スーパー負けヒロイン大戦 完全順位決定 〜命を継げない異世界で、俺があの人になりきって救う〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「あなたの恋は、失ってから付けた題名でしょう?」
詩羽の言葉が、開始の鐘より先に五月を打った。
五月は眉を寄せる。
「感情へ名前を付けるのが遅かったことは認めます。ですが、遅いことと、存在しなかったことは同じではありません」
領域が展開する。
闘技場の半分は薄暗い書斎へ変わり、机の上に赤い原稿用紙が積み上がった。もう半分には食卓と5脚の椅子が現れ、そのうち1つだけが空いている。
詩羽の指先に黒い万年筆が生まれる。宙へ1行を書くたび、文章が現実の出来事として石床へ刻まれた。
五月の手には、教科書ほど厚い採点帳が現れる。白紙の答案に赤鉛筆を走らせ、自分と相手の言動へ正誤を付けていく。
「詩羽の武装は『恋愛脚本・結末先行』。関係の行方を誰より早く読み、望む結末へ物語を誘導する」
俺が続ける。
「五月の武装は『未回答採点簿』。分からない感情を保留し、正しい答えへ辿り着こうとする。ただし、提出期限を過ぎるまで答えを書けない危険がある」
「ずいぶん親切な解説ですね」
五月は不満げに採点帳を閉じた。
「私の弱点まで先に教えないでください」
「弱点を知らないまま勝てる試合じゃない」
詩羽の万年筆が走る。
空中に文章が浮かんだ。
彼女は自分の感情を理解できず、一歩を踏み出す機会を失った。
書かれた文が鎖となり、五月の足へ絡む。
「あなたは最後まで、姉妹を見守る立場に逃げた。先生のように正しさを語り、家族をまとめる役へ収まって、自分も1人の当事者だと認めなかった」
鎖が強くなる。
「他の4人が傷つくのを見て、ようやく自分の胸にあったものへ気づいた。そんな後知恵を、愛と呼ぶの?」
五月は採点帳を盾にする。だが、ページには「未回答」の赤字が増えていく。
一花、二乃、三玖、四葉。
姉妹の感情は見えていた。自分の感情だけが、採点欄の外にあった。
「答えなさい。彼を好きだったのはいつから?」
「それは」
五月の声が詰まる。
「初めて会ったとき? 勉強を教わったとき? 家族の問題へ踏み込まれたとき? それとも、選択が終わったあと?」
問いのたび、原稿用紙が五月の身体へ貼り付く。
答えられない。
恋の開始地点を示せないことが、感情そのものの不在へ書き換えられようとしていた。
控え室で三玖が画面を見つめる。二乃は腕を組んだまま、助け舟を出さない。姉妹だから分かる。五月が他人の答えで立ち上がっても意味がない。
詩羽は万年筆を五月の喉元へ突きつける。
「締切よ」
屈服判定の文字が空へ現れた。
五月は目を閉じる。
やがて、採点帳を床へ置いた。
「分かりません」
赤い光が強まる。
「私は、自分がいつから彼を特別に思っていたのか、正確には分かりません」
詩羽の口元に勝利の笑みが浮かぶ。
「なら」
「ですが、分からないものを、なかったことにする採点は間違いです」
五月は赤鉛筆を折った。
採点帳のページから正解と不正解の印が消える。代わりに、食卓の空いた椅子へ、知らないうちに積み重なった記憶が置かれていく。
反発した言葉。認めたくなかった信頼。姉妹と同じ方向を見ないようにした視線。選択が終わったあとに胸へ残った、説明できない空席。
『5つ目の空席』。
椅子が五月の背後へ移動し、彼女を支えた。
「恋は、始まった日時を証明できなければ無効になる契約ではありません」
鎖がほどける。
「私は遅かった。だから、遅かった自分の責任として最後まで向き合います。あなたの脚本で、最初から登場していなかったことにはさせません」
五月が空席を押し出す。椅子は盾ではなく、重い突進具となって原稿用紙を破り、詩羽を後方へ押した。
詩羽は万年筆で新しい一文を書く。
彼女は姉妹の影を借りなければ、自分の恋を語れない。
空席が止まる。
「あなたが彼を語るとき、必ず姉妹が出てくる。自分1人の願いは何?」
五月の顔が強張った。
また核心だ。
家族を守る。姉妹を支える。母との約束を果たす。五月の選択はいつも誰かとの関係で形作られていた。自分だけの欲を口にすると、家族の均衡を壊す気がしていた。
「風太郎に、何をしてほしかったの?」
