スーパー負けヒロイン大戦 完全順位決定 〜命を継げない異世界で、俺があの人になりきって抱く〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
抽選箱が開くより先に、二乃と三玖の間で火花が散った。
「同じ相手を好きだった者同士は、最初からぶつけないで」
二乃は要求ではなく命令として言った。
「初戦で姉妹同士を潰して、見世物にするつもりなら降りるわ」
「降りないでしょ」
一花が苦く笑う。
「二乃は、そう言って相手を試してるだけ」
「知ったような口きかないで」
「知ってるよ。姉妹だもの」
その一言で、五月の肩が強張った。
闘技場の中央には16枚の名札が浮かび、その下で白衣の老人たちが抽選装置を組み上げていた。透明な球体の中を、黒い札が渦巻いている。同じ世界から来た者同士は第1回戦で当たらない。大結界が定めた唯一の組み合わせ制限だという。
俺は審判台から全員を見渡した。
抽選は公平でも、受け取られ方まで公平にはならない。誰と当たるかは、誰の傷と比較されるかでもある。
「先に確認する」
俺の声に視線が集まった。
「試合中、領域は君たちの記憶を概念武装へ変える。望んでいない記憶まで表へ出る可能性がある。観戦者にも映像と音声は届く」
「秘密を守ってもらえるとは思っていませんわ」
万里花が扇子もない手を優雅に胸元へ運ぶ。
「恋とは、隠して勝てる程度のものではありませんもの」
「何年も隠してた人が言うと重いなあ」
一花の軽口に、小咲が目を伏せた。
万里花は笑みを崩さない。
「隠すことと、諦めることは別ですわ」
その返答に、小咲の指がわずかに震えた。
抽選前から始まっている。相手の愛し方を測り、自分より弱い理由を探す。戦場は石床ではなく、言葉の間にもう生まれていた。
第1札が光の中から落ちる。
レム。
続いて、対戦者の札が回転した。
新垣あやせ。
「私ですか」
あやせは一瞬だけ目を見開き、すぐに背筋を正した。
レムは静かに頭を下げる。
「よろしくお願いします」
礼儀正しい2人だった。だからこそ、俺には互いの危険性が見えた。
レムは自分を差し出すことを愛と呼べる。あやせは自分の正しさで相手の幸福を守ろうとする。どちらも献身的で、どちらも相手のためなら自分を壊せる。
そして、自分を壊す愛ほど、概念領域では重い。
「ずいぶん穏やかな組み合わせね」
詩羽が言う。
「最初の鐘が鳴るまでは、でしょうけど」
第2札は中野三玖。
対するは橘万里花。
万里花の瞳が輝いた。
「これは好都合ですわ。黙って見ているだけで恋が届くと思っていた方へ、わたくしが行動の価値を教えて差し上げます」
三玖は俯いたまま答える。
「たくさん動いても、選ばれないことはある」
「ええ。だからこそ、動かなかった後悔より美しいのです」
三玖の手がヘッドホンを押さえた。反論を飲み込んだのではない。試合まで保存したのだ。
第3札、中野二乃。
対戦者、羽川翼。
二乃が眉を上げる。
「優等生相手ね」
「そう見える?」
羽川は微笑んだ。
「私は何でもは知らないよ。知ってることだけ。それに、自分のことはたぶん、1番知らなかった」
二乃の挑発が1度、空を切った。
羽川の強みは知識ではない。自分を後回しにする理屈を、誰より精密に組み立てられることだ。二乃の直進する愛は、その理屈を破れるかもしれない。逆に、直進しかできない弱点を暴かれる可能性もある。
第4札、霞ヶ丘詩羽。
対戦者、中野五月。
「姉妹の中で、恋に最も鈍かった子かしら」
詩羽の言葉に、五月の頬が赤くなる。
「鈍かったからといって、気持ちがなかったことにはなりません」
「気づかなかった感情を、失ったあとで恋と呼ぶのは便利ね」
五月はすぐ反論しなかった。胸へ刺さったからだ。
だが、やがてまっすぐ詩羽を見返す。
「気づくのが遅い人間には、遅い人間なりの責任があります。私はそれを、なかったことにはしません」
今度は詩羽の目が細くなった。
第5札、ランカ・リー。
対戦者、澤村・スペンサー・英梨々。
「歌で戦う気?」
英梨々が腕を組む。
「まだ分からない。でも、歌わない私は、たぶん私じゃないから」
ランカは不安を隠さず、それでも笑った。
「あなたは?」
