マンハッタンカフェになったおじさんの、現実世界奮闘記。カフェとお友達を添えて。 作:灯火011
弁当のエビフライを半分かじり、角煮の柔らかさに感心していた、まさにその時だった。
「バンッ!」と、乱暴に待機室の扉が開け放たれた。
現れたのは、JR〇の役員バッジを胸元に光らせた、白髪交じりの初老の男性。その後ろには、オロオロとした様子で付き従う数名のスタッフの姿がある。おそらく、先ほど触診をした女性職員から報告を受け、慌ててすっ飛んできた「御えらいさん」なのだろう。
彼は部屋の中央で幕の内弁当を頬張る俺の姿を見るなり、ピタリと足を止めた。
その目は、俺の頭から生えた馬の耳、腰から垂れる黒い尻尾、そして特徴的な黄色の瞳と、床まで届きそうな長い黒髪を、穴が空くほど見つめている。
沈黙。
緊張感に満ちた数秒ののち。
「マ、マン……」
初老の男性の唇が、ワナワナと震え始めた。
そして次の瞬間、彼は糸が切れた操り人形のように、その場にガクリと両膝を突いた。
「マン、ハッタン、カフェ…………ッ!!!」
それは、悲鳴とも歓喜ともつかない、魂の底から絞り出されたような絶叫だった。
「本部長!? し、しっかりしてください本部長!!」
「おい、AED! 念のためAEDの準備を!」
突然崩れ落ちた上司に、周囲のスタッフたちが大慌てで駆け寄り、その身体を必死に支えようとする。しかし、本部長と呼ばれたその男性の視線は、マンハッタンカフェである俺から一ミリも動いていない。
「こんな、こんなことが……ッ!? 三次元に、いや、現実世界に顕現されたとでも言うのか!? この完璧なフォルム……あの長い前髪から覗くアンバーの瞳……そしてあの静謐なオーラ……! 圧倒的な『本物』の存在感……! ああ、あああっ!! 神は、女神様は我々を見捨ててはいなかったのだッ!!」
「本部長! 落ち着いてください、血圧が上がります!」
「離せッ! 私は今、奇跡を目の当たりにしているんだ!! サ〇ゲームスの……いや、ウマ娘プロジェクトの担当にすぐ連絡をッ! すぐゔううあう!! これは国家プロジェクト、いや、人類の歴史を覆す一大事件だぞォォォッ!!」
完全に理性を失い、狂信者のような熱量で絶叫し続けるJRAの本部長。
どうやらこの初老の男性、現実の競馬ファンであると同時に、そっち(ウマ娘)方面にも詳しい人であったらしい。現実世界にキャラが受肉して現れたショックで、脳の処理能力が完全にバグってしまっていた。
■
大混乱に陥るスタッフたちをよそに。当の俺は、角煮をモグモグと咀嚼しながら、その光景をひどく冷めた目で見つめていた。
「……あー、やばーいかも?」
エビフライの尻尾を箸でつまみながら、ボソリと呟く。
バレたら面倒くさいことになるとは思っていたが、まさか中央競馬の上層部にここまでダイレクトに正体が、外見だけだがバレる、しかも相手がウマ娘に詳しいとは、完全に想定外だった。
俺としては、「謎の怪力馬耳少女」くらいで誤魔化し通すつもりだったのだがなぁ。
『……厄介なことに、なりましたね』
俺の隣にふわりと浮かんだ、本物のマンハッタンカフェの霊魂。
彼女は実体のないマグカップを口元に当てながら、静かにため息をついた。自分の容姿を持った存在(俺)が、まさかこんな形で崇拝の対象になっているとは夢にも思わなかったのだろう。少しだけ困惑したように、しかしどこか冷静な目で、狂乱する初老の男性を見下ろしている。
(だな。下手したら、モルモット扱いされてどこかの研究所に幽閉されるルートもあるかもしれないぞ、これ)