詩羽の声が低くなる。
五月の武装が揺らいだ。
俺は彼女の指を見る。食卓の椅子へ触れながら、座ろうとしない。自分の席なのに、自分がそこへ座ることをためらっている。
「五月は答えを持っていないんじゃない」
俺の言葉に、彼女がこちらを見る。
「答えを自分のために使うことを、許していない」
詩羽が笑う。
「審判に助けられるの?」
「違います」
五月は俺から視線を外した。
「今のは採点ではなく、設問の読み直しです」
彼女は空席を引き寄せ、初めて腰を下ろした。
「私は、彼に認めてほしかった」
小さな声だった。
「姉妹の1人としてではなく、母の代わりでもなく、真面目で融通の利かない私を、そのまま見てほしかった」
椅子が黄金色に輝く。
「そして、隣に座ってほしかった」
『同席要求』。
食卓が伸び、詩羽の書斎へ食い込む。原稿の山が左右へ押し分けられ、万年筆を持つ手が揺れた。
今度は五月が問う。
「あなたは、倫也さんに何をしてほしかったのですか」
「愚問ね。私を選び、私の作品を」
「作品ではなく、あなた自身をです」
詩羽の文章が続かない。
五月は立ち上がる。
「あなたは自分の気持ちを物語にして、彼が理解できる形へ整えた。先回りして結末まで用意した。ですが、それは彼があなたを選ばなかったとき、『作品が届かなかった』と言える逃げ道ではありませんか」
黒い万年筆に亀裂が走る。
「あなた自身が拒まれたのではなく、脚本の採用に失敗しただけだと」
詩羽の目から余裕が消えた。
原稿用紙が巨大な翼のように広がり、鋭い紙刃となって五月へ降る。
『不採用稿・終幕』。
五月は食卓を盾にする。紙刃が皿を割り、椅子を削り、思い出を切り裂く。それでも空席だけは壊れない。
「物語にしたから耐えられたのよ!」
詩羽が叫ぶ。
「言葉にしなければ、自分の気持ちが何だったかさえ残らない。書いて、読ませて、理解させる以外に、私が彼の心へ入る方法があった?」
万年筆が最後の文章を書く。
彼女は物語によって選ばれる。
文字が巨大な槍となった。
五月は空席を前へ押す。
正面衝突。
槍が椅子を貫き、五月の胸元へ迫る。だが、椅子は倒れない。座る者がいなくても存在する席。名前を付けるのが遅れても、確かにそこにあった感情。
五月は槍を両手でつかんだ。
「あなたは、物語がなくても選ばれたいとは言えないのですか」
詩羽の手が止まる。
一瞬の迷いを、五月は逃さなかった。
椅子を横へ振り、槍と万年筆を同時に弾く。詩羽の身体が石床へ倒れ、その喉元へ折れた赤鉛筆を突きつけた。
しかし、決着の鐘は鳴らない。
詩羽は倒れたまま笑った。
「甘いわね。あなたは私の逃げ道を見つけた。でも、自分の願いを言葉にしただけで、私より深く愛した証明にはならない」
足元の破れた原稿が、詩羽の身体を起こす。
彼女は折れた万年筆を素手で握り、残ったインクを自分の掌へ流した。
「作品が逃げ道だったとしても、私はその逃げ道ごと彼に差し出した。拒まれれば、書いたものも、書いた私も同時に否定される場所まで進んだのよ」
血のようなインクで、詩羽は石床へ1行を書く。
それでも私は、読ませた。
文章が現実を上書きする。五月の空席へ「未提出」の文字が刻まれ、椅子が砕けた。
五月は膝をつく。
詩羽の万年筆が肩へ触れる。
「遅れた恋を否定はしない。でも、気づいたあとも提出しなかった答案で、締切前にすべてを差し出した私には勝てない」
五月は反論しようとした。
だが、言葉が出ない。
彼女は自分の席を認めた。自分の願いも言った。しかし、それを想い人へ届ける場面まで進めなかった。その差だけは、採点し直せない。
精神的屈服の光が降る。
鐘が鳴った。
「勝者、霞ヶ丘詩羽」
領域が消える。
五月は回復した手で胸元を押さえ、詩羽を見る。
「私の感情は、遅かったから負けたのですか」
「いいえ」
詩羽は万年筆の消えた指を見つめる。
「遅かったことを理由に、まだ届けなくていいと思っていたからよ」
五月は悔しさを飲み込み、頭を下げた。
控え室へ戻る詩羽を、英梨々が睨む。
「作品を逃げ道にしたって認めたわね」
「ええ。あなたも同じでしょう?」
英梨々の顔が引きつる。
次の対戦札は、その言葉を待っていたように赤く灯った。
ランカ・リー。
澤村・スペンサー・英梨々。