スーパー負けヒロイン大戦 完全順位決定 〜命を継げない異世界で、俺があの人になりきって救う〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「あなたは、自分が傷つかない場所から正論を言っていただけよ」
二乃の第1声に、羽川の微笑みがわずかに止まった。
鐘が鳴り、愛執概念領域が開く。闘技場は左右に分かれた。一方には整然と並ぶ本棚と黒板、もう一方には無数の香水瓶が浮かぶ赤い回廊。知識によって感情を分類する空間と、理屈を飛び越えて相手へ迫る空間だった。
羽川の周囲から白い紙片が舞い上がる。紙には二乃の言葉、表情、過去の行動が細密な注釈付きで記録されていた。
「観察記録?」
二乃が鼻で笑う。
「ええ。あなたは分かりやすいから」
「それ、褒めてるつもり?」
「少なくとも、分からないふりはしていないという意味では」
紙片が重なり、一冊の分厚い本になる。表紙には名前がない。自分のことだけを書けない者の書物だった。
俺は武装の構造を読む。
「羽川の概念武装は『他者解答全集』。相手の事情を理解し、最も妥当な答えを導く。だが、自分自身の問いだけは目次から抜け落ちている」
「審判に先回りされるのは、あまり愉快じゃないな」
羽川は穏やかに言い、本を開いた。
ページから黒い活字が飛ぶ。
短気。独善。強引。姉妹への対抗心。相手の都合を無視した接近。
活字は二乃の周囲へ貼り付き、赤い回廊を白く塗り替えていく。
「あなたは『待たない』ことを誇っている。でも、相手へ考える時間を与えないことと、勇気を出すことは同じじゃない」
二乃の足首へ文字の鎖が絡む。
「告白した。押した。選べと迫った。そこまでした自分には答えが返されるべきだと、どこかで思っていたんじゃない?」
二乃は鎖を引きちぎろうとする。だが、力を込めるほど「強引」の文字が増えた。
控え室で三玖が目を細める。
二乃の弱点を知る者の顔だった。彼女は走り出せる。だから、走り出せない者の時間を軽んじることがある。
「相手の心を置き去りにした告白は、愛じゃなくて通告だよ」
羽川の言葉と同時に、屈服判定の光が二乃の頭上へ集まった。
二乃は俯く。
その肩が震えた。
笑っていた。
「何よ、それ」
顔を上げた二乃の瞳には、怒りではなく軽蔑があった。
「答えを急がせた? そうね。困らせたし、逃げ道も塞いだ。だけど私は、自分が欲しいってことまで相手のせいにしなかった」
赤い回廊の香水瓶が一斉に砕ける。甘さも苦さも混ざった香りが炎になり、文字の鎖を焼いた。
二乃の両手に、2本の赤い手綱が生まれる。先端は誰にもつながっていない。相手を引くためではなく、自分が進む方向を決める手綱だ。
『恋路強行線』。
二乃は手綱を引き、自分自身を矢のように射出した。
羽川が本を盾にする。衝突。紙が爆ぜ、黒い文字が空へ舞った。
「私は返事を強制したかったんじゃない」
二乃は本の背をつかむ。
「私が好きだって事実から、逃げてほしくなかっただけ。私自身も逃げないために言ったのよ」
屈服判定が消える。
羽川は後方へ滑りながら、新しいページを開いた。
「それなら、選ばれなかったあと、相手の選択を尊重できた?」
二乃の動きが一瞬止まる。
「姉妹の誰かが選ばれた。その結果を心から祝えたのかな」
三玖が控え室で息を呑んだ。
言葉が二乃の胸へ入る。自分が選ばれないことより、姉妹の誰かが選ばれることのほうが耐え難かった瞬間。愛と競争心が絡まり、どちらが本体か分からなくなる恐怖。
羽川は追撃しない。
待っている。二乃が自分で答えを出すのを。
