スーパー負けヒロイン大戦 完全順位決定 〜命を継げない異世界で、俺があの人になりきって救う〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
開始の鐘が鳴る前に、あやせはレムへ言った。
「あなたの愛は、相手を甘やかして駄目にする愛です」
観客席の空気が凍った。
闘技場中央で向かい合う2人の身体を、薄青い膜が包む。愛執概念領域。鬼族の膂力も、普通の少女の身体能力も、ここでは意味を持たない。立っていられる強さは、心へ刻まれたものの深さで決まる。
レムは怒らなかった。
「そうかもしれません」
静かな肯定に、あやせの眉が動く。
「でも、甘やかすことすら許されなかった人に、レムの愛を軽いとは言わせません」
2人の足元から概念武装が立ち上がる。
あやせの右手には、白いリボンが幾重にも絡み合った拘束具が生まれた。清潔で、正しく、ひとつの乱れもない。彼女が守ろうとした秩序そのものだ。
レムの手には何もない。
代わりに、背後へ無数の朝食、整えられた寝台、磨かれた靴、介抱する手の残像が浮かんだ。日常の1つ1つが青い光へ変わり、彼女の身体へ積み重なる。
俺は審判台で息を呑んだ。
派手な武器ではない。2人の愛は、相手の生活を整える行為として現れた。
「あやせの概念武装は『正しき境界線』」
俺の声が場内へ響く。
「相手が越えてはならない線を定め、逸脱を拘束する。彼女は大切な相手を守るため、間違いを許さず、自分自身も正しさから外れまいとした」
リボンが石床を走る。
レムは避けない。両腕、足首、腰へ白い帯が巻き付き、身体を十字に縛り上げた。
「勝負あり?」
結衣が控え室で立ち上がる。
「まだです」
羽川が画面を見つめる。
レムの背後に浮かぶ日常の残像が、1つずつリボンへ触れていた。朝の挨拶。温かな食事。傷ついた相手へ差し出す水。2人で逃げる未来を思い描きながら、それでも相手の望む道を選ばせた記憶。
白い拘束が軋む。
「なぜ」
あやせが目を見開く。
「あなたは縛られている。間違った愛し方を封じられているのに」
「レムは、間違っていると言われることに慣れていますから」
レムが一歩踏み出す。
リボンが肌へ食い込み、青白い火花が散る。
「身の程を知らない。重すぎる。尽くしすぎる。自分を消しすぎる。きっと、全部正しいのでしょう」
もう一歩。
「それでも、スバルくんが立ち上がる理由になれたことまで、間違いにはさせません」
拘束が弾けた。
レムの概念武装が初めて形を持つ。無数の日常の残像が1本の長大な鎖へ変わり、その先端に青い鉄球が生まれた。
『献身連星』。
振り抜かれた鉄球を、あやせは両腕のリボンで受ける。轟音。石床が円形に沈み、観客席へ衝撃が走った。
身体能力ではない。支え続けた日々の重みだ。
あやせは膝をつきかけ、歯を食いしばる。
「尽くしたことを、愛された証明みたいに言わないで!」
白いリボンが一斉に伸び、レムの鉄球へ巻き付く。
「相手が望んだんですか。あなたが自分を削ることを。あなたが相手のためにすべてを捨てることを。そんなもの、相手に罪悪感を背負わせるだけです!」
鉄球の動きが止まった。
レムの表情から、ほんの少しだけ色が消える。
核心だった。
献身は美しい。だが、受け取る側へ返せない負債を積み上げることもある。相手の幸福を願いながら、自分の犠牲で相手の選択肢を狭めることもある。
あやせはそこを正確に突いた。
「自分を捨ててまで愛したから、選ばれるべきだった。心のどこかでそう思っているんじゃないですか」
精神的屈服の判定光が、レムの頭上へ集まり始める。
レムは答えない。
控え室で三玖が拳を握った。二乃は苛立たしげに舌打ちする。
「言い返しなさいよ」
しかし、俺には分かった。
レムは反論を探しているのではない。自分の愛の中に、本当にその欲がなかったかを確かめている。
それが彼女の強さであり、危うさだった。自分を裁く刃を、他人より深く入れられる。
やがてレムは顔を上げた。
「思っています」
判定光が強まる。
