スーパー負けヒロイン大戦 〜選ばれなかった16人の未練を断ち、最高のハッピーエンドを掴み取るIF救済劇〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「歌は届いた。告白は届かなかった。結果だけなら、勝負は始まる前から決まってる」
柑菜の瓶が、ランカの音符を湖へ沈めた。
鐘が鳴る。ステージと夏の湖畔が重なり、観客席に無数の影、湖底に1人分の沈黙が現れる。
「歌が届いた人はいた。でも、1番届けたかった人には届かなかった」
ランカは『失恋生声』で答える。
「柑菜ちゃんの告白は、海人くんには届いた。選ばれなかっただけ」
柑菜の顔が歪む。
言葉は届いた。だから拒絶も届いた。ランカの歌は多くへ届きながら、恋の選択にはならなかった。
俺は2人の構図を見る。
「届くことと選ばれることは別だ。ランカは表現が広く届いた結果と、1人に選ばれなかった結果を分けた。柑菜は告白を届けた責任を現在も持ち続けている」
柑菜は『後悔継続中』を瓶へ満たす。
「ランカは、みんなに届いた歌へ逃げられる。私は海人に届いた言葉から逃げられない」
黒い液体が客席を染める。
「その差を、強さだと思う?」
ランカの観客影が揺れる。
屈服判定が集まる。
「思わない」
ランカはステージの照明を消す。
「逃げられたこともある。拍手で寂しさをごまかしたこともある」
零人目の聴衆として、自分だけが残る。
「でも、逃げたあと戻って歌い直した。逃げ道があったことを、今の私の弱さにはしない」
『帰還歌唱』。
拍手へ逃げても、人気へ逃げても、最後に1人の願いへ戻る歌。黒い液体が緑の波で押し返される。
屈服判定が砕けた。
「柑菜ちゃんは、逃げ道がない自分を誇りにしてない?」
ランカが問う。
湖底の沈黙が揺れる。
「言って、断られて、後悔を抱え続ける。苦しい場所から逃げない自分が、歌へ逃げた私より真剣だって」
柑菜の瓶へ屈服判定が集まる。
第13話で告白後の責任を、第22話で告白前の優しさも認めた。それでも、苦しみ続けることが責任の証明になりかけていた。
「思ってた」
柑菜は認める。
「忘れたら、海人に負わせたことまで軽くなる気がした」
黒い液体が増える。
「でも、苦しむことと責任を持つことは違う」
瓶の底に、小さな栓が現れる。
『後悔休止栓』。
捨てない。終わらせない。ただ、息をするため一時的に閉じる。屈服判定が消える。
「休んでも、また考える。笑っても、忘れたことにはしない」
湖面が穏やかになる。
ランカは声を出す。観客影が戻り、柑菜の湖畔へ歌が届く。
「私の後悔を、きれいな歌にしないで」
柑菜が波で遮る。
「しないよ」
ランカは歌を止めた。
「じゃあ、何のために歌うの」
「選ばれるためだけじゃない。柑菜ちゃんの痛みを私の歌にするためでもない。私が、ここで歌いたいから」
『自発聴取銀河』が広がる。
聞く影だけが残り、聞かない影は消える。柑菜は耳を塞がない。だが、受け取る義務もない。
2人の意志の一致という開示が、別の意味で働く。選ぶ側だけでなく、受ける側も自分の意志を失ってはならない。
柑菜は瓶を投げる。ランカの歌が瓶を包む。透明と緑が空中で混ざり、言葉と旋律が互いを消さずに残る。
「審判さん自身は、私たちをどう選ぶの」
柑菜が突然、俺へ問う。
試合中の問いだが、逃げられない。
「まだ分からない」
「分からないまま、誰かになれる?」
「なれるかもしれない。でも、それだけじゃ認証されない」
ランカも俺を見る。
「じゃあ、私たちを見て」
「見てる」
「試合の材料としてじゃなくて」
その言葉に胸が痛む。
俺は彼女たちを理解対象として観察してきた。だが選ぶ意志には、分析ではなく関係が必要なのかもしれない。
