スーパー負けヒロイン大戦 〜選ばれなかった16人の未練を断ち、最高のハッピーエンドを掴み取るIF救済劇〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「優しい人が勝つなら、たぶん私たち、ずっと決着しないね」
一花の笑みに、小咲は答えなかった。
鐘が鳴る。領域へ2つの教室が現れる。一方の机には開けられなかった手紙と鍵。もう一方には、役名の違う仮面が並ぶ鏡張りの控え室。
小咲の手に、小さな鍵が生まれた。長い間、胸の内にしまった約束と告白を開く鍵。しかし対応する錠前がどこにあるのか分からない。
一花は鏡から仮面を1枚取る。姉、女優、理解者、悪役。かぶるたび声色と姿勢が変わった。
「小咲の武装は『未開封の約束鍵』」
俺は鍵から伸びる細い光を見る。
「いつか正しい瞬間が来れば、過去と気持ちが自然につながると信じた力。純粋だが、錠前を探す行動を他人へ委ねやすい」
「一花の武装は『代役万華鏡』。相手が求める役を演じ、場面に応じて自分を変える。その柔軟さは武器だが、本当の願いまで役へ預ける危険がある」
一花が姉の仮面をつける。
「小咲ちゃん、無理しなくていいよ。好きな人が誰かを選んだなら、祝ってあげるのも愛じゃない?」
穏やかな声が小咲を包む。
小咲の鍵が淡くなる。
「そう思ったこと、あるよ」
「だったら、私と同じ」
「違う」
小咲は首を振る。
「一花さんは、譲るふりをして取りに行った」
鏡が1枚割れた。
一花は仮面を替える。今度は悪役の笑み。
「そう。行ったよ。きれいに負けるくらいなら、嫌われても可能性を取った。小咲ちゃんにはできなかったんじゃない?」
仮面から黒いリボンが伸び、小咲の鍵へ絡む。
『抜け駆け演目』。
一花は別人の姿を重ね、相手の信頼と油断へ入り込む。小咲の周囲の机が次々に閉じ、手紙が引き出しへ戻っていく。
「好きだった。約束もあった。でも、言うべきときに言わなかった。誰かを傷つけたくないと言いながら、誰かが自分の気持ちを見つけてくれるのを待った」
小咲の足元へ「善良」の文字が鎖となって絡む。
「優しさを理由に、勝負しない自分を守ったんじゃない?」
屈服判定の光が集まった。
小咲は鍵を両手で握る。
過去の約束は彼女を支えた。同時に、いつか認識されるという期待を与え、今の言葉を遅らせた。
「怖かった」
小咲は言う。
「言ったら、今までの関係が変わる。友達も傷つく。だから、正しいときが来るまでって思った」
「その正しいときは来た?」
「来なかった」
光が強まる。
「でも、来なかったことを理由に、私の気持ちまで待ってただけにはしない」
小咲は鍵を自分の胸へ差し込んだ。
錠前は外になかった。
開かなかったのは、告白の機会ではない。選ばれなければ価値がないと思い込んだ、自分の感情だった。
『胸中解錠』。
教室中の引き出しが開き、無数の手紙が吹き上がる。書かれているのは、日々の小さな喜び、期待、嫉妬、譲りたくなかった瞬間。宛先へ届かなくても存在した恋の履歴だ。
善良の鎖が砕ける。
一花は女優の仮面で手紙を受け流す。
「きれいね。でも、自分の中を開けただけ。相手へ届かなきゃ、結局独り言だよ」
「一花さんは、届かせるためなら誰にでもなれたの?」
小咲の問いに、一花の仮面が止まる。
「三玖の姿にもなった。姉の顔も使った。じゃあ、風太郎くんに選んでほしかったのは、どの一花さん?」
鏡の控え室に、仮面をつけた一花が何人も映る。
「全部、私だよ」
「本当に?」
小咲は手紙を1枚、一花へ差し出す。
「ずるい自分を見せたくなかった。優しい姉でいたかった。でも勝ちたかった。その全部を、役だからって別々にしたんじゃない?」
