スーパー負けヒロイン大戦 完全順位決定 〜命を継げない異世界で、俺があの人になりきって救う〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
歌声が1音響いた瞬間、英梨々の描いた線がそれを切断した。
ランカは喉を押さえ、驚いて目を見開く。
領域に現れたのは巨大な白い舞台と、どこまでも続く画布だった。ランカの足元から音符が芽吹き、英梨々の周囲では色彩のついたペン先が旋回している。
「歌えば届くなんて、ずいぶん都合がいいのね」
英梨々は2本のペンを交差させた。
「直接言えないことを作品に逃がした人が、それを言う?」
ランカの反撃に、ペン先が鋭くなる。
「私は描いたものを本人に見せたわ。評価される場所へ出した。あなたは大勢へ歌って、たった1人にだけ通じればいいと思ってたんじゃない?」
英梨々の線が空中を走り、ランカの音符を四角いコマへ閉じ込める。歌の意味が場面ごとに分断され、ひとつの感情として届かなくなる。
俺は2人の武装を見定める。
「英梨々の概念武装は『描線隔壁』。言葉にできない感情を絵へ変え、相手との間へ置く。作品は橋であると同時に、直接触れられない自分を守る壁になる」
色彩の壁が幾重にも重なる。
「ランカの武装は『片道銀河歌』。大勢へ開かれた歌声に、たった1人へ向けた意味を潜ませる。聞く者が多いほど力は増すが、誰への言葉か曖昧になる危険がある」
ランカはもう1度息を吸う。
今度の歌は声にならなかった。胸の内で鳴った旋律が緑の光となり、足元から舞台を震わせる。
歌を切られても、歌う意志までは切れない。
「私は、みんなに歌った」
ランカが前へ出る。
「元気になってほしかった。笑ってほしかった。でも、その中にアルトくんへ届いてほしい気持ちがあったことも、本当だよ」
緑の光が四角いコマの内側から膨らみ、英梨々の描線を押し広げる。
「大勢への歌に隠した告白を、勇気と呼べる?」
英梨々が線を引き直す。
「彼が気づかなければ、みんなのための歌だったと言える。気づけば、私の歌だったと言える。どちらへ転んでも傷つかないようにしてたんじゃない?」
緑の光が止まる。
ランカの顔から笑みが消えた。
舞台に観客の影が現れる。無数の拍手。その中央に、ただ1つ空いた座席がある。
彼女が最も聞いてほしかった相手の席だ。
「拍手がどれだけあっても、その席が空いていれば、あなたは満たされなかった」
英梨々のペンが空席を黒く塗る。
「なのに、満たされない自分を認めれば、みんなへの歌が嘘になる気がした。だから笑った。歌姫として」
屈服判定の光がランカへ集まる。
控え室で結衣が胸元へ手を当てた。誰か1人へ向けた気持ちを、みんなのためという優しさへ包んだ経験を持つ者の反応だった。
ランカは空席を見る。
「うん」
声が震える。
「アルトくんに聞いてほしかった。ほかの人が喜んでくれても、アルトくんが見てくれないと寂しかった」
判定光が強まる。
「それでも、みんなが笑ったことまで嘘じゃない!」
ランカが両手を広げる。
舞台上の観客影が次々に灯りへ変わり、彼女の背へ集まった。
『星間片想い』。
1人へ届かなかった声と、確かに多くの人へ届いた声。その矛盾を消さず、1つの歌として抱える武装だった。
緑の波が描線隔壁を破る。
英梨々は後退しながら、巨大なキャンバスを展開した。そこに描かれるのは、幼い頃から共有した日々。近すぎたせいで恋と認識されなかった時間。創作者として並び立とうとした努力。
『幼馴染原画・未採用ヒロイン』。
描かれた英梨々が画面から飛び出し、無数の線となってランカを囲む。
「届いた人数で勝負する気? 私は1人だけに届けばよかった。その1人を振り向かせるために、才能も時間も全部使った!」
