スーパー負けヒロイン大戦 〜選ばれなかった16人の未練を断ち、最高のハッピーエンドを掴み取るIF救済劇〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
選択室には、結衣の椅子しかなかった。
「ヒッキー」と呼んでいた声が、今日はまだ出てこない。呼び方一つ変えるだけのことに、彼女はいつまでも慎重だった。
八幡へ同期した俺は、立ったまま彼女を見る。
「座らせないのか」
「前のあたしなら、もう椅子を2つ用意してた」
「気が利かなくなったな」
「うん。自分勝手になったから」
認証輪は橙へ変わる。八幡らしい皮肉を受けても、結衣は笑って場を整えようとしない。
「それで、何をしてほしい」
「先に言わない」
「察しろって?」
「違う。八幡がどうするか見たい。あたしが欲しい答えへ誘導したくない」
俺は同期を深める。関係の偽物を嫌いながら、関係そのものへ渇いている八幡の思考。善意を疑い、自己犠牲へ逃げる癖。結衣が守りたかった3人の時間を、彼なりに壊しながら本物へ近づこうとした人物。
「由比ヶ浜」
「なに」
「お前は、みんなのためって言いながら、自分があそこにいたかっただけだ」
認証輪が黄へ変わる。
「知ってる」
「俺が誰を選ぶか分かっていて、友達の顔で残ろうとした」
「知ってる」
「優しいふりは、結構ずるかった」
結衣は笑わない。
「それも、知ってる」
「なら、今は何を望む」
彼女は椅子の背を握る。
「八幡に選んでほしい」
「雪乃との関係が変わっても?」
「変わる。変えたくなかったけど、選択したら変わる」
「3人でいられなくなるかもしれない」
「怖い。でも、怖いから曖昧に戻るのはやめる」
認証輪が緑へ近づく。
「俺は、お前の明るさに助けられた。だが、それを理由に選べば、お前をまた調停役へ戻す」
結衣の目が潤む。
「選ぶのは、空気を壊してでも自分の席へ座ったお前だ。優しくない自分を見せて、俺の答えを要求したお前」
「要求していいの?」
「今さら聞くな。もうしてる」
八幡の人格構造が選択へ至る。
「面倒だし、きれいじゃない。だから、今度はそれを偽物にしない。お前を選ぶ」
同期人格選択、成立。
最高審判本人選択、確認中。
結衣は椅子に座ったまま、俺自身を見上げる。
「審判は、あたしが話しやすいから選ぶ?」
「それだけなら楽だと思う」
「楽じゃない?」
「君は相手が望む空気を作れる。俺が疲れているとき、その優しさへ甘えれば、君をまた糸にできる」
認証輪が揺れる。
「俺自身が選ぶなら、君へ場を整える役を押しつけない責任がある。君が明るくできない日、俺の機嫌を取らない日も、同じ人として関わりたい」
「自分勝手なあたし、嫌いになるかも」
「なるかもしれない」
結衣が息を呑む。
「でも、嫌いになる可能性を消して選ぶのは、好きな部分だけを役にするのと同じだ。今は、変わる君と関係を作りたい。俺自身も君を選ぶ」
2つの意志が一致する。
結衣は椅子から立ち上がった。
「あたし、八幡に選ばれたい。審判にも選ばれたい。でも、2人が同じ答えになるように笑ったりしない」
彼女は不安そうな顔を隠さない。
「この顔のまま、両方の選択を受け入れる」
3輪が重なった。
大結界認証。
履歴追記開始。
群青の光は誰とも結ばれず、結衣の席から履歴線へまっすぐ伸びる。過去の曖昧な時間も、選ばれなかった痛みも残し、その先へ新しい一文を加えた。
かつて選ばれなかった。
その後、彼女のすべてを理解した比企谷八幡と一致する存在から、真正に選ばれた。
同期を解く。
結衣は椅子を見て、俺を見る。
「座る?」
「1脚しかない」
「半分貸す?」
言いかけて、彼女は首を振る。
「やっぱり自分で持ってきて」
