──士郎たちにとっての"死"が、そこに立っていた。
「じゃあ殺すね。やっちゃえ、バーサーカー」
「■■■■■■──!!」
過去に一度だけすれ違った少女──イリヤの命令で、バーサーカーと呼ばれたサーヴァントが咆哮する。
『早く呼び出さないと死んじゃうよ、お兄ちゃん』
あの時は分からなかった彼女の忠告が身に染みる。今、眼前では吠えているものが"死"以外の何だというのか。
「────っ」
衛宮士郎は濃密な死の実感に吞まれそうになる。
この感覚は十年前にも体験したものだ。あの地獄と同じ、命を焼かれる実感が背筋に走った。少女と巨人の殺意は本物だ。あのバーサーカーの咆哮を止めない限り、十年前と同じことが起きるのだろう。──その時また、衛宮士郎は見捨てるのか。誰かの助けを乞うその手を──。
「皆、構えろ!」
──その声に、現実に引き戻された。
「トーサカちゃん、アーチャー! 跳んで来るぞ! 顔面を迎撃して目晦ましを頼む!」
士郎と一蓮托生だと宣言した少年、ナツキ・スバルが指揮をとる。彼の言葉通りにバーサーカーは次の瞬間にその巨体からは信じられない跳躍を見せ、空からこちらへ飛び込んでくる──その体に眩い銀光が炸裂した。
「本当に来た──!
スバルの指示に合わせ用意をしていた、アーチャーと凛の迎撃である。アーチャーが放つ矢、凛が撒いた黒曜石に反応して出現した光弾は、恐るべき速度でバーサーカーの顔面を砕かんとする──が、しかしその肉体には傷一つ付いた様子は見られない。
「く、なんてデタラメな体──!」
「いやそれでいい! 皆こっちだ、
背後から聞こえる声。振り向けば、スバルが道路を逸れた舗装されていない砂利道へ飛び込んでいく。その自身に満ちた行動に、士郎は今のスバルにランサーを撃退した時と同じ頼もしさを感じ、意図も聞かぬままに駆け出した。
「遠坂、行こう!」
「ちょっと衛宮くんまで──もう、なんだって言うのよ……!」
全員でスバルを追う。──と、背後でコンクリートを砕く爆音。
先程までスバルがいた地点に着地したバーサーカーは、吠えながら首を振っていた。スバルの指示通りに顔面を集中狙いした目晦ましが存外に効果を発揮したらしい。
「■■■■──!」
「セイバーが逃げるわ、早く追いなさいバーサーカー!」
背後に聞こえる少女の怒声。そう、バーサーカーはすぐに追ってくる。奴から逃げ切れる程の距離はとれない、このままではただ余命を僅かに伸ばしたに過ぎないが……。
「ああ、勿論逃げ切れねぇ。だから戦う。場所を変えたのはあそこじゃ勝てないからだ。あんな化け物相手にアイテムなし終点とか、何百回やったところで勝ち目が無ぇ」
スバルが皆を連れて逃げ込んだのは、道を外れたところにある外人墓地だった。無骨な墓標が立ち並ぶ墓地の奥、墓石の集中した場所へ到着するや否や、スバルは皆へ振り返ると矢継ぎ早に告げる。
「アーチャー、俺たちがバーサーカーの隙を作る。そうしたら数秒で良い、バーサーカーの剣と右腕を釘付けにしてくれ」
「…………」
「トーサカちゃん、Aランクの攻撃できるよな。悪いがヘソクリを吐き出して貰うぜ」
「──セイバー、あなた」
スバルのテキパキとした指示。それに疑念の目を向けるアーチャーと、目を見開く凛。しかしそれで二人との会話を打ち切ると、スバルは士郎の肩を叩いた。
「シロウ」
「ああ」
「今回もお前の魔術が頼りだ。頼めるか」
「────」
