スーパー負けヒロイン大戦 〜選ばれなかった16人の未練を断ち、最高のハッピーエンドを掴み取るIF救済劇〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「あなたの歌は、聞かれなければ存在できない。他人の耳へ寄生した世界よ」
黒猫の黒頁が、ランカの最初の音を飲み込んだ。
鐘が鳴る。領域へ無人のステージと黒い礼拝堂が現れる。客席は壁で塞がれ、拍手も反響もない。黒猫は『永劫自称・夜の女王』の翼を広げた。
「私の世界は、理解者がいなくても私のもの。あなたは聴衆を失って、なお歌姫を名乗れる?」
ランカは口を開く。声は出る。だが黒頁へ吸われ、本人の耳にすら返らない。
俺は武装の構図を読む。
「黒猫は2回戦で、1人の理解を自分の世界の証明にしていたと認めた。今はその依存を切り、理解されなくても成立する閉鎖世界を作っている。ランカの歌は受け手との往復で強くなるため、完全な孤立とは相性が悪い」
黒猫が頁を槍へ変える。
『孤高聖域』。
槍がランカの足元へ刺さり、透明な壁が1人分の檻を作る。
「歌は誰かへ届くためのもの。なら、届かなければ失敗でしょう?」
屈服判定がランカへ集まる。
ランカは壁へ掌を当てた。
「失敗だよ」
黒猫の目が細くなる。
「届かなかったら悲しい。誰にも聞かれなかったら、歌った意味が分からなくなる」
光が強まる。
「でも、意味が分からなくても歌うことはできる」
ランカは胸へ手を置き、声ではなく呼吸を一定にした。鼓動と息が小さなリズムを作る。
『零人目の聴衆』。
自分自身を最初の聴衆とする武装。拍手も評価も返らない。ただ、自分の悲しみを自分の耳で聞き落とさないための歌だ。
透明な壁に緑の波紋が走る。
「私は、歌を好きな私に聞かせる。そこから誰かへ届いたら嬉しい」
壁が割れた。
「黒猫ちゃんの世界は、本当に誰にも見せなくていいの?」
ランカの問いとともに、緑の音符が礼拝堂の扉へ触れる。
「原稿を書いて、衣装を選んで、名前をつけた。見せる相手がいないなら、どうして形にしたの?」
礼拝堂の窓が一斉に開く。
黒猫は翼で塞ぐ。
「形にすることは、他人への迎合ではないわ。私が私を認識する儀式よ」
「だったら、京介さんに読んでほしくなかった?」
黒頁が揺れる。
「その問いはレムとの戦いで終えたわ。彼にだけは理解してほしかった。認めたうえで、理解されなくても書くと決めた」
黒猫は頁を自分の胸へ戻す。
『未読完結』。
読者がいなくても作品を完成させる力。礼拝堂の扉が消え、完全な密室となる。
ランカの音符は入れない。
「あなたこそ、自分を聴衆にしただけで満足できる? アルトに聞かれなくても、同じ顔で歌える?」
無音独白で告げた願いが、ランカの胸へ戻る。歌姫ではない自分を見てほしかった。それでも彼の前では、歌う自分こそ価値があると思い続けた。
黒猫の頁がランカへ貼り付く。
歌姫でなければ選ばれない。
屈服判定が再び集まる。
ランカは音符を止めた。
「同じ顔では歌えない」
「なら」
「悔しい顔で歌う」
ランカは涙を拭わない。
「選ばれなかったことも、歌じゃない私を見てほしかったことも隠さない。歌姫の笑顔に戻らなくていい」
緑の光が歪な波形になる。美しく整った旋律ではない。息が震え、音程が揺れ、それでも途切れない。
『失恋生声』。
完成品へ加工しない声が、未読完結の壁へ入り込む。作品ではなく、1人の人間の呼びかけだから、礼拝堂の読者拒絶では遮断できない。
