魔法少女の敵役、命欲しさにドノツラフレンズになる。 作:ドノツラフレンズ
「こんにちは、おじさん。大上さん」
「いらっしゃいませ〜……!?」
翌日……ちょうど同じ時間帯にお店にやってきたアカネ。そんな彼女の頬には絆創膏が貼られていた。店主がカウンターから身を乗り出してアカネを見るなり、唖然としながら声を上げる。
「オイオイアカネちゃん!? 一体どうしたんだよそのケガ!?」
「あっ……その、階段で転んじゃって!」
アカネはまるで誤魔化すようにエヘヘと笑いながら、案内された席に座る……正直ヒヤッとした。
階段から落ちた……多分嘘だ。昨日、店から急いで飛び出していったあのタイミング、あの気配、そして今日のこの怪我。繋げて考えるまでもない。
昨日の悪魔にやられたのだろう……頬の傷からわずかにだが、魔力の残影が見える。悪魔のいやぁな魔力の感覚だ、俺も似たようなもん纏ってるからよく分かる。
「……大丈夫?アカネさん。怪我の具合は……」
「っ!えぇ、全然平気ですよ!」
そう言ってアカネは笑ってみせるが、やっぱり何処か胸がズキッと痛くなる。こんな幼い子供が世界の命運を握って戦っているのに、自分は保身の事を考えてしまっている。
昨日の今日で、こうやって何事もなかったみたいな顔して店に来る神経も大概おかしい。普通もうちょっと休むだろ、中学生が、死闘終えたんだから。よく普通に制服着て学校に通えるもんだ。
と言うかそもそも何なんだよ魔法少女って!少女選ぶな!魔法軍人とかにしろどうせなら!そのほうがぜってぇ良いって!間違いねぇって!
いい大人がガチムチの装備固めて戦えばいいだろ、なんでよりによって中学生の女の子に世界の命運背負わせるんだよ!!人選ミスってんじゃねぇのか!?
……いや、俺が言えた義理じゃないな。俺だって本来は悪魔サイドの人間なんだから。
「……あのっ、大上さん?」
「あっ、すいません。ちょっとぼーっとしてました……えぇっとご注文は?」
「昨日食べ損ねちゃったので麻婆豆腐定食で!」
「はい、麻婆豆腐定食が一点入ります!」
「はいよ〜!」
注文を通しながらも、俺の頭の中はぐるぐると渦巻いていた。この子、今日もまた同じ気配に遭遇するかもしれない。もしまた店にいる時に襲撃があったら、今度は昨日みたいに黙って見送るだけでいいのか?
悪魔の俺が魔法少女の手助けするとか、本末転倒にも程がある展開だってのは分かってる。分かってるけど、この絆創膏見た後だと、なんかそのままにしとくのも据わりが悪い。
厨房に注文を通しながら、俺はちらりとアカネの横顔を盗み見る。頬の絆創膏の下、多分結構深めの傷が隠れてるんだろうな。それでも笑って麻婆豆腐頼んでるあたり、無駄に肝が据わってるっていうか、意地張ってるっていうか。
(あ~!くっそすっげぇモヤモヤする!!なんだこの感情!!)
俺は自分の中のそのモヤモヤを消し去るために、ひたすらに仕事に没頭するのであった。
その日の夜……店も終わり、俺は真夜中を当てもなく歩いていた。相変わらず俺は住所不定だ。まぁ、別にそこはいい……この悪魔の体、相当丈夫で暑いとか寒いとか感じにくくなっている。段ボールに頼らずともホームレス生活ができるわけだ。
人間だった頃なら路上生活とか絶対に無理だったろうけど、悪魔の体になった今は寒暖どっちも大した問題じゃない。唯一の弱点は空腹だけ、それさえクリアしとけば案外快適なんだよな、この生活。
そもそも睡眠自体ほぼ必要ない……最低限飯だけ食っていれば生きていける。あとは魔力……たまに魔界に戻って魔力を補給すればまた人間界でも長時間活動できる。
気分はダイバーみたいなもんだ。酸素タンク背負って潜水するのと同じ感覚で、体の中に魔力タンク背負って人間界に潜ってる、そんなイメージ。
働いて、飯食って、あとは特にやることもないから夜な夜な当てもなく街をぶらつくのが最近の日課になりつつあった。人間界の夜景、意外と綺麗なんだよな。ネオンの色使いとか、前世の記憶にあるやつと微妙に違ってて、そういう発見が地味に楽しい。