──あんな怪物相手に、衛宮士郎に何ができるというのか。あれは神話の存在だ。どこの英雄かなど分からずとも、生きる世界が違う、規格外の怪物であることなど見れば分かる。……そんな化け物を前に、お前の力が要るのだと、少年は助けを求めていた。
……ならば答えなど決まっている。
「──任せろスバル。俺はお前のマスターだからな」
「ああ、頼りにしてる! シロウに頼みたいのは墓石の強化だ。ここの墓標をできるだけ沢山強化して欲しい」
「わかった。ならすぐに──」
理由など聞かずに取り掛かる士郎。その背に、
「──シロウ! いいか!」
スバルが告げた。
「武器だ! お前が解析して補強するのは、
「──武器」
スバルの叫びに、士郎の中でカチリ、と何かの歯車が合った気がした。
「■■■■──!」
「そら来たぞ! バーサーカー倒し隊、アッセンブル!」
墓地へ乱入するバーサーカー。
対するスバルは初めて聞くチーム名を叫び、バーサーカーの前へ駆け出していく。士郎もまた、託された使命を果たすべく墓石に触れた。
……士郎が強化魔術を使う際の手順だ。構成材質を解明し、己の内に設計図を走らせる──。
「──
──寝ている時。鍛錬をしている時。士郎が
イメージするものは常に
「──構成材質、解明」
湧き出すイメージ。その衝動に準じろ、とスバルは言っているのか。
『士郎が解析して補強するのは常に武器の筈だ』とは。
士郎が常に剣を想うのは、邪念でなく、衛宮士郎とは剣を打つ存在だということなのか。
「──構成材質、補強」
魔力を流し込み墓石を強化する。否、これは墓石ではない。今この時だけは墓碑銘を刻むものでなく、生者を生かす為の鉄壁の盾だ。士郎がそうするのだ──。
「──
上手くいった。強化された墓石は頼もしく、もはや何事にも決して動じはしないと思われる程だった。
──まだだ、これで終わりじゃない。士郎は成功の感慨もそこそこに、今の感覚を忘れないようにと次なる墓石へ向かい、同じように強化を施していく。一つ、また一つと首尾良く墓石を盾に変じていった。
「うぉぉぉっ! シロウ! 首尾はどうだ──!」
「スバルか、これで五つ──って、うわぁ!?」
スバルが叫びながら駆けてくる。……背後にバーサーカーを引き連れて。墓石と墓石の間を器用に走るスバルに対して、バーサーカーはその大きな図体故に道中の墓石を斧剣や蹴りで砕きながら迫ってきていた。どうやらスバルはここまでも障害物を使ってなんとか凌いできたらしい。
「■■■■──!」
「馬鹿、バーサーカー引き連れてくる奴があるか!」
「悪い、もう限界だ! それ強化してる石だな!? よし!」
バーサーカーが背後まで迫っていたスバルは、士郎の肩を抱くと共に間一髪、墓石の陰に滑り込む。しかしここまで障害物の全てを砕いてきたバーサーカーは、同じように墓標ごとスバルを仕留めんと斧剣を思い切りスイングした──!
狂戦士の暴風のような薙ぎが墓石諸共にスバルの身体を砕──かない。
「墓所で暴れる罰当たりな奴には、鋼鉄殴りの刑ってな!」
斧剣は強化された墓石にせき止められていた。しかしそこは圧倒的膂力のバーサーカー。そのまま力任せに腕を振り抜くことで、墓石は周囲の土ごと強引に地中から掘り起こされ薙ぎ倒される。バーサーカーが受けたダメージは無く、ただ数秒その動きを止めただけだ。
「──それで充分!」
スバルはその数秒で強化を施された次なる墓石の影に隠れる。士郎が作り出した、スバルを守る盾の森。当たれば数秒その猛攻を止めさせる鋼鉄の墓標たちが、バーサーカーの周囲を取り囲んでいた。
