魔法少女の敵役、命欲しさにドノツラフレンズになる。 作:ドノツラフレンズ
人間社会で生きるためには先立つものが必要だ。つまりは金だ。何をするにも金金金金……それは人間社会の嫌な面だ。
まぁ要するに、悪魔だろうが斥候としてだろうがなんだろうが、働き手があるに越したことはないってわけで……いやマジで痛感したんだよ、この数週間。公園のベンチで行き倒れて以降、俺は「金がない現実」に何度も殴られ続けてきた。
人間界の食い物は美味い、でも金がなきゃ食えない。人間界の飯を漁ろうにも、コンビニのゴミ箱ですら意外とガードが固い。
自販機の下に小銭が落ちてないか探し回った日もあった、正直あの時の自分にはもう戻りたくない。悪魔としてのプライドが粉々に砕け散った瞬間だった。
このままじゃ栄養失調で公園に沈む頻度が増える一方だ。ならばもう答えは一つしかない――働くしかない。
「大上さん!3番テーブル片付けお願い!」
「はぁい!」
俺は店員不足で困っていた個人経営の中華料理屋で雇ってもらうことにしたのだ。えっ?住所もない野郎がどうやって面接受かったのかって……?
……今の俺は人知を超えた存在。即ち悪魔だ。人一人操ってバイトするのなんかわけない!……と言いたいところだが、この店の店主さんが気の良い人でな。
滅茶苦茶土下座したら詳しいことは聞かずに雇ってくれた……なんでも、店主さんも昔は宿無しで苦しい思いをしたからって、あと単純に人手が足りなくてマジでヤバいらしいからなんとかギリギリ雇って貰えたって感じだ。
いやほんと、土下座した時の俺、傍から見たらただの不審者だったと思う。張り紙を見るなりいきなり働かせてくださいの勢いでお願いしたからな。
それでも拾ってくれたこの店主さん、只者じゃない。人を見る目があるのか、単純にお人好しなだけなのか、多分後者だと思うけど、とにかく感謝してもしきれない。
まかないも貰えるし、良い職場だ。初日にもらった賄いの麻婆豆腐、涙が出るくらい美味かった。悪魔が人間の飯食って感動して泣くとか、我ながらどうかしてると思うが、心は人間なんだ。別にいいだろう。
人入りも決して良い訳じゃないし、給料も安いがこれで取り敢えず足掛かりを手に入れた。住所不定の悪魔が定職に就いたってだけで、今の俺にとっては十分すぎる進歩だ。
あとは次々に魔法少女にやられていく悪魔をどうするか、だ。
初めに人間界を襲ってから数週間……何度か襲撃を仕掛けているが、その全てがあの魔法少女にコテンパンにされ撃破されている。もはや戦績で言えば全敗、清々しいくらいの負けっぷりだ。魔界の連中も流石に焦り始めているのが、待機所の噂話からも伝わってくる。
『次の作戦、また尖兵クラス送り込むらしいぞ』
『意味あんのかそれ……前回も瞬殺だったろ。幹部殿らの腰は重いねぇ。』
……こんな会話が飛び交うレベルだ。まあ実際、魔法少女相手にただの尖兵ぶつけたって蟻が象に立ち向かうようなもんだしな。
このままでは俺のような下っ端斥候に声がかかるのも時間の問題だ。幸いまだ魔界から直接の命令はないが……いつ「お前も出撃しろ」って通達が来てもおかしくない緊張感がある。それだけは絶対に避けたい、だって出撃したら十中八九、あのメロンパンくれた子にボコられて終わりだ。
なんとか美味いこと魔界から人間界、ひいては魔法少女へ鞍替えする策を考えなくては。せめて信頼を勝ち取ってから寝返らないと、いきなり「実は俺悪魔でした、味方にしてください」って言っても普通に警戒されて終わる未来しか見えない。
そんな事を考えながら油に汚れた机を拭いていると、ガラリと扉が開く。
「いらっしゃいませ〜」
「あっ、一人なんですけど……」
聞き覚えのある声だった、幼さの残るあどけない声……少し固まった後声の方を見ると、そこに立っていたのは魔法少女……いや、柊アカネと呼ぶべきか。彼女が、いかにも学校帰りというような装いで入ってきた。
制服のブレザーに、肩から下げた鞄。数週間前、瓦礫の中で剣を構えていた姿とは似ても似つかない、どこにでもいる普通の中学生の格好だ。それだけに、余計に既視感がすごい。
(お、おい待て、なんでここに……)
俺の心臓が、悪魔の身体だってのに人間並みにバクバク跳ねる。まさかここまで嗅ぎつけてきたのか、いや違う、多分そんなガチな展開じゃない、確率的にはただの偶然のはずだ。落ち着け俺。
すると、店主さんがカウンターから顔を出して笑顔で出迎えてくる。
「おぉアカネちゃん。よく来たね!……あっ、こちら新人バイトの大上君!」
「えっあっ……お、大上タツミさん、ですか?」
「あっ……はい……」
なんで!?なんでこんなに魔法少女とエンカウントするの!?しかもなんで店主仲よさげなの!?常連!?まさか常連なのか!?
俺の頭の中は、店主さんの朗らかな声とは裏腹に大混乱だ。人間界って狭すぎない?なんでピンポイントで俺とこの子の生活圏がここまで交差するんだよ。
「あれ?二人とも知り合い?」
「え、えぇ……まぁ……」
「色々と……」
お互い目を合わせないようにしながら、微妙に言葉を濁す。少なくとも俺としては「生き倒れていた所をメロンパン分けてもらいました」なんて口が裂けても言えない。言ったら引かれる未来が見える。
「へぇ!!世間は狭いねぇ……あぁ、アカネちゃんはね俺の姪っ子なんだ。俺の妹の子供」
世間は狭いどころの騒ぎじゃねぇよ!?世間は六畳一間か!?なんで俺が動くたびにこう魔法少女とエンカウントするんだよ!?