……だが、道歩く俺の鼻に突然嫌な感覚が流れ込む。悪魔の放つ魔力の感覚……俺は気づけばその感覚がする方へ向かっていた。
理由は……何故だろう、居ても立ってもいられなくなったと言えば良いのか……頭で考えるよりも先に身体が動いてしまっていた。斥候としての本能なのか、それとも別の何かなのか、自分でもよく分からない。
たどり着いたのは人けのない公園……魔界へ通ずるゲートをくぐって現れるのは、一人の悪魔……そして光と共に現れるのは以前見たあの魔法少女。俺は斥候として息を殺して茂みに身を隠しながらその様子を見ていた。
現れた悪魔は、俺なんかよりよっぽど風格のある体躯をしていた。全身を覆う漆黒の鎧、背中から伸びる歪な翼、纏っている魔力の圧も明らかに格上のそれだ。少なくとも俺のような斥候とは違う……バリバリに戦闘特化の悪魔だ。
「ちぃ……来るのがはええんだよ、人間風情が」
「私が早く来ないと……貴方達が何もかも壊すからでしょ!!」
変身したアカネの声は、昼間店にいた時とは別人みたいに凛としていた。でも、ほんの少しだけ、疲れが滲んでいるようにも聞こえる。昨日戦って、今日も休まず出てきてる。そりゃ疲れないわけがない。
またズキッっと胸が痛くなる……思い出すのは、初めて悪魔が現れた時の惨状だ。ビルは崩れ、人々の叫びが木霊する。ほかの悪魔はそれが快楽だと言うが、俺には一生わからない感覚だ。おかげで、まだ自分は心は人間だと確信を得ることができる。
目の前の悪魔も、多分ああいう「壊すこと」自体を楽しむタイプなんだろう。全身から滲み出る嗜虐的な気配、俺とは根本から違う生き物なんだって、見てるだけで分かる。
「まぁいいさ……昨日の今日だ。俺様がお前をさっさと葬って、ギルアクド様からお褒めと昇級を頂かねぇとなぁ!」
「ギルアクド……!?」
「お前にこれ以上話す事はねぇ!」
勝手に話したのはお前だろう……なんてツッコミをしてる場合じゃねぇ……
ギルアクド様直々の名前が出たってことは、こいつただの尖兵とかそういうレベルじゃない。昇級を目当てに動いてる、それなりの地位を持った悪魔だ。
俺は茂みの奥で、拳を強く握りしめていた。斥候の分際で下手に出しゃばれば、正体がバレて全部が終わる。頭では分かってる、分かってるんだが――
(……くそ、動けねぇ)
このまま黙って見てるだけでいいのか。昨日、あの子がくれたメロンパンの味も、絆創膏を貼った頬で無理して笑ってた顔も、次々頭をよぎって、俺の中の何かが焦れったく騒いでいた。
だがいくらじれったくしていても目の前で始まる戦いは止まらない。二人の拳がぶつかり合い魔力を帯びた火花を散らす……
「ぐぐっ……!」
「舐めんじゃねぇぞ……!」
悪魔の言葉にアカネが剣を構え直し、地面を蹴る。だが敵の悪魔はそれを鼻で笑うように、軽く手を振っただけだった。
「甘いな、小娘」
次の瞬間、地面から黒い触手のようなものが何本も突き出し、アカネの両腕と両足に絡みついた。振り解こうともがくが、まるで意に介した様子もなく、触手はさらに強く体を締め上げていく。
「ぐ……っ!?何、これ……!」
「魔力を封じる拘束術だ。俺らの様な悪魔にとっちゃ十八番でね、お前のその小賢しい足掻きもこれで終わりだ」
俺は茂みの中で息を止めた。まずい、あれはガチの奴だ……魔力を糧に戦う奴からすれば特攻武器だ。あれに捕まったら悪魔だって身動きは取れねぇ。
魔力を封じられたら、魔法少女としての力もろとも封殺される。剣を握る手から力が抜けて、アカネの表情に初めて見る明確な焦りが浮かんでいた。
「く……離して……!」
「無駄だ無駄だ。さぁて、昇級祝いといこうか」
悪魔がゆっくりと右手を掲げる。その手のひらに、禍々しい黒い炎が渦を巻きながら集束していく。あれをまともに食らえば、間違いなく致命傷だ。魔力を抑えられた人間の体に、あんな威力の攻撃が耐えられるわけがない。
(――マジかよ、こんな呆気なく……!)