「考えたなスバル……! けどこれじゃジリ貧だ」
「だいじょーぶ。お相手のお姫様は短気なんでな」
「お姫様って──イリヤが、」
なんだって言うんだ、と。言い切る前に墓地へ割り込む声があった。
「何をやっているのバーサーカー! そんな弱っちいサーヴァントに遅れを取るなんて、手を抜いてるんじゃないでしょうね!」
「──来た」
イリヤは憤慨した様子で墓地に踏み込み叱責を飛ばすと、バーサーカーに命令を下した。
「墓標が邪魔なら全て薙ぎ倒してしまいなさい──!」
「■■■■■■──!!」
恐るべき指示を出すイリヤ。バーサーカーは大振りに斧剣を振って周囲の墓石を薙ぎ倒し始めた。
せっかく強化した盾も身を隠せなければ意味が無い──。覚悟を決めた士郎が一か八か身を乗り出そうとした時、その肩が横から掴まれる。
掴んだ張本人スバルは──目つきの悪さも
「それは悪手だろ、ロリっ子」
スバルの呟きと同時に、周囲の墓石を薙ぎ倒すバーサーカーの振り切った右手に迫る刃が二つ。ここまで動きの無かったアーチャーが突如双剣を投擲したのだ。両側から斧剣を掴む腕に迫る剣は、しかしバーサーカーの腕を傷付けることは叶わず弾かれる。
「──
しかしアーチャーは更に同一形状の双剣を投擲。
駄目だ、その刃が狂戦士の肌に通らないことは分かっているだろ──と。内心叫ぶ士郎だが、しかし次にその目に映ったのは、在る筈のない刃であった。
逆サイドから先刻弾かれた双剣が戻ってきているのだ。都合四つの短剣は四方からバーサーカーの右手に迫り──、
「──
瞬間、バーサーカーの手を包囲した刃、それら全てが刃の形状を著しく伸ばす──! 鶴が一斉に翼を広げるように伸びた刀身は、楔となってバーサーカーの手を拘束してみせた。
「■■■■──!」
「サンキューアーチャー、次は俺だ──!」
墓石の陰から立ち上がるスバルは腰の鞭を構え振り抜く。冴え渡る鞭は一直線にバーサーカーの左手首を捉えた。
力任せに引き千切ろうとするバーサーカーだが、鞭はびくともせず、鞭の先のスバルは墓石にしがみ付いて耐えている。
「右はアーチャーが、左は俺が捕らえてる! ……今お前を守るものは無いぜ、バーサーカー!」
墓石に抱き着いた、いまいち格好の付かない姿で見栄を切ったスバル。しかしその言は事実だ、両腕を拘束された今、バーサーカーは完全な無防備となった。無論、それでもその黒鉄の肉体は鉄壁を誇る。生半可な攻撃で傷付けられるものではないだろう。
そう、生半可な攻撃では──。
「──トーサカちゃんっ!」
「わかってる!!」
無防備になったバーサーカー、その眼前に遠坂凛が飛び出す。
「出し惜しみは無しで頼む! 秘蔵の宝石四つだ!」
「四つも!? ──ぐ、分かったわよ! やればいいんでしょ、やれば──っ!」
スバルの言葉に逡巡した凛。しかし既にバーサーカーの前に飛び出してしまった以上、もはや引っ込みはつかない。やけくそとばかりに宝石を取り出した。
「──ったく、節約家が過ぎるぜ。その技の存在知るだけで何十回かかったと思ってんだ」
スバルの、士郎には意図の分からない呟き。しかしその疑問はすぐに光に飲まれ蒸発することになる。凛は眩く煌めく宝石たちをばら撒き、世界を塗り替える呪文を唱えた。
「
刹那、極彩色の耀きが大気を焼いた。凛から放たれた鮮やかな熱線がバーサーカーの頭部を一直線に貫通する──!
