マンハッタンカフェになったおじさんの、現実世界奮闘記。カフェとお友達を添えて。 作:灯火011
一流のスポーツメーカーと素材メーカーが結集し、順風満帆に思えた「ウマ娘専用シューズ」の開発。
しかし、プロジェクトは開始早々に巨大な壁にぶち当たっていた。
問題となったのは、マンハッタンカフェの勝負服の足元――あの、「上履き(スリッポン)」のような靴のデザインである。
「駄目だ……! スリッポン形状のままでは、時速70キロの加速と、急カーブ時の凄まじい横Gにアッパーが耐えられない! 足の甲をホールドしきれず、完全にヨレて破断してしまう!」
「ソールの接着面も剥がれます! 可動性を維持したまま強度を出そうとすると、ウマ娘の蹴り出すトルクの摩擦熱で一瞬にして溶けてしまう!」
悲鳴を上げるアシ〇クスとミズ〇のエンジニアたち。
―――デザインの再現性と物理法則の矛盾。
これを解決するため、国家権力(とCygam〇s&J〇Aのコネクション)は、さらに二つの巨大企業を極秘裏にこのプロジェクトへと巻き込んだ。
世界を代表するタイヤメーカー・ブ〇ヂストン、世界の自動車産業のトップ・トヨ〇グループである。
「……これが、ウマ娘の走行データですか。なるほど、人間用の靴でどうにかなる次元ではありませんね」
「いやはや……馬耳の少女が現実にいるというのも驚きですが、この足回りの要求スペックは、もはやレーシングカーの足回りと同じだ」
新たに合流した両社のエンジニアたちも、ウマ娘の走行データと、ソファでポテトチップスをかじっている四月一日(馬耳付き)を見て、呆れと驚きを隠せない様子だった。
しかし、技術者としての火が点いた彼らの動きは早かった。
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「靴の骨格(芯材)には、〇ヨタグループ(〇田中央研究所)が開発した新素材を使いましょう」
ト〇タの技術者が提案したのは、金属でありながらゴムのようにしなやかに曲がり、かつ超高強度を誇る特殊なチタン合金だった。
「靴底には、我々ブリヂ〇トンが次世代ポリマーを提供したいところですが……ウマ娘用に実用化の調整をしている時間がない。今回は確実性を取るため、F1タイヤで使われる『枯れた技術、実績のある高耐久・高グリップコンパウンド』を転用します。アッパーとソールの剥離問題は、我が社の強力な加硫接着技術で完全に一体化させましょう」
日本を代表する企業たちの技術が、一つの靴のためにパズルのように組み合わされていく。
ミ〇ノのスタッフが最新の3Dスキャナーでウマ娘の足型をミリ単位で計測し、横ブレ(ヨレ)を極限まで抑え込むための特殊な構造を設計する。
そこへ、〇ヨタから提供されたゴムメタルを、蹄鉄のプロフェッショナルであるタ〇ワ工業の職人が「最適なU字型(蹄鉄型)」へと鍛造加工して落とし込む。
さらに、〇ドコの技術者が特殊カーボンを用いて、そのゴムメタル蹄鉄をミ〇ノのウエーブプレートと〇シックスのクッション層の間に「完璧にロック」する。
誰も見たことのない、しかし日本の叡智が詰まった究極の靴作り。
―――俺とカフェ、そして足元のお友達は、毎日のようにホテルに届けられる図面やサンプルを見ながら、ワクワクしてその完成を待った。
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そして、およそ1ヶ月後。
「四月一日様。お待たせいたしました」
〇シックスの担当者が、厳重なジュラルミンケースを開けた。
そこに鎮座していたのは、マンハッタンカフェの可愛らしいスリッポン形状の面影など微塵もない、ひどく無骨で、ゴツゴツとした黒い靴だった。
足首までを強固にホールドするハイカット。随所にカーボンの補強パーツが剥き出しになり、ソールはレーシングタイヤのような分厚い特殊ラバー、そして底面に接着された蹄鉄。
それはまるで、ミリタリー用のコンバットブーツか、土木現場で履く「安全靴」の最上級モデルのようなルックスだった。
「おお……!」
俺は目を輝かせた。
本来のカフェのファン、あとは秋山からすれば「デザインが違う!」とクレームが出そうな見た目だが、中身が土方のオッサンである俺からすれば、むしろこの現場感あふれる無骨なデザインの方が、スリッポンなんかより数倍テンションが上がる。
