レベルカンストした俺は2周目に突入する ~永続ボーナスや特典能力を貰ってレベル1からやり直していたら噂が広まりすぎて、周りが放っておいてくれないんだが~ 作:鏑木カヅキ
「し、失敗した……っ!
こんなところ来るんじゃなかったんだ……っ!」
女冒険者アイリは全力で走っていた。
ここは60レベルは必要だとされているダンジョン、『青毒沼の洞窟』。
攻略のために30人の手練れの冒険者を連れてきたのに壊滅。
残りはアイリ一人のみ。
しかも。
「「「ゴルゴルゴルゴル」」」
後ろから複数のグレーターデーモンが追いかけてきている。
人型で四肢は異常に太く、身体は白く、そして3メートル近くある巨体。
手足の爪や歯は鋭く、目は赤くギラギラと光っている。
奴らのレベルは58。
アイリのレベルは51。
勝てるはずがない。
一対一でも殺される。
逃げる以外に手はなかった。
「お、追いつかれる……!」
奴らの方が足が速い。
このままだと捕まるのも時間の問題だ。
殺される。
こんな薄暗くて、臭くて、怖くて、キモくて、不気味な場所で。
一人寂しく魔物に殺されるのだ。
「嫌だ……嫌だ! こんなところで死にたくない!」
冒険者になったのは夢があったからだ。
ある程度有名になって、多少ちやほやされて、それなりな男貴族に見初められ、まあまあな家に住み、可愛い子供二人を生んで、幸せな人生を歩むという人並みの夢が。
それがなんでこうなった。
分不相応な夢を見たからか。
ダンジョンを甘く見た結果か。
「おーい」
足が千切れそうだ。
耳鳴りが止まらない。
足音と魔物の声と洞窟内の不気味な音が混ざって、何が聞こえているのかわからない。
とにかく走れ。走るしかないんだ。
「あぐっ!」
背中に鋭い痛みが走った。
攻撃されたらしい。
その拍子に転んでしまう。
全速力中の転倒。
当然受け身など取れない。
「うがっ! うぐ!」
アイリは地面を三度跳ね、そのまま転がるとようやく止まった。
激痛が全身を苛む。
起き上がろうとしても体が震えてまともに動かない。
顔を上げた。
「「「ゴルゴルルゥ」」」
魔物が笑いながらこちらを見下ろしている。
終わりだ。
勝てるはずがない。
殺される。
恐怖に体を支配されて、震えがさらに激しくなった。
「い、いやだ……いやだいやだいやだ! いやだぁ!
死にたくない! だ、誰か助けてぇッ!!」
座ったまま後ずさりするアイリ。
相手は魔物。
命乞いなんて聞いてはくれない。
「おーい」
何かが聞こえた気がした。
恐怖のあまり幻聴が聞こえたのだろうか。
こんな状況で人間の男の声が聞こえるなんて。
ありえるはずがない。
ドン。
後ずさりし続けていたが、後ろには壁しかなかった。
「た、たしゅけて……こ、ころさないでぇ……やぁ。
やだぁ……死ぬの……死ぬのやだぁ……っ!!」
顔中から液体を流すアイリ。
魔物はむしろそれを面白そうに笑い眺めていた。
言葉は使えない。
だが奴らにも多少の知能がある。
嗤っている。愉しんでいる。蔑まれている。
怒りを感じる余裕すらアイリにはない。
ここでアイリの冒険は幕を閉じる。
グレーターデーモンが腕を振り上げる。
鋭い爪がアイリをつらぬ――ガギン。
「おい」
金属音と共に聞こえた穏やかな声。
その主は目の前にいた。
アイリの前に立ち、魔物の攻撃を剣で弾いたのだ。
男は肩越しに振り返ると。
「大丈夫か?」
軽い調子でそう言った。
「え? あ、は、はい」
凶悪な魔物を前に日常会話のような声音で聞かれたものだから、アイリは動揺した。
いや、気が抜けたと言っていい。
さっきまでの恐怖が一瞬で混乱へと変わる。
おかげで涙は止まっていた。
「そりゃよかった。
ちょっと待ってな。
こいつら狩るから」
「か、狩る!?」
無茶だと言う前に男も魔物も同時に動いた。
グレーターデーモンが男を掻き切ろうと右手を振るう。
男はそれを軽々、片手剣で弾いた。
まただ。
あの技。
簡単に敵の攻撃を弾いた。
(ど、どうしてあんなに簡単に防御できるの!?)