熱線は向かう先の山肌を抉り爆破した。舞う土塊、上がる灰煙。なおも執拗に狂戦士の頭部は輝く光の照射を受け、もはや目視することは叶わなかった。
……輝きが落ち着くと、凛は華麗に着地し、息を吐く。
「──ふう、手応え有り」
彼女の申告通り、煙が晴れた先、バーサーカーの巨体を仰ぎ見れば、在るべき筈のものが無い。バーサーカーの首は、欠片も残らず吹き飛ばされていた。
「やった……倒した……、倒した!」
スバルが一番に勝鬨をあげる。目に涙を浮かべ、振り絞るように叫んでいだ。辺りはまだ暗いのに、長い夜を超えたかのような喜びようだった。
「皆ありがとう。シロウ、トーサカちゃん、アーチャー! 本当に助かったぜ」
「俺はスバルの言う通りにしただけだ。スバルが機転を利かせたお陰だよ」
「──機転、ね……。……確かにナツキくんの策略が無ければ、悪ければ全滅、良くても深手は避けられなかったでしょうね。助かったわ」
「いやいや宝石使わせちまって悪いな、貴重なやつだろ?」
「そうね、十個しかない切り札。まぁでも、あのバーサーカー相手なら必要経費でしょう」
「十個!? それを四個も使わせちまったか、なんか申し訳なさが押し寄せてきた……」
「──ふむ。全てを見透かしている訳でもない、か」
「あ? アーチャー、今なんて──」
アーチャーの呟きに聞き返すスバル。しかしその声は、どすん、という重い音に遮られた。勝利の余韻に浸っていた一同に冷や水をかけたその音。
──それは、してはならない音だった。
「──は?」
勝利に沸く士郎たち、その後ろにある首を亡くしたバーサーカーだったものが。
その足を、力強く踏みしめていた。
「──うそ」
巨人の遺体は急激に筋肉を脈動させる。筋繊維が、脂肪が、骨が、既に在るべきものを永遠に失った筈の首から上に集まり──。
再生、再臨。バーサーカーが、その先程と何も変わらない顔が、眼を開いた。
「馬鹿な……そんな馬鹿な話があるか! 確かに頭をふっ飛ばしてやった筈だ!」
「──ええ、その通りよセイバー」
スバルの慟哭に言葉を繋ぐのはバーサーカーのマスター、イリヤだ。
しかしイリヤはスバルにはさほど興味の無い様子で、凛へ向き直す。
「見直したわ、リン。まさかバーサーカーを一度だけでも殺してみせるなんて」
「……やはり、殺せてはいるのね。それならこれは、蘇生魔術──?」
「おいおい『一度だけでも』って……ラインハルトじゃあるまいし、二度殺さなきゃ死なないなんて言わねぇだろうな」
「言わないわよ。だって、バーサーカーは
「…………は?」
イリヤの返答に、スバルが思わずフリーズする。それは士郎とて同じだ。十二回……? あの全員でようやく一度倒せたバーサーカーを、あと十一回倒さなければならないと……?
「それこそがギリシャ最強の英雄であるバーサーカーの宝具なの」
「……そういう事。そいつの宝具はモノじゃなく、その──」
「そう、バーサーカーの宝具は武具じゃなく、彼の為した偉業そのもの。十二の試練を踏破した、十二回殺されなければ死ぬことのできない身体……それがバーサーカーの宝具"
イリヤは自慢するように誇らしげに語ってみせた。士郎たちが命懸けでしたことは、十二ある命を一つ減らしたに過ぎないのだと。
「なんだそのクソギミック……!? バトルロイヤルなのにレイドボスが混じってんじゃねぇか……」
「十二の試練──ギリシャ最強の英雄──。大英雄『ヘラクレス』……!」
凛がその名を口にする。
──ヘラクレス。知らぬものなどいないギリシャ神話の大英雄。
アポロンの神託により十二の功業を与えられ、数多の怪物や神々を打ち倒した剛力無双の戦士である。
この理性を持たぬ巨人が、その大英雄ヘラクレスだというのか。
「ご名答よリン。あなたたち程度が使役できる英雄とは格が違う、最凶の怪物なの。これで分かった? あなたたちに最初から勝ち目なんて無いってことが」
言ってバーサーカーに並び立つイリヤ。思わず身構えるが……イリヤはふっと息を吐き目を閉じた。
