スーパー負けヒロイン大戦 完全順位決定 〜命を継げない異世界で、俺があの人になりきって抱く〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
最初に聞こえたのは、誰かが名前を呼ぶ声だった。
「スバルくん!」
切り裂くような叫びが、紫色の空へ吸い込まれていく。
石床へ片膝をついた水色の髪の少女は、見知らぬ荒野ではなく、そこにいない1人だけを探していた。額ににじむ汗も、震える指も、彼女がつい先ほどまで別の世界にいたことを物語っている。
俺も同じだった。瞬きをした次の瞬間、見慣れた部屋は消え、乾いた風が頬を打っていた。
周囲には16人の少女がいた。制服姿の者、異国めいた衣装の者、舞台衣装のような服をまとった者。誰もが違う世界から切り取られたようでありながら、その目だけはよく似ていた。
選ばれなかった者の目だ。
「風太郎は?」
中野三玖が、ヘッドホンへ触れながら呟く。すぐそばで中野二乃が唇を噛み、少し離れた場所では中野一花が笑顔を作ろうとして失敗していた。中野五月だけは状況を把握しようと周囲を見渡しているが、握った拳は白い。
「倫也……これ、あんたの悪趣味な企画じゃないでしょうね」
澤村・スペンサー・英梨々の声に、霞ヶ丘詩羽が冷ややかな視線を返す。
「彼に、ここまで大胆な舞台を用意する甲斐性があると思う?」
棘の応酬。その奥に、同じ名を呼んだ者同士だけが理解する痛みがあった。
俺は16人を見渡した。知っている。全員を知っていた。物語の中で何を望み、何を言いそびれ、誰の背中を見送ったのか。元の世界で、画面越しに何度も考えた。
レムは、鬼族の血を引く氷使いだ。恩人であり、命を救ってくれた青年――スバル。どれだけ献身しても、彼が選ぶのはいつも別の誰かで、それでも彼女は隣に立ち続けた。
中野三玖、二乃、一花、五月。四人姉妹が、同じ一人の家庭教師――風太郎に恋をした。姉妹であることは、そのまま恋敵であることと同義になった。
霞ヶ丘詩羽と澤村・スペンサー・英梨々は、先輩と幼なじみという違う立場から、同じ後輩――倫也を見つめ続けた作り手同士だった。
ランカ・リーは、歌うことでしか届けられない想いを抱えたまま、パイロットのアルトを見送った歌姫だ。
谷川柑菜は、夏の終わりに出会った海人という青年へ、拗らせた想いを持て余していた。
五更瑠璃――通称黒猫と、新垣あやせは、同じ先輩・京介への感情を、それぞれ違う仮面の下に隠していた。
由比ヶ浜結衣は、誰よりも周りの空気を読みながら、八幡への本音だけを言えずにいた。
小野寺小咲と橘万里花は、幼い頃の約束を胸に、同じ相手――楽を追いかけ続けた幼なじみだった。
千石撫子と羽川翼は、暦という青年の前で、それぞれ違う仮面――怪異と優等生――を被り続けた。
十六人、十六の物語。同じ場所に立っていても、それぞれが生きてきた世界も、恋をした相手も、まるで違う。
けれど、知識と対面は違う。
レムの呼吸は浅い。由比ヶ浜結衣は誰かを気遣う笑みを作りながら、自分だけが輪の外へ押し出されることを恐れている。小野寺小咲は胸元で手を重ね、橘万里花は状況を敵として睨みつけていた。羽川翼は冷静に人数を数え、千石撫子はその陰へ隠れる。五更瑠璃は空を見上げ、谷川柑菜は泣くまいと顎を上げた。ランカ・リーと新垣あやせも、見知らぬ者同士の距離を測っている。
16の失恋が、1つの場所へ集められていた。
地鳴りがした。
荒野の向こうから、白い衣をまとった老人たちが歩いてくる。先頭の老人は俺たちの手前で杖を置き、額が石へ触れるほど深く頭を下げた。
「外界より来たりし方々。どうか、この終わりゆく世界に選択を」
「説明して」
二乃が一歩前へ出る。怯えを怒りへ変換できる者の歩き方だった。
老人は名をオルドと告げた。かつてこの世界で「生命継承断絶」と呼ばれる法則災害が起きたこと。その瞬間にこの世界へ属していた生命は、新しい世代へ命をつなぐ機能を失ったこと。災害は1度きりであり、後から外界より召喚された俺たちは影響を受けていないこと。
周囲の老人たちは、皆どこか不自然なほど年老いていた。若者も子供もいない。延命術で文明だけを支え、誕生のない年月を耐えてきたのだという。
「だから私たちを?」
羽川の問いは静かだったが、空気が張り詰めた。
「人数だけを求めたのではありません」
