スーパー負けヒロイン大戦 〜選ばれなかった16人の未練を断ち、最高のハッピーエンドを掴み取るIF救済劇〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「その可愛い顔、私なら1枚で描ける。中身がなくてもね」
英梨々のペンが走り、撫子そっくりの笑顔が巨大なキャンバスへ現れた。
鐘が鳴る。領域へ白い画布と蛇道が広がる。描かれた撫子の周囲へ観客影が集まり、本物の撫子を見なくなる。
「ひどいなあ」
撫子は頬を膨らませる。
「ほら、その表情も描ける」
英梨々が線を重ねる。キャンバスの撫子は本人より柔らかく、守りたくなる姿へ整った。
『理想化作画』。
「あなたが見せたかったのはこういう撫子でしょ。なら本物はいらないじゃない」
描線が本物の撫子へ巻き付き、画面の外へ追いやる。
俺は英梨々の攻撃を読む。
「英梨々は、撫子の擬態を作品として再現し、本人から切り離している。演じた像が完成しすぎれば、本体は選ばれる理由を失う」
屈服判定が撫子へ集まる。
撫子はキャンバスの自分を見る。怒らず、欲張らず、相手の望む可憐さだけを返す像。かつてはその姿に近づこうとしていた。
「本物より、そっちが好きな人もいるよね」
「あなた自身が1番そうだったんじゃない?」
英梨々のペン先が撫子の喉元へ触れる。
「嫌われる本物より、愛される絵になりたかった」
光が強まる。
撫子は白い蛇を1匹だけ呼ぶ。第2回戦で得た『蛇皮1枚同行』。蛇はキャンバスの可愛い撫子へ近づき、その顔を舐める。
「うん。絵になりたかった」
描かれた笑顔に亀裂が入る。
「でも、絵は自分で暦お兄ちゃんを好きになれない」
撫子は蛇の手を取るように、自分の腕へ巻く。
「可愛い撫子を演じたのも、撫子。愛されたかったから描いた、自画像みたいなもの」
『自画像回収』。
キャンバスの撫子が紙から剥がれ、本物の影へ戻る。擬態を偽物として捨てず、愛されるために自分で作った表現として回収する技。
屈服判定が砕ける。
「英梨々ちゃんも同じだよね」
撫子は笑う。
「絵に込めた気持ちは本物だって言う。でも、その絵が倫也お兄ちゃんに好かれなかったら、描いた自分まで嫌いになった」
白蛇がキャンバスへ潜る。
「絵は英梨々ちゃんの自画像だったんじゃない?」
英梨々の線が止まる。
1回戦で作品と自己価値を結びつけすぎたと指摘され、2回戦では説明できない1枚を相手へ解放した。だが、作品が自分の一部である事実は消せない。
「自画像で何が悪いの」
英梨々は『未採用ヒロイン・再線画』を広げる。
「感情も失敗も、描いた線に残す。作品と自分を完全に分ける気なんてない」
色彩の奔流が蛇道を塗り潰す。
「でも、絵だから言えたんでしょ?」
撫子の白蛇が色の下から顔を出す。
「絵にしたら、これは作品ですって言える。本人に向けた告白じゃないって逃げられる」
「逃げたことは認めた!」
「認めたら、もう逃げてないことになる?」
撫子の問いに、英梨々が詰まる。
自己認識を清算に使う危険。第13話で柑菜が突かれたものと同じ構造だった。
屈服判定が英梨々へ集まる。
「描き続けるって決めた。失敗した線も消さない。だから私は変わった!」
英梨々の色彩が激しくなる。
「変わった英梨々ちゃんを、倫也お兄ちゃんに見せたい?」
「当たり前でしょ!」
即答した瞬間、キャンバスへ1人分の空席が現れた。
撫子はそこを指す。
「まだ、絵を見れば自分も見てもらえるって思ってる」
英梨々の武装が揺らぐ。
作品を解放しても、最も見てほしい1人は残る。その願い自体は悪くない。だが、作品への評価と自分への選択を再び結びつければ、同じ傷へ戻る。
