だからいろいろ無茶します。
深夜。
六分街。
ドモンの部屋。
「……。」
机に向かい、学校の課題を片付けていた。
現在の生活。
学校。
鍛錬。
ホロウでの戦闘。
そして――。
「ドモーン。」
聞き慣れた声。
ドモンの動きが止まる。
「……。」
ゆっくり窓を見る。
そこには。
当然のように。
黒い翼を持った少女が立っていた。
「こんばんは。」
ラミル。
正体不明の女性。
最近、なぜか毎日のように現れる存在。
「……。」
ドモンは無言で立ち上がる。
「今日こそ泊めてくれる?」
「断る。」
即答。
「まだ何も言ってないけど。」
「言うことは分かっている。」
「冷たいなぁ。」
ラミルは笑う。
しかし。
ドモンは窓を開ける。
「帰れ。」
「えー。」
「明日も学校だ。」
「疲れている。」
「だからこそ泊まって――」
「帰れ。」
「……。」
ラミルは少しだけ頬を膨らませる。
「頑固。」
「お互い様だ。」
「それ褒めてる?」
「違う。」
そして。
ドモンはラミルを外へ押し出した。
「またね。」
「来るな。」
窓が閉まる。
静寂。
「……。」
ドモンは椅子に座る。
最近。
全く休めていない。
学校。
鍛錬。
ホロウ。
そしてラミル。
「……。」
ため息。
その時だった。
机の上に置かれたものに気付く。
湯気の立つ湯飲み。
「……緑茶?」
いつ置かれたのか。
「……。」
ドモンは少し考える。
しかし。
すぐに答えは出た。
「ラミルか。」
追い出したが。
置いていったらしい。
「……。」
少しだけ口元が緩む。
「世話焼きなのか。」
一口。
緑茶を飲む。
「……。」
優しい香り。
どこか懐かしい味。
「悪くない。」
そう呟いた瞬間。
だった。
「……?」
視界が揺れる。
「なんだ……?」
急激な眠気。
身体から力が抜けていく。
「まさか……。」
立ち上がろうとする。
しかし。
遅かった。
ドサッ。
床に倒れる。
最後に見えたのは。
黒い鳥の影だった。
◇
「……。」
目を覚ましたドモンは、周囲を見渡す。
木の香り。
墨の匂い。
静かな空気。
「ここは……。」
記憶を探る。
「雲嶽山。」
「……適当観か。」
昔。
何度か訪れた場所。
「懐かしいな。」
そう呟きながら、身体を起こそうとする。
しかし。
「……?」
動かない。
腕。
足。
視線を落とす。
そこには。
縄。
しかも、ただの縄ではない。
術式が込められている。
「……。」
ドモンは眉をひそめる。
「誰がこんなものを……。」
その時。
扉が開いた。
「起きたか。」
落ち着いた声。
長い銀髪。
金色の瞳。
黄色の道着。
「……儀玄。」
「久しいな。」
女性は静かに部屋へ入る。
「昔から変わらないな。」
儀玄は少しだけ目を細めた。
「そういうところもな。」
ドモンは縄を見る。
「助かった。」
「これをほどいてくれ。」
しかし。
儀玄は首を横に振った。
「断る。」
「……。」
即答だった。
「なぜだ。」
「なぜなら。」
儀玄は淡々と言う。
「縛ったのは私だからだ。」
「……。」
ドモンは数秒沈黙する。
「どうやってここへ。」
「術法だ。」
「眠りの術を私が入れた緑茶にかけた。」
「それを飲んでしまったわけか。」
「後は連れてくればいい。」
「……。」
納得するしかなかった。
儀玄ならできる。
昔からそうだった。
「だが。」
ドモンは儀玄を見る。
「なぜ俺を連れてきた。」
「なぜ拘束する必要がある。」
儀玄は少し黙る。
そして。
「……。」
「相変わらずだな。」
「何がだ。」
「自分のことになると、途端に鈍い。」
「……。」
「ドモン。」
儀玄は静かに歩み寄る。
「お前。」
「最近、無茶をしているな。」
「……。」
「ホロウ。」
その言葉に。
ドモンの表情が僅かに変わる。
「……知っていたのか。」
「当然だ。」
儀玄は答える。
「雲嶽山の術は、目に見えるものだけを追うものではない。」
「流れを見る。」
「兆しを見る。」
「お前が何をしているかなど、少し調べれば分かる。」
「……。」
ドモンは黙る。
儀玄はため息をついた。
「まったく。」
「昔から変わらん。」
「強い。」
「だが。」
「自分を顧みない。」
「……。」
「力がある者ほど。」
「己を見失いやすい。」
儀玄はドモンを見る。
「だから。」
「一度止めた。」
「……。」
「少し休め。」