もはや運命とかそういう次元の話じゃない、これは何かの呪いか、あるいは天界だか魔界だかの偉い誰かが俺をいじって遊んでるとしか思えない。俺の平穏な潜伏生活、いきなり崩壊の危機だ。
いや、もうはじめっから色々と破綻している人生と言うか悪魔生なんだが……
「じゃあアカネちゃん、いつもの席で待っててね。大上君、水持ってってあげて」
「あっ……はい……」
言われるがまま水を持ってテーブルに向かう俺の足取りは、我ながら死刑台に向かう囚人のそれだった。カラン、とコップの氷が鳴る音がやけに大きく聞こえる。
目の前の席で、アカネがちらちらとこっちを窺うように見上げてくる視線に、俺は気づかないフリをするので精一杯だった。
(……とりあえず、正体はバレてない、はず。多分。……多分な!)
これでも斥候だ。魔力を抑えるコツは知ってるし、いきなり悪魔だとバレることはないだろう……さすがにいきなり変身しているところを見られればあれだが……
すると、アカネはそっと俺を見て笑顔を向けてくる。
「えっと……就職おめでとうございます、でいいんでしょうか?」
「んっ!!??ああぁ!まぁ、な。初任給で何かおごらせてくれ、君にはメロンパンの借りがあるから。」
俺の言葉に、アカネは目を丸くしてから、くすっと小さく笑った。
「借りって、そんな大げさな……でも、ありがとうございます。楽しみにしてますね。」
その笑顔を見て、俺は柄にもなく安心してしまう。バレてない、多分バレてない、普通に会話が成立してる。よし、この調子でいけば潜伏生活も何とかなる――そう思いかけた矢先だった。
「あ、そうだ、ご注文お伺いしますね。何にします?」
ポケットからメモとペンを取り出して、精一杯バイトらしく振る舞う。こういう小芝居、実は結構得意なんだよな、悪魔の擬態能力ってこういう時にも地味に活躍する。
「えっと……麻婆豆腐定食で」
「麻婆豆腐定食が一点」
「あっ、辛口でお願いします!」
「辛口でね。かしこまりました。」
そんな他愛もないやり取りが続いて、なんだか胸の奥がむず痒くなってくる。敵のはずなんだけどな、こいつと話してると毎回ペースを乱される。
注文を厨房に通して、水を継ぎ足しに戻ってきたその時だった。
――ぞわり、と。
背筋を悪寒に似た感覚が這い上がった。人間には決して感知できない類のものだ。魔力の気配、それも明らかに友好的じゃない、殺意混じりの気配。
(……マジかよ、こんなタイミングで)
店の外、そう遠くない距離で、何かがこの世界に「侵入」してきた感触がある。魔界の連中が使う、あの独特な瘴気の匂い。悪魔として転生してからずっと身近にあった物だからな、間違えようがない。
ふと視線を戻すと、アカネの表情がさっきまでと明らかに違っていた。柔らかい笑顔が消えて、どこか研ぎ澄まされた真剣な顔つきに変わっている。
(あ、こいつも気づいてる)
当たり前だ、こいつは魔法少女なんだから。俺なんかよりよっぽど敏感に、こういう気配を察知できるに決まってる。
「……アカネちゃん?」
俺がわざとらしく声をかけると、アカネは一瞬迷うような顔をしてから、鞄を掴んで勢いよく立ち上がった。
「す、すみません!ちょっと急用思い出しちゃって!」
「え、あ、注文もう入れちゃったけど……」
「ごめんなさいおじさん!!また今度絶対来ますから!大上さんもまた!」
言うが早いか、アカネは伝票も見ずに財布から小銭を掴み出してテーブルに置くと、脱兎の如く店を飛び出していった。ドアの鈴がカランカランと激しく鳴る。
「あ、アカネちゃん!?」
カウンターの向こうから店主さんが驚いた声を上げるが、その頃にはもう彼女の後ろ姿は店の外に消えていた。
俺は水差しを持ったまま、しばらくその場に立ち尽くす。
(――行ったか)
多分、いや間違いなく、今の気配に反応して戦いに向かったんだろう。あの必死な顔、飯食ってる場合じゃねぇって、瞬時に判断したってわけだ。
「大上君、アカネちゃん急にどうしたんだろうね」
「さ、さぁ……女子中学生って、忙しいんじゃないですかね、色々と」
適当な誤魔化しを口にしながらも、俺の頭の中は別のことでいっぱいだった。
今の気配、今までの尖兵よりかは格の高い悪魔だ。アカネ一人で対処できる相手なのか……いや、これまでの戦績を見る限り大丈夫なはずだ、あいつは強い。強いはずだ。
……なのに、俺はなんでこんなに落ち着かないんだろうな。
「大上君!皿洗い少し手伝ってくれないかい?
「……わかりました!」
厨房から呼ばれて、俺は慌てて動き出す。手はちゃんと仕事をこなしているのに、頭の片隅はずっと店の外に向いたままだった。
(……無事、だといいけどな)
窓の外を一瞬だけ見やる。夕暮れの街並みは、いつもと変わらず静かに見えた。だからこそ、この静けさの裏で何が起きているのか、俺には想像もつかなくて、少しだけ不安になった。