「思ってるわよ」
英梨々は認めた。
「私の絵を見て、私を見てほしい。線の癖も、好きなものも、負けたくない気持ちも、全部そこにある」
屈服判定が強まる。
「でも、絵を好きになったから私を選べとは言わない」
空席へ向けていたキャンバスを反転させ、撫子へ見せる。
『作者分離展示』。
作品は自分から生まれた。それでも受け手が作品だけを愛し、作者を選ばない自由を認める武装。
「見て。嫌いなら嫌いでいい。私まで好きにならなくていい。だけど、描いた私がここにいることは消さない」
屈服判定が消える。
撫子は絵を見る。
そこには可愛い撫子だけでなく、怒り、醜さ、責任を拒んだ過去、蛇皮を1枚だけ連れて歩く現在が描かれていた。
「勝手に描かないで」
「見えたものを描いたの。嫌なら壊しなさい」
英梨々はペンを撫子へ渡す。
罠だった。壊せば、見られたくない自分を再び消すことになる。残せば、他人が解釈した自分を受け入れなければならない。
撫子はペンを取る。
そして絵の一部へ線を足した。
可憐な笑顔の裏へ、小さな口を描く。その口は「選んで」と言っている。
『他画像加筆』。
他人の解釈を全否定せず、自分の言葉を加えて共同の像へ変える。英梨々の罠を越えた。
「これが足りない」
撫子はペンを返す。
英梨々は絵を見つめる。
「そう。なら、次は最初から描きなさいよ」
「英梨々ちゃんが描いてよ」
「また他人に任せるの?」
「違うよ。描いてほしいって、今頼んだ」
撫子の蛇道が英梨々の足元へ巻き付く。
要求を隠さず、相手へ選択を渡す。その変化で蛇は白から半透明へ変わった。
英梨々はペンを構える。撫子は蛇を引く。描線と蛇道が激突し、画布が裂けた。
英梨々は『批評不能の1枚』で撫子を額縁へ閉じ込めようとする。撫子は1枚ずつ連れ戻した蛇皮を額縁の隙間へ詰め、自分の不完全な像を増やす。
額縁が何を完成作とすべきか決められず歪む。
「完成しない撫子を、完成した絵にはできないよ」
『未完自画像群』。
可愛い、醜い、怒る、怯える。複数の撫子が額縁の中から手を伸ばし、英梨々の腕を取った。
英梨々は線を切ろうとする。しかし切れば、作者分離展示で認めた受け手の加筆まで否定することになる。
一瞬の迷い。
撫子は額縁から抜け、英梨々を蛇道へ倒した。半透明の蛇が腕と足を押さえる。
10秒。
鐘が鳴る。
「勝者、千石撫子」
領域が消える。
英梨々は座り込み、撫子を睨む。
「次は、自分で最初の線を引きなさい」
「うん。でも、途中で見てね」
「注文が多いのよ」
俺は暦へ同期する条件を考える。撫子に必要なのは、完成した善良さを選ぶ言葉ではない。未完のまま要求し、他人の解釈へ自分で加筆する彼女を待つことだ。倫也として英梨々を選ぶなら、作品の評価を恋の返事にせず、作品から見える彼女と作品の外の彼女を別々に選ばなければならない。
英梨々は退場口で撫子を呼び止めた。『さっき足した線、下手だった』。撫子はむっとする。『じゃあ教えて』。『自分で描けって言ったでしょ』。『途中で見てって頼んだよ』。英梨々は言葉を失い、やがてペンを差し出す仕草をした。敗北しても、作品を介した要求と応答は続く。選ばれなかった履歴は消えなくても、その後の関係は別の線を足せる。その事実が、救済の仕組みをまだ知らない彼女たちにも小さな予感を与えていた。撫子は自分の加筆を消さなかった。
次の札が灯る。
中野一花対由比ヶ浜結衣。
相手に合わせて役を変えた者と、誰も外さないために糸を結んだ者。関係を守る演技の限界が問われる。