スーパー負けヒロイン大戦 〜選ばれなかった16人の未練を断ち、最高のハッピーエンドを掴み取るIF救済劇〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「一花さんって、相手が欲しい顔をすぐ作れるよね」
結衣の群青の糸が、一花の無地の衣装へ役名を書き込んだ。
姉。理解者。安心させる人。
鐘が鳴る。領域へ鏡張りの舞台と放課後の教室が現れる。糸で結ばれた机ごとに、一花へ別の役が求められた。
「結衣ちゃんも同じでしょ。空気を読んで、みんなが笑える顔をする」
一花は『即興主役』で衣装を変える。教室では気さくな友人、結衣の前では厳しい理解者。
「違うのは、私は演じてるって知ってることかな」
鏡から複数の一花が現れ、糸を手際よく結び直す。
結衣の顔が曇る。
俺は互いの武装が似た形へ近づくのを見る。
「一花は状況に合う役を選び、結衣は関係に合う振る舞いを選ぶ。どちらも他者を観察する力が高い。争点は、合わせた自分を嘘と呼ぶか、選択と呼ぶかだ」
一花は結衣の椅子へ座る。
「自分の席を作ったんだって? でも、座ったときどんな顔をするかは、まだ八幡くん次第じゃない?」
『即興代座』。
一花が結衣の表情を演じる。明るい笑い、気遣う声、重くならない距離。その完成度が高いほど、本物の結衣の椅子が薄くなる。
「八幡くんが好きだったのは、場を明るくする由比ヶ浜結衣? それとも、本物を欲しがる由比ヶ浜結衣?」
屈服判定が結衣へ集まる。
結衣は糸を握る。
「どっちも、あたし」
「便利な答え。1回戦の私と同じだね」
一花が笑う。
「全部私って言えば、どの顔で選ばれたかったか決めなくていい」
結衣の椅子が消えかける。
第16話で一花自身が突かれ、即興主役によって越えた問い。それを今度は結衣へ向けている。
「明るいあたしを好きになってほしかった」
結衣は言う。
光が強まる。
「優しいって思ってほしかった。面倒じゃない女の子でいたかった」
「なら、本物を欲しがるあなたは邪魔だね」
一花の代座が完成する。
「邪魔だったよ」
結衣は認める。
「でも、邪魔なあたしを置いていったら、席に座るのは一花さんでもできるあたしだけになる」
群青の糸を自分の椅子へ結ぶ。
『不都合着席』。
空気を壊す、嫉妬する、選んでほしいと迫る。その不都合な自分を先に席へ座らせる武装。一花の代座が押し出された。
屈服判定が砕ける。
「一花さんは、即興で主役を選べるようになった。でも、誰にも求められない役を選べる?」
結衣が問い返す。
舞台の配役表が白紙になる。
「姉妹にも、風太郎にも、観客にも必要とされない一花さん。演じても誰も喜ばない役を、主役にできる?」
一花の無地の衣装が揺れる。
即興主役は、状況を読み、今ここで行動する主体を得た武装だ。だが状況が何も求めなければ、彼女は何を選ぶのか。
「できるよ」
一花は笑う。
「じゃあ、何をする?」
答えが止まった。
観客のいない舞台。妹たちも、風太郎もいない。女優としての評価もない。役に立つ相手がいなければ、即興する材料がない。
屈服判定が一花へ集まる。
結衣は糸を舞台から外す。
「誰かのための自分を降りたあと、何がしたい?」
一花の鏡が曇る。
「休みたい」
小さな本音が落ちた。
光が強まる。
「ずっと姉でいるのも、空気を読むのも、勝てる役を探すのも、疲れた」
一花は無地の衣装を脱ぎ、舞台の床へ座る。
「じゃあ、休めばいいよ」
結衣の糸が毛布のように一花を包む。
一花は目を閉じかけ、すぐ開いた。
「優しい罠だね」
糸を掴む。
「休んだ私を、誰が主役にしてくれるの?」
結衣の表情が揺れる。
「主役じゃなくていいじゃん」
「それを決めるのはあなた?」
糸が止まる。
一花は立ち上がる。
