スーパー負けヒロイン大戦 〜選ばれなかった16人の未練を断ち、最高のハッピーエンドを掴み取るIF救済劇〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「分からないと言える人は、ずるいよね」
撫子の白い蛇が、五月の採点帳へ「未回答」の文字を書いた。
鐘が鳴る。領域へ5脚の食卓と、出口のない白い迷路が現れる。五月の空席は食卓の端にあり、撫子の蛇道はその脚元へ静かに潜り込んだ。
「分からないものを分からないと認めることは、逃げではありません」
五月が赤鉛筆を構える。
「答えを知らないふりをして、他人に決めさせることとは違います」
撫子は微笑む。
「撫子はもう、自分も悪かったって言ったよ」
「認めたから、何を選び直したのですか」
赤鉛筆が蛇道へ線を引く。迷路の分岐に「自分で選ぶ」と記された道が1本だけ現れた。
撫子の笑顔が消える。
俺は2人の武装を読む。
「五月は感情へ正しい名前を付けるまで保留する。撫子は名前を付けたあと求められる責任を避け、可憐な曖昧さへ戻る。どちらも言葉を遅らせるが、五月は答えを探し、撫子は答えを他者へ書かせる」
「審判さん、撫子だけ悪く言ってない?」
撫子の声が甘くなる。
『無害擬態』。
白い蛇が幼いリボンへ姿を変え、五月の手首へ巻き付く。守ってあげるべき弱者を前にすると、五月の赤鉛筆は厳しく採点できない。
「撫子は怖かっただけ。好きって言って嫌われるのも、欲しいって言って悪い子になるのも」
「怖さは、責任を免除する理由にはなりません」
「五月ちゃんだって、恋だって気づくのが怖かったんじゃない?」
リボンが強く締まる。
「姉妹と同じ人を好きだって認めたら、いい子でいられない。だから最後まで『分からない』って顔をしてた」
五月の採点帳に赤い染みが広がる。
核心だった。
彼女は本当に遅かった。だが、遅さのすべてが鈍感さではない。姉妹の争いへ自分まで加わる恐怖、家族をまとめる役から降りる罪悪感。それらが感情の名前を見えにくくしていた。
屈服判定が五月へ集まる。
「私は、気づきたくなかったのかもしれません」
五月は認める。
「自分まで同じ人を望めば、姉妹を支える立場ではいられない。母の代わりに正しくあろうとした自分が崩れる」
判定光が強まる。
「でも、気づかなかったことと、気づかないようにしたことを、同じ未回答にはしません」
五月は採点帳を2つに分けた。
一冊は「知らなかったこと」。もう一冊は「知るのを避けたこと」。後者の頁だけへ、自分の名前を赤く署名する。
『追試受験』。
1度提出しなかった答えを、遅れてでも自分の責任で書き直す武装。白いリボンが解けた。
五月は撫子へ問いを返す。
「あなたは、自分も悪かったと認めました。では、暦さんを好きだった自分の、何を選び直しますか」
撫子の蛇道が揺れる。
「もう、可愛い撫子だけ見せない」
「それは見せ方です。何を望みますか」
「暦お兄ちゃんに」
撫子の声が止まる。
好きになってほしい。選んでほしい。自分だけを見てほしい。言葉にすれば簡単だ。だが言った瞬間、それが叶わない現実も自分のものになる。
五月の赤鉛筆が迷路の出口を指す。
「望みを書けば、出口が開きます」
「書いたら、叶う?」
「叶うとは限りません」
「じゃあ、書く意味ないよ」
白い蛇が急激に膨らむ。
『無意味拒絶』。
叶わない願いへ意味を認めない力。迷路の壁が高くなり、採点帳の文字を白く消していく。
「五月ちゃんの恋も同じでしょ。気づいたときには遅かった。提出できない答案に名前を書くなんて、自己満足だよ」
白い波が五月の食卓を飲む。空席が消え、赤鉛筆が折れた。
「叶わないなら、最初から欲しくなかったことにしたほうが楽」
撫子の巨蛇が現れ、五月を巻き上げる。
