魔法少女の敵役、命欲しさにドノツラフレンズになる。 作:ドノツラフレンズ
「はぁ……はぁ……勝った……!」
戦闘が終わり、腰の力が抜けたのかガクリと身体を落とす柊アカネ。そんなアカネの身体を光が包み、今の派手な魔法少女としての格好から、元の唯のアカネの姿へと戻る。
膝から下、まだ震えが止まらない。今のは、正直マズかった。拘束されたあの瞬間、頭の中に「死」の一文字がちらついたのを、アカネは自分でも忘れられそうにない。
それと同時にミルがその光の中から現れアカネに抱きつく。
「よかったミル〜!アカネが無事で!」
「ミ、ミル!」
小さな体で全力で抱きついてくるミルの温かさに、アカネはようやく張り詰めていたものが少しだけ緩むのを感じた。抱き返す腕にも、まだ力が入りきらない。
魔法少女としての姿を形成するにはミルの魔力が必要不可欠。アカネが魔法少女に変身する際にはミルがその体を魔力化して、それをアカネが纏う事によって成り立っているのだ。
だからこそ、アカネが危機に陥るということは、ミルにとっても文字通り自分の身が削られるのと同義だった。
「危なかったミル……魔力を封じる触手を扱う悪魔なんて……!ミルもフルパワーでやらないと破れなかったミル……!」
ミルの声には、いつもの余裕がまるでなかった。あの拘束を内側から破るのに、ミルの魔力もかなり削られたんだろう。抱きついたままの体が、心なしかいつもより軽く感じる。
「でも、なんとか勝てたよ……それより、さっき助けてくれたのって……」
アカネとミルは周囲を見渡してさっきほど文字通り石を投げた何者かを探す……だが、公園には人影ひとつなく、静かな夜の空気が広がっているだけだった。
「誰かいたよね、絶対……あのタイミングで石が飛んでくるなんて……」
「一瞬だったけど別の悪魔の魔力を感じたミル……考えられるとしたらソイツミル」
「悪魔の……? でも、なんで悪魔が私を……?」
アカネは思わず眉をひそめた。悪魔が悪魔の邪魔をするなんて、そんな話は今まで聞いたこともない。むしろ敵のはずの存在が、まるで自分に味方するみたいな真似をしてきたことが、素直に受け止められない。
「さっぱり分からんミル……! もしかしたら、あの悪魔とは対立している別勢力の可能性もあるミル……何せ悪魔は奔放な奴が多いミルからな……いずれにせよ、油断はできないミル」
ミルはそう言いながらも、どこか困惑した様子で耳をぴくぴくと動かしている。天界のエリートを自称するだけあって、普段ならもっと自信満々に断言するくせに、今回ばかりは歯切れが悪い。
「敵の敵は味方……ってわけでもないのかな」
「そう単純な話でもないと思うミル……悪魔は基本的に破壊を楽しむ者ミル。今回のことがイレギュラーなだけの可能性が高いミル」
アカネはふと、以前で会った狼の悪魔を思い出した……あの悪魔は瓦礫に飲まれそうな子供を間違いなく助けていた。
少なくとも、アカネからはそう見えていた……彼もまた気まぐれに助けただけだったのか。それにしてはやけに必死に走っていたのをアカネは覚えている。まさか、今回も……?