『それは……少し、困りますね。まだ、この世界でやりたいこともありますし』
俺とカフェが脳内で深刻な会話を交わしている間も、足元の黒い影は全く空気を読んでいなかった。「お友達」は、大騒ぎする大人たちを面白い見世物でも見るかのように、俺の足元でビョンビョンと跳ね回り、愉快そうに揺れている。さらに、俺の弁当のおかず(主に卵焼き)を指差して、「早くそれ食おう!」とアピールしてくる始末だ。
俺はため息をつき、卵焼きを口に運んだ。甘めの味付けが、少しだけ疲れた脳に染み渡る。
「……とりあえず」
狂乱する本部長と、それを必死で宥めるスタッフたちを見つめながら、俺はカフェに話しかけた。
「弁当、食い終わるまでは様子見だな。逃げるにしても、腹が減ってちゃ力が出ねえし」
『ええ。そうですね。ご飯は残さず、いただくのが礼儀です』
かくして、中央競馬のバックヤードという非日常空間で。
大の大人たちがウマ娘の顕現を前にパニックを起こしているそのすぐ横で、怪力美少女(中身はガテン系の男)と幽霊たちは、極めてマイペースに幕の内弁当を満喫し続けるのだった。この後、どんなドタバタ劇が待ち受けているかも知らずに。
■
幕の内弁当の最後の一口――見事に煮込まれたカボチャを飲み込み、備え付けの紙おしぼりで口元を拭った頃。
先ほどまで床に崩れ落ち、世界の真理に触れたかのように絶叫していた初老の男性は、ようやくその呼吸を整えつつあった。
彼は周囲でオロオロとしていた部下たちを手で制し、
「……もういい、君たちは外で待機していなさい」
と、低く、しかし確かな威厳を持った声で退出を促した。バタン、と重たい扉が閉まり、殺風景な待機室にはエアコンの駆動音だけが残る。
室内に残されたのは、パイプ椅子に深く腰掛けた彼と、空になった弁当箱を前に満足げにしている俺。そして、傍らで静かに佇む半透明のカフェと、腹ごなしのストレッチ(?)をしている黒い影だけだ。
彼は一度深く深呼吸をし、乱れたネクタイの結び目を正すと、先ほどの狂乱が嘘であったかのように、極めて真摯な、そして張り詰めた表情で真っ直ぐにこちらを見据えた。
「先ほどは……酷く取り乱してしまい、大変申し訳ありませんでした。不審に思われたでしょう」
「いいえー。まあ、いきなりあんなスピードで走る得体の知れない奴がいたら、驚くのも無理ないっすよ。お弁当、ごちそうさまでした。マジで美味かったっす」
俺がガテン系のノリで気さくに笑い飛ばすと、彼は小さく瞬きをし、まるで目の前の幻影を確かめるように俺の顔のパーツ一つ一つを網膜に焼き付けながら、静かに口を開いた。
「……改めまして。私は、近藤と申します。本会の理事を務めております」
「あ、どうも。俺……私は、四月一日(わたぬき)です」
俺が現場で使っている名前を名乗った瞬間。近藤の眉間が、ほんのわずかにピクリと動いた。
「四月一日。マンハッタンカフェではない?」
彼は手元のテーブルで組んだ両手の指先にギュッと力を込め、己の内で渦巻く猛烈な認知の不協和を必死に抑え込んでいるようだった。
目の前にいる少女は、どう見ても『マンハッタンカフェ』そのものだ。漆黒の長い髪、特徴的なアンバーの瞳、頭部の耳の形状、そして纏う静謐な空気感に至るまで、寸分違わぬ完璧な造形。だが、本人は『四月一日』と名乗った。そして、その所作や口調は、どこか不思議なほどにフランクで、男性的ですらある。
(四月一日……? いや、違う。耳も尻尾も、身体能力も本物だった。あれは紛れもなく『彼女』だ。ならば、記憶喪失か? それとも何らかの理由で偽名を使っている……?)