ペン先が剣のようにランカの歌へ斬り込む。
ランカは声の波で受ける。線と音がぶつかり、舞台の半分が白く消し飛んだ。
「でも、届かなかったんだよね」
ランカの言葉に、英梨々の動きが止まる。
「あなたも私も、届け方を選んだ。私は歌で、あなたは絵で。違うのは、届かなかったとき、誰を責めたかじゃない?」
英梨々の眉が吊り上がる。
「私は誰も責めてない!」
「本当に?」
ランカは歌を止めた。
静寂が、かえって英梨々の荒い呼吸を際立たせる。
「気づかない相手を。途中から来た誰かを。昔から一緒だったのに特別に見てくれなかった時間を。心の中で責めなかった?」
キャンバスの絵に亀裂が入る。
英梨々は強くペンを握る。
「あなたは違うって言うの?」
「責めたよ」
ランカは即答した。
「アルトくんを責めた。選ばれた人を羨んだ。私の歌を聞いてくれたみんながいるのに、足りないって思った自分も嫌いだった」
緑の灯りが1度消える。
それから、以前より柔らかな光で戻る。
「でも、歌ったのは私。届かなかった歌も私のもの。だから、届かなかった責任も私が持つ」
英梨々の描線が揺らいだ。
俺には、2人の差が見えた。
どちらも作品へ気持ちを託した。どちらも表現することでしか近づけなかった。だがランカは、作品が大勢へ届いたという別の結果を受け入れられる。英梨々は、1人へ届かなかった瞬間、作品まで敗北の証拠にしてしまう。
「英梨々は、彼に選ばれなかったことと、自分の絵が認められなかったことを結びつけすぎている」
俺の声に、英梨々が振り返る。
「違う!」
「違わない。絵を評価されれば、自分も必要とされると思った。だから関係が壊れたとき、才能まで捨てられたように感じた」
「黙れ!」
線の刃が審判台へ飛ぶ。結界がそれを弾いた。
英梨々の怒りは、俺へ向けたものではない。言葉として形にされた自分への怒りだ。
キャンバスが燃え上がる。
『筆折りの白紙』。
自分の作品を自分で消すことで、相手に否定される前に価値を奪う最終武装。白い波が舞台を飲み込み、ランカの観客も空席も光も消していく。
ランカは白の中で立ち尽くした。
歌うための舞台も、聞く者もいない。
それでも口を開く。
最初の1音は震え、2音目は掠れた。3音目から、声はまっすぐ伸びた。
観客がいるから歌うのではない。
選ばれるから歌うのでもない。
歌った自分を消さないために歌う。
『無観客アンコール』。
白紙の世界へ緑の振動が走る。消された線の1本1本が音階となり、英梨々の筆折りまで旋律へ変えていく。
「やめて!」
英梨々が叫ぶ。
「私の失敗を、あんたの歌にしないで!」
「失敗じゃないよ」
ランカは白紙を進む。
「届かなかった絵も、描いたあなたのものだよ」
英梨々はペンを振り上げる。
だが、描くべき線が出ない。
自分で白紙にした。自分で価値を消した。その論理のままでは、もう次の一線を引けない。
精神的屈服の光が英梨々へ降る。
「描きたい?」
ランカが問う。
英梨々の手が震える。
「誰に選ばれなくても、描きたい?」
長い沈黙のあと、英梨々の指からペンが落ちた。
「描きたいに、決まってるじゃない」
その答えと同時に、鐘が鳴る。
「勝者、ランカ・リー」
領域が消えた。英梨々は回復した手を見つめ、床にないはずのペンを探すように指を動かす。
ランカが笑う。
「次は、消さないでね」
「勝ったからって先輩面しないで」
「先輩じゃないよ。私も、まだ歌い直してる途中」
控え室へ戻る途中、英梨々は詩羽とすれ違った。
「作品を逃げ道にしたのは、あんただけじゃなかった」
「知っていたわ」
詩羽の返答に、英梨々は腹立たしげに笑う。
次の札が灯る。
谷川柑菜。
由比ヶ浜結衣。
2人は画面越しに同じ言葉を見たような顔をした。
友達になれそう。
だからこそ、負けたくない。