スーパー負けヒロイン大戦 〜選ばれなかった16人の未練を断ち、最高のハッピーエンドを掴み取るIF救済劇〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「自分を後回しにする人は、優しいんじゃなくて、順番を決める責任から逃げてるだけだよ」
結衣の言葉に、羽川の『他者解答全集』が勝手に開いた。
鐘が鳴る。領域へ放課後の教室と巨大な図書室が重なる。机を結ぶ群青の糸は、本棚の通路を縫い、誰も孤立しない配置を作っていく。
羽川は頁を繰る。
「その批判は、自分にも向いているんじゃないかな。誰かを選べば関係が壊れるから、3人でいられる曖昧さを守った」
活字が糸へ貼り付く。
優柔不断。依存。踏み込まない善意。
結衣の笑顔が固まる。
「分かってるよ。前の試合で言われたから」
「分かったことと、変えられたことは違うよ」
『他者解答全集』から白い栞が飛び、群青の結び目を固定する。結衣がほどこうとしても、頁が「関係維持こそ最善」と定義し直して動かない。
俺は2人の武装を見る。
「羽川は他者の事情から最適解を導く。結衣は全員が残れる関係を守る。どちらも誰かを傷つけない答えを探すが、自分の欲を計算から外しやすい」
「審判くんまで同じこと言うんだ」
結衣は苦く笑い、糸を両手で引いた。
『やさしい群青結び』。
教室の3つの机が近づく。しかし中央の空間には、誰も座れない小さな隙間が残った。
羽川はそこを指す。
「その空席があなた自身だね。2人を結ぶために、自分は糸になる。輪の中にいるようで、席には座らない」
言葉が刃となり、結衣の胸へ入る。
屈服判定の光が集まった。
結衣は机を見る。八幡と雪乃を象徴する2つの影。その間を結ぶ自分。皆と一緒にいたいと言いながら、自分だけは選ばれる側へ座らなかった。
「怖かったから」
結衣は認める。
「座って、どっちかの隣がいいって言ったら、誰かが1人になる。だから糸でよかった」
光が強まる。
「でも、糸にも気持ちはある」
結衣は群青の糸を切った。
教室の机がばらばらに離れる。
羽川の眉が動く。
結衣は中央の隙間へ、自分の椅子を置いた。
『4つ目ではない席』。
3人の関係へ追加される予備席ではない。誰かと誰かの間を埋める役でもない。由比ヶ浜結衣自身が選び、選ばれるための席。
「私は2人と一緒にいたかった。それと同じくらい、八幡に私を見てほしかった」
机を固定していた栞が抜け、屈服判定が砕ける。
「羽川さんは?」
結衣は椅子へ座り、問い返す。
「阿良々木くんの隣に、自分の席を置いたことある?」
羽川の本が一瞬止まる。
「私は、彼の幸福を」
「それ、答えじゃないよ」
群青の糸が本へ絡む。
「誰かの幸福じゃなくて、羽川さんはどこに座りたかったの?」
頁から黒い活字が溢れる。恩人、理解者、優等生。どれも座る場所ではなく、周囲から与えられた役だった。
羽川は1回戦で「私を選んでほしかった」と認めた。だが、その願いを現実の席へ置くところまでは進んでいない。
「隣に座りたかった」
羽川の声が落ちる。
屈服判定が彼女へ集まる。
「なら、座ればいいじゃん」
「座ったら、誰かを押し退ける」
「押し退けられたくなかったから、最初から立ってたんでしょ」
結衣の言葉が図書室を揺らす。
羽川の微笑みが消えた。
「あなたに言われたくないな」
『善性分離・白紙の怪異』。
本が裂け、黒い爪が飛び出す。結衣の椅子を切り裂き、群青の糸を引きちぎった。
「あなたも、選べなかった自分を『みんなが好きだった』という綺麗な答えへ変えた。今さら1席を置いたくらいで、欲を引き受けたつもり?」
羽川の黒い影が結衣へ迫る。
