【完結済】スーパー負けヒロイン大戦 〜選ばれなかった16人の未練を断ち、最高のハッピーエンドを掴み取るIF救済劇〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「お前は、俺を好きだったのか」
五月の部屋には、色褪せた野球のグローブが今も飾ってある。無邪気さの奥にある頑固さを、俺はその硬い革の匂いで思い出す。
風太郎へ同期した俺の問いに、五月は目を閉じた。
「そこから聞くのですね」
「今も答えが完成してない顔をしてる」
認証輪は赤い。
4度目の風太郎への同期。三玖の静かな歩み、二乃の正面衝突、一花の役の重なり。そのすべてを隔離し、五月との関係へ重心を移す。彼女にとって風太郎は、家族の教師であり、衝突する相手であり、恋と気づくのが遅すぎた人だ。
「好きでした」
五月は答える。
「過去形か」
「分かりません」
認証輪が橙へ変わる。
「分からないと言えば、また保留できる」
「はい。だから、分からないまま今日は逃げません」
彼女は空の掌を見せる。採点帳も答案もない。
「風太郎は、何を答えれば選びますか」
「俺に聞くな」
「厳しいですね」
「お前は正解を知れば、それを言える。だが今日は、お前の答えじゃなきゃ意味がない」
認証輪が黄へ変わる。
五月はしばらく黙る。
「今も好きです」
「本当に?」
「疑うのですか」
「最後だから言わなきゃいけないと思ってないか。姉妹が3人選ばれたあと、自分も同じ気持ちだったと証明したくないか」
五月の顔が強張る。
「あります」
また即答する。
「姉妹の中で、自分だけ恋に遅れたことが悔しい。最後に選ばれることで、私も同じ場所にいたと証明したい」
「それだけか」
「それだけではありません。でも、どこまでが風太郎への気持ちで、どこからが姉妹との比較か、分けきれません」
輪が緑へ近づく。
「分けなくていい」
「二乃や三玖には、分けないことを認めましたか」
「同じ言い方はしない。お前の場合、分けられないことを答案へしようとしてる」
五月が息を呑む。
「『複雑だから分からない』を、完成した結論にするな。今この瞬間、俺をどうしたい」
彼女は拳を握る。
「選んでほしい」
「何を見て」
「母の代わりに正しくあろうとした私。姉妹を支える側へ立ち、恋を認めるのが遅れた私。不合格にも意味を付け、最後には意味さえ付けず好きだったと残した私」
言葉が震える。
「そして、選ばれたあとも本当に恋だったのか疑うかもしれない私を」
風太郎の人格構造が答えへ進む。
「お前は、答えが遅い」
「はい」
「食べ物のことになると話が逸れる。正しいことを言おうとして、肝心の気持ちを後へ回す」
「否定できません」
「だが、遅い答えを提出しに来た。姉妹の母親役でも生徒役でもなく、自分の順位を悔しがるお前として」
認証輪が光る。
「最後だから選ぶんじゃない。最後まで諦めず、正解のない自分を出したお前を選ぶ」
同期人格選択、成立。
最高審判本人選択、確認中。
五月は俺自身へ問う。
「あなたは、4人の風太郎を使い分けました。私は4番目の解釈でしかないのですか」
「違う。順番が最後なだけで、理解の深さを順位づけていない」
「しかし、3人の経験があったから、私への同期が上手くなったのでは」
「そうだ」
彼女の目が揺れる。
「君は先の3人から得た俺の学びの上にいる。それは不公平かもしれない。だが、三玖への言葉を流用すれば君を誤る。二乃への拒絶も、一花への未決定も、そのままは使えない」
俺自身の声が強くなる。
「君は最後だから余りものではない。最後まで見た俺が、それでも別に知る必要のある1人だ。君が答えを疑い続けても、俺はその疑いごと話したい。俺自身も君を選ぶ」
2つの意志が一致した。
五月は空の掌へ目を落とす。
「選ばれたら、私は恋だったと確定してしまうのでしょうか」
「大結界が確定するのは選択された結果だ。君の感情の名前までは固定しない」
「それなら、受け取れます」
彼女は顔を上げる。
