​スーパー負けヒロイン大戦 〜選ばれなかった16人の未練を断ち、最高のハッピーエンドを掴み取るIF救済劇〜 ​   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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描かれなかった返事の先【選択実行11位:冴えカノ/英梨々】

「その顔で私の絵を褒めたら、ペンを折るから」

 

指先にはまだ絵の具の跡がある。カリスマ絵師と呼ばれるようになっても、締切前の手だけは昔と変わらない。

 

倫也へ同期した俺へ、英梨々は本当に新しいペンを向けた。

 

壁には2枚の画布。1枚は幼い頃の約束を守れなかった少女。もう1枚は、失敗した線へ何度も描き足し、それでも完成を諦めない現在の英梨々だった。

 

「詩羽のときと同じ読者の顔をしないで」

 

「してない」

 

「比較してから答えた。もう減点」

 

認証輪は赤い。

 

同じ倫也でも、詩羽にとっては作品を読み切れない最初の読者。英梨々にとっては、創作を共有した幼なじみであり、作品へ逃げた自分を長く見落とした共犯者だ。

 

俺は同期の重心を変える。文章を読む目から、線の勢いと迷いを追う目へ。完成品だけでなく、描いている最中の横顔を知る記憶へ。

 

「英梨々」

 

「なに」

 

「この絵、上手い」

 

ペンが振り上がる。

 

「でも、上手いから選ぶんじゃない」

 

腕が止まった。

 

「英梨々は絵に気持ちを入れて、俺が読み取らないことを責めた。作品なら言えるのに、本人としては言わなかった」

 

認証輪が橙へ変わる。

 

「知ってる」

 

「今も、絵を見れば自分まで分かると思ってる」

 

「全部じゃない」

 

「なら、絵の外で言え」

 

英梨々は画布の陰へ逃げない。唇を噛み、俺を見る。

 

「私を選んで。才能がある私でも、負けて泣いた私でも、幼なじみだからでもなく、全部の線を引いた私を」

 

輪が黄へ変わる。

 

倫也の人格構造が、創作者としての英梨々を高く評価する。同時に、彼女の努力へ敬意を抱く俺自身の分析が混ざる。ここで才能を理由にすれば、描けなくなった英梨々を選べない。

 

「描けなくなったら?」

 

俺が問う。

 

英梨々の顔が強張る。

 

「選ばれたあと、1本も線を引けなくなったら。英梨々は誰だ」

 

「私よ」

 

即答は強いが、手のペンが震える。

 

「口だけだ」

 

「じゃあ、どう証明しろっていうの!」

 

「証明するな」

 

英梨々が黙る。

 

「今描ける英梨々も、描けずに苛立つかもしれない英梨々も、未来の話だ。俺は作品の継続を条件にしない」

 

認証輪が緑へ近づく。

 

「ただ、描けないことを俺のせいにしたら怒る。俺を選んだせいで才能を失った、なんて物語へ逃げるな」

 

「言いそうだと思ってる?」

 

「思ってる」

 

「最低」

 

「英梨々も、俺が理解しなかったせいで言えなかったと、全部は俺のせいにするな」

 

英梨々の目から涙が落ちる。それでも顔を背けない。

 

「じゃあ、お互いに自分の分を持つのね」

 

「そうだ。そのうえで、英梨々を選ぶ」

 

同期人格選択、成立。

 

最高審判本人選択、確認中。

 

英梨々は俺自身へ向き直る。

 

「審判は、私の絵をどれだけ好きなの」

 

「好きだ。だが、君を選ぶ理由と同一にはしない」

 

「便利に分けてない?」

 

「分けきれない。作品から君を知った部分はある。君を知ったから作品の見え方も変わった」

 

輪が揺れる。

 

「でも、作品への評価を君への返事に代用しない。君が俺の感想を嫌い、俺自身を嫌う可能性も残したまま、これからも言い合いたい」

 

「言い合いたいから選ぶの?」

 

「君は模範的な理解をすぐ壊す。俺が観察者へ逃げたら、本人として答えろと怒る。その関係を続けたい。俺自身も君を選ぶ」

 