『……なんだか、とても強そうなお靴ですね』
隣でカフェが目を丸くし、お友達が「かっけー!」とばかりに靴の周りを飛び回っている。
アシック〇の担当者は、少しだけ申し訳なさそうに、しかし技術者としての強い誇りを持って俺の目を見た。
「プロトタイプのプロトタイプ。更にそのプロトタイプです。重く、デザインは無骨です。本来の勝負服の再現には至っていません」
彼は一度言葉を区切り、その分厚い「安全靴」に手を添えた。
「しかし、理論上、2000メートルまでなら……あなたの全力の走りに、確実に耐え抜きます」
「上等だ」
俺はニヤリと笑い、その重厚な靴を手に取った。ずしりとした重量感。しかし、これを履いて走れば、今度こそ途中で靴が爆発することなく、全力で「風」になれる。
「あんたらの本気、俺の脚で確かめさせてもらうぜ。……さあ、テストランに行こうか!」
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シューズのプロトタイプがお披露目された同日。
スイートルームの別室では、三〇のテーラー陣によって極秘裏に進められていた「公式勝負服」の最終フィッティングが行われていた。
全身鏡の前に立つ俺は、その見事な仕上がりに感嘆のため息を漏らした。
マンハッタンカフェの勝負服。
濃紺のロングコートに、黒のインナーシャツと黄色いタイ。シックで洗練されたデザインだが、いざ袖を通してみると、見た目の優雅さからは想像もつかないほど「動ける」ことに驚かされる。
「なるほど、すげえ動きやすい。コートを着てるのに、肩回りも股関節も全く引っかからないな」
俺がその場で軽くストレッチをするように腕を回し、膝を曲げてみせると、採寸を担当した〇越のベテランテーラーが、誇り高き職人の笑みを浮かべて頷いた。
「服の可動部、特に脇下や関節の裏側には、最先端のストレッチジャージ素材を仕込んであります。一見すると表地と同化して見えませんがね」
「マジだ、全然わかんなかった」
「さらに、コートについても、時速70キロの風圧で脱げないように、肩と脇腹の裏地に特殊な固定用の金具を付けてあります。これも表からは絶対に見えません」
テーラーは、俺のコートの裾を軽く持ち上げ、内側の精緻な構造を示した。
「他にも、超高速での走行中に型崩れしないよう、各レイヤー(インナー、シャツ、アウター、コート)にはズレ防止の極小スナップボタンがつけてありまして。走る邪魔にならないよう、かつ、風でめくれ上がらないよう、そして何より……いかなる姿勢でも美しく見えるよう、最大限努めました」
それは、日本の洋裁技術のトップを走り続けてきたMITSUK〇SHIの、執念とも言える職人魂の結晶だった。
インナー、シャツ、アウター、そして重量感のあるロングコート。これらが幾重にも重なっているにも関わらず、可動域を一切邪魔せず、強風に煽られても決してはだけることはない。常にマンハッタンカフェとしての「完璧なシルエット」を維持し続ける、言わば「柔らかい鎧」だ。
『……素晴らしいです。私の服が、こんなに美しく再現される、なんて』
全身鏡の横に浮かぶ半透明のカフェが、実体のない指先でコートの裾に触れようとしながら、うっとりとしたため息を漏らした。足元の黒い影も、鏡に映る俺(=カフェの姿)に向かって、「お似合い! お似合い!」とばかりに拍手喝采を送っている。
「いやぁ、日本の職人技ってマジでヤバいっすね。これなら現場仕事も余裕でこなせそうだわ」
「……ええと、どうか現場仕事でのご使用はご勘弁を……」
俺がガテン系の感想を漏らすと、テーラーは少しだけ顔を引きつらせたが、すぐに「ご満足いただけて何よりです」と深く一礼した。
「いやホント、感謝しますよー! めちゃくちゃテンション上がってきた!」
俺はへらっと笑いながら、テーラーたちに感謝を告げた。
完璧なデザインの勝負服を身に纏い、ウマ娘としての強靭な肉体を包み込む。あとは、この力を地面に伝えるための「足回り」だけだ。
俺は全身鏡から視線を外し、傍らのテーブルに鎮座している、あの無骨でゴツゴツとした黒い靴――日本の巨大企業たちの叡智と執念が叩き込まれた「プロトタイプの安全靴」へと向き直った。
「さてと。それじゃあ、いよいよこいつを履いてみるか」