アイリの疑問は氷解することなく、戦いは続いている。
一対三。
無謀な戦い。
レベル差があろうと、不可能な戦力差だ。
この世界では格下であろうと、敵が複数の場合は危険度が著しく上がる。
レベル10の冒険者がレベル1のゴブリン3体にやられたなんて話はそこら中に転がっている。
人間がレベルを上げても、複数の魔物の方が強いのだ。
相手は凶悪な高レベルの魔物。
男はたった一人。武器は片手剣のみ。
だというのに。
ガギンガギンガギンガギンガギン。
男は魔物のすべての攻撃を弾いていた。
恐ろしいほどの胆力と技術力。
一つ間違えば死ぬ。
その状況で微塵も失敗しない。
(す、すごい……すべて弾いてる。
でも、どうして攻撃しないの?)
まさか押されている?
防御で手一杯なのかと思う中、身体に力が戻ってくる。
どうやら動けるようになったらしい。
逃げるなら今だ。
だが、助けてくれた男を見捨てて逃げるべきなのか?
それとも手助けするべき?
目の前で繰り広げられる激しい猛攻。
超高レベルの戦い。
自分の入る隙なんて微塵もない。
(……無理。絶対に無理だ)
かといって逃げるのも憚られた。
そこまで考えてアイリはようやく現状を理解した。
(まさかあの人が攻撃しないのはあたしのため?)
防御に徹しているのは、自分が足手まといになっているから?
そう思うと、申し訳なさと、そして情けなさがこみあげてくる。
アイリも冒険者の端くれ。
一般人と一緒にされては困る。
アイリは短剣を手にして、立ち上がる。
「あ、あたしは大丈夫!
自分の身は自分で守る!」
男は一瞬だけ振り返る。
そして口角をわずかに上げた。
激しい攻防の中で見せた余裕。
それにアイリが見とれた瞬間。
一体のグレーターデーモンが吹き飛んだ。
腕が一瞬動いた気がした。
恐らく剣で薙ぎ払ったのだろう。
「まずは一体」
男は作業するような口調で言い放った。
抑揚がない。落ち着き払っている。
その背中はあまりに頼りがいがあり、アイリは一瞬だけ意識を奪われた。
「狩場で気を抜くな」
「ひゃ、ひゃい!」
前を向いた状態で男が言い放つ。
自分の行動に気付いたのか?
だが男はこっちを見てはいない。
「油断はするな。
一撃食らえば即死だ。
先を読め。相手の攻撃を覚えろ」
男は常に話しながら動き続けていた。
それはアイリに向かって話しているのではない。
まるで自分に言い聞かせるように口にしていた。
男はグレーターデーモンの攻撃を弾くと、がら空きの腹部に剣を突き刺した。
「ゴルゥ……!」
グレーターデーモンはその場に倒れる。
だが剣は抜けなかったのか、グレーターデーモンに刺さったままだった。
男は空手になってしまう。
「ゴルウウウゥゥ!」
男に迫る最後のグレーターデーモン。
「危ない!」
アイリは叫びながら、目を見開く。
男の手には何も握られていなかった。
腰には長剣の鞘があるだけだった。
なのに。
次の瞬間、その手には手斧が握られていた。
「戦闘中の装備の付け替えは基本だな」
男は慣れた様子で手斧を振るう。
ブオン。
強風と共に、グレーターデーモンの体が腰斬される。
恐ろしいほどの膂力だった。
「……う、嘘でしょ……本当に倒しちゃった……」
アイリは腰が抜けてしまい、短剣を身構えたままへたり込んだ。
一分にも満たない時間でグレーターデーモンを三体倒してしまった。。
ありえない。
魔物は強い。
レベルが同じでも、魔物の方が強いなんてことはざらだ。
魔物のレベルは58。それが三体。
なのに短時間で、軽々と倒してしまった。
この男は一体、何者なのか。
「狩り終了。おい、大丈夫か?」
「え? あ、う、うん。大丈夫。
あ、ありがとう。助かったわ」
「どういたしまして。じゃあ、移動するぞ。
さっきここで何体か狩ったし、もうすぐ俺が倒した魔物がリポップするからな」
「か、狩った? あなたここで何を……攻略組には見えないし」
「レベル上げに決まってるだろ。
俺はソロの狩り専。レベリング目的の冒険者だからな」
「………………うん?」
今、おかしな言葉が聞こえた。
いや、聞こえる言葉すべてがおかしかった。
狩り専?
