スーパー負けヒロイン大戦 〜選ばれなかった16人の未練を断ち、最高のハッピーエンドを掴み取るIF救済劇〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「あなたは誰かの役を演じた。わたくしは約束された役を守った。似ていますわね」
万里花の微笑みに、一花は鏡の仮面を1枚取った。
「似てるから、嫌なんだよ」
鐘が鳴る。領域へ桜の駅舎と鏡張りの舞台が現れる。駅の時刻表には幼い約束の日付。舞台の配役表には、姉、恋人候補、悪役、代役の文字が並ぶ。
万里花の『千日成就録』が開く。一花の『代役万華鏡』が回る。
「1回戦で、約束がなくても好きかと問われました」
万里花は手帳の最初のページを破り捨てた。
桜の駅舎が揺れる。
「答えは、好きですわ。約束が始まりであったことは否定しません。ですが、今の楽様を選ぶ気持ちは、過去の命令ではありません」
破れたページが切符へ変わる。出発地は過去、行き先は現在。
『約束以後乗車券』。
万里花が切符を掲げると、列車が過去の駅を離れて走り出す。
一花は姉の仮面をつけ、線路の前へ立つ。
「それ、本当に自分で選んだ行き先? 約束を捨てたって演出して、約束に縛られない強い女を演じてるだけじゃない?」
舞台の照明が万里花へ当たり、彼女の動きを芝居へ変える。
俺は2つの武装の干渉を見る。
「万里花は『約束の相手』という役から離れようとしている。一花は、その離脱さえ新しい役だと暴く。自分らしさを示す行動が、他人へ見せる演技と区別できるかが争点だ」
万里花の列車が速度を落とす。
一花は悪役の仮面へ替えた。
「役から逃げる方法なんてないよ。人は誰かの前で必ず何かを演じる。大事なのは、選ばれる役を取れるかどうか」
『抜け駆け演目』。
鏡から万里花の姿をした一花が現れ、列車へ先に乗り込む。幼い約束の口調、積極的な接近、揺るがない自信。本人より本人らしい「約束の少女」が、楽へ向かう席へ座った。
万里花の顔から笑みが消える。
「それは、わたくしの役ですわ」
「ほら。手放せてない」
一花の声が鏡から響く。
「約束の特別を捨てたと言いながら、誰かに演じられたら怒る。あなたは今も『最初から選ばれるはずだった私』を主役席に置いてる」
屈服判定が万里花へ集まる。
万里花は列車を追う。だが、切符の行き先が現在から過去へ戻り始める。
1回戦の敗北を受けて答えを作ったつもりでも、役を奪われた怒りが根を暴いた。約束がなくても好きだ。それでも、約束によって得た特別さは失いたくない。
「ええ、怒っていますわ」
万里花は走りながら認めた。
「わたくしの年月を、簡単に真似されたのですから」
「年月は役じゃないよ」
一花が窓から笑う。
「本当に自分のものなら、私が演じても奪われない」
万里花の足が止まる。
列車が遠ざかる。
彼女は手帳を閉じた。
「では、差し上げます」
一花の笑みが固まる。
「約束の少女役も、幼い日の特別も、あなたが欲しいなら演じなさい」
万里花は線路から降り、桜のない荒地へ立つ。
「わたくしは、役がなくても楽様のもとへ行きます」
手帳の頁がすべて白紙になる。
計画も保証もない。乗車券すら捨て、万里花は線路の外を歩き始めた。
『無券徒歩』。
華やかさのない武装だった。一歩ごとに靴が泥で汚れ、以前の彼女なら見せなかった疲労が顔へ出る。それでも進路は列車と同じ現在へ向かう。
屈服判定が砕けた。
一花は万里花の姿を脱ぎ捨てる。
「役を渡せば、自分になれると思ってる?」
鏡が荒地を囲む。
「今度は『何も持たずに進む健気な私』を演じてる。自分らしさなんて、どこまで剥いても見つからないよ」
万里花は鏡に映る自分を見る。
泥だらけの自分。揺るがない令嬢。病弱な少女。約束の相手。積極的な恋敵。どれも自分で、どれか1つを本物と決められない。
一花が仮面を何枚も重ねる。
『無限配役』。
「私はもう、本当の自分探しをやめた。演じた私も、ずるい私も、妹を思った私も、全部私として引き受ける」
鏡の一花たちが万里花へ襲いかかる。
