マンハッタンカフェになったおじさんの、現実世界奮闘記。カフェとお友達を添えて。 作:灯火011
「全国の交番と警察署に極秘通達を出しましょう! 『人間離れした身体能力を持つ、耳と尻尾の生えた少女』の目撃情報を徹底的に洗い出すように! あと、主要な建設現場や農家など、肉体労働の現場も重点的にスクリーニング!」
「は、はいッ! 直ちに特命チームを編成します!」
トラックの感触を裸足で楽しみながらスタート地点に戻ってきた俺を出迎えたのは、すっかり血走った目で部下(間詰)に指示を飛ばすオタク大臣と、それに便乗して、
「J〇Aネットワークもフル活用しましょう!」
と息巻く近藤たちの姿だった。どうやら彼らの中では、『他にも名馬の魂を宿したウマ娘たちが日本中のあちこちに潜伏している』という壮大なファンタジーが、完全に事実として処理され始めているらしい。
『……あんなに盛り上がっているところ、申し訳ないのですが』
俺の隣を歩く半透明のカフェが、呆れたような、それでいて苦笑いを浮かべながらそっと呟いた。
『あの不可思議な現象で次元の壁を超え、この世界にやって来たのは、間違いなく私たちだけだと思うのですが……』
彼女の言葉に、足元の黒い影も(ウンウン、うちらだけー)と言いたげに首を縦に振っている。霊的な直感か何かは分からないが、本物がそう言うのだから間違いないのだろう。
つまるところ、日本中をひっくり返してウマ娘を探したところで、骨折り損のくたびれ儲けに終わるのがオチだ。
「ま、好きにやらせればいいんじゃね?」
俺は鼻息を荒くしている大人たちを横目に、カフェに向かって小声で笑いかけた。
「あのおえらいさん方、なんかすごく楽しそうだしさ。俺たちに害が及ぶわけじゃないんだから、放置でいいだろ」
『ふふっ……四月一日さんが、そうおっしゃるなら』
「それより」
と、俺はお腹のあたりをポンと叩いた。
「さっき、たった数秒とはいえ『全力』を出そうとしたせいか……猛烈に腹が減った。靴もぶっ壊れたし、とりあえず飯にしようぜ」
俺の腹の虫がキュルルと鳴ると、我に返った大人たちがハッとしてこちらを向いた。
「お、おお! そうでした、多大なるご協力をいただいたのですから、ランチにしましょう! 帝国ホテルに戻って、特上の食事を用意させてあります!」
■
再び黒塗りのミニバンに揺られて帝国ホテルへと帰還した俺たち一行。
案内されたのは、ホテル内にある高級ビュッフェレストランだった。当然のように「本日は貸し切り」の札が立てられ、広大なフロアには俺と、大臣、近藤、秋山、間詰の5人しかいない。そして、ずらりと並んだシェフたちが、最高級の食材を前に腕を振るって待ち構えていた。
「さあ四月一日さん、お好きなものをお好きなだけ召し上がってください。あなた専用の貸し切りですから」
大臣がパァッと顔を輝かせて勧めてくる。
「マジっすか! いやぁ、悪いっすね! いただきまーす!」
俺は遠慮という概念を完全に捨て去り、巨大なトレイと皿を何枚も手に取った。
さっきの国立競技場でのダッシュ未遂。あれだけの出力を生み出すウマ娘の身体は、アイドリング状態からトップギアに入った途端、恐ろしい勢いでカロリーを燃焼し始めていたのだ。男だった頃の土方仕事の後とは比べ物にならない、細胞単位からの「飢餓感」が全身を支配している。
そして――、ここからが、ウマ娘の本領発揮だった。
「とりあえず、ローストビーフをこの皿の限界まで。あと、そっちの特上握り寿司も全部。あ、カニも山盛りでお願いしゃす」
シェフたちが少しだけ引きつった笑顔で皿に盛りつける端から、俺はそれらをテーブルに運び、猛然と胃袋へと流し込み始めた。
バクッ、モグモグモグ……ゴクンッ!
「美味っ! 柔らかっ! やば、肉が一瞬で溶けた!」
分厚いローストビーフの山が、ものの数分で更地になる。
間髪入れずに、中トロとウニの握りを放り込み、伊勢海老のグリルを殻ごとバリバリと噛み砕き、山盛りのパスタをダイソンの吸引力で吸い込む。
『美味しいです……! 本当に、どれも素晴らしいお味ですね!』
(肉! もっと肉ゥゥゥ!!)