(……ううん、さすがに考えすぎだよね)
自分の考えを軽く振り払うように、アカネは首を横に振る。悪魔と人間は根本的に違う生き物、ミルもそう言ってる。深く考えたって答えが出るわけじゃない。
「とりあえず、今日はもう帰ろっか。明日も学校あるし……」
「そうだミル、アカネはちゃんと休むミル。今日の戦いはかなり体力使ったはずミル」
立ち上がろうとしてよろけたアカネの体を、ミルが慌てて支える。二人分の疲労を抱えたまま、公園の出口へとゆっくり歩き出す背中を、月明かりだけが静かに照らしていた。
――誰かに助けられた。その事実だけが、アカネの中に小さな棘のように残り続けていた。
―――――――――――――――――――――
……魔界にて、俺、大上タツミこと悪魔ティーガーは、とある悪魔に跪いていた。その相手はギルアクドの腹心の一人……要するに魔界の幹部格、名はファルク。
人間界に潜む魔界の斥候らの長であり、ティーガーから見れば上司の様な存在だ。久しぶりに顔を合わせるこの空間、相変わらず瘴気の匂いが濃くて息苦しい。俺ぁいつの間にか人間界の空気にすっかり慣れちまってたらしい。
そんなファルクに俺が告げたのは……またしても悪魔敗北の知らせだった。
「はぁ……ままなりませんね。多少の抵抗勢力は予想できますが、ここまでやるとは……ギルアクド様からはじっくりやれと言われていますが、こうも敗北ばかりでは示しがつきません」
ファルクは眉間に深い皺を刻みながら、手にした書類の束――魔界式の報告書、人間界で言うとバインダーみたいな代物――をパラパラとめくっている。
俺はというと、内心冷や汗が止まらなかった。まさかその「敗北」の一件に、まさに俺自身が一枚噛んでるとは、目の前のファルクは夢にも思ってないだろう。しかも今夜の敗北、正確には俺が横槍入れて援助した結果だ。バレたらここで殺される。
「まったく、選りすぐりの戦闘要員を送り込んでもこの様とは……あの小娘想像以上に厄介ですよ。実に厄介」
「……はっ、報告書にも目を通しましたが、あの拘束術を扱う個体まで敗北するとは、正直俺も驚いています」
俺は跪いたまま、なるべく感情を面に出さないよう努めていた。斥候として鍛えた擬態能力、こういう時にこそ役に立つ。心臓が悪魔らしからぬ速度で脈打ってるのは、多分見た目には出てないはずだ、多分。
「まったく嘆かわしい……魔力封じの触手を使える貴重な人材が。ま、代わりはいくらでも居ますが。」
……よし、大丈夫だ。誰かが横槍を入れたとかそんな情報は入っていないっぽいぞ。勢い任せの行動だが、なんとか耐えたって所か。
「それより今日、貴様を呼んだ本題はそこではありません」
「本題、ですか」
「そうです。――貴様、しばらく人間界に潜伏させていましたね。」
俺は頷きながらも、嫌な予感が背筋を這い上がるのを感じていた。ファルクの声のトーンが、明らかにさっきまでと違う。
「あの小娘さえいなければ、我々の侵攻はもっとスムーズに進む。度重なる敗北、幹部としてもいい加減笑って見過ごせる状況ではありません」
「……つまり」
「ええ。貴様含め、周辺に潜んでいる斥候を選抜し、あの小娘の捜索――暗殺を命じます」
その一言が、頭の中で何度も反響した。暗殺。よりによって、俺に。
「あの子供の生活パターン、行動範囲、その正体。それらを探る……正面から潰せないなら、寝込みを襲えばいい話です。急かしはしませんが、早急に、ね。」
ファルクの声は淡々としていて、それがかえって恐ろしかった。俺は多分、悪魔の中では最もあの魔法少女と近くに絡んで居る男だ。
人間界での生活パターンを知り尽くしているから選ばれた――そんなの、皮肉にも俺があの中華料理屋で毎日アカネと顔を合わせてるからだ。
(……冗談じゃねぇ)
「返事は」
「……御意」
口から出た言葉は、思ってたよりずっと平坦だった。感情を殺すのは得意な方だと思ってたが、今この瞬間ほど自分の声を他人事みたいに聞いたことはない。
跪いたまま俯く俺の視界に、ファルクの足がゆっくりと離れていくのが映る。ようやく一人になった瞬間、俺は詰めていた息を思い切り吐き出した。
(――どうする、俺……)
人間界に戻る道すがら、頭の中はぐちゃぐちゃに掻き乱されていた。命令を無視すれば、間違いなく俺自身が粛清対象になる。だからといって、命令通りに動くなんて、もっての外だ。
あいつの顔が、脳裏に浮かぶ。絆創膏を貼りながらも無理して笑っていた顔、メロンパンを差し出してくれた時の顔、剣を構えて怯まずに戦っていた顔。
あんな奴を、俺の手で――
(――冗談じゃねぇ、そんなの絶対にやってたまるか)
拳を強く握りしめながら、俺は魔界から人間界へ戻るゲートを潜る足を、いつも以上に重く感じていた。
何より今あの魔法少女が殺られれば人間界はおしまいだ。だが、だからといって自分に何ができる?……俺が黙っていてもいずれ正体を探り当てる奴も現れるだろう。
ここで大見得を切って反旗を翻せたらさぞ楽なんだが……あいにく俺にはそんな度胸は無い。こうやって斥候として隠れているのも、突き詰めれば自分の命が惜しいからだ。
なんの因果か知らないが、俺よりも遥かに幼いのに魔法少女として戦っている彼女に比べたら、俺なんか卑怯者もいいところだ。
俺は自分の中でなんの答えも、どうしたいのかも導き出せないまま漠然と人間界へと戻っていく。その姿を人間にして、いっそこのまま人に戻れたらなんて思いながら、夜のネオンの町並みに戻っていくのだった。