1回戦で小咲に敗れた傷を、一花は修正していた。役を盾にはしない。すべての役を自分の責任として統合する。
万里花は無券徒歩のまま、幻影を一体ずつ受け止める。殴られ、投げられ、地面へ倒れる。それでも手帳を開かない。
「役を引き受けたという言葉も、便利ですわね」
一花の動きが止まる。
万里花は泥の中から立ち上がる。
「すべて私だと言えば、どの行動にも一貫性を求められない。優しい姉も、妹を裏切る恋敵も、全部本物。では、次に何をするかを決めるあなたはどこにいるのです?」
鏡に亀裂が走る。
「役を引き受けるだけでは、選んだことになりません。あなたは状況に合う自分を増やして、決断する1人を曖昧にしている」
屈服判定が一花へ集まる。
俺は一花の指先を見る。仮面を捨てず統合した強さは本物だ。だが、すべてを自分と認めることと、どの自分で未来を選ぶかは別問題だった。
「一花は拒絶の宛先をぼかす段階を越えた」
俺は告げる。
「今度は選択の主体が広がりすぎている。どの役も自分なら、最終的な意志を誰が決めるのか」
一花は鏡の1枚へ手を置く。
姉の自分。その隣に恋敵の自分。さらに女優の自分。
「決めるのは、今ここにいる私」
一花はすべての仮面を砕いた。
破片が1着の無地の衣装へ変わる。役名も設定もない。その瞬間に選んだ行動だけが、後から役を作る衣装。
『即興主役』。
一花は荒地を走る。万里花の問いを受け、統合した過去ではなく現在の一歩を主体にした。
万里花も走り出す。
2人は正面から組み合った。
一花は状況を読み、万里花の足運びへ合わせて体勢を変える。万里花は計画を持たず、読まれる前に不格好な動きで押す。
即興と無計画。
互いの新しい武装が噛み合い、決着は肉体戦へ移った。
一花が万里花の腕を取り、背後へ回る。万里花は振りほどこうとするが、泥で足を滑らせた。その一瞬を一花は逃さない。
無地の衣装が「勝者」の役を獲得する。
一花は万里花を石床へ押さえ込んだ。
10秒。
鐘が鳴る。
「勝者、中野一花」
領域が消える。
万里花は起き上がり、乱れた髪を直した。
「即興に負けるとは、計画家として不覚ですわ」
「もう計画、捨てたんじゃなかった?」
「それとこれは別です」
一花が笑う。
その笑みが役か素か、万里花はもう問わなかった。
試合後、あやせは退場口で1度だけ振り返った。
『分からないまま受け取ることは、同意することとは違うのですね』
英梨々は肩をすくめた。『当たり前でしょ。嫌いなら嫌いでいい。でも、分かる前から禁止しないで』
短いやり取りだった。だが、あやせの白いリボンはもう以前と同じ形では戻らない。正義を捨てず、判断を遅らせる扉を持った。敗北した者にも、次の順位戦で使う新しい論理が残る。
英梨々は勝者席へ向かいながら、何も描かれていない掌を見つめていた。理解されない1枚で勝ったことは、作品へ逃げたこととは違う。説明できない感情を説明できないまま差し出し、相手がどう受け取るかを支配しなかった。それは彼女にとって、初めて作品を解放した瞬間だった。
俺は2人の背中を見送りながら、なりきりの危うさを改めて思った。一花の戦い方は、俺の能力と似ている。相手に合わせ、必要な人物像へ変わる。違うのは、俺には最後に戻るべき『素』があると思い込んでいることだ。だが16人を理解し、それぞれの想い人へ同期し続けたあと、その素は本当に同じ形で残るのか。
一花が退場口で俺を見た。
『審判も、役を全部自分だって言えば楽になれるよ』
『楽になったら駄目な気がする』
『じゃあ、最後に誰が選んだのか分からなくなるね』
彼女は冗談めかして去った。だが、その指摘は掌の印より熱く残った。救済で想い人として選ぶ意志は、同期した人物のものか、演じる俺自身のものか。まだ大結界は答えを明かしていない。
その答えが出るまで、俺は彼女たちの違いを消してはいけない。
次の敗者組札が灯る。
羽川翼対由比ヶ浜結衣。
自分を後回しにした理解者と、関係を後回しにできなかった調停者。2人は互いの優しさを、もっとも厳しく裁くことになる。