スーパー負けヒロイン大戦 〜選ばれなかった16人の未練を断ち、最高のハッピーエンドを掴み取るIF救済劇〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「まず、その原稿を読まないで」
覆面作家としての筆名は、まだ誰にも明かしていない。詩羽は原稿の束を胸へ抱え、後輩と呼んでいた相手の名を、今だけ違う響きで呼んだ。
詩羽の要求は、倫也へ同期する前から始まった。
選択室の机に白紙の原稿が置かれている。端には封じられた数頁。中に何が書かれているか、俺の観察欲が反応した。
「読まなければ理解できない」
「すべて読めば理解した気になる。今日はその癖を捨てて」
俺は頁から手を離す。
同期を開始する。外見、声、姿勢。創作へ熱中すると周囲が見えにくくなる視線。詩羽の才能に惹かれながら、その感情を恋として即座に扱えない鈍さ。
「先輩」
呼びかけると、詩羽が首を振った。
「甘すぎる。私へ都合のよい倫也ね」
認証輪は赤い。
「彼はあなたほど私を理解していない。作品にも、私にも、何度も追いつけなかった」
「完全同期には理解が必要だ」
「理解したあなたが、理解し切れない彼になる。それができなければ倫也ではない」
矛盾した条件だった。
俺は同期を調整する。知っている詩羽の全情報を、倫也の認識範囲へ絞る。見えていても言語化できない部分を残す。すると魂の波形が安定した。
「先輩の全部は分からない」
詩羽の目が細くなる。
「分からないから、読ませてほしい」
「そのあと、正しく感想を言える?」
「言えないかもしれない」
認証輪が橙へ変わる。
詩羽は封じた頁の1枚だけを渡す。そこには、選ばれなかった女が相手の望む物語を書き続けながら、作者自身を読んでほしいと願う場面があった。
倫也の思考が先に作品構造を追う。伏線、語り手、不自然な視点変更。俺自身は、彼女が何を要求しているか知っている。
「面白い。でも、この主人公は作者の答えを読者に当てさせようとしすぎてる」
詩羽の表情が止まる。
「読者が見つけなければ、作者は傷ついたまま黙る。卑怯だ」
「私に言っているの?」
「作品にも、先輩にも」
認証輪が黄へ変わる。
詩羽は笑わない。
「では、作者本人は何を言うべきだった?」
「私を読め、じゃない。私を選んでほしい、と」
「選ばなかったら?」
「作品がつまらないことにはならない。先輩の価値がなくなるわけでもない。俺が、先輩を選ばなかっただけだ」
彼女の手が震える。
最も冷たい切り分けだった。作品の成功で恋を慰めず、恋の失敗で作品を否定しない。
「なら、今は?」
「今は選ぶ」
輪が緑にならない。
詩羽は白紙を示す。
「理由を書いて」
誘惑だった。理解した内容を美しい文章へまとめれば、彼女は満足するかもしれない。だが、それは作者の望む返答を俺が代筆することになる。
俺はペンを取らない。
「書かない」
「なぜ?」
「先輩が読める形に整えたら、俺の迷いが消える。俺は先輩の自信も、操作するところも、傷つく前に物語へ逃げるところも面倒だと思ってる」
詩羽の目が揺れる。
「それでも、作品の外で言葉を失う先輩を放っておきたくない。理解できない頁が残っても、次を読みたい。だから選ぶ」
同期人格選択、成立。
最高審判本人選択、確認中。
詩羽は俺へ近づく。
「審判自身は、私の読者になりたいだけではないの?」
「その危険はある」
「救いたい考察対象として、私を美しく読んでいるだけかもしれない」
「そうかもしれない」
認証輪が揺らぐ。
「でも、君が俺の解釈を外して、予想外の言葉を返すたび、安心する。理解できなかったことを失敗ではなく、また君へ聞く理由にしたい」
俺自身の声で続ける。
「読者としてではなく、返事を間違える人間として君の前にいたい。俺自身も君を選ぶ」
2つの意志が一致した。
詩羽の受容だけが残る。
彼女は白紙の原稿を破った。破片が雪のように落ちる。
「模範解答を書く場所を消したわ」
「いいのか」
「ええ。あなたの言葉が気に入らなくても、あとで校正できないように」
彼女は倫也の顔、俺の目を順に見る。
「完全には理解しない倫也と、理解した気になることを恐れるあなた。2人の不完全な選択を受け入れる」
3輪が重なる。
大結界認証。
履歴追記開始。
過去の原稿も、届かなかった選択も、そのまま線上に残る。先へ新しい一文が刻まれた。
かつて選ばれなかった。
その後、彼女のすべてを理解した安芸倫也と一致する存在から、真正に選ばれた。
同期を解く。
詩羽は床の白紙片を1枚拾い、俺へ渡した。
「今後、私をどう思うか書いて」
「さっき破っただろ」
「これは倫也への返答ではなく、あなたへの取材票よ」
「まだ分からない」
「良い回答ね」
彼女は初めて柔らかく笑った。
扉の外で英梨々が待っている。
「どんなこと言われたの?」
「あなたには教えないわ。自分の番で聞きなさい」
「性格悪い!」
2人のやり取りを背に、次の名札が光る。
認証記録の横へ、詩羽は自分で注記を加えようとして大結界に弾かれた。
「記録へ手を入れられないのね」
「当然だろ」
「作者としては不満よ。私の選択なのに、文面が紋切り型ですもの」
履歴へ刻まれた一文は、全員共通の構造を持つ。個別の会話も迷いも、その短い記録からは見えない。
「だから、自分で別に書くわ」
詩羽は新しい原稿を開く。
「大結界の記録は事実。私の文章は、その事実をどう経験したか。両方が必要でしょう」
「俺の台詞を美化するなよ」
「美化される価値があると思って?」
辛辣な返答に安心する。救済されたからといって、彼女の言葉は甘くならない。
「審判としてのあなたを、少し見直したわ」
「少し?」
「想い人としての再現度は合格。あなた自身への評価は連載中」
「完結予定は?」
「未定。作者の都合で打ち切る可能性もある」
それは未来の感情を保証しないという宣言だった。俺も頷く。
「俺の側も、続くかは分からない」
「そこは『読み続ける』と言う場面でしょう」
「模範解答は禁止された」
詩羽は一瞬黙り、満足そうに笑った。
「なら、その返答を採用するわ」
扉の外へ出ると、英梨々が詩羽の原稿を奪おうとする。詩羽は高く掲げて避けた。
「見せなさいよ!」
「まだ初稿よ」
「さっき返答を描かせなかったくせに、自分は編集するの?」
「これは彼の返答ではなく、私の感情の編集」
2人の言い争いは、救済前と変わらない。だが英梨々は最後に小さく聞いた。
「本当に、選ばれた?」
詩羽はからかわず、頷く。
「ええ。あなたの番も来る」
英梨々は視線を逸らした。競争相手が証人になる。その構造が、ここでも履歴を孤独にしなかった。
次の名札が光る。
ランカ・リー。
彼女は選択室へ入るなり、照明をすべて消した。
「歌う私にしないで。今日は、歌えない私を見て」
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