味覚を共有しているカフェも、普段の静謐な雰囲気はどこへやら、実体のない両手で頬を押さえてうっとりとしている。お友達の黒い影に至っては、俺の足元でテーブルの上の料理に向かって拝むようなポーズで荒ぶっていた。
「…………」
その常軌を逸した食事風景を、少し離れたテーブルから見つめていた大人たちは、完全に言葉を失っていた。
「……あ、あの。四月一日さん、もう開始から1時間経ちますが……」
「んぐっ、んー? まだ腹三分目くらいっすね! すいませーん、このホールのケーキ、切らずにそのまま5個ください!」
秋山の引きつった問いかけに、俺は口の周りに生クリームをつけながら元気よく答えた。
「……基礎代謝が異常だとはデータで見ていましたが」
「実際に目の当たりにすると、恐怖すら覚えますね……。あの細い身体のどこに、牛一頭分くらいの食材が消えていくんだ……」
間詰と近藤が、冷や汗を拭いながら絶句している。ウマ娘の規格外の能力は、走る速さや筋力だけではない。それを維持するための「ブラックホールのような胃袋」もまた、現実の人間を戦慄させるには十分すぎる威力を秘めていた。
「これ、もし他にもウマ娘が顕現していたとして……オグリキャップやスペシャルウィーククラスが混ざっていたら、食費だけで国家予算がパンクするのでは……?」
オタク大臣が、夢から覚めたような青ざめた顔で恐ろしい仮説を呟く。
「ま、俺は俺の腹が満たされればそれでいいんで!」
大人たちの苦悩など知る由もなく、俺はと幽霊たちは帝国ホテルの最高級バイキングの完全制覇に向けて、ただひたすらに幸福な暴食を繰り広げるのだった。
■
それから数日後。
オタク大臣と〇ygames、JR〇の大人たちが捻り出した着地点は、ある意味で現代社会において最も理にかなった「隠れ蓑」だった。
「ひとまず、公式の『マンハッタンカフェ・公認アンバサダー(レイヤー)』ということで世に出しましょう。戸籍や法的身分の調整は、その裏で極秘裏に進めます」
突如として現れた規格外の美少女。それが本物のウマ娘であるという事実は隠蔽し、
「極めて精巧な特殊メイクと衣装を纏った、公式お抱えの超人レイヤー」
としてプロモーションする。そうすれば、多少人間離れしたパフォーマンスを見せても『サイゲの公式、気合い入りすぎだろ!』というエンタメの枠内で消費させることができるという算段だ。
かくして、帝国ホテルのスイートルームは、俺の「公式勝負服」と「専用シューズ」を製作するための、日本最高峰の職人たちの極秘アトリエと化した。
■
マンハッタンカフェお披露目プロジェクトの最初に部屋にやってきたのは、日本の百貨店の最高峰・〇越のビスポーク部門のベテラン担当者たちだった。
まず、なんにしても勝負服そのものがなければカフェとして世に出る事は出来ない。
三越は古くから皇室やトップアスリートの式典用ユニフォーム、最高級のオーダーメイドスーツを手掛けてきた歴史がある。
「失礼いたします。四月一日様、採寸をさせていただきます」
メジャーを手にした仕立て職人は、俺の頭の耳、そして腰の尻尾を一切の動揺なく、プロの顔で採寸し始めた。そして、秋山から渡されたマンハッタンカフェの勝負服のデザイン画と、先日の国立競技場での『時速70キロの走行データ』を見るなり、眼鏡の奥の目を鋭く光らせた。
「………なるほど」
職人は顎に手を当て、即座に生地の見本帳を広げた。
「デザインの再現性は当然として……時速70キロの風圧と摩擦に耐えうる『強度』。可動域を一切妨げない『利便性(ストレッチ性)』。そして何より、これだけの発汗と運動量に対応し、ご家庭で簡単に洗濯できる『実用性』が必要ということですね」
「おお」
俺は感心して声を漏らした。見た目の可愛さだけを追求するコスプレ衣装ではない。土方仕事の作業着にも通じる「現場での実用性」を一瞬で見抜いたのだ。
「表地には最新の防弾チョッキにも使われる超高密度ナイロンとアラミド繊維の混紡を。しかし見た目は優雅なカフェの雰囲気を崩さぬよう、特殊な起毛加工を施します。インナーにはスポーツメーカーの最先端吸汗速乾素材を組み込みましょう」
「話が早くて助かるわ」
俺がガテン系のノリでへらっと笑うと、三〇の担当者は
「最高のお仕立てをお約束します」
と優雅に一礼した。
■
続いてやってきたのは、足元――すなわち「靴」の開発チームだった。
