚が裂け、真っ赤な血が真紅の槍に溶けた。
「オレを侮辱するか。殺すのは本意でないとは言ったが、適当に時間を稼げばオレが退くと踏んでるなら、その舐めた公算のツケは命で払うことになるぞ」
「いやいや舐めちゃいねぇよ。あんたはフランクだけど無慈悲。軽薄だけど誇り高い。超警戒しなきゃいけない強敵だ」
「──ならば」
ならば何故、このサーヴァントは。
首に槍を突き付けられてなお。
……勝機を掴んだとでも言いたげな、勝ち誇った顔をしているのか。
「あんたは俺みたいな木っ端英霊じゃとても太刀打ちできない。だから──!」
スバルは満を持して、大きく息を吸い、叫ぶ。
「だから助けてくれ!! ──トーサカちゃん! アーチャー!」
「────!」
「え──?」
その嘆願に、ランサーのみならず士郎すら虚を突かれる。
「──ああ、もう! 後できちんと説明してもらうから!」
衛宮邸の高い塀を飛び越え、第三の陣営は姿を現した。
一人は少女、紅いコートを纏った黒髪の少女。
一人は男、紅い外套を纏った筋肉質の男。
戦場に、二つの真紅が降り立つ。
「アーチャーお願い!」
「……君は余計な荷物を背負おうとしているぞ、凛」
愚痴を溢しながら紅い弓兵が鉄火場に乱入する。
此度のアーチャーの手には、その呼称に相応しい弓が構えられていた。そこから射られた矢が一直線にランサーを襲う。──常人には光の閃にしか見えぬ必殺の一射。されどランサーは舌打ちをしながらスバルの首にかけていた槍を操り、その矢を叩き落とした。
その超人的な攻防に思わず、アーチャーは多彩な戦術をとるサーヴァントだな、なんて場違いな感想を抱くのを振り払い、スバルはアーチャーに呼びかける。
「よく来てくれたアーチャー! とりあえずこのランサー──『クー・フーリン』を追っ払いたい! 奴の宝具は振るえば絶対心臓を貫くっつーチート技だ、気を付けてくれ!」
「なに──!? セイバー、何故それを──」
スバルの横紙破りにランサーが瞠目した。この周回のランサーには気の毒なことだが、容赦なくネタバレして対策させてもらう。
──魔槍ゲイボルクを操る戦士の名はクー・フーリン。ケルト神話の半神半人の英雄だ。
女王メイヴ率いる軍との闘いでは呪いに侵され、奪われたゲイボルクで貫かれてなお最期まで倒れることなく戦い続けたと伝わる勇猛な戦士である。
「……やはり
「……クランの、猛犬。そうか、前回機嫌を損ねたのもその辺の誇りに触れちまったってことなんだろうな」
ランサーを負け犬と呼び、結果命を落とした前周回を思い返すスバル。どうやら相手の真名を知る事は、戦術だけでなくコミュニケーションの観点でも大きな指針となり得るものらしかった。
ともかく、スバルはアーチャーの救援を後ろ盾に、今一度ランサーに語り掛ける。
「ランサー、これで4対1だ。勿論あんたの実力なら切り抜けられるんだろうが、こっちも必死に抵抗はさせてもらうぞ。どっちにとっても損だ、ここは引いておこうぜ」
「はん、これが狙いかセイバー。……いいだろう。ここは引いてやる。マスターの命令に殉じて、な」
ランサーは構えを解き、背を向ける。が、一度こちらを振り向くと好戦的な笑みを浮かべた。
「鞭使いのセイバー。その顔、覚えたぜ。──またな」
それだけ言うと、超人的な脚力で夜の闇へ跳び去っていった。
スバルはその背が見えなくなるのを確認すると、大きな溜息を漏らす。
「凌ぎ切った……」
時間にすれば、スバルの召喚からわずか五分ばかりの出来事。しかしスバルとしては二度心臓を抉られ、その後も圧倒的強者からの危機に瀕し続けた、文句なく必死の五分間だ。その時間の終わりに、思わず肩の力が抜けた。
「シロウ、トーサカちゃん、アーチャー。皆ありがとう、本当に助かった」
その面持ちのままに皆の元へ振り返る。……が、遠坂凛はただならぬ雰囲気だ。
「…………」
「……ええと、トーサカちゃん?」
「あなた、衛宮くんのサーヴァントでいいのよね。クラスは?」
「せ、セイバー……」
「その割には剣を持っていないようだけど……ひとまずいいわ、じゃあセイバー」
凛のその整った顔は、笑顔の表情を浮かべている。……笑顔、なのだが。
「私の名前は遠坂凛。……でも、どうやら既にご存知だったようね。私たち、初対面だと思うのだけれど?」
ゴゴゴ、と効果音が聞こえるほどの威圧感を出す少女。
「おそらく衛宮くんは聖杯戦争のことを知らないままマスターになってしまったんでしょう? 私は彼に聖杯戦争の説明をするつもり。セイバー、あなたも、私とアーチャーのことをどうやって知ったのか、きちんと説明をしてくれると思っていいのよね?」
「あー……まぁ、そうなるよな……。……シロウ、家あがっていいか?」
「あ、ああ。そりゃあ構わないけど……その、なんだって遠坂がここに……?」
士郎もまた歯切れの悪い雰囲気。何も分かっていない身でありながら、彼もまた凛の放つ圧力に気圧されているらしい。
さて、どう言い訳したものか、とスバルは苦悩する。凛の名前は『死に戻り』の過程で知っただけで、スバルは士郎と彼女の関係性すら知らないのだが。
「一難去ってまた一難、か。……初っ端からハードすぎんだろ、聖杯戦争。命がいくつあっても足りやしねえ」
三度目の命を拾いながら、英霊は衛宮邸へと入っていった。