スーパー負けヒロイン大戦 〜選ばれなかった16人の未練を断ち、最高のハッピーエンドを掴み取るIF救済劇〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「言えた人は、言えなかった人を簡単に臆病って呼べるよね」
小咲が開いた扉の向こうから、柑菜の透明な波が噴き出した。
鐘が鳴る。夏の湖畔と無数の教室扉が重なる。柑菜は実際に選んだ告白の瓶を抱き、小咲は鍵を持たずに立っていた。
「呼んでない」
柑菜は波を腕へ巻く。
「私だって遅かった。怖かった。言ったから偉いなんて思ってない」
「でも、言った自分を最後には選んだ」
小咲が扉を押す。鍵穴はない。
「私は、言えなかった自分も置いていけない」
『千通一歩』。
無数の手紙が扉へ変わり、柑菜を囲む。言わなかった1日1日が、逃避ではなく確かに恋していた履歴として迫る。
俺は2人の争点を見定める。
「柑菜は告白後の後悔を引き受け続ける。小咲は未告白の日々を価値ある履歴として守る。言葉にした瞬間と、言葉にしなかった時間のどちらが相手を深く見ていたかが問われる」
柑菜は瓶を投げる。
『正解なき告白群』。
言う未来、言わない未来の瓶が扉へ衝突し、教室を水浸しにする。
「言わなかった日々が大事なのは分かる。でも、その大事さを楽に伝えなかったら、相手は選択に入れられない」
波が小咲の足をすくう。
「自分の中でどれだけ愛しても、知らされなかった相手に責任はない!」
小咲は倒れ、手紙を胸へ抱く。
屈服判定が集まった。
過去の約束を知られず、告白も遅れた。自分の内側にあった恋を、相手が見つけてくれると期待した事実は消えない。
「責任はないよ」
小咲は立ち上がる。
「楽くんが気づかなかったことを、責めない」
光が強まる。
「でも、相手に届かなかったら価値がないって決めるのは、告白した人の傲慢じゃない?」
手紙が1枚、柑菜の瓶へ貼り付く。
「柑菜ちゃんは、海人くんへ渡したあとの気持ちだけを本物にしすぎてる。言う前に見ていた時間、迷惑をかけたくなくて黙った時間を、逃げだったって裁いてない?」
瓶へ亀裂が入る。
第13話で二乃に「後悔したから終わりにするな」と言われた柑菜は、告白後の責任へ意識を向けた。その分、告白前の自分を未熟な段階として切り捨てかけていた。
「逃げてたよ」
「逃げながら、相手を大切にしてなかった?」
柑菜は答えに詰まる。
小咲が扉を1つ開く。そこには、言えないまま相手の幸福を願った柑菜の姿が映る。
「言わないことが全部優しさじゃない。でも、全部臆病でもない」
屈服判定が柑菜へ移る。
柑菜は瓶を強く抱く。
「だったら、いつまでも言わなくてよかったの?」
「違う」
「どこで変わるの。黙る優しさが、逃げる臆病に変わる瞬間は誰が決める?」
湖面から針のない時計が立ち上がる。
『夏の終刻』。
小咲の扉すべてに「いつまで」が刻まれる。約束を待つ期限。友達を傷つけないために黙る期限。正しい瞬間を待つ期限。
「小咲ちゃんは、境界を決めなかった」
時計の破片が扉を閉じていく。
「だから、どの1日も大切だったって言える。今日言わなくても、明日も恋は本物。そうやって期限をなくした」
小咲の足元へ屈服判定が戻る。
「言えなかった日々を守ることで、言うべき日まで思い出にしてない?」
扉が最後の1枚になる。
小咲は鍵を探さない。拳を構える。
「決められなかった」
光が強まる。
「いつ言うべきか、私は決められなかった」
時計の破片が拳を傷つける。
「だから今度は、期限を相手や偶然に決めてもらわない」