俺は選択室の隅から簡素な椅子を運び、隣へ置いた。彼女が用意した関係ではなく、俺が自分で座るための席。
椅子を運ぶ俺を見て、結衣は少し泣きそうな顔をした。
「そういうの、八幡には頼みにくかった」
「なぜ」
「面倒って言われそうで。あたしが先に用意したほうが、みんな楽だから」
「今の俺も面倒だと思ってる」
「でも持ってきた」
「面倒と思うことと、やらないことは同じじゃない」
結衣はその言葉を何度か心の中で確かめるように頷いた。相手の負担を先回りして消すのではなく、負担だと伝えられたうえで相手が引き受けるのを待つ。彼女にとって新しい関係の作り方だった。
2人で並ぶと、結衣は肩の力を抜いた。
選択室の壁へ、3人で過ごした記憶の断片が一瞬映る。大結界が過去を消していない証拠だった。結衣は雪乃の影へ目を向ける。
「この結果を持っても、あの時間を嫌いにならなくていいんだよね」
「嫌いになる必要はない」
「八幡に選ばれたかったのに、3人でいたかった。それも矛盾?」
「矛盾だ。だが、一方を嘘にする必要はない」
結衣は頷く。
「じゃあ、選ばれたあたしが、あの頃のあたしを馬鹿にしないようにする」
選択後の自分が過去を裁く危険を、彼女は自分で見つけていた。
「八幡と選ばれた感じと、審判と座ってる感じ、全然違う」
「どちらがいい」
「今は決めない。比べたら、またどっちかに合わせそうだから」
扉の外で小咲が待っている。
「自分の席、見つかった?」
結衣は頷く。
「うん。でも隣の席は、自分で持ってきてもらった」
結衣と並んで座る間、選択室の壁へ履歴線が静かに残っていた。過去の3人の時間、その後の選択。どちらも同じ線上にあり、一方が他方を否定していない。
「雪乃に、どう言えばいいのかな」
結衣が突然訊く。
「この世界にいない相手へ?」
「戻れたら。八幡と一致する存在に選ばれたって」
答えの難しい問いだった。元の八幡が選び直したわけではない。雪乃の記憶も関係も変わらない。
「事実のまま言うしかない。信じてもらえるとは限らない」
「自慢みたいになるかな」
「なるかもしれない」
「傷つけるかも」
「だから黙る?」
結衣は椅子の縁を握る。以前なら、関係を守るため自分の結果を隠したかもしれない。
「今は決めない。でも、雪乃のためって言って勝手に黙るのはやめる。話すなら、怖いって言ってから話す」
彼女は自分で答えを作った。
扉の外へ出ると、羽川が2脚の椅子を見ていた。
「隣の席、自分で持ってきてもらえたんだね」
「うん。でも、ずっと隣にいる約束はしてない」
「不安じゃない?」
「不安。でも、縛る糸を結んだら、またあたしが関係を作る側になるから」
羽川は少し考え、微笑む。
「隣にいる側も、毎回選び直さなきゃいけないんだ」
「そうみたい」
俺は椅子を自分で元の位置へ戻す。それを見て結衣が訊く。
「片づけるのも自分でやるんだ」
「君に任せると、次も用意するだろ」
「するかも」
「だから今日は俺がやる」
小さな行動だが、結衣は嬉しそうに見る。彼女の優しさを止めるのではなく、役割を1つ引き受ける。
オルドが精神波形を確認する。八幡の残響は皮肉な言葉となって思考へ浮かぶが、まだ俺自身の声と区別できた。
「7件目の追記、完了」
「件数で言うと事務的だね」と結衣が言う。
「事実の記録は事務的でよいのです」とオルドが答える。
「気持ちは?」
「管理対象外です」
結衣は頷いた。
「それでいい。気持ちまで管理されたら、またあたしが期待される顔を作っちゃう」
彼女は自分の椅子を抱え、去っていく。誰とも結んでいないのに、孤独には見えなかった。
次は小野寺小咲。
彼女は一通の未送信の手紙を差し出した。
「読まないでください。これは、楽くんに言えなかった私のまま残したいんです」
お気に入り登録や評価で応援していただけると大変励みになります!