柑菜はランカへ向き直る。
「歌で審判まで巻き込んだ。ずるい」
「柑菜ちゃんが先に聞いたんだよ」
2人は同時に笑い、同時に武装を構えた。
ランカは『失恋生声』を真正面へ放つ。柑菜は『正解なき告白群』の瓶を並べる。歌が1つの瓶を割るたび、別の後悔が飛び出す。ランカの声が揺れ、観客影が消えていく。
柑菜は距離を詰めた。
「歌い続ければ、またみんなが支えてくれる!」
「支えてもらう! それを弱さにしない!」
観客影が自発的に戻る。ランカは1人で強くなることを選ばず、受け取った声を返す。
緑の波が瓶を一斉に開く。後悔は消えず、歌の中へも吸われない。ただ湖面へ浮かび、柑菜本人が見渡せる形になる。
『後悔可視化コーラス』。
柑菜は自分の瓶をすべて見せられ、足が止まる。休止した後悔、継続中の責任、言う前の優しさ。どれか1つへ逃げられない。
ランカは近づき、歌をやめる。
「全部ある。それでも、今どうしたい?」
柑菜は答えようとする。勝ちたい。海人に選ばれたい。審判自身にも見てほしい。言葉が多すぎて、1つの瓶を選べない。
その迷いをランカは待たない。肩を入れ、柑菜を湖面へ倒す。緑の音符が腕と足を包む。
柑菜は休止栓を外し、後悔の波で弾こうとする。だがランカは歌わず、ただ押さえ続けた。歌へ変換しないことで、柑菜の痛みを奪わない。
10秒。
鐘が鳴る。
「勝者、ランカ・リー」
順位が刻まれる。
5位、ランカ・リー。
6位、谷川柑菜。
柑菜は起き上がり、悔しそうに笑った。
「最後、歌わなかったね」
「柑菜ちゃんの答えを、私の歌にしたくなかったから」
「そういうとこで負けた気がする」
2人は手を取り合う。
俺はアルトと海人の輪郭だけでなく、ランカと柑菜本人の声を内側へ刻んだ。同期対象と俺の意志を一致させるには、彼女たちを誰かの恋愛相手としてだけでなく、今ここで関わった1人として選ばなければならない。
柑菜は順位表示を見上げたあと、瓶に栓をした。敗北を閉じ込めるためではなく、今だけ休止するための栓だ。ランカは歌わず、その音を聞いていた。
『5位になって嬉しい?』
『嬉しい。でも、柑菜ちゃんに勝って嬉しいって言うと、傷つけるかなって考えた』
『考えたあと、どうしたの』
『言う。勝てて嬉しい』
柑菜は顔をしかめ、それから笑った。『それでいい。私、悔しい』
2人は相手へ合わせて感情を薄めなかった。勝者の喜びと敗者の悔しさを同時に置く。それが、選択を一方的な救済劇へしない関係だった。
俺は自分へ問いかける。16人全員を選ぶことが決まっているなら、俺自身の選択に違いはあるのか。順番どおりに義務を果たすだけなら、定型句と何が違う。
答えはまだない。ただ、1人ごとに理解した内容は違い、向ける感情も同じにはならない。全員を選ぶという結果が同じでも、選ぶ理由まで同一であってはならない。
ランカには、歌わない瞬間まで見つける視線が必要だ。柑菜には、告白の勇気だけでなく、言葉を渡したあとの後悔へ付き合う覚悟が必要になる。誰か1人のために作った選択文を、別の1人へ流用することはできない。
オルドが俺の顔を見た。『精神の摩耗を感じますか』
『まだ大丈夫だ』
答えた声に、一瞬だけ別人の響きが混ざった。アルトでも海人でもない。これまで観察した複数の癖が重なった不明瞭な声だった。俺は喉を押さえる。
『大丈夫ではないね』羽川が静かに言う。
16人の視線が集まった。救済される側だけでなく、救済を実行する俺も試されている。自分を失ったまま完全同期しても、外側の意志は一致しない。
俺は自分の名前を声に出した。今度は、自分の声だった。
残る順位戦は2つ。
3位、4位。そして1位、2位。
次の札に、霞ヶ丘詩羽と中野二乃の名が燃え上がった。