スーパー負けヒロイン大戦 〜選ばれなかった16人の未練を断ち、最高のハッピーエンドを掴み取るIF救済劇〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「あなたの献身には、結末が1つしかない。自分を差し出し、彼を立たせ、選ばれなくても微笑む」
詩羽が書いた一文どおりに、レムの『献身連星』が地面へ落ちた。
鐘が鳴る。第3回戦、準決勝。領域へ青い屋敷を包む巨大な原稿用紙が現れる。窓も扉も、詩羽の文章に従って配置を変えた。
「あなたは強い。でも、読みやすい」
万年筆が走る。
彼女は相手のために傷を受ける。
赤い文章が現実となり、紙刃がレムへ飛ぶ。レムは避けずに肩で受けた。
「ほら」
詩羽の笑みは冷たい。
彼女は自分を後回しにする。
レムが反撃の鎖を止め、控え室にいる誰かを庇うように足場を変える。存在しない危機にまで、武装が従った。
俺は詩羽の支配を理解する。
「詩羽はレムの行動原理を脚本化している。献身が一貫しているほど、次の選択を予測できる。美徳が行動の自由を奪う構造だ」
レムの周囲へ屈服判定が集まる。
詩羽は第2稿を開く。
「1回戦で報われたい醜さを認め、2回戦で必要とされなくても愛す意志を得た。それでもあなたは『愛し続けるレム』から出ない」
原稿用紙が鎖となり、レムの両腕を縛る。
「スバルのためにならない選択を、あなたはできる?」
レムは答えない。
「彼が望まなくても、自分の幸福を優先できる?」
鎖が締まる。
「彼を愛さない未来を、自由として選べる?」
青い屋敷の灯りが消える。
最後の問いは残酷だった。愛し続ける意志を得たレムに対し、愛をやめる自由の有無を問う。選べないなら、それは意志ではなく運命ではないか。
レムは膝をついた。
「選びません」
屈服判定が強まる。
「レムは、スバルくんを愛さない未来を選びません」
「なら、自由ではないわ」
詩羽が結末を書く。
彼女は自分の愛に従属した。
巨大な句点が空へ現れ、レムへ落ちる。
レムは顔を上げた。
「選ばないことと、選べないことは違います」
青い輪が手首へ灯る。2回戦で得た『無用の献身』。
「愛さない未来を想像できます。スバルくんから離れ、自分の幸福だけを探す道も、レムにはある」
屋敷の外に、花畑や町や見知らぬ道が現れる。
「その道があると知ったうえで、レムはこの道を選びます」
青い輪が原稿の鎖を切った。
『自由選択・同じ朝』。
何度選び直しても同じ相手を愛する。結末が同じでも、そこへ至る選択は毎回新しい。巨大な句点が砕け、無数の読点へ変わった。
詩羽の目が細くなる。
「選び直したと宣言すれば、運命も自由になるの?」
万年筆が読点をつなぎ、迷路のような文章を作る。
「あなたが別の道を選ばないことを、大結界はどう証明する? 口で可能だと言うだけなら、どんな依存も自由意志を名乗れる」
赤い迷路がレムを囲む。各分岐には、スバル以外の幸福が置かれていた。姉と平穏に暮らす道。誰にも尽くさず、自分のために生きる道。新しい誰かを愛する道。
「1つ選びなさい」
詩羽が命じる。
「選ばなければ、可能性を認めたことにはならない」
レムは分岐を見る。
どの道も穏やかで、彼女を傷つけない。だからこそ、選ばないことが自己犠牲に見える。
俺は喉の奥に苦味を感じた。詩羽の論理は正しい。だが、可能性を証明するために望まない道を選べという要求もまた、自由を奪う。
「選択肢があることを証明するために、選びたくないものを選ばせるなら」
レムが呟く。
「それは自由ではなく、試験です」
彼女は迷路の壁へ鎖を巻き付けた。