ソロ?
レベリング?
こんな場所で?
「こ、ここはレベル60推奨のダンジョンだよ?
最低でも10人で来るアライアンス前提のヤバいダンジョンだよ?
そこにソロ? しかもレベル上げ目的で来たっていうの?」
「ああ」
男は軽い調子で返答した。
しかも松明片手に。
さっきまで持っていなかったはずだが、いつの間に取り出したのだろうか。
おかしなことだらけで、アイリは錯乱していた。
「いや! いやいやいや! そんなバカな!
見てよここ!」
バッと手を広げるアイリ。
ここは『青毒沼の洞窟』。
壁は青緑。毒々しいコケや植物がそこら中に生えている。
そして何よりこの鼻につく刺激臭。
それはそこかしこにある毒の沼から生まれている。
毒沼に生息する魔物は毒系が多く、スライム、爛れた魔物、高位の悪魔族が多い。
そのどれも高レベルで、簡単に倒せる相手ではない。
「攻略組、30人いたのに全滅!
あたし以外、全員死んじゃったのよ!?
最深部のボス以外の魔物は無視して進んでたのに、突然大量のスライムが湧いてきて……」
「それはお気の毒だ。
あいつらはどこにでも湧くからな」
「そ、それにここの魔物は凶悪な上に毒を振りまくし!
さっきのグレーターデーモンだって爪の毒に侵されれば即死レベルなんだよ!
そんな場所でレベリング!? しかもソロで!?」
「ああ、そうだが」
「そうだがって……」
あまりに当たり前に言うものだから、肩の力が抜けてしまう。
この男は嘘をついているのだろうか?
本当は別の攻略組で仲間と逸れたか、自分と同じように逃げ帰って来たんじゃないか?
そう思うも、アイリはすぐに自分の勘違いに気付く。
(だとしたら強すぎる……。
あたしとはレベルが違う)
男は嘘をついていない。
あれだけの強さ、そして胆力はパーティを組み続けた人間が得られるものではない。
明らかにソロでの戦いに慣れていた。
ならばこの男は……。
(本当にソロで?
魔物と戦ってレベリングしているの?)
毒沼だ。劇毒の洞窟だ。一歩間違えば死ぬ場所だ。
大量の凶悪な魔物が跋扈するこの場所で。
ソロ?
信じられない。
だとしたらレベル65……いやレジェンド級冒険者の領域と言われるレベル70の可能性だってある。
世界に十人もいないレベルの選ばれし存在だ。
一国の君主と肩を並べるくらい影響力と権力があると言われている。
この男が?
世界に名を馳せるレジェンド級冒険者と同じレベル?
「行くぞ」
「あ、え? ど、どこに?」
「出口。あんた、外に出たいんだろ?」
男は淡々と話す。
あまりに当たり前に話すものだから、理解が遅れた。
助けてくれるということらしい。
言葉は平たん。しかし内容は気遣いを感じた。
優しい人なのだろうか。
一瞬、脅されたり、騙されたりするかもと思ったが、それなら命懸けで守るようなことはしないだろうと気づく。
それにあれだけ強ければそんなことをする必要もなさそうだ。
「おい、早くしろ。もう少しで魔物が湧くぞ」
「ま、待ってよ」
さっさと先を進む男。
アイリは慌てて後を追った。
男は迷いなく道を進む。
熟練の冒険者でもよほど慣れているダンジョンでなければここまで円滑に進めない。
地図を見ている様子もない。
なのに男は迷いなく進み続けている。
洞窟は複雑な構造だ。
道は何本もあるし、同じような道が続くし、そもそも毒沼のせいで視界が悪い。
「ごほごほ」
空気も悪いし、咳き込む。
徐々に体が蝕まれている感覚がある。
と。
男が小さな瓶を差し出してきた。
「飲め
アンチポイズンポーションだ」
「あ、ありがとう。
これ……ここの毒に効くの?」
青毒沼の毒は強力で特殊だ。
アンチポイズンポーション、つまり解毒薬は市場には出回っていないし、あっても高級なのは間違いない。
「ああ。俺が調合した奴だ」
「あなたが? う、嘘でしょ?