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勝負服のフィッティングを終えた俺は、いよいよメーカー達の担当者が持参した「プロトタイプの安全靴」へと足を入れた。
足首までをすっぽりと包み込むハイカットのシューレース(靴紐)をしっかりと締め上げる。ウエーブ構造と、特殊カーボン、そしてゴムメタル骨格が内蔵されたその靴は、足に吸い付くような異次元のフィット感をもたらした。
「……サイズ感は完璧ですね。ただ」
アシックスの担当者が、少しだけ申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。
「安全性を極限まで高めた結果、片方で約500グラムの重量になってしまいました。一般的なレーシングシューズの倍以上です。蹄鉄を加えると片方で1キロ弱。走る際の負担になってしまうかと……」
彼がそこまで言った時、俺の隣でじっと靴を見つめていたカフェが、フッと優しく微笑んだ。
『……十二分です』
彼女の凛とした声が、俺の脳内に響く。
『人間の、しかも、ウマ娘が居ないこの世界で、未経験の技術を繋ぎ合わせて作ったのです。重量が嵩むのは当然のこと。むしろ、何もないゼロの状態から、よく一ヶ月でここまでの物を作り上げたものだと……心から感心します』
そのカフェの言葉を、俺はそのまま自分の口を通して技術者たちに告げた。
「いや、十二分に凄いです。称賛に値しますよこれ」
「え?」
「ウマ娘の御本人が、『そんなもん気にするな。むしろゼロから一ヶ月でよくぞここまで作り上げた、感心する』って言ってますよ。俺も同感です。あんたらの技術と執念、マジでリスペクトします。間違いなく天才集団です」
俺がニカッと笑ってサムズアップすると、居並ぶ各メーカーのエンジニアたちは、一瞬呆けたような顔をした後、目元を少しだけ潤ませて深く頭を下げた。
「……光栄の極みです」
足元では、お友達の黒い影が「はやく走ろ! はやく!!」と、新しい靴の周りを猛スピードでグルグルと回り、テンションを天井知らずに爆上げしている。重量1キログラムの靴など、この規格外の脚力からすれば羽のように軽いのだ。
「よし、服も靴もバッチリだ。早速テストに行こうぜ!」
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俺たち一行は再び黒塗りのミニバンに乗り込み、極秘のテストラン会場へと向かった。
到着したのは、都心から少し離れた場所にある、広大で静寂に包まれた施設。
車を降り、案内されたゲートを抜けた先に広がっていたのは、見渡す限りの青々とした芝生――平日の、閑散とした競馬場のターフだった。
「お? 競馬場?」
俺が目を丸くして周囲を見渡すと、同行していたJR〇の近藤理事が、スーツ姿のまま芝生の感触を確かめるように立ち、ニヤリと……いや、非常に上品かつ、隠しきれない特大のオタクスマイルを浮かべて言った。
「ええ。テスト走行なら陸上トラックでも良かったのですが……やはり、ウマ娘は競馬場……、ターフを走る姿こそが、最も美しいと思いまして」
「……職権濫用もいいとこっすね」
俺が呆れたように笑うと、近藤は、
「J〇Aの施設管理の一環ですよ」
と誤魔化すように咳払いをした。C〇gamesの秋山も、
「近藤さん、さすがです……!」
と謎の感動を噛み締めている。
『……ターフ……』
俺の隣に立つカフェの霊体が、目の前に広がる広大な芝のコースを見つめ、ホウッと感嘆の吐息を漏らした。
先日の一般開放された広場とは違う。ここは正真正銘、競走馬たちがしのぎを削る「本物のコース」だ。
お友達の黒い影も、もはや抑えきれないとばかりにターフの上へ飛び出し、勝手にウォーミングアップ(激しい反復横跳び)を始めている。
「四月一日さん、コースは完全に貸し切りです。芝のコンディションも絶好調に仕上げてあります」
近藤が、双眼鏡を首から下げながら芝の奥を指差した。
「さあ、日本の技術の結晶であるその靴と勝負服で……思う存分、駆け抜けてみてください!」
「おうよ!」
俺は軽く首を鳴らし、真新しい黒い安全靴(プロトタイプ)で、柔らかく美しい芝の上へと一歩を踏み出した。靴底に仕込まれた蹄鉄が、芝の根をガッチリと捉える感触が足裏に伝わってくる。
準備は完全に整った。あとは、思い切りぶっ飛ばすだけだ。