「レムは、試験に合格するために愛したのではありません」
『不証明選択』。
自由であることを他者へ証明しない権利。迷路を攻略せず、壁そのものを引き倒す。赤い文章が崩れ、屋敷へ青空が戻った。
屈服判定が消える。
今度はレムが問う。
「詩羽さんは、結末を読めない物語を書けますか」
万年筆が止まる。
「作者が望む結末へ人物を動かさず、登場人物が自分の選択で作者を裏切る物語です」
「それは放棄よ。作者が構成を失えば作品ではない」
「では、倫也さんにも、あなたの望む役を与えたのではありませんか」
書斎の壁に亀裂が入る。
「あなたを理解する読者。作品を完成へ導く協力者。最後にあなたを選ぶ主人公」
レムは鎖を万年筆へ絡める。
「その役から外れた倫也さんを、あなたは1人の人として愛せましたか」
詩羽の原稿へ屈服判定が集まる。
彼女は第2回戦で宛先を複数に改稿した。作品と恋を分けた。だが恋の中では、なお相手へ理想的な読者役を求めている。
「愛したわ」
詩羽は鎖を切る。
「期待どおりに読まない鈍さも、創作者として未熟な点も、逃げるところも含めて」
「それでも、結末だけは選ばせたかった」
「当然よ!」
原稿が嵐となる。
『作者権限・強制終幕』。
詩羽は自分の執着を否定しない。選択を支配したかった欲を、そのまま最大出力へ変えた。赤い頁がレムの屋敷を1枚ずつ閉じ、世界を本の中へ圧縮する。
「人を愛すれば、望む結末が生まれる。自由に選んでほしいなんて綺麗事だけでは済まない。私を選べと、物語ごと迫るのが私の愛よ!」
本が閉じる。
レムは頁の内側へ封じられた。
詩羽は荒い息のまま、表紙へ最後の題名を書こうとする。
そのとき、本の内側から朝食の香りが漂った。
頁に、整えられた部屋、差し出された水、傷ついた相手へ添える手が浮かぶ。どれも結末を強制しない行為だった。
「レムの献身は、相手を選ばせるためだけにあったのではありません」
頁の中から声がする。
「結果が変わらなくても、その1日を少し良くするためにありました」
『結末不要の日常』。
物語の山場にも伏線にもならない日々が、本の頁数を増やしていく。詩羽が閉じようとしても、終わりのない日常が次々に差し込まれる。
表紙が弾けた。
レムは青い鎖とともに飛び出し、詩羽の万年筆を鉄球で叩き落とす。
「あなたの物語に、レムは結末を渡しません」
鎖が詩羽の腕と腰を包む。
詩羽は原稿を呼ぼうとする。しかし、頁は日常の断片で埋まり、強制終幕を書けない。
レムは彼女を石床へ押さえた。
10秒。
鐘が鳴る。
「勝者、レム」
領域が消える。
詩羽は仰向けのまま息を整え、やがて笑った。
「結末不要の日常。作家泣かせね」
「毎日を続ける人には、必要なものです」
「その台詞、覚えておくわ。いつかあなたの救済を物語にするときに使う」
「許可は取りに来てください」
レムの返答に、詩羽は目を見開き、それから声を立てて笑った。
俺の掌には、スバルへ同期するための新しい条件が刻まれた。レムを選ぶとは、彼女の献身へ報酬を与えることではない。結果にならなかった日常まで見つけ、彼女が選び続けた自由を認めることだ。
詩羽が退場したあと、俺は審判台の手すりから手を離せなかった。結末を与えない日常を理解することと、救済という結末を実行することは矛盾する。その矛盾こそ、いずれレム本人へ説明しなければならない。
次の準決勝札が灯る。
中野三玖対中野二乃。
同じ男を愛した姉妹が、ついに直接向かい合う。
二乃が赤い手綱を鳴らした。
「今度こそ、私が先に行く」
三玖はヘッドホンを外す。
「二乃を越えて、私が行く」