数時間後。
適当観。
深夜。
静寂が辺りを包んでいた。
部屋の中。
ドモンは目を閉じている。
「……。」
眠っているように見える。
しかし。
意識は完全に起きていた。
(……。)
縄。
術式。
部屋の構造。
そして。
外の気配。
全て確認した。
「……。」
ドモンは小さく息を吐く。
(やはり昔より強化されている。)
普通の縄ならば、力で引きちぎれる。
だが。
これは儀玄の術法によって作られたもの。
力任せでは解除できない。
「……。」
それでも。
ドモンは諦めなかった。
昔からそうだった。
無理だと言われたことほど。
挑みたくなる。
「……少しだけ試すか。」
僅かに力を込める。
すると。
縄に刻まれた術式が淡く光った。
「……。」
反応した。
つまり。
術式には一定の力を感知する仕組みがある。
「なるほど。」
「力で突破するのは無理か。」
ならば。
別の方法を試す。
ドモンは呼吸を整える。
「……。」
しかし。
その瞬間。
「そこまでだ。」
声が響いた。
「……。」
ドモンが顔を上げる。
いつの間にか。
部屋の入口に儀玄が立っていた。
「起きていたか。」
「いや。」
「今起きたところだ。」
「嘘だな。」
即答。
「……。」
「お前は昔から、悪巧みをするときだけ妙に静かになる。」
「悪巧みではない。」
「脱出だ。」
「同じようなものだ。」
儀玄は淡々と言う。
「……。」
ドモンは少し黙る。
「気付いていたのか。」
「当然だ。」
儀玄は部屋へ入る。
「術式が反応した。」
「それに。」
「お前が大人しく寝ているなど、最初から信用していない。」
「……。」
図星だった。
「信用がないな。」
「信頼しているから分かる。」
「矛盾している。」
「そうか?」
儀玄は首を傾げる。
「お前なら必ず逃げようとする。」
「それを理解しているだけだ。」
「……。」
ドモンはため息をついた。
「しかし。」
儀玄は縄を見る。
「悪くない。」
「何がだ。」
「試みだ。」
「力だけではなく、術式の構造を見ようとしていた。」
「昔より頭を使うようになったな。」
「褒めているのか?」
「半分は。」
「半分は?」
「まだ無茶をしている。」
「……。」
「力を使わず抜け出せれば。」
「その後どうするつもりだった。」
「帰る。」
「どうやって衛非地区から六分街まで行くんだ?かなりの距離があるぞ?」
「...」
「貨物用の飛行船に忍び込むにしても、しばらく飛行船は来ない。」
「大人しくしているんだな。」
「……。」
ドモンは黙り込む。
確かに。
言われてみればその通りだった。
ここは衛非地区。
六分街までは距離がある。
仮に縄を抜けたとしても。
仮にシャイニングガンダムの力を使ったとしても遠すぎる。
先に体力が尽きてしまう。
◇
「……。」
静かな部屋。
儀玄は眠ったドモンを見つめていた。
縄で拘束されているというのに。
彼はまだ戦うことを考えている。
逃げる方法を探している。
自分が傷つく可能性など考えずに。
「……本当に。」
儀玄は小さく呟く。
「昔から変わらないな。」
幼い頃から。
そうだった。
誰かが困っていれば助けに行く。
自分が傷ついても笑っている。
無茶をして。
無理をして。
それでも前へ進もうとする。
儀玄は知っている。
それがドモンという人間の強さであることを。
だが。
同時に。
それが弱さでもあることを。
「……。」
儀玄は拳を握る。
脳裏に浮かぶ。
失ったもの。
もう戻らない人。
守れなかった存在。
「……もう。」
声が震える。
「これ以上……大切な人を失いたくない。」
誰にも聞こえないほど小さな声。
それは。
十三代宗主としての言葉ではなかった。
一人の人間としての。
儀玄自身の本音だった。
「ドモン。」
眠っている彼へ近付く。
「お前まで……。」
その先の言葉は出なかった。
そして。
儀玄は。
静かにドモンへ抱き着いた。
「……。」
「頼むから。」
「もう少し、自分を大切にしろ。」
いつもの冷静な声ではない。
そこにあったのは。
ただの願いだった。
◇
翌朝。
「……。」
儀玄は目を開けた。
「……?」
見慣れた天井。
適当観の部屋。
「……。」
数秒。
状況を理解する。
そして。
「……。」
