スーパー負けヒロイン大戦 完全順位決定 〜命を継げない異世界で、俺があの人になりきって救う〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「待っているだけの恋は、恋ではなく観客ですわ」
試合開始と同時に、万里花は三玖の胸へ指を突きつけた。
概念領域が展開される。観客席へ桜色の花弁が舞い、闘技場の石床が2本の道へ分かれた。一方は無数の足跡で埋まり、もう一方は人影のない細道として遠くまで続いている。
万里花の手には、古びた手帳が現れた。ページを開くたび、約束、計画、努力、接近の記録が光の札となって飛び出す。
三玖の周囲には、湯気の立つ料理、積み上げた参考書、勇気を振り絞った言葉の断片が浮かんだ。派手さはない。けれど、1つ1つが「昨日できなかったことを、今日はやる」という小さな前進でできている。
「万里花の武装は『千日成就録』」
俺はページの流れを追う。
「幼い約束を未来へつなぐため、何をすべきかを書き続けた行動の記録。彼女にとって恋は、待つものではなく、実現へ向けて進める計画だ」
「ご明察ですわ」
万里花が手帳を閉じる。
光の札が三玖を囲み、ひとつずつ問いを刻んだ。
いつ告げた。
何を捨てた。
どこまで追った。
誰の反対を超えた。
札が刃のように飛ぶ。三玖は身を低くしてかわすが、袖が裂け、肩へ赤い線が走った。
「あなたは好かれる自分になる努力をした。料理を覚え、勉強し、勇気も出した。それは認めますわ」
万里花は歩みを止めない。
「けれど、いつも相手が気づくのを待っていた。あなたの成長を見つけ、あなたの控えめな好意を読み取り、あなたを選んでくれるのを」
三玖の足が止まる。
「恋の責任を、相手の理解力へ預けたのではなくて?」
光札が胸元へ突き刺さる。
控え室で二乃が立ち上がった。
「三玖!」
三玖は膝をつく。顔を伏せたまま、短く息を吐いた。
「そうかも」
万里花の表情に勝機が宿る。
「ならば認めなさい。あなたは選ばれなかったのではない。選ばせるところまで届かなかったのです」
精神的屈服の光が三玖の上へ集まる。
1回戦の2試合目にして、容赦のない核心だった。
三玖は確かに変わった。けれど変化は、ときに「変わった自分を見てほしい」という待機へ姿を変える。自分から動いたつもりでも、最後の選択だけを相手に委ねれば、届かなかった理由を相手の鈍さへ置けてしまう。
三玖の概念武装が揺らいだ。
そのとき、石床へ小さな音が落ちる。
彼女がヘッドホンを外した音だった。
「私は、待ってた」
三玖が立ち上がる。
「気づいてほしかった。変わったって、頑張ったって、私を見てほしかった」
三玖の周囲に浮かぶ料理や参考書が崩れ、灰色の粒子になる。
万里花は手帳を掲げた。
「なら、決着ですわ」
「でも」
灰色の粒子が、三玖の両手へ集まる。
「見てほしいって思うことは、相手に押しつけることじゃない」
1本の弓が形作られた。
弦には、言えなかった言葉が張られている。矢羽根は、踏み出せなかった瞬間の後悔。鏃だけが、いま選び直した意志で青く輝く。
『静謐告矢』。
三玖は弓を引いた。
「私は、届かなかったことを風太郎のせいにしない。だから今度は、届くまで私の言葉で言う」
放たれた矢が、精神的屈服の光を貫いた。
判定が砕ける。
万里花は横へ跳ぶ。矢は頬をかすめ、背後の道へ突き刺さった。すると、人影のなかった細道に三玖自身の足跡が1つ刻まれる。
待つ者の道ではない。遅くても、自分の足で進む者の道だ。
「弓とは、また控えめですこと」
万里花が笑う。
「遠くから撃つだけ。結局、近づくのは怖いのでしょう?」
手帳のページが高速でめくれ、無数の計画札が1枚の巨大な切符へ変わる。
『婚路特急』。
桜色の光をまとった万里花が一直線に加速する。遠回りも待機も許さない。最短距離で相手の未来へ乗り込む、彼女の愛そのものだった。
三玖は2本目の矢をつがえる。
「遅いですわ!」
万里花の肩が三玖の腹へ入り、その身体を押し飛ばす。石床を滑りながらも、三玖は弓を放した。
矢は万里花へ向かわない。
前方の地面へ刺さり、青い糸となって三玖の身体を引き戻す。
勢いを利用した反転。
すれ違いざま、三玖の手が万里花の手帳へ触れる。ページが1枚、破れた。
そこに記されていたのは、努力でも計画でもない。