頭の中で、理性がまだ叫んでいた。動くな、正体がバレる、下手すりゃ即座に処刑されるかもしれない、と。でも、体はもう勝手に動き出していた……どうやら俺はそう言う質の男らしい。
茂みの陰から少しだけ身を乗り出し、悪魔の姿に変えて地面に転がっていた小石を掴む。俺は普段そんな器用な真似できるタイプじゃないが、変身した今の
小石に魔力を込めて狙った通りの軌道で、俺は思いっきりそれを投げつけた。石は敵の悪魔の後頭部に、コツンと小気味よく命中する。
「いづっ!?」
悪魔が驚いたように振り返る。集束しかけていた黒い炎が、集中を乱されたことで一瞬だけ霧散した。
「な、なんだ今の……誰だ!」
悪魔が周囲を睨みつけながら威嚇する。俺は茂みの奥にさらに身を沈めて、気配を極限まで殺した。斥候の技術、こういう時のためにあったんだなって、今更ながら実感する。
「……チッ、ネズミの一匹でも紛れ込んだか」
悪魔は舌打ちしながらも、注意を一瞬だけ辺りに向けた。俺はその隙にもう一つ、さっきより離れた場所に向けて石を投げる。カラン、と乾いた音が響いた。
「そっちか!」
悪魔が反応した方向は、俺が本当に潜んでいる場所とは真逆だ。よし、乗ってくれた。
「くそ、後で仕留めてやる……まずはこの娘からだ」
悪魔が再びアカネに向き直り、手のひらに炎を集め直そうとする。だが、その炎はさっきよりも明らかに集束が遅い。集中が一度切れた反動なのか、それとも警戒で意識が分散しているせいなのか。
俺はその隙を逃さず、今度は思いきり足元の枝を踏み折った。パキッ、という乾いた音がやけに大きく響く。
「――ッ!どこだ!」
悪魔が完全にこっちに気を取られた瞬間、拘束されたままのアカネが、震える声で何かを唱え始めていた。
「……ミル、力を、貸して……!」
小さく光る何かが、アカネの胸元から零れる。俺の位置からは詳しくは見えなかったが、明らかに拘束の触手にヒビが入るような、そんな気配があった。
(――よし、あとちょっとだ)
俺はもう一度、今度は少し遠くの木の幹に向かって石を投げる。悪魔がまた気を取られたその隙に、アカネの拘束していた触手の一本が、内側から弾けるようにして千切れた。
「なっ!?」
「今っ!……マジカ・スラッシャー!」
拘束から片腕だけ抜け出したアカネが、渾身の力で剣を振るう。斬撃が悪魔の胴を斜めに斬り裂き、悲鳴とともに大きく体勢を崩させた。
「ぐああああッ!小癪な……ッ!」
完全に体勢を崩した悪魔は、そのまま体を捻って逃げるようにゲートの方へと後退していく……いやっ!逃がしたら後々面倒だ!
俺はまた少し身を乗り出して小石を握りしめて魔力を宿らせて、思いっきり投げつける……今度は奴が生み出したゲートの方へ。
小石がぶつかったゲートは、まるで鏡のようにひび割れて崩れていく。
元々違う次元をつなげるゲート……ギルアクドの様な大物が作ったものならいざ知らず、アイツみたいな多少強いだけの悪魔が作ったゲートなら少し小突けばすぐ砕け散る。
「なっ!?そっちかっ!?」
悪魔は即座に俺の方を見るが、俺はすでにその場からは移動している……余所見をしなければまだ可能性はあったのにな。
「ッ!!」
アカネは自身を捉えていた触手をその剣で切り裂き、魔力を込めたその剣先を悪魔に突き刺す。
「マジカ・ストライクッ!!」
「グァァァァ!!!???」
その一撃が致命傷になったのか、その悪魔は内側から光りに包まれて消滅する……
残された公園には、拘束から完全に解放されたアカネが、荒い息を吐きながら膝をついている。
「……なんとか、なった……?」
安堵したような呟きが漏れる。俺は茂みの奥で、ようやく詰めていた息をそっと吐き出した。
(……良かった……)
心臓がまだドクドクと落ち着かない。もし正体がバレていたら、こんな穏やかな結末にはなっていなかっただろう。それでも、今この瞬間だけは、その結果を素直に喜んでいる自分がいた。
アカネは辺りをきょろきょろと見回して、不思議そうに首を傾げている。
「……今の石、誰か助けてくれた……?」
彼女の視線が茂みの方をかすめた瞬間、俺は反射的に体を沈め、音を立てないよう慎重にその場を後にした。
振り返らずに、公園から遠ざかっていく。背中を汗が伝う感覚は、多分空腹とは違う種類の緊張のせいだった。
(……気づかれてない、よな……多分)
夜道を歩きながら、俺は柄にもなく胸に手を当てていた。今のは何だったんだろう、正体がバレるリスクを冒してまで、俺は何であんな行動を取ったんだろう。
自分でもよく分からないまま、ただひとつだけはっきりしていることがあった。
――あいつが死ぬところなんて、絶対見たくなかった。それだけは、間違いなく本心だった。