「いやはや、国家機密と聞き及んではせ参じましたが……。こういうことですか」
「面白いですね。これは」
「確かに我らが呼ばれるわけですね」
「おー、本物ですね。耳を少し触っても?」
先日の国立競技場で、数秒のダッシュでスニーカーを文字通り「粉砕」してしまった俺の足回り。これを解決するために招集されたのは、アシ〇クスとミズ〇という日本を代表するスポーツメーカーのエンジニア。
さらに、タイ〇とエ〇コの担当者たちだった。
会議用テーブルの上に、見事に黒焦げになりソールが引き千切れたスニーカーの残骸が置かれる。
「……なるほど。わが社のスポーツシューズに搭載している最軽量の高反発フォームやフルレングスのカーボンプレートを以てしても、この初速のトルクと時速70キロの踏み込みには耐えられませんね。人間用の素材では無理です」
「ええ。摩擦熱でアウトソールのラバーが融解しています。うちのテクノロジーで衝撃を分散させても、土台となる靴底自体が爆発的な脚力に耐えきれないでしょうね」
ア〇ックスとミズ〇の担当者が、モニターに映る走行データを見ながら青ざめた顔で首を振る。人間のトップマラソン選手を想定した靴では、ウマ娘のパワーは完全に「規格外の暴力」なのだ。
「そもそも、馬の力を人間の、25センチ前後の足裏で出しているのが異常なわけですよ。ファンタジーなら言い訳も出来たでしょうが」
「しかもこのマンハッタンカフェの靴は特に難しい。ブーツなら、まだごまかしようがありましたが、上履きをデザインに設計されている。スリッポンですよ。どうやって固定するべきか、そもそも、薄い布地でどうやって強度を持たせるべきか……。いやはや、これは前途多難と言わざるを得ないでしょうね」
そこで、腕を組んで立ち上がったのは、タ〇ワ工業の担当者だった。
岐阜県に本社を置く彼らは、国内の競走馬用蹄鉄においてトップシェアを誇り、あのオグリキャップやディープインパクトの足元を支えたアルミ蹄鉄を製造してきた、知る人ぞ知る名門企業である。
「ならば、やはり競走馬のテクノロジーを直接組み込むしかありません。我々タ〇ワが誇る、競走馬用の超軽量アルミ合金蹄鉄……これをカスタマイズし、シューズのミッドソール内に直接『インナー蹄鉄』として仕込むのはどうでしょう? 加えて、デザイン画に合わせて靴底にももう一枚使用して挟み込む。デザイン的には難しくなるかもしれませんが」
「蹄鉄を靴のソールに仕込む……!? しかし、それだと屈曲性が損なわれませんか?」
「そこは我々にお任せを」
と身を乗り出したのは、特殊カーボンやサイクル・スポーツ用コンポジット部品(複合素材)を得意とする〇ドコのエンジニアだった。
「タイ〇さんのアルミ蹄鉄のフレームを、我々のカーボン繊維と特殊構造エポキシ樹脂でサンドイッチします。強靭な反発力を生み出しつつ、人間の足の動きにしなやかに追従するソール構造が実現できると思います」
「確かに、それなら。そのカーボンと蹄鉄のハイブリッドフレームをコアにして、〇シックスのクッション材と〇ズノの波型プレート構造を組み合わせれば……衝撃吸収と推進力、そして耐久性をすべてクリアできるかもしれませんね!」
「アウトソールには、耐摩耗性特殊ラバーを採用しましょう!」
「我々の技術を総結集させれば、人類未踏の『ウマ娘専用シューズ』が作れるかもしれませんよ!」
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「おおー……」
完全に「プロジェクトX」のような熱量で白熱し、目を血走らせてホワイトボードに数式や設計図を書き殴り始めた大人たち。その光景を、俺はソファに寝転がりながらオレンジジュースを片手に感心したように眺めていた。
(なんか、すげえことになってんな)
『……ふふっ。皆さん、とても熱意に溢れていますね』
俺の隣では、半透明のカフェが大人たちの議論を微笑ましそうに見守っている。
そしてお友達も、(すげえ! なんかすげえ靴ができる!)とばかりに、設計図に向かってバンザイを繰り返しながらワクワクと揺れていた。
「ま、これだけ一流の職人たちが本気になってくれてんだ。完成が楽しみだな」
俺たちは、日本のモノづくりの意地とプライドが結集した「究極の勝負服とシューズ」の完成を、最高級のルームサービスをつまみながら、ひたすらにのんびりと待つことになったのだった。