「それだけだ。」
ドモンは目を細める。
「そのために縄で縛ったのか。」
「そうだ。」
即答。
「……。」
「手段が強引ではないか。」
「逃げるだろう。」
「否定できない。」
儀玄は小さく頷く。
「ならば正しい判断だ。」
「……。」
ドモンは何も言えなかった。
◇
「変わらんな。」
「何がだ。」
「昔から。」
「修行中でも、誰かの心配ばかりしていた。」
「自分の傷は放置するくせにな。」
「……。」
ドモンは言い返せなかった。
幼い頃から。
儀玄には何度も言われてきた。
『己を大切にしろ』
『倒れてからでは遅い』
その言葉を。
今でも覚えている。
「だが。」
儀玄は静かに続ける。
「お前がそういう人間だからこそ。」
「私は放っておけん。」
「……。」
ドモンが少し目を見開く。
儀玄はいつもの無表情だった。
だが。
その声には確かな心配があった。
「儀玄。」
「なんだ。」
「昔からそうだったな。」
「何がだ。」
「俺を止めようとするところだ。」
「当然だ。」
儀玄は即答する。
「危険へ向かう者を止める。」
「それは弟子であろうと、友であろうと変わらん。」
「……友、か。」
ドモンが呟く。
「何か問題でもあるか?」
「いや。」
「少し意外だった。」
「失礼な。」
儀玄は眉を僅かに動かす。
「私にも友と呼ぶ相手くらいはいる。」
「……。」
「なんだ、その顔は。」
「いや。」
「昔から人付き合いが苦手だったからな。」
「お前にだけは言われたくない。」
即座に返される。
ドモンは少しだけ笑った。
◇
「それで。」
ドモンが尋ねる。
「いつまでここにいさせるつもりだ。」
「お前次第だ。」
「俺次第?」
「休む気になれば、すぐに解く。」
「なら。」
ドモンは縄を見る。
「今すぐ――」
「駄目だ。」
即答。
「……。」
「まだ目に疲労が残っている。」
「見れば分かる。」
儀玄は淡々と言う。
「お前は昔から、限界まで動いてから休もうとする。」
「今も変わらん。」
「……。」
図星だった。
「だから。」
儀玄は座る。
「休め。」
「それも修行のうちだ。」
「……。」
ドモンは少し黙った。
「休むことが修行、か。」
「そうだ。」
儀玄は頷く。
「動と静。」
「戦うだけが鍛錬ではない。」
「己を整えることもまた、道だ。」
その言葉に。
ドモンは昔の日々を思い出す。
雲嶽山で過ごした時間。
儀玄と拳を交えた日々。
互いに競い。
互いに成長した。
「……懐かしいな。」
「何がだ。」
「修行していた頃だ。」
「そうだな。」
儀玄も少しだけ目を細める。
「お前は毎回無茶をした。」
「先輩たちを倒して。」
「その後、さらに修行を求めてきた。」
「……。」
「正直。」
「最初は思った。」
「君、本当に子供か、と。」
「失礼だな。」
「事実だ。」
淡々と返される。
ドモンは苦笑した。
その時。
部屋の外から声が聞こえた。
「師匠ー!」
「……。」
儀玄が僅かに視線を向ける。
「橘福福か。」
扉の向こう。
「師匠、さっき何か運んで――」
「入るな。」
即答。
「えっ?」
「今は取り込み中だ。」
「何してるんですか?」
「……。」
儀玄は一瞬黙る。
そして。
「古い友人を保護している。」
「保護?」
「……。」
ドモンは縄を見る。
「これは保護と言うのか?」
「細かいことは気にするな。」
「細かくない。」
儀玄は静かに立ち上がる。
「福福。」
「はい?」
「これは秘密だ。」
「……。」
「分かりました!」
足音が遠ざかる。
ドモンは呆れたように息を吐いた。
「弟子にまで隠すのか。」
「余計な騒ぎは避けたい。」
「なるほど。」
儀玄は再びドモンを見る。
「さて。」
「しばらく大人しくしていろ。」
「……。」
「逃げようとしても無駄だ。」
「術式は強化してある。」
ドモンは黙る。
そして。
「……。」
「試すだけ試すか。」
その瞬間。
儀玄の目が細くなる。
「やはりそう来るか。」
「昔から変わらん。」
「脱出を考えるところまで含めてな。」
ドモンは少し視線を逸らした。
「……。」
「だが。」
儀玄は僅かに笑う。
「少し楽しみでもある。」
「何がだ。」
「お前が本気で抜け出そうとするなら。」
「こちらも久しぶりに腕を使える。」
ドモンは目を細める。
「逃げ切れるとは思うなよ。」
書いたらなんか怖くなっちゃった。