スーパー負けヒロイン大戦 〜選ばれなかった16人の未練を断ち、最高のハッピーエンドを掴み取るIF救済劇〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
撫子が連れてきたのは、可愛い自分ではなかった。
白い蛇の鱗のような模様が、彼女の肌の下でかすかに透けて見えた。力を求めすぎた季節の名残だ。
床に置かれた1枚の自画像。そこには、願いが叶わないと世界を責め、相手の選択を間違いにした撫子が描かれている。
暦へ同期した俺は、その絵を見つめた。
「今日は、この撫子を選んで」
「全部じゃなく?」
「全部って言われると、見てない気がするから」
認証輪は赤い。
「でも、この1枚だけ愛されたら、ほかの撫子が置いていかれる」
彼女自身が矛盾を口にする。
俺は同期を深める。暦の責任感、怪異へ引き寄せられる性質、撫子を可憐な妹分として見てしまった視線。そして、相手を救うことで自分の役割を確かめる危うさ。
「千石」
「お兄ちゃんって呼ばせないの?」
「呼びたいなら呼べ。でも、それで俺が兄らしく選ぶと思うな」
認証輪が橙へ変わる。
「この絵の千石は、被害者の顔で他人を加害者にした。自分の願いを言わず、叶えなかった相手を責めた」
撫子の口元から笑みが消える。
「悪い撫子だよ」
「そうだ」
「嫌い?」
「嫌いなところはある」
認証輪が黄へ変わる。
撫子の目に涙が浮かぶが、可愛い表情へ戻らない。
「それでも選ぶの?」
「嫌いな部分があることと、千石1人を選ばないことは同じじゃない」
暦の人格構造が、救済者として免罪しようとする。俺自身の理解は、罪を言語化して受容しようとする。どちらも撫子を「救う対象」へ固定しかねない。
「俺は、千石を許す立場じゃない」
輪が緑へ近づく。
「暦お兄ちゃんは、撫子を助けてくれないの?」
「助けが必要なら手を貸す。でも、悪かったことを良かったことにはしない。選ばれれば無罪になると思うなら、選択を受け取るな」
撫子が息を呑む。
「厳しいね」
「千石が、悪い自分を連れてきたからだ」
俺は自画像の前へ膝をつく。
「この1枚だけを選ぶんじゃない。この1枚を隠さず連れてきた今の千石を選ぶ」
「ほかの撫子は?」
「いつか1枚ずつ見せろ。全部見せ終わるまで選ばない、とは言わない。見ていない頁があると知ったまま、今の千石を選ぶ」
同期人格選択、成立。
最高審判本人選択、確認中。
撫子はすぐに俺自身を試す。
「審判は、撫子が可愛いから見てた?」
「最初は人物像として興味を持った」
「悪い撫子を理解できる自分に酔ってない?」
胸へ刺さる。
「その危険はある」
「じゃあ、どうして選ぶの」
俺は自画像を見る。彼女は未完で、見せる1枚を自分で選び、まだ多くを隠している。
「君が俺の理解に回収されず、自分で加筆し続けるからだ。俺が『本当の撫子』を決めても、君は違うと言える」
認証輪が揺れる。
「俺は、理解した悪女を救う自分になりたいんじゃない。俺の解釈を壊す君と、次の1枚を見たい。俺自身も君を選ぶ」
2つの意志が一致した。
撫子は自画像を持ち上げる。
「選ばれたあと、この絵を捨てたくなるかもしれない」
「捨てるかは君が決める」
「捨てたら、また悪い撫子から逃げたことになる?」
「残すことだけが責任じゃない。覚えているなら、絵を持ち続ける義務はない」
撫子は迷い、絵を床へ戻した。
「今日は捨てない」
それから、暦の顔と俺の目を順に見る。
「嫌いなところがあると言った暦お兄ちゃんと、撫子を理解の中へ閉じ込めない審判。2人の選択を受け入れる」
3輪が重なる。
大結界認証。
履歴追記開始。
白と黒の蛇が履歴線を進む。過去の責任も、選ばれなかった結果も消えない。その先へ新しい一文が刻まれた。
かつて選ばれなかった。