黒猫の密室に声が響いた。
「聞かないで!」
黒猫が初めて叫ぶ。
「聞かせてるんじゃない。私が歌ってるの」
ランカは進む。
「聞こえてしまったなら、黒猫ちゃんがどうするかは黒猫ちゃんの自由」
その言葉に、黒猫の翼が止まる。
表現を渡しながら、理解を強制しない。第15話で英梨々が辿り着いた余白と似ているが、ランカは作品ではなく声そのもので実行している。
黒猫は両耳を塞ごうとする。だが、塞げば「理解されなくてもよい世界」ではなく「理解されるのが怖い世界」になる。
屈服判定が黒猫へ集まった。
「私は、聞かれたい」
黒猫は低く言う。
「理解されなくても書く。でも、誰にも届かないことを望んでいるわけではない」
未読完結の頁が床へ落ちる。
「なら、開けて」
黒猫は礼拝堂の扉を1つだけ戻した。
ランカの声が流れ込む。同時に黒猫の原稿頁が外へ舞った。
2つの表現が交差する。
黒猫は『黒歴史巡礼』の足跡を走り、ランカへ迫る。ランカは歌の波で押し返す。互いに相手の世界を消さず、自分の表現だけを前へ出す力比べになった。
黒い翼が緑の波を切り、ランカの肩へ届く。ランカは倒れながらも歌を止めず、床へ掌をついた。
観客席を塞いでいた壁が、内側から振動する。
1人、2人と影が戻る。ランカが呼び戻したのではない。零人目の聴衆から始まった声を、聞く自由を選んだ影たちだ。
『自発聴取銀河』。
受け手を求めながら、受け取ることを強制しない完成形。影が増えるほど歌は強くなるが、聞かない者を敵にしない。
黒猫の翼が押し戻される。
「私の世界へ、勝手に聴衆を入れないで!」
「入れてない。扉を開けたのは黒猫ちゃんだよ」
ランカの声が翼を包み、黒猫を石床へ降ろす。音符が腕と足へ柔らかく巻き付き、抵抗するほど共鳴して動きを止めた。
10秒。
鐘が鳴る。
「勝者、ランカ・リー」
領域が消える。
黒猫は起き上がり、床にない原稿を拾う仕草をした。
「あなたの歌、好みではないわ」
「うん」
「でも、次も聞くかもしれない」
ランカは笑う。
「それで十分」
俺は2人の違いを記憶へ刻む。アルトへ同期するとき必要なのは、歌を称賛することではない。歌わないランカを見つけ、歌が自分の選択へ戻るまで待つこと。京介へ同期するときは、黒猫の世界を理解しきったふりをせず、扉を開けるかどうかを彼女へ返すことだ。
試合後、黒猫は控え室の隅で小さな原稿を開いた。ランカが近づいても隠さない。『感想を求めてる?』。ランカが問うと、黒猫は首を振る。『読んでもよいという許可を与えているだけよ』。『そっか。じゃあ読むね』。
ランカは頁を受け取り、すぐ感想を言わなかった。黒猫も催促しない。理解を求めながら、理解の形を支配しない。歌を届けながら、聞くことを強制しない。2人が得たものは、似ていない表現の間に同じ余白を作っていた。
俺はその沈黙を見て、救済で最も危険なのは、想い人へ同期した俺が『正解の感想』を返すことだと思った。彼女たちが欲しかった言葉を知っているからこそ、先回りすれば選択は台本になる。理解したことを示すのではなく、理解したうえで予想外の本人らしい反応を返す必要がある。そんな矛盾した条件が、また1つ増えた。掌の印は熱を持ったが、今度は誰の声にも変わらなかった。聞く自由を守るなら、俺自身も能力の衝動へ従わず、同期する時を選ばなければならない。
次の札が灯る。
谷川柑菜対小野寺小咲。
遅れて言い切った者と、鍵のない扉を壊した者。2人の一歩は、誰のためだったのかを問われる。