固まった。
「……。」
「私は……。」
「そのまま眠ったのか。」
よりによって。
ドモンを抱き締めたまま眠ってしまった。
「……。」
「私としたことが。」
小さく呟く。
しかし。
そこで違和感に気付く。
「……?」
身体に何かが掛かっている。
視線を落とす。
それは。
「……。」
ドモンのマント。
「……。」
儀玄はしばらく動かなかった。
「……。」
そして。
周囲を見る。
「……。」
ドモンがいない。
代わりに。
床には。
縄だけが残されていた。
「……。」
一瞬。
儀玄の表情が変わる。
「まさか。」
だが。
すぐに冷静さを取り戻す。
「……いや。」
「慌てるな。」
状況を見る。
縄は切られていない。
解かれている。
しかも。
術式は破壊されていない。
「……。」
儀玄は縄を手に取る。
「力ではない。」
「ならば。」
一つの答えに辿り着く。
「関節か。」
ドモン。
昔から無茶苦茶なことをする。
「手首の関節を外したか。」
「その状態で縄を抜けた。」
「……。」
儀玄は目を閉じる。
「次は。」
「監禁では足りないな。」
静かな声。
しかし。
そこには少しだけ怒りが混ざっていた。
◇
数分後。
儀玄は適当観を飛び出していた。
「……。」
空中。
呪符を足場に進む。
同時に。
術式を展開。
昨日。
ドモンへ仕込んだ術。
解除されていない。
「ならば。」
「まだ追える。」
術式が示す方向。
それは。
衛非地区の港。
そして。
「……。」
儀玄の足が止まる。
海の向こう。
巨大な黒い球体。
異質な空間。
ラマニアンホロウ。
「……。」
数秒。
沈黙。
そして。
儀玄の表情が変わった。
「……そういうことか。」
拳を握る。
「私から逃げるために。」
「ホロウへ入ったのか。」
普段。
決して感情を荒げない儀玄。
しかし。
今。
その瞳は、濁っていた。
◇
同時刻。
ラマニアンホロウ内部。
「……。」
ドモンは拳を振り抜いた。
ドゴォンッ!!
エーテリアスが吹き飛ぶ。
「……。」
周囲を確認。
敵影なし。
「……。」
息を整える。
計画通りだった。
「儀玄なら。」
「追跡術を仕込むと思った。」
ドモンは呟く。
昔からそうだった。
儀玄は慎重だ。
逃げ道まで考えている。
だからこそ。
ドモンも対策した。
ホロウへ入り。
エーテル環境を利用する。
術式の感知を乱す。
その間に。
解除方法を探す。
そして。
衛非地区へ戻る。
飛行船を待つ。
完璧な計画だった。
「……。」
「少し悪いとは思うが。」
「許してくれ。」
ドモンは進む。
◇
さらに奥。
ドモンは最後のエーテリアスを倒した。
「……。」
周囲が静かになる。
「今だ。」
精神を集中。
術式を見る。
追跡の流れ。
構造。
術式の結び目。
「……。」
少しずつ。
解いていく。
「あと少し。」
しかし。
その瞬間。
背後。
気配。
「……!」
振り向く。
遅い。
エーテリアスの爪が迫る。
「しまっ――」
その瞬間。
墨。
黒い奔流が走った。
ズドンッ!!
エーテリアスが消し飛ぶ。
「……。」
ドモンは目を見開く。
「……。」
そして。
理解した。
「……一歩。」
「遅かったか。」
階段。
そこから。
一人の女性が歩いてくる。
長い銀髪。
金色の瞳。
黄色の道着。
儀玄。
「……。」
しかし。
いつもの彼女ではなかった。
瞳が。
濁っている。
「儀玄……。」
彼女は答えない。
ただ。
静かに歩く。
「……。」
ドモンは構える。
戦うためではない。
理解したからだ。
今の儀玄は。
怒っている。
「……ドモン。」
低い声。
「なぜだ。」
「……。」
「なぜ。」
一歩。
「そこまでして。」
「自分を傷つける。」
ドモンは黙る。
儀玄の声が震える。
「私は。」
「お前を止めたかった。」
「ただ休ませたかった。」
「それだけだった。」
「なのに。」
拳を握る。
「お前は。」
「また。」
「自分の身体を削る方法を選んだ。」
「……。」
「もう。」
儀玄の周囲に墨が渦巻く。
「分からせるしかない。」
「お前が。」
「どれだけ無茶をしているのか。」
静かな声。
だが。
その奥には。
今まで抑えていた感情があった。
「覚悟しろ。」
「ドモン。」
「今日は。」
「逃がさん。」