【完結済】スーパー負けヒロイン大戦 〜選ばれなかった16人の未練を断ち、最高のハッピーエンドを掴み取るIF救済劇〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「月曜日はスバルくん。火曜日は風太郎。水曜日は倫也。木曜日は京介」
二乃が作った曜日表を、あやせが無言で破いた。
大会終了から数年。
16人は旧都の一角に共同生活区を与えられ、俺はその中央棟に住んでいる。生命継承断絶はあの朝を境に解け、旧住民の間にも新しい命が戻った。街の広場では毎朝、誰かの子どもの泣き声か笑い声が響く。
円卓には、もう一つ増えた音がある。
小さな足音と、誰かを呼ぶ声だ。
レムの息子が、俺の膝によじ登ろうとしている。
「駄目よ。今は円卓の時間」
レムがたしなめても、息子は聞かない。三玖の娘がその隣で絵本を破ろうとし、二乃の腕の中で赤子が眠っている。中央棟の一角は、いつからか託児のための一室に変わった。
「風太郎が週一回では、三玖と一花と五月と私で分けられません」
二乃が破られた表を拾う。子どもができても、彼女の主張は変わらない。
「そこで人名を曜日へ割り当てる発想が既に危険です」
あやせは新しい規則案を示す。子どもを片手で抱いたまま、もう片方の手で紙をめくる。
一、完全同期は本人の同意がある場合のみ。
二、連続同期は禁止。
三、救済順位は優先権を生まない。
四、依頼理由と精神負荷を事前確認する。
五、審判本人との予定を、子どもとの予定より優先しない。
「五番が新しく入った」
三玖が言う。
「風太郎に会いたい日と、子どもと過ごしたい日は違う」
「同じ日に両方は?」一花が訊く。
「負荷が高すぎます」と五月。彼女の腕にも、小さな寝息がある。
詩羽は曜日表を覗く。
「物語としては、曜日ごとに別人になる父親は魅力的よ」
英梨々が反論する。
「描く側は衣装設定が多すぎて面倒!でも子どもが起きてる時間は避けてほしい」
「あなたなら喜ぶでしょう」
「喜ぶけど面倒なの!」
ランカは歌の練習日との重複を気にし、柑菜は保留札を作ろうとする。黒猫は「召喚儀式」と呼ぶなら応じると言い、結衣は全員の希望を整理しかけて、途中で手を止めた。
「あたしがまとめるの、また違うよね」
「今回も頼みたい」
俺が言うと、彼女は確認する。
「役だからじゃなく?」
「整理が得意だから頼む。断ってもいい」
「じゃあ、今日はやる」
小咲は未送信の手紙とは別に、予定希望票を書く。撫子は「暦お兄ちゃん」と「審判」を別欄にし、羽川は自分の希望を空欄にしようとして、黒いペンで「未定」と記入した。
万里花は白い花を曜日表へ置く。
「わたくしは約束による固定枠を要求しません。ただし、当日申請は認めてくださいまし」
「突撃する気でしょう」と五月。彼女の腕には、まだ小さな娘がいる。
「申請ですわ」
最後に全員が俺を見る。
「俺の希望は、完全同期なしの日を週に四日。子どもと過ごす日を優先する」
二乃が抗議する。
「多すぎる!」
「最低条件だ」
レムが静かに手を挙げる。
「レムは賛成します。ただし、同期なしの日にあなた本人と会う予定は、別に希望します」
「それは負荷に入る?」
「人と会うこと自体は普通の生活でしょう」
「16人分だと普通じゃない」
円卓に笑いが起きる。子どもたちがつられて笑う。
笑いながら、誰も問題が解決したとは思っていない。
想い人へ会いたい願いは消えない。
俺自身へ向く感情も、日ごとに形を変える。
レムはスバルの再現を求める日ほど、終わったあと俺へ「戻りましたか」と確認する。三玖は風太郎へ料理を見せたい一方、俺には感想を求めず隣へ座る日がある。二乃は完全同期の風太郎と喧嘩をしたあと、俺本人へ「さっきの答え、あんたも同じ?」と追及する。
詩羽と英梨々は同じ倫也を別日に要求し、互いの同期記録を見せろと争う。俺は非公開を貫く。黒猫とあやせも京介の違いを議論するが、比較順位はつけない。撫子と羽川は暦の言葉を交換せず、必要な部分だけ互いへ話す。
一花は今も、めったに再同期を頼まない。
「怖いから?」と訊くと、彼女は笑った。
「今の私が、どの役で風太郎に会いたいのか決めてないから。決めたら頼む」
小咲は楽への手紙をまだ書き終えていない。万里花は楽を呼ばず、自分で育てた花畑へ俺を招く。五月は風太郎への追試を要求せず、俺本人と食事をしながら「これは恋愛の予定ではありません」と毎回念を押す。
谷川柑菜は、海人の再現を頼む回数を、子どもが生まれてから減らした。
「理由が、もう一度謝らせたいからだった。今は違うと思う」