「約束だけで、選ばれると思ってた?」
三玖の問いに、万里花の顔から笑みが消えた。
破れたページには、幼い日の約束を守り抜けば、いつかそのまま未来へ続くという願いが刻まれている。
「あなたこそ、待ってた」
三玖は言う。
「たくさん動いて、会いに行って、言葉にもした。でも1番大事なところでは、昔の約束があなたを選ばせてくれるって待ってた」
万里花の武装が揺れる。
「違いますわ。わたくしは、約束を現実にするために」
「約束がなかったら?」
短い問いだった。
「楽が約束を忘れて、別の誰かを好きになって、それでもあなたは、今の楽を見て好きだって言えた?」
手帳の文字が次々に消えていく。
俺は万里花の呼吸が乱れるのを見た。
彼女は行動した。誰より積極的に、可能性へ手を伸ばした。だが、行動の根に古い約束という保証があった。自分は最初から特別だったという証明。それを失えば、積み重ねた努力が一方的なものに見えてしまう恐怖がある。
「三玖は、万里花の行動量を否定していない」
俺は告げる。
「行動の出発点を問うている。現在の相手を愛したのか。それとも、過去に約束された自分の席を守ろうとしたのか」
「黙りなさい!」
万里花が手帳を胸へ抱く。
花弁が刃へ変わり、周囲を旋回する。
「過去も現在も、すべて含めて恋ですわ! 約束が始まりで何が悪いのです。始まりさえ持てなかった方に、わたくしの年月を裁かれる筋合いはありません!」
花弁の嵐が三玖を襲う。
三玖は避けずに前へ出た。肩、腕、頬に傷が増える。それでも弓を捨て、万里花との距離を縮める。
遠距離の武装を持つ者が、自分から近づく。
それ自体が彼女の反論だった。
「始まりがあったことは、悪くない」
三玖は万里花の手帳を両手でつかむ。
「でも私は、始まりがなくても、途中から好きになった。特別じゃないところから、特別になりたかった」
互いに手帳を引く。
「あなたは最初から特別だった自分を手放せない」
「あなたは最後まで特別になれなかった!」
万里花の叫びが三玖を打つ。
三玖の瞳が揺れた。
事実だった。努力も告白も、最終的な選択には届かなかった。
だが、三玖は手を離さない。
「だから、ここで勝つ」
声は小さい。なのに、闘技場のどこより強く響いた。
「選ばれなかった私のまま、あなたより先へ行く」
弓が背後で解け、1本の弦だけになる。青い弦が三玖と万里花の手首を結んだ。
『一歩分の告白』。
距離を取るための武装ではない。逃げられない距離まで自分を縛る技だった。
三玖は額が触れそうなほど近くで万里花を見る。
「約束がなくても、あなたは楽を好き?」
万里花は答えようとする。
唇が動く。しかし言葉にならない。
好きだと即答すればいい。けれど、その瞬間、長年守った約束を自分で無意味にしてしまう気がした。約束がなくても愛せるなら、約束を盾にしてきた自分は何だったのか。
1秒の沈黙。
大結界がそれを見逃さなかった。
万里花の手帳が白紙になる。
精神的屈服の光が降り、彼女の膝が石床へ触れた。
鐘が鳴る。
「勝者、中野三玖」
領域が解け、花弁も弓も消えた。
万里花はすぐに立ち上がらなかった。傷は消えている。それでも、白紙になった手帳を抱くように両腕を胸へ回していた。
三玖は手を差し出さない。
代わりに、隣へ座る。
「答えられなかっただけ」
万里花が顔を上げる。
「好きじゃないって、決まったわけじゃない」
「勝者の慰めですの?」
「違う。私も、答えるのが遅いから」
万里花は悔しげに笑った。
控え室へ戻った三玖を、二乃が腕組みして待っていた。
「随分ぎりぎりだったじゃない」
「勝った」
「見れば分かる」
二乃は顔を背ける。だが、三玖が前を通り過ぎる直前、低い声で言った。
「次も、待ってたら置いてくから」
三玖は足を止めない。
「二乃こそ」
姉妹の間に、新しい緊張が張られる。
俺の掌では「なりきり」の印がまた熱を持っていた。レムの試合では、献身の醜さを受け入れる必要を知った。三玖の試合では、控えめな願いを待機と取り違えないことを知った。
観察するほど、再現すべき想い人の輪郭が変わる。
それは同時に、俺自身の輪郭が薄くなる感覚でもあった。
次の名札が点灯する。
中野二乃。
羽川翼。
二乃は立ち上がり、三玖の横を通り過ぎるときだけ囁いた。
「見てなさい。私は、待たないから」