【完結済】スーパー負けヒロイン大戦 〜選ばれなかった16人の未練を断ち、最高のハッピーエンドを掴み取るIF救済劇〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
翌朝、異世界で初めて赤子の泣き声が聞こえたという報告が、都庁舎から届いた。
今度は、誤報ではなかった。
伝令の声は震えていた。オルドは壇上で杖を握ったまま、しばらく言葉を発せなかった。
俺は16人と共に広間へ急いだ。
窓の外では、老人たちが空を見上げている。灰色だった空に、初めて淡い光の筋が差し込んでいた。
オルドが壇上から告げる。
「生命継承断絶……解除されました」
広間がどよめく。
「16本の履歴線が満ちたことで、大結界は選択実行方式の限界を超えました。個としての救済が、系としての回復へ接続したのです」
言葉の意味を、俺はまだ半分しか理解していなかった。ただ、掌の紋様が静かに熱を失っていくのが分かった。
「なりきりは、もう要らないのか」
「召喚者固有の同期能力そのものは残ります。ですが、この世界の減数分裂は、旧住民の間でも再び機能し始めています」
老人たちの一人が泣き崩れた。孫を持てるということが、彼らにとってどれほどの意味を持つのか、俺には想像するしかできなかった。
レムが俺の袖を引いた。
「終わった、ということですか」
「分からない。だが、少なくとも世界は、もう滅びに向かって歩いていない」
大会の記録は公開された。ただしヒロインの私的な記憶や、選択室で交わした詳細は本人の許可なしに開示されない。公開されたのは順位、勝敗、概念武装の名称、そして過去を消さず新しい結果を追記する仕組みだけだ。
旧世界の住民は、自分たちの失敗へ同じ救済を求めた。
「亡くした人と一致する存在を作れないか」
「選ばれなかった政治判断を追記できないか」
すべて拒否された。
俺の能力は、理解のない対象へ無条件で同期できない。本人の遠隔支配でも、世界法則の修復そのものでもない。大結界の認証も、今回の16人と大会規約へ限定されている。世界が救われたあとも、その一線だけは動かなかった。
拒否への怒りはあった。
だが、別の変化も生まれた。
記録庁は失敗した政策文書を削除せず、後続の訂正と併記する方式へ改めた。学校では「正解履歴」だけでなく、誤答と修正過程を残す授業が始まった。
生命継承についても、召喚者へ役割を求める議論が続いた。子どもを持てる身体を社会資源と呼ぶ者が出たとき、16人は共同声明を出した。
召喚者の身体機能は、旧世界の未来を背負う手段として提供を強制されない。なりきりは治療能力ではなく、選択の結果である。未来の世代に関する選択は、各人の自由に属する。
万里花が最も強く署名し、五月が文章を整え、あやせが権利条項を確認した。レムは「期待へ応える献身」を拒む一文を加えた。
声明は評議会に採択された。
世界は救われた。それでも、16人が別の圧力へ呑まれる未来は、まだ完全には消えていない。
俺はその報告を聞きながら、広間の端で自分の名前を書いていた。
一日十回。
声に出し、文字にし、鏡を見る。
16人へ同期した残響は消えていない。困っている者を見ればスバルや暦の衝動が生まれ、無言の変化へ三玖の風太郎が目を向け、強い要求へ二乃の風太郎が反発する。作品を見れば倫也の視線が二種類の関係へ分かれる。
どれも完全な別人格ではない。俺の中へ残った理解の癖だ。
「消したい?」
羽川が隣で問う。
「最初は」
「今は?」
「消したら、みんなを理解したことまで消える気がする」
「残したら、自分が薄くなる」
「だから困ってる」
彼女は答えを出さない。黒い影も今日は見えない。
夜、16本の履歴線は空へ残った。世界の理が修復されたあとも、その線は消えなかった。過去は救済によって上書きされるものではなく、追記されるものだからだ。
その下で、俺は一人ずつへ言った。
「選択した責任を、想い人役としてだけではなく、俺自身として持つ。未来の感情を保証はできない。それでも、逃げずに話す」
全員が同じ返事をしなかった。
レムは頷き、三玖は「言葉だけなら簡単」と言い、二乃は「逃げたら追う」と告げた。詩羽は原稿へ書き、ランカは短く歌い、柑菜は保留した。黒猫は扉を一つ開け、結衣は隣の席を空けた。小咲は新しい手紙の宛名を空白にし、撫子は自画像へ俺を描かなかった。
それでよかった。
全員を選んだ結果は同じでも、その後の関係まで同じ形へ揃える必要はない。
眠る前、鏡へ自分の名前を書く。
背後に16の影が立つ。
俺は振り返らなかった。
影を消すのではなく、中心から話しかける。
「明日も、俺として起きる」
鏡の中の俺が、ようやく同じ声で答えた。
窓の外で、遠くの街から本物の赤子の泣き声が、また一つ聞こえた。
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