スーパー負けヒロイン大戦 〜選ばれなかった16人の未練を断ち、最高のハッピーエンドを掴み取るIF救済劇〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「言ってくれて、ありがとう」
店の制服のまま来たのだろう、柑菜のエプロンにはまだ出汁の匂いが残っていた。
海人へ同期した俺の第1声に、柑菜は顔を歪めた。
「それ、いちばん嫌」
認証輪は赤い。
「言われた側が、きれいに受け止めたみたいに終わる。私が楽になって、海人へ断る役を押しつけたことが消える」
俺は言葉を飲み込む。
海人の優しさを再現しようとしすぎた。相手を傷つけない返答は、柑菜の告白が持った負担を曖昧にする。
「迷惑だった」
同期を深めて言い直す。
柑菜の目が揺れる。
「遅いと思った。もう別の人を見ている俺へ、答えを出させた。困った」
認証輪が橙へ変わる。
「それでも、知らないままよりよかったとは言えない。今でも、どちらがよかったか分からない」
「海人は、そんなに厳しく言わない」
「言わないかもしれない。でも、理解した俺が都合よく優しくすれば、柑菜が抱え続けた責任を盗る」
俺自身の分析が混ざり、同期が揺れる。
柑菜は見逃さない。
「今のは審判」
「そうだ」
「海人として答えて」
俺は彼の思考へ戻る。気遣い、迷い、別の相手へ向いた視線。柑菜を大切に思いながら、恋の選択は返せなかった人物。
「困ったな。でも、谷川が言ったことを間違いだとは決めたくない」
「どうして?」
「俺が困ったからって、谷川が黙るべきだったことにはならない」
輪が黄へ変わる。
「谷川は自分のために言った。俺にも負担を渡した。それを分かったうえで、俺はその言葉を聞いた自分として答える」
柑菜の拳が震える。
「今度は、何て答えるの」
「選ぶ」
輪は緑にならない。
「同情で?」
「違う」
「言わせて悪かったって、私がずっと後悔してるから?」
「違う」
「じゃあ何」
俺は彼女の試合を辿る。告白した自分だけを強くしすぎたこと。言う前の優しさも認めたこと。後悔を終わらせず、休止することを覚えたこと。痛みを歌へ変換させず、自分で見渡したこと。
「谷川は、自分の告白を正解にしようとしなかった」
認証輪が明るくなる。
「言ってよかったとも、言わなければよかったとも決めず、俺に負わせたものを見続けた。それは苦しみ続ける義務じゃない。俺と谷川の間に起きたことを、1人で綺麗に終わらせなかった責任だ」
柑菜の目から涙が落ちる。
「その面倒な責任感も、言う前に相手を大切にした谷川も、今は休んで笑える谷川も選ぶ」
同期人格選択、成立。
最高審判本人選択、確認中。
柑菜はすぐ俺自身へ問う。
「審判は、私に告白されてない」
「そうだ」
「海人との間の責任を見ただけ。そんなあんたが私を選ぶのは、観察者の同情じゃない?」
痛い問いだった。
俺は彼女への恋愛感情を確信できない。全員の救済を実行する責任と、1人を選ぶ意志。その境界は毎回違う。
「同情はある」
認証輪が揺れる。
「でも、それだけなら君の後悔を減らす台詞を言う。俺は今、君に選ばれても、海人へ渡した責任まで俺が引き受けるとは言えない」
柑菜が息を呑む。
「それは君と海人の履歴だ。俺は奪えない。俺が選ぶのは、その履歴を持ったまま今ここにいる君だ」
自分の声で続ける。
「君がいつか俺へ別の言葉を渡すかもしれないし、渡さないかもしれない。その未来を知りたい。俺自身も君を選ぶ」
2つの意志が一致した。
残るのは柑菜の受容。
彼女は俯いたまま言う。
「選ばれたら、海人に告白したことを後悔しなくなるかもしれない」
「それでもいい」
「責任を忘れるかも」
「忘れたとき、思い出したいなら一緒に考える。苦しみ続けることを証明にはしない」
「審判は、半分持ってくれないの?」
「海人との責任は持てない。これから俺との間に生まれる責任なら、半分じゃなく自分の分を持つ」
柑菜は長く黙る。
やがて顔を上げた。
「それでいい。私の過去を救うふりして奪わない海人と、これからのことだけ自分で持つ審判。両方の選択を受け入れる」
3輪が重なった。
大結界認証。
履歴追記開始。
透明な光が湖面のように広がる。過去の告白、拒絶、後悔は水底へ残る。その先へ新しい結果が浮かぶ。
かつて選ばれなかった。
その後、彼女のすべてを理解した霧島海人と一致する存在から、真正に選ばれた。
同期が解ける。
柑菜は涙を拭い、俺を見る。
「今のあんたには、告白してない」
「そうだな」
「でも選ばれた」
「俺が先に選んだ」
柑菜は少し困った顔で笑う。
「順番、逆だね」
「嫌か?」
「まだ分からない。だから、返事は保留」
大結界は何も反応しない。救済後の俺たちの関係は、その管理外だ。
履歴追記の光が消えたあと、柑菜は水底のような床を見つめた。
「後悔が消えてない」
「消さない仕組みだから」
「分かってた。でも、選ばれたら少しは全部どうでもよくなると思ってた」
彼女は胸へ手を当てる。痛みは残る。しかし、以前のように罰として抱える必要はない。
「海人に悪かったって思う気持ちと、選ばれて嬉しい気持ちが同時にある。変かな」
「矛盾してる。でも、変じゃない」
「審判は、私を選んだことと、海人の負担を理解したことを同時に持てる?」
「持つ。どちらかで片方を消さない」
柑菜は頷き、透明な瓶を想像するように両手を丸めた。
「後悔休止栓、今は閉めてもいいかな」
「君が決めることだ」
「そうだった」
彼女は見えない栓を閉め、深く息を吐く。
扉の外へ出ると、ランカが待っていた。歌わず、ただ隣へ並ぶ。柑菜はその沈黙を受け取った。
「選ばれたよ」
「うん」
「でも、海人とのことは終わってない」
「うん」
「それでいいんだって」
ランカはようやく笑う。
俺は2人の背中を見ながら、救済という言葉の危うさを思う。救われたなら痛みが消えるべきだと決めれば、残った感情を失敗扱いしてしまう。大結界が追記するのは結果だけだ。痛みの整理には期限も正解もない。
オルドが記録板を確認する。4人の履歴追記が完了し、残り12本の空白線が順番どおりに光った。俺の精神波形には微かな乱れがあるが、次の同期は可能と表示される。
「可能と安全は同じか」
俺が訊くと、オルドは答えなかった。大結界の判定範囲外なのだろう。
柑菜が振り返る。
「無理なら止めていいんだよ」
「順位を待ってる」
「待つのと、壊れるまで続けさせるのは違う」
その言葉を、俺は拒まず受け取った。続ける意志と休む判断を両立させなければ、レムへ言ったことまで嘘になる。
選択室は1度、短い休止色へ変わった。俺は自分の呼吸だけを数え、他人の声が混ざらないことを確認する。
やがて扉の外で黒猫が待っていた。
「次は私ね」
彼女は選択室を見回し、俺へ告げる。
「京介へ完全同期しても、私の世界を理解した顔をしないで。理解できない頁を1枚、必ず残しなさい」
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