スーパー負けヒロイン大戦 〜選ばれなかった16人の未練を断ち、最高のハッピーエンドを掴み取るIF救済劇〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「この手紙へ返事をしたら、拒否します」
小指に、幼い頃の指切りの感触がまだ残っているのだと、小咲は言った。「楽くん」と呼び続けた年月の分だけ、その指は固くなっていた。
小咲は封をしたまま机へ置いた。
楽へ同期した俺は、封筒へ視線を落とす。
「中身を知らずに選べって?」
「今の私が言うことだけ聞いてください。過去の私が言えなかった言葉を、都合よく回収しないで」
認証輪は赤い。
これまでの救済では、過去の沈黙も理解して選択理由へ含めた。小咲は、それを本人の代わりに言語化することさえ拒んでいる。
「約束も使わないで」
「何も知らないみたいにしろと?」
「知っていても、選ぶ理由にしないでください」
俺は同期を深める。幼い約束が特別さを与えた可能性。鈍感さとすれ違い。小咲の優しさへ安心し、恋の選択を見落とした楽の思考。
「小野寺」
「はい」
「俺は、小野寺が言えなかったことに気づかなかった」
認証輪が橙へ変わる。
「約束を先に知っていたら、違う選択をしたかもしれない。だが、その仮定を今の答えにはしない」
小咲の指が封筒を押さえる。
「今の私は、何に見えますか」
「まだ怖がってる」
「何を?」
「選ばれたら、待っていた過去が正しかったことになるのを」
輪が黄へ変わる。
小咲は認めるように目を伏せる。
「私は、言えなかった日々を大切にしたい。でも、美化したくない」
「なら、返事は書かない」
俺は封筒を裏返す。宛名にも触れない。
「言えなかった小野寺は、言えなかったまま残る。俺が今選ぶのは、過去の手紙に追伸を足し、自分で今日を指定した小野寺だ」
「昔の私は、選ばれないまま?」
「履歴はそうだ」
楽の人格構造には痛みが走る。自分が見つけなかった相手の気持ちを、あとから補償したくなる衝動。しかし、それを選択理由にすれば同情になる。
「悪かったとは思う。だが、罪滅ぼしで選ばない」
小咲の目に涙が浮かぶ。
「今ここで、俺へ言葉を渡した小野寺を見て、俺自身の答えとして選ぶ」
同期人格選択、成立。
最高審判本人選択、確認中。
小咲は封筒を胸へ戻す。
「審判は、言えなかった私をどう思いますか」
「もどかしい」
「臆病?」
「臆病だった。でも、相手や友達を大切にした気持ちまで全部逃げとは思わない」
「どちらですか」
「両方だ。君は1つの理由で黙ったんじゃない」
認証輪が揺れる。
「俺は、君の過去を分かりやすい教訓へまとめたくない。言えなかった君と、今日言える君の間に矛盾を残したまま、これからの言葉を聞きたい」
「これからも、遅いかもしれません」
「待てる日も、待てない日もある。そのときは俺から聞く。君へ察することだけを要求しない」
俺自身の意志が固まる。
「未送信の君を救うためじゃない。今の君と話を続けたいから選ぶ」
2つの意志が一致した。
小咲は目を閉じ、ゆっくり呼吸する。
「楽くんが、あの手紙を読まずに私を選ぶこと。審判が、私の過去を答えに変えず選ぶこと。その両方を受け入れます」
3輪が重なった。
大結界認証。
履歴追記開始。
封筒は開かれない。桜色の光が、その未送信の事実を保ったまま履歴線の先へ進む。
かつて選ばれなかった。
その後、彼女のすべてを理解した一条楽と一致する存在から、真正に選ばれた。
同期を解く。
認証された瞬間、封筒の封蝋だけが淡く光った。開封を促す光ではない。未送信のまま履歴へ存在していることを示す印だった。
「大結界も、中身は読んでいないんでしょうか」
「存在情報として把握していても、選択文には使わなかったはずだ」
「秘密を知っていることと、口にしないことは違いますね」
小咲は封筒を見つめる。
「もう送らなくていいと思っていました」
「変わった?」
「いいえ。これは送らない。でも、別の手紙は書ける気がします」
「誰へ?」
彼女は少し困ったように笑う。
「まだ決めません。楽くんかもしれないし、審判かもしれないし、自分へかもしれません」
扉の外で撫子が待っていた。
「手紙、読ませなかったの?」
「うん。読まれなかった私も残したかったから」
撫子は自分の未完自画像へ触れる仕草をする。
「撫子も、全部見せなくていい?」
「見せない自分を、いないことにしなければ」
小咲は未送信の手紙を抱えて、すぐには選択室を出なかった。
「追記された一文には、あの手紙のことは書かれていません」
「大結界の記録は選択の成立だけだ」
「だったら、私が言えなかったことは、また誰にも知られないままです」
寂しさは残っている。救済が全情報を公開するわけではない。
「知られないことと、なかったことは違う」
「そう思える日と、思えない日がありそうです」
「そのときは?」
「今の私が新しい言葉を言う。過去の私の代わりじゃなくて」
小咲は封筒へ指を滑らせた。
「この手紙を開ける日が来るかもしれません。でも、今日選ばれたから開ける必要がなくなった、とは思いたくないです」
「選ばれるための証拠ではなくなったから、自由に決められる」
「はい」
扉の外へ出ると、万里花が待っていた。楽を想い人にした2人の間へ緊張が走る。
「楽様は、どのようにあなたを選びましたの?」
小咲は封筒を抱え直す。
「約束を理由にしませんでした」
万里花の眉が微かに動く。
「わたくしのときも、約束を理由にすれば拒否しますわ」
「同じですね」
「同じではありません。あなたは約束を見つけられなかった側。わたくしは約束を武器にした側ですもの」
それでも2人は、過去の保証を選択理由にしないという一点で重なる。
「小咲さん。羨ましいですわ」
万里花は隠さず言う。
「私も、万里花さんの行動力が羨ましかったです」
「今さら交換はできませんわね」
「しなくていいと思います」
2人は互いの履歴を見た。それぞれの失敗が残り、それぞれ別の一条楽像から選択を受ける予定だ。
俺の中では楽の残響がまだ温かい。約束を知らないまま関係を作った相手と、約束を知りながら追われ続けた相手。同じ人物でも次の同期は、反応の重心が変わる。
オルドが休止を提案する。俺は1度頷いた。連続同期のあと、自分の記憶と受け取った関係像を整理する時間が必要だった。
休止の間、小咲は封筒を膝へ置き、俺へ聞いた。
「審判は、手紙の中身を想像しましたか」
「した」
「読まないと言ったのに」
「想像まで止められない。だが、想像を中身だとは扱わない」
「もし当たっていたら?」
「それでも、君が言わない限り俺の推測だ」
小咲は安心したようで、同時に少し寂しそうだった。察してほしかった過去の自分はまだいる。察しないことを尊重されたい現在の自分もいる。
「矛盾してますね」
「両方君だ」
「その言い方、便利じゃないですか」
「便利にまとめないため、どちらが前に出ているか毎回聞く」
小咲は笑った。
「今は、読まないでほしい私です」
小咲が言う。
「待ちます。待つことを全部悪いことにはしたくないから」
その言葉は以前の停滞ではない。相手の状態を聞いたうえで、自分で待つと選んだ時間だった。
短い休止のあと、撫子が複数の自画像を運び込む。
次は千石撫子。
彼女は選択室へ複数の自画像を並べ、暦へ同期した俺へ告げた。
「全部の撫子を1度に選ばないで。今日は、撫子が連れてきた1人だけを見て」
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