「いいわ、戻りなさいバーサーカー。つまらない事は早めに済まそうと思ったけど……気が変わったわ。面白そうだからもう少し生かしておいてあげる」
少女がそう告げれば、狂戦士はその場から跡形も無く消え去った。
イリヤは一人墓地を後にしようと去っていくが、士郎へ向き直り、
「それじゃあバイバイ、お兄ちゃん。次遊ぶときには、もっと強いサーヴァントと契約しておかないと殺しちゃうよ」
「最後まで散々な物言いだな……!」
スバルは果敢に噛みついているが、去っていくのを止める様子も後を追う気配も無い。
士郎にも分かった。自分たちは見逃されたのだのだと。
スバルの作戦が完璧にはまり、全霊をぶつけた、その上で及ばず相手の温情で生かされた。
それが、対バーサーカー戦の士郎たちの戦歴だった。
イリヤの姿が見えなくなってから、スバルは大きく息を吐きだした。
「はぁ、ビビったがとりあえず帰ってもらえたみたいだな……。しかしバーサーカーの野郎、バランスブレイカーもいいところじゃねぇか! 監督役はちゃんとテストプレイしたのかよ……」
「前回参加者ではあるらしいけどな」
「そうなんだ!? 聞きかじりの知識でどんどん凄いキャラになっていくぞ、コトミネ神父」
「"
スバルと凛が生還の喜びもそこそこにバーサーカーの話を切り出した。本当に強い奴らだと士郎は思う。彼らはもう、今生きられた話でなく明日生きる為の話を始めたのだ。
士郎が自身も混ざらなければ、と一歩踏み出した時。……上手く地面を踏みしめられなかった。足に踏ん張りが効かない、視点が定まらない、体のどこにも力が入らない──。
「ぐ──、張り切り、すぎた──」
バランスを崩したところをスバルに抱きとめられた。
「シロウ!? クソ、無理させ過ぎた! シロウ、おい、シロウ──」
スバルの呼びかけを遠くに聞きながら、
こうして誰かの腕の中に抱かれるのはいつ以来だろう、と。
士郎の意識は微睡みに飲まれていった。
──腕の中に抱かれた、その感覚を覚えている。
十年前、地獄の中から俺を助け出した、その男の温もりを覚えている。
──目に涙を溜めた、その顔を覚えている。
「まだ生きている」と心の底から喜んでいた男の姿を覚えている。
その顔が、あまりにも嬉しそうなものだから、俺は──。
「──ん、う……」
「お、気付いたか」
士郎は自身を揺らすものに覚醒を促され、目を開いた。
周囲は街灯がわずかに照らす静かな夜道。士郎の見慣れた冬木市郊外、衛宮邸への帰路だ。そこを今、スバルの背におぶられて歩いていた。
「最初に見るのが美少女の顔じゃなく俺の後頭部なのはご愁傷様だ。トーサカちゃん、顔見せとく? 一発で元気になると思うぜ」
「言ってなさい。まったくもう、へっぽこ魔術師の衛宮くんに無理に魔術を行使させたらこうもなるわよ」
「シロウに無理させたのは本当にごめん、あれしか方法が無かったんだ。でも苦言なら俺だって、シロウを運んでくれないアーチャーに言いたいところなんだが。お前の方が体大きいし筋力もありそうじゃん」
「何故私が敵マスターを運んでやらねばならん。とどめを刺せというのならまだしも」
「お前に期待した俺が間違ってたよ! ……そんな訳でシロウ、お前はもうしばらく俺の背中だ」
「……っ、大丈夫だ、もう歩ける」
「馬鹿言うな。ランサーにバーサーカーに、今夜はお前の魔術には頼りっぱなしだったんだ。もうしばらく楽しとけ」
ぶっきらぼうに言うスバル。その背中は温かく、自分と相手の生を実感する温もりがあった。降りるという意見を却下されてしまったので、士郎はその温もりの中で揺られることしかできない。
「さて、シロウも起きたし話しておきたいんだけどさ」
そんな士郎を背負い歩くスバルは、世間話でもするように朗らかにその話題を切り出した。
「トーサカちゃん、アーチャー。俺たちと組まね?」
「…………」
「教会前でも言ったろ、俺はもうとっくに仲間だと思ってる。俺たちを助けて、案内してくれて、今こうして死線を潜った二人を敵として見るとか、俺には無理だ。……一応聞くけど、シロウも文句ないだろ?」