オルドは首を振る。
「この世界は、未来を作る意志そのものを失いました。誰も新しい選択をしない。誰も昨日と異なる明日を望まない。大結界は、強い未練を抱きながら、それでも選択を求め続ける者を招いたのです」
詩羽が乾いた笑いを漏らした。
「つまり、負け犬を16匹集めたと」
「言い方!」と英梨々が噛みつく。
だが、否定する声はなかった。
光が荒野を走った。巨大な円環が石床へ刻まれ、中央から漆黒の闘技場がせり上がる。客席、控え室、審判台。あまりに整然とした構造が、この召喚が偶然ではないと告げていた。
俺の右手が熱を持つ。
掌に知らない文字が浮かび、その意味だけが頭へ流れ込んだ。
固有能力、なりきり。
誰か1人を観察し、理解し、その存在情報へ自分を同期させる力。
試すつもりはなかった。けれど、レムがもう1度「スバルくん」と掠れた声を出した瞬間、能力が反応した。
ほんの一呼吸だけ、俺の声帯が別人の癖をなぞる。
「顔を上げろよ」
たったそれだけだった。
レムの瞳が見開かれた。
「いまの……」
俺自身の声ではない。彼女が追い求めた男の響きを、表面だけ借りた声だった。同期にも届かない、反射のような再現。それでも16人の空気が変わった。
三玖がこちらを見る。英梨々が息を止める。黒猫の赤い瞳が細められた。
俺は掌を握り込んだ。今のは危険だ。似せるだけなら物真似で済む。だが、この力が示したのは声だけではない。歩幅、視線、呼吸の間、相手へ向ける感情の癖まで、理解した分だけ自分へ重ねられる。
オルドが告げる。
「その方こそ、大結界が定めた最高審判。16の魂が望む『選択』を成立させ得る者です」
「選択?」
小咲が初めて顔を上げた。
空中に光の文字が並んだ。
過去は消えない。
拒絶も、別の誰かが選ばれた事実も残る。
だが、完全な理解を通して想い人と同一の存在から選択を受け入れたとき、その魂の履歴には新しい結果が加わる。
選ばれなかった者は、その後に選ばれた者となる。
「偽物でしょう」
羽川が言った。
責める声音ではなかった。その分だけ鋭い。
「その人本人ではない。あなたがどれだけ似ても」
「そうだ」
俺は答えた。
ここで誤魔化してはいけない。
「俺は本人じゃない。過去も変えられない。だが、君たちが何を見て、何を愛して、何を言えなかったのかを理解することはできる。それでも成立する選択があるのか、大結界はそれを試そうとしている」
「全員に、その機会があるんですか」
レムが問う。
「あります」とオルドは答えた。「ただし、最高審判の精神は1度の完全同期ごとに大きく摩耗する。ゆえに1日に1人。そして、最初に選択を得る者から最後まで、順番を定めねばならない」
闘技場の上空へ16個の名札が浮かんだ。
「まさか」
結衣の笑顔が固まる。
「戦えってこと?」
柑菜が低く言った。
「愛執概念領域」
オルドの杖が鳴る。
「この場では、生まれ、種族、魔力、身体能力は等しくならされます。力となるのは愛した深さ、傷ついた深さ、諦められぬ理由。勝敗のすべてが確定するまで、引き分けはありません」
沈黙の中、二乃が笑った。
それは明るい笑いではない。ずっと閉じ込めていた敗北へ、ようやく殴り返せる者の笑みだった。
「全員、最後には選ばれるんでしょ?」
「そのとおりです」
「だったら順番なんて、って言う子もいるでしょうね。でも私は嫌。ほかの誰かが先に風太郎から選ばれるのを、もう1度見てるなんて絶対に嫌」
三玖が静かに二乃を見る。
「私も」
短い言葉が、宣戦布告になった。
次々に視線が変わっていく。最初は帰る場所を探していた目が、隣に立つ者を測り始める。
レムだけは俺を見ていた。
依存ではない。まだ、期待でもない。俺が本当に彼女の痛みを理解できるのか、見定める目だ。
俺は審判台へ上がった。
拒否することもできたのかもしれない。だが、16人の物語を知りながら、知らないふりをして背を向けることはできなかった。
「俺は全試合を見届ける」
自分の声で告げる。
「勝つために何を晒しても、どれだけ醜いことを言っても、俺は忘れない。その全部を理解したうえで、順位どおりに選択を成立させる」
巨大な鐘が鳴った。
空中の名札が裏返り、抽選用の黒い箱へ吸い込まれていく。
最後に残った文字が、血のような赤へ染まった。
完全順位決定トーナメント。
16人の少女は、誰1人として目を逸らさなかった。