錬金術も使えるの?」
「狩りには必須だ。
ほら、飲め。お代はいらん」
男に言われるままにアイリはアンチポイズンポーションを飲んだ。
もはや疑う気力も、そのつもりもなかった。
嚥下すると少しだけ気分が晴れる。
即効性があるのだろうか。
男は満足そうにうなずくと、再び先へと進み始めた。
道中、敵がまったくいない。
攻略組と進んでいる時はもっと敵と遭遇したはずだ。
「あの、敵がいないのはどうして?」
「ああ、道中の敵は倒したからな。
リポップまで時間がかかる。
それと、比較的魔物がいない場所を通ってる」
本当にここを狩場にしているらしい。
これは現実なのか、それとも夢なのか。
実は自分はあの時に魔物に殺されてしまっていて、あの世に来てしまっているとか。
だってこんな都合のいい展開があるとは思えない。
そもそも狩り専門のソロなんて存在は聞いたこともなかった。
ありえないからだ。
でもいる。目の前に。
アイリは頬をつねった。
「痛い……」
現実みたいだ。
そもそもさっきまで毒のせいで体が痛かったから現実だとわかっていた。
男はずんずん進む。
なんて安心感だろうか。
彼は何者なのか。
なぜソロなのか。
なぜレベリングしているのか。
さっきの技術は?
それに装備が突然現れた気がするが?
リポップとはなんだろうか。
魔物が突如として現れる現象のことか?
疑問は次々と浮かぶ。
しかし口にする前に、男はさっさと先へ進んでしまう。
それにまだ安心はできない。
ここは危険なダンジョンであることは変わりない。
男が熟達の狩り専門の冒険者だとしてもだ。
と。
光が見えた。
「着いたぞ。出口だ」
「え!? もう!?」
たった数十分歩いただけだ。
攻略組と進んだ時は、半日かかった。
それをたった数十分!?
ありえない。本当にありえない。
もう何がなんだかわからなかったが、出口から外に出ると心地よい風が吹いていた。
外は快晴。
丘から見える新緑の森が癒しを与えてくれた。
「生きてる……あたし、生きてる……!」
「ダンジョンから出た瞬間って気持ちいいよな。
死なずに済んだって爽快感があるしな」
「あなたもそんな感情があるの?」
「……俺をなんだと思ってるんだ?
ただの人間だぞ」
少し不服そうに眉根を潜める男。
青い空の下で見る男は思ったよりも若かった。
恐らく年齢は十代後半。
身長は平均程度だが、身体はかなり引き締まっている。
黒髪黒目、少し珍しい見た目だがそこまで珍しくもない。。
装備は簡素で身軽そう。
だがよくよく見ると高品質なのがわかる。
普通の冒険者。
それがアイリから見た男の印象だった。
「これを」
男がサイドバックから数十枚の金貨と数日分の食料を出し、手渡してきた。
アイリは反射的にそれを受け取る。
「な、なにこれ!?」
「やる。俺はいらないし。
街まで少し距離があるから食料あった方がいいだろ。
じゃ、気を付けて帰れよ。俺は狩りに戻るから」
「ちょ、ちょっと待って!
あたしアイリ! 疾風迅雷のアイリって言うの!
あなたは……」
男はアイリの問いに答えず、さっさとダンジョンへと戻ってしまった。
ぽつんと残されたアイリ。
手には大量の金貨と食料。
「名前……聞けなかった……」
突然現れ、助けてくれ、そして出口まで送ってくれた。
命の恩人。まるでレジェンド級の冒険者だった。
だが、普通とはかけ離れた存在。
思わず笑ってしまう。
こんな話、誰が信じるっていうのか。
あまりに嘘くさく、あまりに荒唐無稽な。
実在する人物とは思えない。
危険なダンジョンで狩りをする冒険者。
その姿を思い出し、アイリは思わず口にした。
「……ダンジョンに籠るソロの狩り専。
『狩り男』……か」