近藤の瞳の奥で、無数の仮説と打算、そして危機感が凄まじい速度で交錯しているのが、対面の俺にも何となく伝わってきた。彼の眼差しは、推しを前にした熱狂とは異質の、もっと現実的で、何か途方もない巨大なプロジェクトの根幹に関わる事態に直面した男のそれだった。
「うーん……」
俺は、長い黒髪の毛先を指で弄りながら、天井を仰ぎ見た。
「事情はあるんですけど、どー説明すればいいか……ぶっちゃけ、俺自身もよく分かってないオカルトみたいな話になっちまうんで、どこから話したもんかなと」
幽霊と同居していること。中身は成人済みの土方のオッサンであること。女神様のイタズラとやらで現実世界にウマ娘として受肉してしまったこと。
どれから話しても病院送りになりそうな内容に頭を掻いていると、近藤は組んでいた両手をほどき、身を乗り出すようにして姿勢を正した。
その目には、一切の疑いや茶化すような色はなく、ただ純粋に、『事態の全容を把握しなければならない』という切実な真摯さだけが宿っていた。
「四月一日さん。あなたがどのような経緯でこの場所にいらっしゃるのか、そして、そのお姿について……どんなに非現実的なお話であったとしても、私は決して否定しません」
近藤の声は、低く落ち着いていた。
「どうか、詳しくお聞かせ願えますか。私には、あなたの言葉を正しく受け止め、対処する……その準備があります」
あまりにも真剣な大人の態度に、俺は少しだけ姿勢を正した。隣では、半透明のカフェが実体のないマグカップをテーブルに置き、
『……信用しても、良さそうな方ですね』
と静かに頷いている。足元の黒い影も、近藤の顔をジッと見つめてピタリと静止していた。
「……わかりました。信じてもらえるかは別として、全部、ありのまま話しますよ」
俺が覚悟を決め、深呼吸を一つした、まさにその瞬間だった。
――バンッ!
またしても、待機室の重たい扉が勢いよく開け放たれた。今度は息を切らし、額に汗を浮かべたスーツ姿の若い男が、文字通り転がり込むようにして部屋に飛び込んできた。首から提げた社員証のストラップには、見慣れた『C〇games』のコーポレートロゴが揺れている。
「お、お呼びでしたか近藤さん! 緊急事態とのことで、タクシーを飛ばして……ッ!」
「おお、ちょうどいい」
近藤は、すっかり落ち着きを取り戻した(少なくとも表面上は)真摯な態度のまま、ゆっくりと鷹揚に頷いた。そして、パイプ椅子に座る俺の方へと手のひらを向ける。
「彼女のほうから、事の次第を聞こうとしていたところなんだ。君も同席してくれたまえ」
促されるまま、〇ygamesの担当者は視線をこちらへと向けた俺はと言えば、なんだかドエライ規模の話になってきたな、と内心で冷や汗をかきつつも、とりあえず社会人の端くれとして、失礼のないよう座ったままペコリと軽く頭を下げた。
「あ、どうも。お疲れ様です」
同時に、俺の隣に浮かぶ半透明のカフェ(本物)も、実体のない両手を前で重ねて、同じように丁寧な会釈をした。
シンッ……、と。またしても、部屋の空気が凍りついた。
担当者は、俺の顔、頭の耳、長く重たい黒髪、そして黄色の瞳を真正面から捉えたまま、瞬き一つしなくなった。彼の眼球に映る情報が、脳の処理限界を完全に突破していく音が聞こえるようだった。
「か……」
彼の手から、抱えていたはずの書類入りバインダーがポロリと滑り落ち、床に乾いた音を立てた。
「カカカカカ、か、カフェ……ッ!?」
「あ、これさっき見たやつだ」
と俺が小さく呟くのと、ほぼ同時だった。
Cygam〇sの担当者は、まるで膝の関節を抜かれたかのように、その場にヘナヘナとへたり込んだ。スーツの膝が汚れるのも構わず、床に四つん這いになりながら、震える指で俺を指差している。自身が関わるプロジェクトのキャラクターが、三次元の現実空間で呼吸をし、しかも「お疲れ様です」と会釈をしてきたのだ。無理もない。
「こんな、嘘だろ……!? 3Dモデルじゃない、ARでもない……! ほ、本物!? なんで!? 現実に!? え、俺、過労で幻覚見てる!?」
「落ち着きたまえ。私も最初は取り乱したが、彼女は間違いなくそこに存在している」
