魔法少女の敵役、命欲しさにドノツラフレンズになる。 作:ドノツラフレンズ
俺のような斥候の任務は人間界の偵察だ。魔界の連中も突然現れた魔法少女なる存在に驚きを隠せないらしく、悪魔たちのあいだでも動揺が広がっていた。
「また悪魔が一体やられたらしいぞ」
「マジかよ、人間界なんて大した技術もなくて楽勝だと思ってたんだが……」
――そんな噂話が魔界の待機所でも飛び交ってるくらいだ。俺も他人事じゃない、明日は我が身どころか今日この後が我が身かもしれない。
これまでの世界でも抵抗を見せた世界は数多くあれど、あれほどまでの魔力を持った敵は初めてだ。流石に魔法少女、伊達ではない。
ギルアクド様も珍しく苦い顔してたって噂を聞いた時は、ちょっと胸のすく思いがした。ざまぁみろとまでは言わないけど、まあ言った。
そんな中俺は普通に現代日本を観光していた。いやぁ、いろいろ変わってるところがあるけど前世を思い出して懐かしい気分になれるなぁ。
自販機の値段がちょっと上がってたり、見たことないコンビニのロゴがあったり、細かい違いを見つけるたびになんか得した気分になる。並行世界巡り、こう見えて地味に楽しい。
……つか、いい加減腹が減った……ここ2、3日何も食ってないからな。
一度人間界の、食い物の匂い嗅ぐと魔界の飯が食べたくなくなるんだよな……ラーメン屋の前を通っただけで胃袋が全力で自己主張してくる。醤油の匂いって反則だろ、あんなの悪魔の理性なんて余裕で吹き飛ぶ。
人間に擬態してるとはいえ財布の中身はゼロ、というか財布自体持ってない。俺みたいな末端の斥候に金なんて支給されるわけないもんな。分かってた、分かってたけど、こう空腹を突きつけられると絶望しかない。
試しにゴミ箱の中身も物色してみたけど、悪魔プライドがギリギリ抵抗して踏みとどまった。いや踏みとどまったっていうか、単純に人間界のゴミ箱、思ったより漁りにくい構造してるだけだけど。
気づけば俺は、公園らしき場所のベンチ付近をふらふらと彷徨っていた。視界の端がチカチカする、これはあれだ、前世でも一度経験がある低血糖のサインだ。悪魔の身体でも空腹には勝てないらしい、もしくは人間に擬態している影響かな?
「あー、まずいな、これ……」
立ち眩みがして、目の前の景色がぐわんと揺れる。踏ん張ろうとした足に力が入らない。ああ、これは、倒れる――そう自覚した瞬間には、もう視界は真っ暗になっていた。
どさり、という間の抜けた音を最後に、俺の意識はプツリと途切れた。
――――――――――――――――――――
「え、ちょ、大丈夫ですか!?」
どれくらい経ったのか、遠くから声が聞こえる。誰かが俺の肩を揺すっている感触があって、俺はゆっくりと瞼を開けた。
目の前にいたのは、制服姿の女子中学生――くらいの歳に見える女の子だった。心配そうな顔でこっちを覗き込んでいる。
「あ……ここ、は……」
「公園のベンチの近くで倒れてたんです!顔真っ青ですけど、大丈夫ですか!?救急車呼びます!?」
律儀に俺を助け起こそうとするその子の顔を、俺はぼんやりと見つめる。どこかで見た覚えがある……いや待て、あのピンクのツインテール、あの派手なドレスの残像。
(――あ)
この子、あの魔法少女だ。今は変身が解けて、ただの女の子の姿をしているけど、間違いない……俺も悪魔だからな、魔力の感じでなんとなくだがわかるコイツは……普通じゃない。何か上級の存在と契約している。
まずい。めちゃくちゃまずい。倒れて弱ってるところを敵に見つかるとか、悪の組織の斥候として底辺すぎる末路だ。せめてもうちょっと格好良く再会したかった。
「だ、大丈夫……ちょっと腹減っただけ、だから……」
「腹減った?え、それだけ?顔色やばいですよ!?」
女の子は本気で心配そうに眉をひそめている。敵、のはずなんだけどな。この温度感、なんか想像してたのと違う。
「……あの、これ良かったら」
そう言って彼女が鞄から取り出したのは、コンビニのパンだった。まだ封も切られていない、ふわふわのメロンパンだ。
「これ!お腹すいたなら早く食べてください!」
差し出されたメロンパンを見た瞬間、俺の中の何かが決壊した。目の奥がじわっと熱くなる。悪魔なのに涙腺仕事しすぎだろ、いや空腹が限界なだけだと思う、多分。
「……い、いいのか?」
「いいですいいです、はい、どうぞ」
震える手で受け取って、包装を破って一気にかぶりつく。甘い匂いと、ふわふわの生地の食感が、干からびきった俺の胃袋に染み渡っていく。数日ぶりのまともな飯、それも人間界の飯。
「うっま……」
思わず漏れた本音に、女の子はちょっと笑った。
「そんなに美味しそうに食べてもらえると、あげた甲斐あります」
その笑顔を見ながら、俺はふと思う。
本当にこの子と戦いたくねぇ……一食の恩はデカいんだよ俺にとっては……あぁ、マジでもっと普通に人間に生まれなおしたいなぁ今からでも!