それが、二乃には何より腹立たしかった。
「その顔、やめなさい」
「どの顔?」
「全部分かってますって顔よ!」
赤い手綱が床を打つ。炎が本棚へ走った。羽川は本を掲げ、知識の壁で火をせき止める。
二乃は炎の向こうから叫ぶ。
「あんたは人のことばっかり分かったふりして、自分が欲しいものを言わなかった。選ばれなかったんじゃない。選ぶ場所に自分を立たせなかったのよ!」
羽川の本から、数ページが白紙になった。
「阿良々木くんが誰を見てるか分かってた。自分が入り込めば誰かを傷つけることも分かってた。だから賢い顔で引いた。でも本当は、拒絶される自分を見たくなかっただけじゃない?」
羽川の微笑みが消えた。
黒い活字がざわめき、今度は羽川自身の身体へ貼り付いていく。
善良。優等生。理解者。恩人。
称賛の言葉が鎖になる。
俺は喉が乾くのを感じた。
「羽川の武装が反転している。周囲から求められた役割を完璧に果たすほど、自分の欲望を記述する余白がなくなる」
「解説しなくていいよ」
初めて、羽川の声に苛立ちが混じった。
本が裂ける。内側から黒い尾と爪の影が伸び、羽川の背後へ獣の輪郭を作った。
『善性分離・白紙の怪異』。
抑えていた感情を、自分ではないものとして切り離してきた力。黒い爪が炎を切り裂き、二乃の肩を深く抉る。
二乃は吹き飛ばされ、石床へ転がった。
羽川が迫る。
「言わなかったことを臆病だと言うなら、あなたは言ったことで相手を縛っていないと言い切れる?」
「言い切れないわよ」
二乃は血を拭い、立つ。
「私は面倒で、重くて、自分勝手。そんなこと、あんたに教わらなくても知ってる」
手綱が二乃の両手首へ巻き付く。
「でも、嫌われないためにきれいな女を演じるくらいなら、全部見せて嫌われるほうを選ぶ!」
赤い炎が彼女自身を包む。
『告白暴走・全開』。
二乃は爪を避けなかった。肩を裂かせたまま距離を詰め、羽川の本を抱き込む。炎が表紙からページへ移り、他者の解答を1枚ずつ燃やした。
「自分の答えを言いなさい」
二乃の額が羽川の額へ触れそうな距離まで迫る。
「誰かが傷つくからじゃない。相手が困るからでもない。あんたは、どうしてほしかったの」
羽川の口が開く。
正しい答えはいくつも浮かんだ。相手の幸福を願う言葉。迷惑をかけたくないという配慮。選ばれなくても支えたいという善意。
だが、二乃が求めているのは、そのどれでもない。
羽川の本に、初めて1行だけ自分の文字が現れた。
私を選んでほしかった。
文字を見た瞬間、羽川の膝から力が抜ける。
精神的屈服の光が降りた。
それは愛の敗北ではなかった。自分の欲望を他者への配慮で包み、存在しないことにしてきた論理の敗北だった。
鐘が鳴る。
「勝者、中野二乃」
領域が消え、傷も炎も回復する。
羽川は立ち上がり、白く戻った本の表紙を撫でた。
「乱暴だね」
「今さら?」
「でも、答えは出た」
「次は自分で言いなさいよ。殴られないと分からないなんて、面倒な女」
二乃が背を向ける。
「それ、あなたに言われるんだ」
羽川の返事に、控え室から小さな笑いが起きた。
二乃は三玖の前を通ると、勝ち誇るように顎を上げる。
「待たなかったわよ」
三玖はヘッドホンへ触れた。
「でも、羽川が言うまで待った」
二乃の眉が跳ねる。
姉妹の争いは、もう次の段階へ進んでいた。
そして俺の掌には、同じ名を持つ男へ向かう2つの異なる輪郭が刻まれていた。静かに見てほしい三玖と、醜さまで逃げずに受け止めてほしい二乃。
同じ風太郎には、なれない。
その事実が、能力の熱より深く俺の精神を削り始めていた。