「風太郎の選択と、私を最後の解釈へ固定しないあなたの選択を受け入れます。明日、恋ではなかったかもしれないと迷っても、今日受け入れたことから逃げません」
3輪が重なった。
大結界認証。
履歴追記開始。
五色の光が最後の空白線を満たす。遅れた自覚も、選ばれなかった過去も、16位の悔しさも残したまま、新しい一文が刻まれた。
かつて選ばれなかった。
その後、彼女のすべてを理解した上杉風太郎と一致する存在から、真正に選ばれた。
16本すべての履歴線が光った。
最後の一文が刻まれた瞬間、広間の外でも変化が起きた。16人を囲んでいた順位表示が消え、名札だけが円形に並び直す。数字は履歴として記録へ残るが、選択機会を配る役割を終えたのだ。
二乃が3位の位置を探し、何もない空間へ手を伸ばす。
「終わったら、本当に消すのね」
「順位を日常の席順へ使わせないためです」とオルド。
万里花は15位だった場所から離れ、五月の隣へ並ぶ。
「最後の気分はいかがですの?」
「悔しさは残っています。でも、最後であることを私の性質にはしません」
「良い答えですわ」
「採点しないでください」
2人は笑った。順位戦の再戦を経た関係が、数字の消失後も残っている。
五月は自分の履歴線を見る。
「姉妹の中で、私だけ最後でした。その事実も消えません」
三玖が近づく。
「でも、五月の風太郎は私のとは違った」
「分かっています。それでも、羨ましいです」
「私も、五月みたいに迷ったまま答えられるところは羨ましい」
五月は驚き、少しして頷いた。姉妹間の比較は、救済で終わらない。だが勝敗を再実施する必要もない。
俺の掌には16本の細い印が現れた。色も形も異なる。誰か1人の印だけを見ようとすると、ほかが痛む。全員を同時に意識すると、自分の輪郭が薄れる。
「これは何だ」
オルドが調べる。
「追記済み関係の参照痕です。再同期の可能性を保持しますが、常時同期を要求するものではありません」
「消せる?」
「大結界の管理範囲外です。あなたの能力に定着したものです」
16人の顔が変わる。再び想い人へ会える可能性への期待。そして、俺が戻れなくなる恐怖。
「今、誰かへなれますか」
レムが問う。
「試したくない」
俺が答えると、誰も強制しなかった。二乃だけが不満を顔に出したが、「今日は」と付け加える。
「今日は休みなさい。明日のことは明日決める」
彼女なりの譲歩だった。
オルドは16本すべての履歴線へ封印印をつける。改変防止のためであり、感情を固定する封印ではない。記録に触れた住民は選択成立の事実を確認できるが、当人の記憶や私的な会話は読めない。
「これで全員が救済された、と呼べるのですか」
五月が問う。
オルドは答える。
「大結界上は完了です。心情上の完了は、当人が決めることです」
すべての視線が、それぞれ自分の胸へ戻る。レムは満たされた顔だけをせず、三玖は静かな不安を残し、撫子は選ばれた自画像の笑顔を未完成にした。
救済完了は、感情の完結ではない。
俺はようやく、その言葉の重さを理解した。
個別救済、完了。
同期が解ける。だが俺の身体は戻り切らず、膝をついた。
五月がすぐ支えようとして、先に訊く。
「触れてもよいですか」
「頼む」
彼女は肩を支える。
扉の外では15人が待っていた。全員の履歴に、過去のあとがある。
二乃が最初に口を開く。
「終わったの?」
オルドが杖を鳴らす。
「十六名全員の追記を確認しました」
歓声より先に、長い沈黙が来た。
誰も以前の痛みを忘れていない。だからこそ、空白ではなくなった先を1人ずつ確かめている。
俺は立とうとする。16の残響が同時に内側で動き、視界が揺れた。
レムと三玖が左右へ来る。今度は訊く前に、俺が言う。
「支えてくれ」
2人は頷いた。
すべてを終えたのに、俺自身の問題だけが残った。
誰かになり続けた俺は、どこまで元の俺へ戻れるのか。
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