スーパー負けヒロイン大戦 〜選ばれなかった16人の未練を断ち、最高のハッピーエンドを掴み取るIF救済劇〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「その顔で私の絵を褒めたら、ペンを折るから」
指先にはまだ絵の具の跡がある。カリスマ絵師と呼ばれるようになっても、締切前の手だけは昔と変わらない。
倫也へ同期した俺へ、英梨々は本当に新しいペンを向けた。
壁には2枚の画布。1枚は幼い頃の約束を守れなかった少女。もう1枚は、失敗した線へ何度も描き足し、それでも完成を諦めない現在の英梨々だった。
「詩羽のときと同じ読者の顔をしないで」
「してない」
「比較してから答えた。もう減点」
認証輪は赤い。
同じ倫也でも、詩羽にとっては作品を読み切れない最初の読者。英梨々にとっては、創作を共有した幼なじみであり、作品へ逃げた自分を長く見落とした共犯者だ。
俺は同期の重心を変える。文章を読む目から、線の勢いと迷いを追う目へ。完成品だけでなく、描いている最中の横顔を知る記憶へ。
「英梨々」
「なに」
「この絵、上手い」
ペンが振り上がる。
「でも、上手いから選ぶんじゃない」
腕が止まった。
「英梨々は絵に気持ちを入れて、俺が読み取らないことを責めた。作品なら言えるのに、本人としては言わなかった」
認証輪が橙へ変わる。
「知ってる」
「今も、絵を見れば自分まで分かると思ってる」
「全部じゃない」
「なら、絵の外で言え」
英梨々は画布の陰へ逃げない。唇を噛み、俺を見る。
「私を選んで。才能がある私でも、負けて泣いた私でも、幼なじみだからでもなく、全部の線を引いた私を」
輪が黄へ変わる。
倫也の人格構造が、創作者としての英梨々を高く評価する。同時に、彼女の努力へ敬意を抱く俺自身の分析が混ざる。ここで才能を理由にすれば、描けなくなった英梨々を選べない。
「描けなくなったら?」
俺が問う。
英梨々の顔が強張る。
「選ばれたあと、1本も線を引けなくなったら。英梨々は誰だ」
「私よ」
即答は強いが、手のペンが震える。
「口だけだ」
「じゃあ、どう証明しろっていうの!」
「証明するな」
英梨々が黙る。
「今描ける英梨々も、描けずに苛立つかもしれない英梨々も、未来の話だ。俺は作品の継続を条件にしない」
認証輪が緑へ近づく。
「ただ、描けないことを俺のせいにしたら怒る。俺を選んだせいで才能を失った、なんて物語へ逃げるな」
「言いそうだと思ってる?」
「思ってる」
「最低」
「英梨々も、俺が理解しなかったせいで言えなかったと、全部は俺のせいにするな」
英梨々の目から涙が落ちる。それでも顔を背けない。
「じゃあ、お互いに自分の分を持つのね」
「そうだ。そのうえで、英梨々を選ぶ」
同期人格選択、成立。
最高審判本人選択、確認中。
英梨々は俺自身へ向き直る。
「審判は、私の絵をどれだけ好きなの」
「好きだ。だが、君を選ぶ理由と同一にはしない」
「便利に分けてない?」
「分けきれない。作品から君を知った部分はある。君を知ったから作品の見え方も変わった」
輪が揺れる。
「でも、作品への評価を君への返事に代用しない。君が俺の感想を嫌い、俺自身を嫌う可能性も残したまま、これからも言い合いたい」
「言い合いたいから選ぶの?」
「君は模範的な理解をすぐ壊す。俺が観察者へ逃げたら、本人として答えろと怒る。その関係を続けたい。俺自身も君を選ぶ」
2つの意志が一致した。
英梨々はペンを床へ置く。
「倫也の選択と、あんたの選択を受け入れる。でも約束して」
「何を」
「選ばれた私を、完成品みたいに扱わないで。明日、今日より格好悪い線を引いても、勝手に失望しないで」
「失望はするかもしれない。だが、それで今日の選択を偽物にはしない」
英梨々は泣きながら笑う。
「そういう返事でいい」
3輪が重なった。
大結界認証。
履歴追記開始。
緑と白の描線が、消されなかった失敗の上を走る。選ばれなかった過去の先へ、新しい一文が加わった。
かつて選ばれなかった。
その後、彼女のすべてを理解した安芸倫也と一致する存在から、真正に選ばれた。
同期が解ける。
英梨々はすぐペンを拾い、白い画布へ線を1本引いた。
「何を描く」
「選ばれた私」
「完成品にするなと言ったばかりだ」
「だから1枚目。明日、描き直す」
扉の外で詩羽が待っていた。
「私の倫也と比べてどうだった?」
「比べるな!」
英梨々は怒鳴り、少しして付け加えた。
「同じじゃなかった。それでよかった」
英梨々は選択室を出る前、2枚の画布の間へ新しい余白を作った。そこへ描くのは、選ばれなかった日から選ばれた日までの全部だという。試合だけではない。敗北後にあやせと話したこと、撫子に絵へ線を足されたこと、詩羽と作品を巡って言い争ったこと。想い人との関係だけで彼女の履歴はできていない。
「大結界の一文には、そこまで書かれない」
「だから私が描くの。倫也が突然正解をくれたみたいにしたくない」
彼女は余白へ最初の線を引いた。敗北後に取り返したペンの形だ。
「審判も入れる?」
「端にね。主役みたいな顔をしたら消す」
「救済の実行者なのに」
「私の人生を描くのは私よ」
その言葉に安心した。大結界の追記は物語を乗っ取らない。結果をどう位置づけるかは本人へ返されている。
扉の外で詩羽は画布を覗き、すぐ中央の余白が説明的だと批評した。英梨々は怒鳴り返す。選ばれた直後だからと作品へ同情されることを、彼女は最も嫌った。
一花が少し離れて待っている。
「英梨々、選ばれた顔してる」
「どんな顔よ」
「嬉しいのに、次の締切を考えてる顔」
「当たってるのが腹立つ」
一花は俺へ視線を移した。
「さっきの英梨々を残して、私の反応を予測しないでね」
個別救済を重ねるほど、俺は受容の反応を類型化できる。涙、安堵、疑い、感謝。その予測が相手へ期待される反応を押しつける。
「君が何も感じなくても、認証が成立するなら受け取る」
「何も感じない役を演じるかも」
「その可能性も含める」
一花は満足せず、しかし答えを誘導もしなかった。無地の衣装を肩へかけ、扉を開く。
選択室の記録板には、英梨々の受容後感情として何も記されなかった。彼女はそこを指して言う。
「嬉しいも悔しいも、管理外なのね」
「そうだ」
「じゃあ、この後で後悔しても、追記は消えない?」
「消えない。あの時の選択まで偽物にはならない」
英梨々はペンを回す。未来の感情が過去の成立を遡って壊さない。その不可逆性は安心であり、怖さでもある。
「だったら、軽い気持ちで受け取れないわね」
「もう受け取った」
「分かってる。だから描くの。後悔した日も、この線の続きにする」
彼女は余白の端へ、小さな未完記号を描いた。救済完了を物語完結と同一にしない印だった。
次は中野一花。
彼女は無地の衣装を1着だけ持ち込み、風太郎へ同期する俺へ微笑んだ。
「今日は、私に何の役も求めないで。選ばれる女の顔さえ、演じたくない」
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