夢を見た。
家族で車に乗って、他愛の無い買い物へ行く夢。
そこら辺のスーパーに行って、お菓子をねだる。
断られて、駄々を捏ねる。
好きな惣菜を買ってもらえて機嫌良く帰る。
そんなありふれた日常の夢。
「アニ、アニ。起きて。物音がした」
その声と不意な身体を揺すぶりに、アニの意識はすとんと身体に戻って来た。
素早く上体を起こす。
側には長いボロ切れをマントのように被る、長髪の少女がいた。
イモウト。
そうアニが呼ぶ、実の妹だ。
「どこから」
「12番通路」
アニは立ち上がり、側に置いてある、腕の中にギリギリ収まるか微妙な大きさのモノを持ち上げた。
14式投射型武器 改2 進3
長い名前の、いわゆる、恐らく銃。
そう呼ぶに相応しいものだった。
人間工学に基づいた曲線の本体は持ち易く使いやすい、とは売り文句らしいが、体躯が合わずに銃に対して少し小柄なアニには当てはまらないらしい。
アニは14式を構え、左側に付いた画面に指を滑らせる。
無反応。
「イモウト、デンチを」
「これ使って」
イモウトがボロ切れマントの下から投げて寄越したものを、アニは見もせずに左手でキャッチすると、流れるような動作で銃の下部に挿し入れた。
そして再び、画面を指でなぞる。
デンチ74パーセント
ロック解除
スタイル:なし
射撃:不可
デバイス:未選択
情報が画面に浮かぶ。
アニの指がそれぞれの項目をスワイプして、どうやら設定を変えているようだ。
そうしながらも彼は素早く歩き出す。
「イモウト、60秒無音なら頼む」
アニの指が画面から離れる。
スタイル:リーサル
射撃:準備中
デバイス:サプレッス
アニは画面の内容を確認し直し、扉を開けた。
向かう先は12番通路だ。
暗い廊下を、足音を極力抑えて走る。
その最中、銃からは指向性の音声ガイダンスが流れて来た。
「スタイル:リーサルを選択。実効弾を印刷中。10秒後に装填されます。対象を死傷させるリスクがあります。許可なき殺傷は違法です。ご注意下さい。デバイス:サプレッスを装備。摩耗率46パーセント。消音率が低下しています。メーカーでは交換を推奨しております。ご注文はこち……」
「ごちゃごちゃ毎回うるっさいんだよ!」
アニは12番通路への目前の角に着くと、身を寄せてちらと覗き見る。
虫だ。
虫がいる。
この虫というのは大体2メートル程の体躯をもつ、多層構造ケラチンの外殻を纏う生物だ。外見こそ甲虫に似てこそいるが、果たして二足歩行をして近接攻撃を仕掛けてくるそれらを虫と呼ぶべきなのか。
小1時間程議論したいところだが、生憎と議論できそうな有識者とは未だに会えてはいない。
アニは14式を構え、外付けの光学照準器を覗く。
表示がついていない。
アニは左側の画面に再び指を走らせて、照準器への通電をオンにする。
デンチ48パーセント。
これは光学照準器を起動したせいで減った数字では無い。
「ったく。実効弾のコスパ悪すぎるよ。印刷に20パーセントも食うなよな」
アニはそんな文句事をもごもごと舌の上で転がしながら、再び照準器を覗いた。
質量のある実効弾の弾道予想に、虫の頭部を合わせた。
「何発使うかね」
アニは引き金にかけた指をゆっくりと絞った。
***
「ごめんイモウト。この隠れ家はもうダメだ」
そう言って、巨大な虫を引き摺りながらアニは戻って来た。
そして、そんな事は既に折り込み済みだとでも言いたげなイモウトは、既に荷造りを済ませているらしかった。
「12番通路の不可視防壁が破られてた」
アニは言う。
「来た時から調子悪かったし仕方ないよ。一回街に戻って宿を借りよ」
「だなぁ。でも最近おやっさんの宿値上がりしたらしいし。1泊8ドングリだとさ。ボルよなぁ」
「言わないの。最安値がおやっさんのとこだし。他のとこなんて1カイガラはかかるもん」
アニはため息をつきながら、近場にあった背負子に虫の亡骸をくくりつけていく。
「あとはこいつがいくらで売れるか次第だよな。多層構造ケラチン不足は聞くから、200キラキラぐらいで売れないかね」
「それは、アニの売り込み方次第じゃない」
「それぐらいで売れないと、もうデンチも予備が少ないし。さっきので70パーセントのはほぼ空だよ。実効弾は印刷できない」
そんな事を言いながら、再びため息をついて背負子を背負うアニ。
その後ろで、アニの更に数倍はあるだろう荷物を括った背負子をイモウトは背負っている。
アニよりも小柄なイモウトが。
「いつもすまんな。あんまりデンチの消耗が激しかったら荷物を捨てよう」
「平気でしょ。私のはまだ80パーセントくらいありそうだし」
「分かったけど、無理すんなよ」
「アイサー」
そんなやりとりをしながら、2人は使えなくなった隠れ家を後にした。