「レムは、選ばれたかった。あれほど尽くしたのだからと、報われることを望みました。そんな醜い気持ちが、まったくなかったとは言いません」
あやせのリボンが締まる。
「なら!」
「ですが、それは愛した理由ではありません」
青い鎖が鳴った。
「選ばれなかったあとも、レムがスバルくんの幸福を願った事実を、あなたの正しさで消すことはできない」
精神的屈服の光が砕けた。
あやせが息を止める。
レムは欠点を否定しなかった。醜さを認め、そのうえで愛の全体を守った。論破とは、相手を黙らせることではない。相手が自分の論理へ戻れなくなることだ。レムは自分の論理を、より広い形へ作り直した。
今度はレムが問う。
「あなたは、京介さんの何を守りたかったのですか」
「何をって」
「正しさですか。それとも、あなたが正しい人でいられる場所ですか」
あやせの表情が凍った。
白いリボンが一瞬、緩む。
「違います。私は、あの人が間違ったものへ近づかないように」
「では、京介さんが自分で選ぶことは?」
「それは……」
「あなたが嫌うものを選んでも、その人を愛せますか」
あやせの武装に亀裂が走った。
俺は胸の奥が痛むのを感じた。彼女の愛は偽物ではない。むしろ真剣だったから、守ることと管理することの境界が見えなくなった。相手の幸福を願いながら、自分の認める幸福だけを許そうとしてしまう。
「あやせの概念武装は、相手だけでなく自分も拘束している」
俺は解説する。
「彼女は京介を守るため、嫌悪も好意も正しい形に整えようとした。けれど、恋は正しさだけでは分類できない。自分の感情が境界を越えた瞬間、武装は彼女自身を罰する」
「黙ってください!」
あやせの叫びと同時に、白いリボンが自分の両腕へ巻き付いた。
それでも彼女は前へ出た。
拘束具を鞭のように振るい、レムの肩を打つ。レムも鎖を短く持ち替え、鉄球を地面へ叩きつける。跳ね返った衝撃があやせの足元を崩す。
一撃、二撃。
互いに倒れない。
あやせの強さは、正しさが破綻してもなお、相手のために怒れることだった。
「私は」
息を切らしながら、あやせは叫ぶ。
「好きな人に嫌われても、間違っていると思ったら止めます! 選ばれるために見逃すくらいなら、選ばれなくていい!」
白いリボンが純白の槍へ束ねられる。
『潔癖断罪』。
彼女の愛が持つ最も苛烈な形。選ばれる可能性さえ切り捨てて、相手の誤りへ立ちはだかる一撃。
レムは鉄球を捨てた。
両手を広げ、真正面から槍を受け止める。
「レムも同じです」
槍の穂先が胸元で止まる。
「スバルくんが間違ったときは、止めます。絶望したときは、立たせます。レムを選ばなくても、です」
背後の日常の残像が、一斉にレムの背中を押した。
『ゼロからの抱擁』。
武器ではなかった。
レムは槍を抱え込み、そのままあやせとの距離を詰めた。相手の正しさを折らず、逃げ道も与えず、両腕で完全に動きを封じる。
あやせは抵抗した。だが、攻撃するには腕を引かなければならない。腕を引けば、レムが自分の正しさを受け入れた事実まで手放すことになる。
葛藤の一瞬。
青い鎖が2人を包み、あやせの身体を石床へ静かに押さえ込んだ。
10秒。
鐘が鳴る。
「勝者、レム」
宣言すると同時に領域が解け、傷も拘束も光になって消えた。
レムはすぐにあやせへ手を差し出す。
あやせはその手を見つめた。
「同情ですか」
「いいえ。あなたの正しさは、レムにはできない愛し方でした」
「私は負けました」
「だからといって、愛が小さかったことにはなりません」
あやせは唇を噛み、しばらくしてその手を取った。
控え室へ戻る通路で、レムが俺の前を通る。
勝者として胸を張るでもなく、次の戦いを恐れるでもなく、まっすぐこちらを見た。
「審判」
「何だ」
「今のレムを、忘れないでください」
頼みではなく、条件だった。
美しい献身だけでなく、報われたいと願った醜さも含めて理解しろと、彼女は俺へ要求している。
「忘れない」
答えた瞬間、掌の印が熱を持った。
一瞬だけ、俺の中で誰かの声が目覚めかける。
だが、まだその名を呼ぶ段階ではない。
次の名札、中野三玖と橘万里花が、赤く燃え上がった。