「あ、ああ。俺は元々遠坂と喧嘩する気はない。俺はスバルのマスターだから聖杯を譲ることはできないけど……それでも他のサーヴァントより先に戦う意味なんて無いんだ」
「だよな。──さてどうする? トーサカちゃん」
背負い背負われている男二人の視線を浴び、凛は観念したように嘆息した。
「はあ、そうね。教会で『お人好し』なんて言われた時には、そんな舐めたこと言うならむしろ絶対組んでやるものか、くらいに思っていたけど──」
「そうなの!? 打ち解けようとした発言が裏目に出てる!」
「スバルは割といつもどう転ぶか危ない軽口を叩いてないか?」
また話を脱線させているスバルと士郎に冷たい視線が飛ぶ。二人はすぐさま閉口した。
「──けど戦局が変わったわ。バーサーカーがあれだけ規格外なんじゃ、単身で対抗するのは無謀よ」
「じゃあ……」
「ええ、バーサーカーを倒すまで、という期限付きにはなるけれど──」
「──私は反対する」
まとまりかけた会話に待ったがかかる。声の主は言うまでもなく──、
「アーチャー?」
「おいおいバーサーカーの強さは見ただろ。一人で相手するもんじゃないぜ、あいつは」
「貴様たちと組めば倒せると? バーサーカーを一度殺したのは凛だ。衛宮士郎にも、貴様──ナツキ・スバルにもバーサーカーを殺しきる力があるなど到底思えないな」
「ぐっ、それは……そうだけど……!」
「待てよアーチャー。さっきバーサーカーを追っ払えたのはスバルの作戦のお陰だったじゃないか!」
士郎はたまらずスバルの背からアーチャーに詰める。先程の活躍を見て力が無いなどどうして言えるのか。士郎は何故だか無性にアーチャーのことが鼻について仕方なかった。
「──それが問題だ」
「え──」
「ナツキ・スバル。何より、私は貴様を信用しない。故にこの男に背を預ける共闘など断固として断る」
アーチャーはそうして、疑念と敵意の籠った視線をスバルへぶつけた。
士郎は思わず息を呑む。それはランサーやバーサーカーに引けを取らない、命を奪う者の眼だった。
「凛、君も既に確信しているだろう。ナツキ・スバルはいかなる手段か、こちらの手の内を探る術を持っている」
「それは──。……それはナツキくんの英霊としての能力なんでしょう。別陣営である私たちが追及することではないわ」
「平時ならそうでも、本人が同盟を持ちかけてきているのだから話が変わるだろう。胸襟を開く素振りすら見せない分際で手を貸せだと? 笑わせる」
鼻で笑うアーチャー。士郎はそれにどうしても反発心を抱いてしまう。黙ってアーチャーの主張を聞いたままのスバルに代わって、スバルの背から飛び降り、足取りのおぼつかない体で反論する。
「この、言わせておけば! スバルが遠坂とアーチャーのことを知ってたのは俺が教えたからだって言っただろ。スバルを疑う理由なんてもう無いじゃないか!」
「弓しか使用していない私を『
「────っ」
アーチャーが列挙したそれらは確かに、全て召喚されたばかりのスバルでは知り得ない情報だ。その情報をどこから得たのか明かさないスバルが信用ならないと、そう主張するアーチャーの言葉は士郎にも理解はできた。理解はできたが。
「──それでも! 俺たちはスバルのお陰で生き延びたんじゃないか! 俺はスバルを信じる。俺は──スバルのマスターだ!」
「……衛宮くん」
「話にならんな。そんなに理想に縋りたければ、抱いたまま独りで溺死していろ」
「ちょっとアーチャー、あなたいい加減に──!」
「────とざい、とぉーざぁーい!!」
睨み合う士郎とアーチャーと凛、その間に文字通り割り込んで叫んだのはスバルだ。突如割り込んだ渦中の人物に、三人は目を丸くする。
「スバル……?」
「それぞれの意見はよーく分かった! アーチャーが俺を信用できないってのはもっともだ!」
スバルはアーチャーの前に立つ。背の高いアーチャーを前に見上げる形になった。
「アーチャー。俺にはお前が納得のいく弁明はできない」
「──貴様」
「だから!」
口角を上げ自信たっぷりに、スバルは言い放ってみせた。