「誰かのための私を降りろと言って、次は『休む私』を勧める。結衣ちゃんは、相手が楽になる役をすぐ用意する。自分が救える関係に戻したいから」
屈服判定が結衣へ戻る。
彼女は第17話で、羽川の席作りを手伝わず、作ったあと隣へ座る約束をした。だが苦しむ者を前にすると、なお糸を差し出す。
「助けたいって思った」
「頼んでない」
一花の言葉が鋭い。
「結衣ちゃんの優しさは、相手が断ると自分が傷つく。だから断りにくい形で包む」
群青の毛布が拘束へ変わり、結衣自身へ巻き付く。
「休んでいい。泣いていい。無理しなくていい。優しい言葉で相手の次の役を決めてない?」
結衣は息を詰める。
「そうかもしれない」
「認めて終わらないで」
一花は第13話の二乃のように追う。
「今、私に何をしてほしいか聞いて」
結衣は糸を解こうとする。だが「助ける側」でいたい願いが結び目を固くする。
「一花さんは、どうしてほしい?」
ようやく問う。
一花は少し考える。
「戦ってほしい」
鏡が再び明るくなる。
「休ませないで。今は勝ちたい。結衣ちゃんの優しさを言い訳にして降りたくない」
結衣の拘束がほどける。
「分かった」
群青の糸が毛布ではなく鞭になる。
『要望後支援』。
相手の希望を聞いたあとで初めて形を決める武装。結衣は一花へ鞭を振るう。一花は笑い、即興主役の衣装を再び着た。
「それでいい」
鏡と糸が激突する。
一花は結衣の望む厳しい対戦相手を演じ、死角から蹴りを入れる。結衣は糸で足を取り、机へ投げ返す。
「また相手に合わせてる!」
「今は私が勝ちたいから合わせてる!」
一花は自分の意志を叫ぶ。
『勝利役自己指名』。
誰かに求められた役ではなく、自分が欲しい結果のために役を選ぶ。鏡が一花だけを映し、動きがさらに鋭くなる。
結衣は糸を張り巡らせるが、一花は関係の隙間を読むように通り抜ける。肩へ一撃、腰へ組みつき、そのまま押し倒す。
結衣は床へ固定されかける。
「自分のために役を選べたね」
「負けそうなのに褒める余裕?」
「褒めてるんじゃない」
結衣は一花の腰へ糸を結ばない。代わりに、自分の不都合着席の椅子へ結ぶ。
糸を引くと、椅子ごと結衣の身体が一花へ衝突した。
「支援する相手は、あたし自身!」
『自己要望先取』。
他人に望みを聞く前に、自分が勝ちたいという要望を聞く。群青の糸が初めて結衣1人のために動く。
一花が弾かれる。
結衣は立ち上がり、糸を自分の腕と足へ巻いて加速する。誰も結ばない孤独な糸。それでも、自分の席から伸びている。
一花は勝利役で迎え撃つ。互いの拳が交差し、鏡と教室が砕けた。
一花の即興は相手の一歩を読む。だが結衣は、空気ではなく自分の要望だけに従って不格好に突進する。合わせるべき規則がない。
群青の肩が一花の胸へ入り、2人は床を転がる。
結衣が上を取る。糸を腕へ巻き、押さえ込んだ。
一花は役を変えようとする。姉、悪役、勝者。どれも今の結衣には関係がない。結衣は「誰かのための一花」ではなく、勝ちたい一花本人だけを見ていた。
10秒。
鐘が鳴る。
「勝者、由比ヶ浜結衣」
領域が消える。
一花は寝転んだまま天井を見る。
「自分勝手になったね」
「一花さんに言われたくないかも」
「褒めてるんだよ」
結衣は手を差し出す。一花は今度、それが求めていない救いではなく、試合後に立つための手だと見て取って掴んだ。
俺は八幡へ同期する条件を追加する。結衣を選ぶとは、優しさを称賛して関係の調停役へ戻すことではない。彼女が自分1人のために糸を使った瞬間を見つけ、その自分勝手さを拒まないことだ。一花の救済では、望まれる役を演じた器用さではなく、何も求められないときに選んだ意志を見なければならない。
次の札が灯る。
新垣あやせ対羽川翼。
正しさを再審する者と、醜さを自分の席へ戻そうとする者。下位順位の境界を決める戦いが始まる。