スーパー負けヒロイン大戦 〜選ばれなかった16人の未練を断ち、最高のハッピーエンドを掴み取るIF救済劇〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「自分の失敗を作品のせいにする人が、私は1番嫌いです」
あやせの言葉に、英梨々の手から色彩のペンが飛んだ。
開始の鐘と同時だった。
白い拘束リボンがペンを弾き、闘技場へ清潔な格子を作る。対する英梨々の描線は格子の隙間を縫い、壁や床へ自由な絵を描いていく。
「初対面の相手を正義で採点するあんたに、絵の何が分かるのよ!」
『描線隔壁』。
色彩の壁があやせを囲む。壁には、正しさを振りかざして大切な人を傷つける少女の絵が描かれていた。
「分かりません」
あやせは即答する。
「だから、分からないものを盾にして責任から逃げる態度を批判しています」
『正しき境界線』が壁へ巻き付き、絵を四角く切り分ける。
俺は2人の攻防へ目を凝らす。
「あやせは理解できないものへ境界を引く。英梨々は理解されない感情を絵へ変える。互いに、相手の武装そのものを罪として見ている」
英梨々が巨大なキャンバスを広げる。
「私は逃げたって認めた。描きたいって言った。前の試合を見てなかったの?」
「認めれば清算されるのですか」
白いリボンがキャンバスへ「未解決」の印を刻む。
「あなたは、描き続けたい自分を選んだ。でも、描いたものを使って相手を動かそうとした責任は残る。作品を渡して、評価を求めて、期待どおりの関係にならなければ傷ついた」
英梨々の描線が乱れる。
「感情を作品へ込めたのだから、読み取れというのは傲慢です」
屈服判定が英梨々へ集まる。
あやせの正論は鋭い。作品に込めた意図を、受け手が必ず理解する義務はない。表現した側が「分かってくれなかった」と責めれば、それは一方的な要求になる。
英梨々はペンを強く握った。
「そうよ。傲慢だった」
光が強まる。
「でも、あんたは分からないものを分からないままにする勇気がない」
描線が白い格子の外へ伸びる。
「あんたは理解できない趣味、感情、選択を、間違いって箱へ入れる。分からない自分を認めるより、相手を矯正するほうが楽だから!」
格子へ無数の絵が貼られる。説明のつかない好み、矛盾した感情、正しい理由を持たない衝動。
『未理解展覧会』。
意味を1つに固定できない絵が、あやせの境界線を曖昧にする。白いリボンは何を拘束すべきか決められず絡まり始めた。
「京介が自分の嫌いなものを選んだとき、あんたは理解しようとした? それとも、間違ってるって決めた?」
あやせの顔が強張る。
1回戦でレムに突かれた傷。その後も残り続けた問いだ。
「私は、害があると思ったものを止めました」
「害があるかどうかを、誰が決めたの?」
「私です」
白い格子が1度、強く輝く。
「判断した責任から逃げません。嫌われても止めると決めた」
あやせの武装が『潔癖断罪』へ変わる。リボンが槍となり、曖昧な絵を1枚ずつ貫いた。
「分からないから放置することを、寛容とは呼びません」
英梨々はキャンバスを重ねて槍を受ける。紙が裂け、肩へ穂先が届く。
「あんたの正義は、間違えたときどうするのよ」
「謝ります」
「謝って終わり?」
英梨々が槍を掴む。
「正義で傷つけられた側は、あんたが反省すれば元に戻るの?」
あやせの武装が止まった。
「私は絵で傷つけた。期待を押しつけた。今もその結果を抱えて描く。あんたは正しかった自分を捨ててから、何が残るの?」
屈服判定があやせへ移る。
白い格子に、過去の判断ミスを示す黒い染みが浮かぶ。善意で決めつけたこと。相手の事情を聞く前に拒絶したこと。正しさの勢いで言いすぎた言葉。
あやせは槍を下ろす。
「残りません」
英梨々が目を見開く。
「正しかった自分を捨てたら、傷つけた事実だけが残ります」
屈服判定が強まる。
「だから、捨てずに修正します」
白いリボンが自分の身体へ巻き付いた。1回戦では彼女を罰した拘束。今度は、判断を保留させるための制動になる。
『正義再審』。
格子の1つ1つに扉が生まれる。相手の説明を聞くまで開けておく境界。無条件に受け入れはしない。だが、最初から有罪にも決めない。
「私は判断することをやめません。間違えたら、何度でも審理し直します」
屈服判定が消える。
英梨々は唇を噛む。
「ずるい。成長したみたいな顔して」
「あなたのおかげです」
「もっとずるい!」
英梨々のペンが一斉に走る。
『未採用ヒロイン・再線画』。
消したくなった過去を白紙にせず、失敗した線の上へ新しい線を重ねる。古い絵を修正しながら残す武装だった。
色彩の奔流が格子を押し曲げる。
あやせは再審の扉を開き、絵を通す。拒絶せず受け入れた瞬間、奔流が内部から白い格子を塗り替えた。
英梨々が笑う。
「理解しようとしたわね。その分、遅い!」
彼女は線の上を滑り、あやせの背後へ回る。ペン先がリボンの結び目を切断した。
あやせが振り返るより早く、巨大な額縁が身体を囲む。
『批評不能の1枚』。
言葉で裁く前に完成した、ただ感じるしかない絵。あやせの武装は判断材料を得られず、拘束も断罪もできない。
「分からないまま、受け取ってみなさい」
額縁が閉じ、あやせを石床へ固定した。
10秒。
鐘が鳴る。
「勝者、澤村・スペンサー・英梨々」
領域が消えた。
あやせは立ち上がり、納得のいかない顔で英梨々を見る。
「何を描いたのですか」
「説明したら負けでしょ」
「卑怯です」
「芸術的って言いなさい」
2人は睨み合い、それから同時に小さく笑った。
英梨々は勝者席へ向かう途中、割れたはずの額縁を指でなぞる仕草をした。『説明しない絵で勝つなんて、前の私なら怖くてできなかった』。あやせは隣を歩きながら答えた。『私は今でも説明してほしいです』。『でしょうね』。『ですが、説明されるまで否定しないことはできます』。
英梨々は少しだけ歩調を緩めた。理解とは、同じ答えへ到達することではない。相手が自分と違うまま存在する余白を残すことだ。あやせは敗れてそれを学び、英梨々は勝ってそれを確認した。
審判台から見ていた俺にも、その余白は重かった。なりきりで完全同期すれば、相手との違いは消える。だが違いが消えた存在から選ばれることは、本当に理解されたことになるのか。大結界が求める完全性と、人間が人間を受け入れる不完全さは、どこかで衝突する。その疑問はまだ誰にも言えなかった。完全に同じになることが救済なら、違ったまま向き合う努力は何のためにあるのか。英梨々とあやせの試合は、最終局面で俺自身が越えるべき矛盾まで残した。
俺はあやせの再審の扉と、英梨々の批評不能の1枚を記憶へ刻んだ。京介へ同期するとき、正しさだけであやせを選べば彼女の弱さを美化する。理解だけで黒猫を選べば、理解者を求めた依存を見落とす。同じ男を求める2人でも、必要な拒絶と受容の配分は正反対だった。能力は便利になるどころか、試合ごとに条件を増やしていく。
敗者組の次戦札が灯る。
橘万里花対中野一花。
過去の約束へ自分を預けた者と、役へ自分を預けた者。どちらが先に、借り物の特別を手放せるか。