控え室で一花たちが立ち上がる。五月の身体が締め付けられ、息が途切れた。
俺は撫子の武装が1回戦より強くなっていることを悟る。彼女は「自分も悪かった」と認めた。だから今度は、責任を拒むのではなく、叶わない願いの価値そのものを否定している。
五月は巨蛇の中で目を閉じた。
「意味は、結果だけで決まりません」
掠れた声。
「私は提出できなかった。選ばれなかった。それでも、遅れて気づいたことで、姉妹の痛みを以前より理解できた」
折れた赤鉛筆の先から、五色の線が伸びる。
「風太郎を好きだった自分は、結果を得られなくても、私が何を恐れ、何を大切にしたかを教えました」
『不合格答案保存』。
正解にならなかった答案を捨てず、学んだ履歴として残す武装。五色の線が巨蛇の内側へ文字を書く。
叶わなくても、願った。
蛇の鱗が割れる。
五月は拘束を破り、食卓へ戻った。消えた空席を自分で運び、撫子の前へ置く。
「座ってください」
「嫌」
「ここは、願いが叶う席ではありません。願った自分から逃げない席です」
撫子は蛇をけしかける。五月は椅子を盾に受け、後退しながらも離さない。
「撫子は暦お兄ちゃんに選ばれたかった!」
突然の叫びが迷路へ響いた。
巨蛇が止まる。
「可愛いからじゃなくて、かわいそうだからでもなくて、撫子だから選んでほしかった!」
白い壁へ出口が開く。
しかし、五月の武装にも亀裂が走った。
撫子は泣きながら笑う。
「言えたよ。これで五月ちゃんと同じ」
「同じではありません」
五月は苦しそうに答える。
「私は言えなかった自分を保存した。あなたは今、言えた自分を武器にして、言えなかった過去を切り捨てようとしている」
撫子の目が見開かれる。
出口から光が差す。撫子はそこへ走ろうとする。願いを言えた今なら、以前の自分を置いて出られると信じて。
五月は椅子を引き、出口の前へ置いた。
「過去のあなたも連れていってください」
椅子には、無害を演じた撫子、責任を拒んだ撫子、世界を責めた撫子が座っている。
「嫌だよ」
「置いていけば、また都合の悪い自分を蛇へ預けます」
撫子の足が止まった。
精神的屈服の光が彼女へ集まる。
「連れていけない」
撫子は首を振る。
「そんな撫子を連れていったら、暦お兄ちゃんに嫌われる」
「それでも選ばれたいと、言えるのですか」
長い沈黙。
撫子は出口を見る。椅子を見る。最後に、五月を見る。
「言える」
光が揺らぐ。
撫子は椅子へ手を伸ばした。
その瞬間、白蛇が彼女自身の背後から五月へ襲いかかる。過去を引き受ける恐怖が、最後の抵抗として武装を自動的に動かした。
五月は反応が遅れた。蛇の尾が腹へ入り、食卓の端まで吹き飛ばされる。
撫子が椅子を引き寄せる。
「ごめんね。撫子、まだ全部は連れていけない」
五月は起き上がろうとするが、蛇道が手足へ絡む。
「でも、1人ずつなら連れていく」
撫子は椅子に座る過去の自分の手を、1つだけ取った。
『蛇皮1枚同行』。
すべてを1度に受け入れず、今日引き受けられる醜さだけを自分へ戻す武装。完璧ではない。だが、五月の追試より早く、今この場で1つを選んだ。
撫子は蛇道を締め、五月を石床へ固定する。
10秒。
鐘が鳴った。
「勝者、千石撫子」
領域が消える。
五月は悔しげに撫子を見る。
「1枚ずつでは、時間がかかります」
「五月ちゃんも、追試だったでしょ」
撫子が手を差し出す。
「遅い者同士、急がないでいこうよ」
五月はその手を握った。
第2回戦、全8試合が終了した。
空中の対戦表が組み替わり、第3回戦の名札が二列に並ぶ。上位4人を決める準決勝と、5位以下の順位決定予選。
最初に赤く灯ったのは、レムと霞ヶ丘詩羽。
詩羽は万年筆を取り出す仕草をし、レムへ告げた。
「献身を物語にすれば、どれほど美しくても結末は読めるわ」
レムは静かに頭を下げた。
「では、読めない選択をお見せします」