「近藤さん! これ、これヤバいです! サイゲの法務部と広報と……いや、それ以前に俺の精神科の予約をッ!!」
完全にパニックに陥り、涙目になりながら床を這いずる大の大人(ゲーム会社の担当者)。
それを極めて冷静な顔で宥める大の大人(中央競馬の重鎮)。
『……あの、なんだか、本当に申し訳ない気持ちになってきました』
半透明のカフェが、あまりにも不憫なものを見るような目で、実体のない眉をハの字に下げていた。
一方、俺の足元では、お友達(黒い影)が「大人がまた倒れたー!」とでも言うように、腹を抱えて(?)大爆笑するように激しく揺れ動いている。
「……あのー。話、始めてもいいっすかね?」
俺はため息をつきながら、手持ち無沙汰にカボチャの煮物の汁が少し残った弁当箱のフタを、パチンと閉めた。
どうやら、このオカルトな身の上話を信じてもらう以前に、まずは目の前の大人たちの情緒を落ち着かせるところから始めなければならないらしい。
■
「――ってなわけで。外見と声はこのマンハッタンカフェって子なんですけど、中身はしがない土工のおっさんなんすよ。で、本物のカフェさんと黒い『お友達』は、幽霊になって今俺のすぐ隣に浮かんでるって状態ですね」
エアコンの効いた待機室で、俺は空になった弁当箱を横に退けながら、これまでの経緯を包み隠さず、といっても数日分の出来事だが、説明し終えた。
沈黙が落ちる。
パイプ椅子に座るJR〇理事の近藤と、床にへたり込んだまま這い上がってきたCyg〇mes担当者の秋山は、二人揃って両手で頭を抱え、フリーズしていた。
「……ま、待て待て待て待て!」
先に限界を迎えたのは秋山だった。彼はスーツの膝の汚れも気にせず、頭を掻きむしりながら悲鳴のような声を上げた。
「姿と声はマンハッタンカフェ……でも中身は土方のおじさん……で、本物のカフェは幽霊になってすぐ隣にお友達と一緒にいる!? 情報量が! 情報量が多すぎます!!」
「いやー、俺も最初はビビりましたけど、事実なんすよねー。慣れるとウマ娘の身体ってすげえ便利で。今日なんか500万当てちゃいましたし」
俺がガテン系のノリでへらっと笑いながら言うと、秋山は、
「ヒィッ!」
と喉の奥で引きつった音を鳴らした。
「あああああ! やめて、お願いだからやめてください! カフェのその可憐な声と姿で、そんなコテコテのオッサン口調……! 違和感しかなくて脳がバグりそうです!! 推しの解釈違いとかいうレベルじゃない!!」
半狂乱になる秋山。その横では、半透明のカフェが、
『……なんだか、本当に申し訳ありません』
と消え入りそうな声で謝罪し、お友達の黒い影は秋山の真似をして頭を抱えるポーズをとりながら面白そうに揺れている。当然、秋山たちにはカフェやお友達の姿は見えていないので、俺が虚空に向かって相槌を打っているようにしか見えていないはずだ。
■
「ひとまず……、いったん落ち着きたまえ、秋山君」
近藤が、重々しい声でストップをかけた。彼は両手を顔から離し、深い、本当に深い疲労感を滲ませた顔で俺を見据えた。非現実を見てしまった熱狂は完全に鳴りを潜め、巨大組織のトップ層としての冷徹な理性がそこにはあった。
「四月一日さん……とお呼びしましょう。あなたの話が真実であることは、その人間離れした身体能力と、本物の耳や尻尾が証明しています。そして、秋山君」
「は、はい……ッ」
「我々の見解は一致しているはずだ。……この事態、表に出れば取り返しのつかないことになる」
近藤の言葉に、秋山はハッとして顔を青ざめさせた。
「……確かに。今はまだ一部の現場の人間しか知らないようですが、これがSNS等で拡散されたら一貫の終わりです。Cygame〇的にも、『自社の権利物(キャラクター)が実は現実世界に実在していました』なんてことになれば、法律的にも倫理的にもとんでもない騒ぎになります! 株価がどうなるか……!」
「〇RAとしても同様だ。競馬の歴史そのものを揺るがす事態になりかねん。それに、彼女の特異な身体能力が公になれば、よからぬ組織が目をつけないとも限らない」
大人二人は、互いに深刻な顔で頷き合った。どうやら、『ウマ娘が現実世界に現れた』というロマンよりも、『それが引き起こす現実的な大パニックと責任問題』への恐怖が勝ったらしい。