「だから、なおさらお前が近くで見張っていろよ。アーチャー」
「────なに?」
「俺みたいな得体のしれない奴、目の届かないところで好きにさせとく方が怖いんじゃね? 共闘って形で常に近くに置いて、変なことできないようにお前が一番近くで監視してたらいいだろ」
そう言って、言ってやったとばかりに笑みを浮かべた。アーチャーはその態度に露骨に眉をひそめたが、暫しの逡巡の後──、
「少しでも怪しい真似をすればその首を落とす。それで構わないということだな?」
「めっちゃ構うよ!? けど仕方ねぇ、好きにしろよ。……さてトーサカちゃん、そういうわけで改めて、俺達と同盟を結ばないか?」
「私の結論は同じよ。バーサーカー相手に共闘は必須。──バーサーカーを倒すまでの間、同盟を結びましょう。よろしく、衛宮くん、ナツキくん」
「よろしく頼む! トーサカちゃんとついでにアーチャーの力があれば百人力だぜ!」
「こちらこそ、ナツキくんの
「んぐっ……、ま、まぁ……頑張らせていただきます……」
やはりそこはスバルの触れられたくない部分らしく、急に歯切れが悪くなる。……それにしてももしかしてこの悪女、最初からスバルの能力が目当てで手を組んだんじゃなかろうか、などと士郎は思ってしまったのだった。
「今日はひとまず解散しましょう。今後の方策や衛宮くんの勉強会は休息をとってからね」
そう言って、衛宮邸前まで士郎たちを送った凛とアーチャーは帰っていった。
空がもう白んできている。長い、本当に長かった夜が明けようとしていた。
「そっか、俺まだ昨晩召喚されたばっかだったわ……ずいぶん久しぶりにこの家に帰ってきた気がする……」
士郎に肩を貸してくれているスバルがそう独りごちる。スバルの言はだいぶ大げさだが、士郎とてランサー、バーサーカーとの戦いやアーチャーとのいがみ合いを一晩でこなしてクタクタだった。
「とりあえず休もう、スバルの布団を用意するよ。部屋も余ってるから好きな所を使ってくれ」
「ああ、サーヴァントに睡眠は要らな──いや、
「────?」
「あー、詳しい話は明日トーサカちゃんに相談しよう。ひとまず寝ようぜ」
「そうだな……、なぁ、スバル」
「ん-?」
「────ありがとう」
ランサーから助けられた。聖杯戦争に巻き込む前に意思を確認してくれた。共に戦うと言ってくれた。バーサーカーを退ける策を考えてくれた。頼りにしてくれた。凛と戦わず済むように取り持ってくれた。この一晩だけで、いくつ世話になったことか分からない。
だから、せめて万感の思いを込めて感謝の言葉を口にした。
「──何言ってんだ。全部シロウのお陰だよ」
「……? どういうことだ、スバルの指示通りにしただけだぞ、俺」
「うんそれも本当に助かってる。シロウが指示聞かない時って本当にロクなことにならねぇから」
「なんでさ!? スバルは俺の何を知ってるんだよ!」
謂れのない中傷を受けて突っかかる士郎。その様子にスバルは笑い、
「こちらこそありがとうな、シロウ。俺の手をとってくれて」
それは比喩だったのだろう。士郎にはスバルの手をとった記憶などないのだから。普段から軽口を叩くだけあって結構詩的なことを言うんだな、と士郎はおかしく思った。
そうだ、手をとると言えば──これから一緒に戦う仲間なんだ。これは必要だろう。
肩を貸してくれているスバルから一時離れ、手を差し出す。
スバルはきょとんとした後、意図を察し笑顔でその手を握ってくれた。
「よろしくな。俺のマスター、衛宮士郎」
「よろしく、俺のセイバー、ナツキ・スバル」
そのわざとらしい儀式に二人して破顔してしまう。
主従は、笑いながら衛宮邸へと入っていった。
──運命の夜。
ランサーの槍に穿たれ。
バーサーカーの猛攻を凌ぎ。
アーチャーと舌戦を交えた。
事実上の三連戦。実に全体の半数のサーヴァントとの交戦を終えた士郎は、即座に深い眠りに落ちてくのだった。
日が昇る。暖かな日光が冬木市を照らすが、一晩戦い抜いた戦士たちは今しばらく休息の時だ。
第五次聖杯戦争始まりの夜は、穏やかに明けていった。