スーパー負けヒロイン大戦 〜選ばれなかった16人の未練を断ち、最高のハッピーエンドを掴み取るIF救済劇〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
暗闇の選択室で、同期したアルトの翼だけが光った。
喉の奥で、彼女はまだ「アイモ」の最初の三音だけを繰り返している。銀河の果てまで届けるはずだった歌が、今は隣の椅子にしか届かない。
「違う」
ランカは即座に言う。
「翼を見せないで。アルトくんらしい格好よさで、私の不安を消さないで」
俺は演出を消す。外見と声、存在情報だけを残し、選択室を無音へ戻した。
「歌わないなら、何をする」
アルトの声で問う。
「分からない」
ランカは膝を抱えて座る。
「歌がない私を、アルトくんが選ぶ理由も分からない」
認証輪は赤い。
彼女は試合で「歌姫ではない私を見てほしい」と言った。だが、その願いを実際に受け取る場面では、自分の価値の根拠を失っている。
俺はアルトの思考へ同期する。歌へ惹かれる耳。空を求める性質。誰か1人の感情へ即答できない迷い。ランカを応援しながら、その期待が恋の返事と同じではない不器用さ。
「俺は、お前の歌が好きだ」
ランカの肩が落ちる。
「だから駄目なんだよ」
「最後まで聞け。歌が好きだから、お前を選ぶわけじゃない」
認証輪が橙へ変わる。
「歌えなくなったら、寂しい。もう1度聞きたいと思う。だが、それをお前へ歌う義務にはしない」
ランカが顔を上げる。
「歌わない私は、何が残る?」
「腹が減れば食べる。怖ければ逃げる。嫉妬すれば怒る。俺を見てほしいと望む」
「普通だね」
「普通のお前を知らなかった部分が、俺にはある」
アルトの鈍さを残したまま言う。
「だから知りたい」
輪が黄へ変わる。
ランカは小さく鼻歌を出しかけ、止めた。
「今、歌えば選びやすい?」
「選びやすい」
「正直」
「でも歌わなくていい」
「じゃあ、沈黙の間、何を見てる?」
難しい問いだった。歌や笑顔という表現を失った相手を、何によって理解するか。
俺は彼女の呼吸を見る。歌うためではない不規則な息。指先が衣装の端を握る。期待される姿を出せない恐怖。
「歌わないことを選んで、怖がってるお前」
輪が緑へ近づく。
「期待を裏切るかもしれないのに、俺を試してる。その勇気を見る」
ランカの目に涙が浮かぶ。
「アルトくんは、そんなに分かってくれない」
「分かってない部分もある」
同期を調整する。
「でも、お前が歌わないでここにいたら、放ってはおかない。理由を聞く。答えなくても、少し待つ」
「ずっと?」
「ずっととは約束しない。俺にも飛びたい空がある」
その答えに、ランカは笑った。
「それらしい」
「お前を選ぶ。歌を俺のものにするためじゃない。歌わない日も、お前が自分の空を探すところを見たい」
同期人格選択、成立。
最高審判本人選択、確認中。
俺自身へ意志が戻る。
「審判は、私の歌を知ってるから好きなの?」
「好きだ。だが、それだけならファンで終わる」
「じゃあ、何を選ぶの」
「今、歌わないことで俺の期待を裏切った君」
自分の声が重なる。
「俺の観察どおりに振る舞わず、価値がなくなる恐怖を見せた君と、明日どうするか話したい。俺自身も君を選ぶ」
2つの意志が一致する。
ランカは目を閉じる。
「歌わない私を選ばれたら、もう歌わなくていいって思ってしまうかもしれない」
「休んでいい。やめるかは君が決める」
「歌い続けたら、結局歌姫を選んだことになる?」
「ならない。選ばれた証明のために、歌うのもやめるのも違う」
ランカは長く息を吐く。
そして歌わずに言った。
「アルトくんの選択と、審判の選択を受け入れる。歌うかどうかは、明日の私が決める」
3輪が重なる。
大結界認証。
履歴追記開始。
拍手も音楽もない。緑の光だけが履歴線を走り、選ばれなかった過去の先へ一文を加える。
かつて選ばれなかった。
その後、彼女のすべてを理解した早乙女アルトと一致する存在から、真正に選ばれた。
同期が解ける。
ランカはしばらく黙ったまま俺を見る。
「何か言って」
「歌わない時間、思ったより長く感じる」
「退屈?」
「緊張する」
彼女は笑う。
「じゃあ、少しだけ歌う。選ばれるためじゃなくて、今歌いたいから」
短い旋律が部屋へ満ちる。俺は感想を急がず、最後まで聞いた。
扉の外で柑菜が待っている。
「歌ったんだ」
「うん。歌わなくても選ばれてから、歌った」
柑菜は羨ましさを隠さず、それでも頷いた。
ランカは選択室を出たあとも、短い旋律を口ずさんでいた。観客席の誰かへ聞かせる歌ではないため、途中で音を外しても止めない。
「今の歌、名前は?」と柑菜が訊く。
「まだないよ」
「アルトへの歌?」
ランカは考える。
「アルトくんに聞いてほしい。でも、審判にも聞いてほしい。あと、自分にも」
3つの宛先を隠さず言った。以前なら、大勢への歌と1人への告白を重ねて傷を薄めたかもしれない。今は異なる宛先として並べている。
「欲張り」
「うん。柑菜ちゃんもでしょ?」
柑菜は否定しない。
俺は2人から少し離れ、アルトの残響を確認する。空を見上げる癖、声へ反応する耳、それらが自分の感覚へ薄く残っていた。同期は解除されても、理解した人物像は消えない。積み重なれば、俺自身の反応がどこまで元のものか分からなくなる。
レムが気づいて近づく。
「今、誰の目でランカさんを見ていますか」
「分からない」
「では、答えを急がないでください」
以前なら自分が役に立とうとした彼女が、俺へ休止を勧める。三玖も横から言う。
「名前を言って」
俺は自分の名前を口にする。次に、今見えているものを自分の言葉で並べた。歌い終えたランカ。羨ましさを隠さない柑菜。見守る15人。
輪郭が戻る。
ランカは歌を止めていた。
「ごめん。負担になった?」
「歌のせいじゃない。俺が同期を切り替え続けたせいだ」
「じゃあ、次は歌わないほうがいい?」
「君が決めてくれ」
ランカは少し考え、今度は小さく歌う。俺を治すためではなく、自分が歌いたいから。その違いが分かったことに、俺は安堵した。
柑菜が選択室の扉へ手を置く。
「海人の残響と私の言葉、混ぜないでね」
「努力する」
「努力じゃなくて、違ったら私が止める」
彼女は自分が審査する側だと確認し、扉を開いた。
次は彼女の番だ。
「海人になったら、私の告白を褒めないで。あれは勇気だけじゃなかったから」
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