その後、彼女のすべてを理解した阿良々木暦と一致する存在から、真正に選ばれた。
同期が解ける。
撫子は俺を見て、少し考える。
「審判には、お兄ちゃんって呼ばない」
「助かる」
「でも、名前で呼ぶのはまだ嫌」
「好きにしろ」
彼女は自画像を抱え、扉へ向かう。
羽川が外で待っていた。同じ暦を想い人にした者同士、視線が交わる。
「違う阿良々木くんだった?」
「うん。撫子を何でも許すお兄ちゃんじゃなかった」
羽川は静かに頷く。
撫子は履歴線の新しい一文を指でなぞるように見つめた。
「全部の撫子を見せてないのに、『すべてを理解した』って書かれてる」
確かに、一見すると矛盾している。
「すべての情報を知った、という意味ではないらしい。見せていない部分があること、君がまだ決めていない部分があることまで含めて、今の存在構造を理解したと大結界が判断した」
「難しいね」
「簡単に言えば、知らない部分を勝手に埋めなかった」
撫子は自画像を1枚ずつ並べる。
「じゃあ、これから新しい悪い撫子が出てきても、認証は間違いじゃない?」
「間違いになるとは限らない。選択は、未来の君が絶対に善くなる保証じゃない」
「選ばれたのに?」
「選ばれたから悪くならない、では君を固定する」
撫子はしばらく考え、困ったように笑った。
「救われた人は、ずっと救われた顔をしなきゃいけないと思ってた」
「誰に?」
「助けてくれた人に。がっかりさせないように」
それはレムの献身とは別の形で、救済を負債へ変える考えだった。
「大結界が追記したのは、選択の結果だけだ。君がこの先、怒る権利も失敗する権利も消してない」
「審判に嫌われるかもしれない」
「ある」
「暦お兄ちゃんと一致する存在にも?」
「新しい選択を毎日認証する仕組みじゃない。あの瞬間の選択は確定した。未来の感情は別だ」
撫子は自画像の1枚を裏返した。
「だったら、怖いけど少し楽」
扉の外では羽川が待っていた。
「阿良々木くんは、何でも許した?」
「許してくれなかった」
撫子は答える。
「嫌いなところがあるって言われた。それでも選ばれた」
羽川の表情がわずかに変わる。彼女が求める暦像にも関わる答えだ。
「私のときは、どうなるかな」
「同じにはならないよ。羽川さんは、正しい自分を切り離してないから」
「善い自分、ね」
羽川は訂正しつつ、撫子の言葉を受け取った。
俺は2人を見ながら、次の同期へ備える。同じ暦の基礎構造を保ちながら、撫子へ向けた兄的視線を、羽川へ流用してはならない。彼女には対等な理解者であろうとしながら、理解する側へ逃がさない反応が必要になる。
選択室を離れる前、撫子は自画像へ新しい線を1本足した。選ばれたあとも不安そうに絵を抱える自分だった。
「救済された撫子、もっと笑顔にしたほうがいい?」
「君が今そう見えるなら、そのままでいい」
「読者受けしないよ」
「これは自画像だろ」
撫子は線を消さない。幸福と不安が同じ顔に共存する。救済後の感情を1枚へ固定しない最初の加筆だった。
羽川がその絵を見て言う。
「選ばれても、完全には楽にならないんだね」
「うん。羽川さんは、全部楽になりたい?」
「なれたらいいと思う。でも、楽になった私が私かは分からない」
2人は答えを出さず、絵を見ていた。
その前に英梨々がペンを投げる。倫也へ2度目の同期。詩羽との関係像を残したまま、幼なじみとしての怒りと創作の共犯性へ重心を変える必要がある。
次は英梨々。再び倫也へ同期する。
同じ男を基礎にしながら、詩羽とは別の関係像を成立させなければならない。
英梨々はペンを1本、俺へ投げた。
「私を選ぶ台詞を描かないで。描くのは、選んだあとの私だから」
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