「ちなみに、お名前は?」
少女に聞かれて、俺は一瞬固まった。ティーガーです、なんて言ったら一発でバレる自信がある。とっさに、前世の記憶から適当な名前をひねり出した。
「……おっ……
「大上さんですね。私は柊アカネです。よかったら家、この近くですか?送りましょうか?」
「あ、いや……大丈夫。このご飯だけでありがたいから……」
そう言って俺は、ベンチから立ち上がる。まだ多少ふらつくが、メロンパン一個のおかげでさっきよりはよっぽどマシだ。人間の飯、恐るべし。
「本当に平気ですか?もう一個パン、あるので持っていきますか?」
「い、いいって!もう十分助かったから!ありがとな、柊」
これ以上長居すると、うっかりボロが出そうな気がする。いくら俺に敵意はないとは言え俺は悪魔だ。魔法少女相手と長時間会話するのは、リスクが高すぎる。俺は逃げるように会釈すると、公園の出口の方へと足早に歩き出した。
「またどこかで!」
背中に投げかけられた声に、俺は小さく手を挙げて応えるだけに留めた。振り返らなかったのは、多分、振り返ったら変な顔してるのがバレる気がしたからだ。
――――――――――――――――――――
大上タツミ――もとい、正体不明の彼が公園の出口へと消えていくのを見送りながら、私はしばらくその場に立ち尽くしていた。
「アカネ、腑抜けた顔してるミル」
鞄の中からひょこっと顔を出したミルが、呆れたようにこっちを見上げてくる。普段は姿を隠してるくせに、こういう時だけタイミングよく出てくるんだから調子いい。
「腑抜けてないよ! ちょっと考え事してただけ!」
「ふーん、考え事ミルか」
絶対信じてない顔してる。長い付き合いってわけでもないのに、こういう時の見抜き方だけは妙に鋭いんだよね、この子。
「……ねぇミル、今の人、なんか変な感じしなかった?」
「変な感じ、とは?」
「うまく言えないんだけど……なんか、こう、普通の人間っぽくない気配っていうか」
私がそう言うと、ミルはピクリと耳を立てて、公園の出口の方向をじっと見つめた。
「……アカネ、それは正確な直感かもしれないミル」
「え?」
「あの人間、魔力の残滓を纏っていたミル。それも、天界のものでも、人間本来のものでもない――」
ミルの声が、いつもよりちょっと真剣なトーンになる。私は思わず息を呑んだ。
「まさか……魔界の……?」
「断定はできないミル。ミルとおなじ天界の使いかもしれないし、そういう体質のただの人間なのかもしれないミル。」
「人間なのに魔力を持つ人もいるの!?」
「アカネがそうだったミル!だからこそミルはアカネを魔法少女に選んだミル!珍しいけどない話でないミル。」
驚きの真実だ……魔力って、そんなにありふれてるものなんだって。もっと特別な何かかと思ってた。
「でも……もし仮に魔界の関係者だったとしたら、なんであんな行き倒れてたの?しかも普通にお腹すいたって言ってただけだし……悪いことしようとしてる感じ、全然しなかったよ?」
「それは、ミルにも分からないミル」
ミルは腕組みをしながら、難しい顔で唸る。
「敵かどうか、今すぐ判断するのは早計ミル。だが、今後また接触があった場合は、油断はしないことミル」
「……うん、わかった」
頷きながらも、私の頭の中では、さっきのメロンパンを美味しそうに頬張っていた顔が離れなかった。
あんなに嬉しそうにパン食べる敵って、なんかいる?
もし本当にあの人が魔界側の存在だったとして、私はちゃんと戦えるのかな。少なくとも今日この瞬間、私の中には「敵を助けた」って罪悪感なんて欠片も無くて、それどころか、ちょっとだけ「また会えたらいいな」なんて呑気なことを考えている自分がいた。……ちょっと、顔がタイプだったっていうのも、少しはあるんだけど。
「アカネ、変な顔してるミル」
「してないよ!!」
夕暮れの公園に、私の抗議の声が虚しく響くのでありました。