近藤は再び俺に向き直り、極めて真剣なトーンで告げた。
「四月一日さん。ひとまず、あなたを我々で保護させてください。世間の目から完全に隔離し、安全を確保できる環境を用意します。これはあなた自身の身を守るためでもあります」
「えっ、保護?」
いきなりの提案に、俺は目を丸くした。
「いや、保護って言われても……俺、明後日もあの現場でスラブの配筋手伝う約束してるんすよ。土方の仕事が……」
俺が断ろうとした瞬間、近藤と秋山の目の色が完全に変わった。
「先方にはこちらから連絡します!!」
「現場には絶対に行かせません!!」
二人の大人が、パイプ椅子から身を乗り出し、凄まじい剣幕で俺の言葉を遮った。
「あなたのような存在が、その辺の建設現場で鉄筋を担いでウロウロしているなど、危機管理上絶対に看過できません! 給与の補填、戸籍上の問題、身元のあれこれ、すべて我々が総力を挙げて手配しますから!」
「我々の威信にかけて、あなたに不自由な生活は絶対にさせません! だから、ひとまずは……ひとまずは!!」
「我々に任せてください!!」
大企業と国家規模の法人の威信をかけた、文字通りの「必死の懇願」。
俺が唖然としていると、横に浮かぶカフェが、
『……なんだか、大変なことになってしまいましたね』
と目をパチパチさせ、足元のお友達は「VIP待遇キター!」とばかりにバンザイをして高速回転を始めていた。
■
JRAとCygamesの大人たちが見せた「本気」は、しがない土工のオッサンの想像を遥かに超えていた。
あれよあれよという間に黒塗りのハイヤーに乗せられ、地下駐車場から人目を避けるように通されたのは、都内の一等地――泣く子も黙る「帝国ホテル」だった。
しかも、エレベーターが止まったのは最上階に近いVIP専用フロア。その中でもさらに限られた、国賓クラスしか足を踏み入れないようなスイートルームの中のスイートである。
「ご不便なことがございましたら、昼夜を問わず何なりとお申し付けくださいませ」
完璧な所作で一礼し、部屋のドアの向こう側に控えたのは、ホテル側が用意した専属の執事だった。至れり尽くせりの極みだが、要するにこれは「絶対に一歩も外に出るな」という、莫大な資本による完全な封じ込めである。
分厚く、足が沈み込むような高級絨毯の上に立ち尽くし、俺はポツリと呟いた。
「こーれは……出れんな」
『ええ……。出れませんね』
俺の隣で、半透明のカフェが豪奢なシャンデリアを見上げながら静かに同意する。足元の黒い影も、「ウンウン」と腕組み(?)をするような仕草で深く頷いた。
完全に、黄金の鳥籠だ。明日もスラブの配筋を手伝う約束をしていた現場のオッサンたちには悪いが、こればかりはどうしようもない。
俺は諦め混じりのため息をつき、部屋の中央に鎮座する巨大なキングサイズのベッド――俺の華奢な身体なら五人は余裕で大の字になれそうな広さ――に向かって、バフッと仰向けにダイブした。
「……うおっ、何このスプリング。雲の上かよ……」
現場の詰め所のパイプ椅子や、安アパートの万年床とは次元が違う。身体が溶けてしまいそうな沈み込みと肌触りの良さに、ウマ娘の規格外の身体もすっかり脱力してしまう。仰向けのまま、視界の端に浮かぶカフェに向かって首だけを動かした。
「ひとまず、まぁ……この無駄に高級なベッドで横になりつつ、最高級の珈琲でも淹れてもらいましょーかね、カフェさん?」
俺の提案に、カフェのアンバーの瞳がパッと嬉しそうな輝きを帯びた。
『……ですね』
彼女はふわりと優雅に微笑み、実体のないスカートの裾をつまんで一礼するような仕草を見せる。
その隣では、お友達の黒い影が「やったー!」とばかりにベッドの周りをピョンピョンと跳ね回り、「俺の分も! 俺の分も!」とジェスチャーでルームサービスを要求していた。
俺は苦笑しながら身体を起こし、ベッドサイドに置かれた執事呼び出し用の内線電話へと手を伸ばした。
どうせ金はあの大人たちが払うのだ。徹底的にこのVIP待遇をしゃぶり尽くしてやろうじゃあないか。
ひとまずここまで。
ご覧いただき、感謝致します。