ランカはアルトへ新曲を聞かせたあと、俺へ別の未完成曲を聞かせた。歌の宛先を分けたまま、両方を大切にしている。
数年前の初回の試行では、レムがスバルとの短い対話を希望した。俺は当日の精神状態を確認し、十分間だけ同期した。
終了後、彼女は約束どおり俺の名前を呼んだ。
「戻りましたか」
「戻った」
「好きな飲み物は?」
俺自身しか知らない答えを返す。彼女は安堵し、それでも少し寂しそうにスバルの残響を見送った。
翌週、三玖は希望を取り下げた。
「風太郎に料理を見せたかった。でも、今日は審判に食べてほしい」
味の感想を言うと、彼女は風太郎ならもっと厳しく言うと笑った。その比較は、俺を代用品へ落とすものではなく、二つの関係を区別する言葉になっていた。
失敗もあった。
ある日、二乃への同期後、俺は三玖を二乃の呼び方で呼んだ。場が凍りつく。二乃は怒り、三玖は黙り、俺は謝った。
「同期の混線です」で済ませようとした俺へ、あやせが異議を出す。
「原因説明と謝罪は別です」
俺は三玖へ、関係像を取り違えたことが彼女を一人として見ていない傷になったと認めた。三玖はすぐ許さず、翌日まで距離を置いた。
世界の理が修復されても、日常の傷は勝手に治らない。俺たちは通常の関係と同じように、謝り、待ち、許すかを相手に返さなければならない。
別の日、詩羽は同期した倫也へ新稿を読み上げたあと、俺へ戻る前に感想を求め続けた。時間上限を越え、声が混ざる。英梨々が原稿を奪って止めた。
「作品より本人を壊してどうするの!」
詩羽は反論せず、翌週の希望枠を自分から取り下げた。
誰も完璧に運用できない。
曜日表は、結局固定制にならなかった。
毎週、希望と俺の状態と子どもたちの予定を確認し、全員で衝突しながら決める。公平ではない週もある。上位者が後回しになる日も、16位の五月だけが食事予定を取る日もある。
順位は救済の順番を確定した。
その後の日常まで支配しない。
ある金曜日、完全同期なしの日に、全員が中央棟へ集まった。子どもたちは奥の部屋で眠っている。
理由を訊いても、誰も最初は答えない。
やがてレムが代表して言う。
「今日は、あなたの名前を呼ぶ日です」
「なぜ」
三玖が続ける。
「審判って呼び続けると、役みたいだから。子どもたちにも、ちゃんとした名前で覚えてほしい」
俺は戸惑う。
これまで作中でも、自分の名前を自分で確かめることはあっても、彼女たちは主に審判と呼んだ。想い人へ同期する器、救済の実行者。その役割が先にあった。
二乃が苛立ったように言う。
「16人の名前を覚えて、16人に選ぶって言ったくせに、あんただけ役名で逃げるのは不公平でしょう」
詩羽が紙を差し出す。
中央に一つの空欄。その周囲に16人の名前がある。
「17番目を書きなさい」
俺はペンを取る。
自分の名前を書く。
文字は変化しない。誰の筆跡にもならない。
16人が一人ずつ、その名前を呼ぶ。
同じ音なのに、呼び方は違う。
レムは大切な確認として。三玖は静かな現在として。二乃は逃がさない宣言として。詩羽は未完の登場人物として。ランカは歌わない声で。柑菜は返事を保留しながら。黒猫は現世名を刻む儀式として。結衣は隣席の相手として。小咲は新しい手紙の宛名候補として。撫子は「お兄ちゃん」ではない呼び名として。
英梨々は描く対象、一花は役を求めない相手、あやせは審理される本人、羽川は理解し切れない一人、万里花は目的地ではなく訪問者、五月は未採点の関係として呼んだ。
俺の中で16の残響が応じる。
しかし、返事をするのは俺一人だ。
「ここにいる」
レムが微笑む。
「誰として?」
俺は円卓を見る。愛執も依存も嫉妬も、救済後も、世界が直ったあとも消えなかった。むしろ選ばれた結果を得たことで、彼女たちは想い人と俺を区別しながら、以前より自由に欲しがるようになった。
幸福だけではない。
曜日表を巡って争い、予定が取れず泣き、再現の微細な違いへ怒る。俺が断れば落ち込み、別の誰かの同期を受ければ嫉妬する。子どもの寝かしつけを巡って言い争うことさえある。
それでも、誰も過去を消していない。
誰も俺自身を完全な代用品へ閉じ込めていない。
閉じ込めそうになるたび、話し合い、破り、書き直す。
「俺として」
答える。
16人の視線が集まる。奥の部屋で、誰かの子どもが寝返りを打つ音がした。
その中心で、俺は恐怖と幸福を同時に受け止めた。
明日の曜日表は、まだ空白だった。
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