一花の鏡へ亀裂が走る。
三玖が控え室で拳を握った。
一花は仮面を外さない。
「役を使って何が悪いの。素のままじゃ届かないなら、届く私を作る。恋だって演技だって、見せたものが本物になればいい」
鏡から無数の一花が現れ、小咲を囲む。
『五重代役』。
姉妹の癖、声、歩き方を重ねた幻影が、一斉に小咲の鍵を奪いにかかる。小咲は手紙を盾にするが、紙は次々に破かれた。
一花の蹴りが腹へ入り、小咲が机へ倒れる。
「素直さだけで選ばれるなら、誰も苦労しないよ」
小咲は起き上がろうとする。だが、幻影の1人が背を押さえ、別の1人が鍵を踏む。
「私には、誰かのふりをしてでも進む覚悟があった」
「それは覚悟じゃない」
小咲の声が低くなる。
「選ばれなかったとき、誰が負けたことになるの?」
一花の動きが止まる。
「三玖のふりをした一花さん? いいお姉さんの一花さん? 悪い女を演じた一花さん? 本当の自分じゃなかったって言えば、逃げられるよね」
鏡の幻影が乱れる。
俺は一花の視線が、どの鏡にも合わないのを見る。
彼女は自分を変えられる。相手の望む像を読み、そこへ近づける。だが、敗北した瞬間に「選ばれなかった自分」を特定できない。役が盾になる。
「一花の演技は、進むための勇気であると同時に、拒絶の宛先をぼかす保険でもある」
「審判まで、私を卑怯って言う?」
「卑怯さも含めて一花だ。問題は、それを役のせいにするかどうかだ」
一花の笑顔が崩れる。
幻影が小咲へ殺到した。
小咲は鍵を拾い上げ、空中の手紙1枚ずつへ突き立てる。鍵が触れるたび、手紙は扉へ変わった。
『千通一歩』。
言えなかった1日ごとに、1つの扉。小咲はそれを自分で開き、幻影へ向かって進む。
一歩目。友達を傷つけたくなかった。
二歩目。嫌われたくなかった。
三歩目。約束が自分を特別にしてくれると信じたかった。
四歩目。それでも、楽に選ばれたかった。
扉を開くたび、幻影が一体ずつ消える。
最後に残った一花は、何の仮面もつけていなかった。
小咲はその前へ立つ。
「私は遅かった。待った。言えなかった。でも、それを優しさだけのせいにはしない」
鍵を自分の掌へ置く。
「だから一花さんも、誰の役でもない自分で負けて」
一花の表情に怒りが浮かぶ。
「勝つ可能性は考えないんだ」
「考えてるよ。でも、今の一花さんは、勝っても誰が選ばれたか分からない」
屈服判定が一花の頭上へ現れる。
一花は仮面へ手を伸ばす。姉の仮面、女優の仮面、悪役の仮面。どれかをつければ、まだ戦える。
しかし、手が止まった。
「私、風太郎くんに、一花として選ばれたかった」
鏡がすべて割れる。
精神的屈服の光が降りた。
鐘が鳴る。
「勝者、小野寺小咲」
領域が消える。
一花は立ったまま、しばらく何も言わない。小咲も慰めの言葉を探さなかった。
先に笑ったのは一花だった。
「優しい人だと思ったのに、結構きついね」
「ごめんなさい」
「そこで謝るんだ」
「でも、言ったことは取り消さない」
一花は目を細めた。
「うん。それでいい」
第十の鐘が鳴る。
第1回戦、全8試合が終了した。
勝者席と敗者席へ分かれた16人の間に、以前とは違う視線が交わされる。勝った者は無傷ではなく、負けた者は愛を否定されたわけでもない。
俺だけが、全員の言葉を1つずつ抱え込んでいた。
次の対戦表が空へ現れる。
勝者組第1試合。
レム対五更瑠璃。
献身と自己命名。相手のために自分を消す者と、自分を守るために世界を作る者。
黒猫がレムを見て、静かに笑った。
「あなたの愛は美しすぎる。だから、壊し甲斐があるわ」