小咲は時計そのものを殴った。
『本日指定』。
過去のどの日が正しかったかを選び直さず、今この日を言葉にする日に指定する武装。時計の文字盤に「今日」だけが刻まれ、針が初めて動く。
屈服判定が砕ける。
小咲は柑菜へ走る。
「私は楽くんが好きだった。言えなかった日も、言うのが遅かった日も、今日言い直す私も、全部同じ恋」
拳が柑菜の瓶へ触れ、亀裂を広げる。
瓶から黒い液体が溢れた。自己満足、相手へ負わせた断る苦しさ、告白で楽になった自分。柑菜は捨てずに受け止める。
「今日を選べるなら、どうしてあの日は選べなかったの」
柑菜の問いは自分にも向いている。
小咲の動きが止まる。
「今の強さで過去を責めるのは、簡単だよ」
透明な波が小咲を包む。
「今なら言える。今なら扉を壊せる。でも、あの日の自分にはできなかった。その弱さを同じ恋ってまとめたら、何も変わってないことにならない?」
小咲の本日指定が揺れる。
過去を許すことと、成長を無意味にしないこと。その両立が問われる。
小咲は波の中で目を閉じた。
「変わったよ」
「何が?」
「言えなかった私を、誰かが救ってくれるのを待たなくなった」
扉が消え、手紙だけが水中へ浮かぶ。
「過去の私は変えない。今の私が、その続きを書く」
『追伸告白』。
未送信の手紙を無効にせず、現在の言葉を追伸として加える。水中の手紙が一斉に開き、透明な波を吸い込んだ。
小咲が前へ出る。
柑菜は瓶を盾に受ける。2人の距離がなくなり、腕の取り合いになる。
「柑菜ちゃんも、言ったあとの責任ばかり見ないで」
小咲が柑菜の腕を引く。
「言う前に海人くんを大切にしてた自分まで、逃げたことにしないで」
柑菜の力が一瞬緩む。
その言葉は救いだった。だから同時に危険でもある。緩んだ瞬間、小咲の追伸が瓶を包み、告白後の責任を優しい履歴へ戻そうとする。
柑菜は歯を食いしばる。
「優しくしないで」
黒い液体ごと瓶を自分の胸へ叩きつけた。
『後悔継続中』。
過去を赦して終わらせず、相手へ与えた影響を考え続ける現在形。透明と黒が混じった波が、小咲の追伸を押し返す。
「言う前の私も大事。でも、言ったあとの責任を軽くする理由には使わない」
波が小咲の足を絡め取る。
小咲は手紙を投げ、足場にしようとする。柑菜は時計の残った針を投げ、手紙を石床へ縫い止めた。
「今日を選んだなら、今日の結果も受け取って」
柑菜は小咲の腰へ腕を回し、湖面へ投げる。透明な波が糸となって手足を固定した。
小咲はなお拳を上げる。だが届かない。
10秒。
鐘が鳴る。
「勝者、谷川柑菜」
領域が消える。
小咲は悔しそうに座り込み、柑菜を見る。
「今日の結果、受け取ったよ」
「重い?」
「重い。でも、追伸はまた書ける」
柑菜は笑い、手を差し出す。
俺は海人へ同期する条件を考える。柑菜を選ぶとは、勇気を褒めることではない。告白で負わせた痛みを共に見続け、それでも言葉を拒まないことだ。楽として小咲を選ぶなら、失われた機会を奇跡で補うのではなく、過去の手紙へ今の返事を加えなければならない。
控え室へ戻る途中、小咲は1度だけ振り返った。『言えなかった日を、大事にしてもいい?』。柑菜は少し考えて答える。『いい。でも、その日を理由に今日も黙るのは駄目』。小咲は頷く。2人の間で、過去を守ることと現在を選ぶことが初めて同時に成立した。小咲の手には鍵がなかったが、もう探してはいなかった。
次の札が灯る。
澤村・スペンサー・英梨々対千石撫子。
描いたものを解放した者と、蛇皮を1枚ずつ自分へ戻す者。表現と擬態が、互いの偽物を暴く。