「私は自分の醜さを知っている。嫉妬も独占欲も、自分ではないものへ分けなければ生きられないほど強かった」
爪が結衣の肩を裂く。
「あなたの優しさは、醜くなり切れなかった弱さだよ」
結衣は床へ倒れる。椅子の破片が散り、教室の影が遠ざかる。
核心だった。
結衣は誰かを傷つけないことを願った。だが同時に、自分が「悪い子」になる恐怖から逃げた。欲しいと叫び、誰かを押し退ける自分を最後まで許せなかった。
「あたし、悪い子になりたくなかった」
屈服判定が戻る。
「嫌われたくなかった。優しいって思われたかった」
黒い爪が喉元へ迫る。
結衣は爪を両手で掴んだ。
「でも、羽川さんは醜さを知ってるんじゃない。別の自分にやらせたんだよ」
羽川の影が止まる。
「嫉妬したのは怪異。怒ったのも怪異。優しい羽川さんは、最後まできれいなまま」
黒い爪に群青の糸が巻き付く。
「それって、あたしより欲張りじゃない?」
羽川の本から頁が落ちる。
結衣は影を引き寄せ、羽川本人と向かい合わせた。
『悪い子同席』。
切り離された黒い感情のために、椅子がもう1つ生まれる。排除せず、誰かのせいにもせず、自分の隣へ座らせる技だった。
「優しいあたしも、ずるいあたしも、八幡を欲しかったあたしも、同じ席に座る」
結衣は自分の椅子を作り直す。
「羽川さんも座ってよ。怪異じゃなくて、自分として」
羽川は黒い影を見る。
影は笑わない。怒り、欲しがり、奪いたがっている。自分から切り離してきた感情だ。
「座れない」
羽川の声が震える。
「それを全部私にしたら、私は善い人ではいられない」
「善い人じゃなくなった羽川さんを、選んでほしかったんでしょ?」
屈服判定が白く輝く。
羽川の本が閉じた。
黒い影は消えず、彼女の足元へ戻る。統合はまだできない。だが、自分ではないとは言えなくなった。
羽川は膝をつく。
鐘が鳴った。
「勝者、由比ヶ浜結衣」
領域が消える。
羽川は回復した手を見つめる。
「負けたのに、少しだけ楽になった」
「それ、いいのかな」
「勝負としては良くないね」
結衣は笑い、手を差し出した。
「じゃあ次は、悪い子同士で」
羽川はその手を取る。
「あなたは、まだそんなに悪くないと思うよ」
「羽川さんに言われると複雑」
控え室へ戻ると、柑菜が結衣の椅子を指さすような仕草をした。『自分の席、作れたじゃん』。結衣は照れたように笑う。『作った途端に壊されたけどね』。『また作ればいいよ』。
羽川は少し離れた場所で、その会話を聞いていた。黒い影はもう見えない。それでも足元へ視線を落とす癖が、そこに何かが残っていると示していた。
『羽川さん』
結衣が呼ぶ。
『何?』
『次に席を作るとき、あたしが手伝うのは違うよね』
羽川は驚いたように瞬く。結衣は誰かのためにすぐ糸を結ぼうとする癖を止め、自分の手助けが相手の選択を奪わないか確かめていた。
『うん。違うと思う』
『そっか』
『でも、作ったあと隣に座ってくれるなら、嫌じゃない』
結衣は笑った。『それならできる』。
勝敗の外側で、2人の優しさは初めて役割ではなく約束になった。俺はその変化を見て、八幡へ同期するときに必要なのは結衣の曖昧さを叱ることだけではないと知る。彼女が自分の席を置くまで待ち、置いたあとで選択から逃げない人物でなければならない。羽川に必要なのも、すべてを知る相手ではない。善性からこぼれた欲を、彼女自身のものとして返す相手だ。
理解が増えるほど、俺の中では別々の声が重なった。自分の声を確かめるため、誰にも聞こえないほど小さく名前を呟く。まだ、俺は俺だった。
次の札が灯る。
中野五月対千石撫子。
自分の感情へ名前を付けるのが遅れた者と、名前を付ければ責任が生まれるから隠した者。第2回戦最後の答えが、2人を待っていた。