2つの意志が一致した。

 

英梨々はペンを床へ置く。

 

「倫也の選択と、あんたの選択を受け入れる。でも約束して」

 

「何を」

 

「選ばれた私を、完成品みたいに扱わないで。明日、今日より格好悪い線を引いても、勝手に失望しないで」

 

「失望はするかもしれない。だが、それで今日の選択を偽物にはしない」

 

英梨々は泣きながら笑う。

 

「そういう返事でいい」

 

3輪が重なった。

 

大結界認証。

 

履歴追記開始。

 

緑と白の描線が、消されなかった失敗の上を走る。選ばれなかった過去の先へ、新しい一文が加わった。

 

かつて選ばれなかった。

 

その後、彼女のすべてを理解した安芸倫也と一致する存在から、真正に選ばれた。

 

同期が解ける。

 

英梨々はすぐペンを拾い、白い画布へ線を1本引いた。

 

「何を描く」

 

「選ばれた私」

 

「完成品にするなと言ったばかりだ」

 

「だから1枚目。明日、描き直す」

 

扉の外で詩羽が待っていた。

 

「私の倫也と比べてどうだった?」

 

「比べるな!」

 

英梨々は怒鳴り、少しして付け加えた。

 

「同じじゃなかった。それでよかった」

 

英梨々は選択室を出る前、2枚の画布の間へ新しい余白を作った。そこへ描くのは、選ばれなかった日から選ばれた日までの全部だという。試合だけではない。敗北後にあやせと話したこと、撫子に絵へ線を足されたこと、詩羽と作品を巡って言い争ったこと。想い人との関係だけで彼女の履歴はできていない。

 

「大結界の一文には、そこまで書かれない」

 

「だから私が描くの。倫也が突然正解をくれたみたいにしたくない」

 

彼女は余白へ最初の線を引いた。敗北後に取り返したペンの形だ。

 

「審判も入れる?」

 

「端にね。主役みたいな顔をしたら消す」

 

「救済の実行者なのに」

 

「私の人生を描くのは私よ」

 

その言葉に安心した。大結界の追記は物語を乗っ取らない。結果をどう位置づけるかは本人へ返されている。

 

扉の外で詩羽は画布を覗き、すぐ中央の余白が説明的だと批評した。英梨々は怒鳴り返す。選ばれた直後だからと作品へ同情されることを、彼女は最も嫌った。

 

一花が少し離れて待っている。

 

「英梨々、選ばれた顔してる」

 

「どんな顔よ」

 

「嬉しいのに、次の締切を考えてる顔」

 

「当たってるのが腹立つ」

 

一花は俺へ視線を移した。

 

「さっきの英梨々を残して、私の反応を予測しないでね」

 

個別救済を重ねるほど、俺は受容の反応を類型化できる。涙、安堵、疑い、感謝。その予測が相手へ期待される反応を押しつける。

 

「君が何も感じなくても、認証が成立するなら受け取る」

 

「何も感じない役を演じるかも」

 

「その可能性も含める」

 

一花は満足せず、しかし答えを誘導もしなかった。無地の衣装を肩へかけ、扉を開く。

 

選択室の記録板には、英梨々の受容後感情として何も記されなかった。彼女はそこを指して言う。

 

「嬉しいも悔しいも、管理外なのね」

 

「そうだ」

 

「じゃあ、この後で後悔しても、追記は消えない?」

 

「消えない。あの時の選択まで偽物にはならない」

 

英梨々はペンを回す。未来の感情が過去の成立を遡って壊さない。その不可逆性は安心であり、怖さでもある。

 

「だったら、軽い気持ちで受け取れないわね」

 

「もう受け取った」

 

「分かってる。だから描くの。後悔した日も、この線の続きにする」

 

彼女は余白の端へ、小さな未完記号を描いた。救済完了を物語完結と同一にしない印だった。

 

次は中野一花。

 

彼女は無地の衣装を1着だけ持ち込み、風太郎へ同期する俺へ微笑んだ。

 

「今日は、私に何の役も求めないで。選ばれる女の顔さえ、演じたくない」




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