「描くわ。言葉にできないものを、ずっとそうしてきたから」
声と絵。どちらも本人へ直接言えなかった感情を、作品に変えて届けようとした者同士だった。
第6札、谷川柑菜。
対戦者、由比ヶ浜結衣。
2人は顔を見合わせた。
先に笑ったのは結衣だった。
「なんか、普通に友達になれそう」
「それ、試合前に言う?」
柑菜も笑い返す。だが、目は笑っていない。
2人とも、周囲の幸福を壊すくらいなら自分が退こうとした。違うのは、柑菜が最後に言葉をぶつけたことと、結衣が曖昧な優しさの中へ留まろうとしたこと。
似ているからこそ、最も許せない部分が見える組み合わせだった。
第7札、五更瑠璃。
対戦者、千石撫子。
「よりにもよって、蛇に擬態した少女とは」
黒猫が黒いスカートをつまみ、芝居がかった礼をする。
「闇の眷属を名乗る私へ、ずいぶん相応しい供物を寄越したものね」
撫子は一歩退いた。しかし、髪の影から覗く目には、怯えとは別の濁りがある。
「そういうふうに、自分のことを言葉にできる人、撫子は苦手かも」
声は小さい。
「だって、言葉にしたら責任ができるから。好きって言ったら、好きな自分を続けなきゃいけないから」
黒猫の笑みが止まった。
最後の抽選。
小野寺小咲。
中野一花。
「優しそうな人でよかった」
小咲が安堵しかける。
「ごめんね。たぶん私、そういう期待を1番裏切るタイプ」
一花は笑った。
柔らかく、相手を安心させる笑顔だった。だから、小咲の表情から安心が消える。
自分より他人を優先する者と、他人を思いやりながら最後には抜け駆けも選んだ者。小咲が恐れているのは、強引な相手ではない。自分と同じ顔で、自分ができなかった一歩を踏み出す相手だ。
全8試合が確定した。
大結界の光が枝分かれし、勝者組と敗者組、その先の順位決定経路を空へ描く。誰も1度の敗北で終わらない。全員が4回戦い、1位から16位まで1つ残らず決める。
「ずいぶん残酷ね」
結衣が呟く。
「1回負けても、負けた者同士でまた比べられる」
「だから完全順位決定なのよ」
詩羽が答えた。
「曖昧なまま終わるより親切じゃない。私たちは、曖昧さに随分苦しめられたもの」
反論できる者はいなかった。
オルドが試合規則を読み上げる。
肉体打倒、ギブアップ、精神的屈服。相打ちの場合は、大結界が救済への現在依存度を測定する。試合後は心身ともに回復する。試合中の映像と声は、控え室へすべて中継される。
「精神的屈服って」
五月が険しい顔をする。
「相手の愛を否定すれば勝てるということですか」
「違う」
俺は答えた。
「愛の量を侮辱するだけでは成立しない。相手が自分を支えてきた論理、その矛盾を本人が認めたときにだけ判定される。たとえば『尽くしたから愛されるべき』と思っている者へ、尽くすことで相手の選択を奪っていたと証明するような場合だ」
レムの睫毛が揺れた。
言葉は一般論だった。だが、自分へ向けられた刃になり得ると理解したのだ。
俺も同時に理解した。
この大会で、俺は安全な観客ではいられない。分析するたび、誰かが隠したかった傷へ名前を付けることになる。その情報は、やがて俺が彼女を理解し、選択を成立させるために必要になる。
救済と暴露が、同じ行為の表裏になっている。
「審判」
あやせが俺を呼んだ。
「あなたは、試合で知った弱みを使って、あとで私たちの望む人になるんですか」
「そうなる」
「卑怯ですね」
「分かってる」
俺が否定しなかったことで、彼女はかえって言葉を失った。
「だから約束する。都合よく美化しない。君たちが見せたくなかった部分ほど忘れない。それを知らないまま選ぶなら、選択は偽物になる」
「偽物が、偽物にならないために?」
黒猫が問う。
「そうだ」
黒猫はしばらく俺を見つめ、やがて口元を歪めた。
「ならばせいぜい、その脆弱な精神へ16の地獄を刻みなさい」
鐘が1度鳴る。
第1試合の開始は翌朝。
レムとあやせの名札だけが赤く輝き、ほかの14枚が暗転した。
控え室へ向かう通路で、三玖がレムへ声をかけた。
「最初に勝った人が、基準になる」
レムが振り返る。
「プレッシャーをかけるつもりですか」
「ううん」
三玖は首を振った。
「先に行かせたくないだけ」
穏やかな声だった。
その瞬間、16人の間から最後の遠慮が消えた。