スーパー負けヒロイン大戦 完全順位決定 〜命を継げない異世界で、俺があの人になりきって救う〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「友達になれそうって言ったの、取り消す?」
結衣が笑って尋ねた。
柑菜は首を振る。
「取り消さない。友達になれそうだから、遠慮しない」
鐘が鳴る。
領域に現れたのは夏の湖畔と、放課後の教室だった。2つの景色が水面でつながり、夕焼けだけを共有している。
結衣の周囲には色とりどりの糸が浮かんだ。人と人を結ぶ細い糸。切れそうな関係を結び直し、自分が輪の中へ残るための糸。
柑菜の手には、透明な瓶が現れた。中には言えなかった言葉が液体となって溜まり、蓋が今にも弾けそうに震えている。
「結衣の武装は『やさしい群青結び』」
俺は糸の動きを見る。
「誰か1人を選べば関係が壊れると知りながら、全員が同じ場所にいられる形を守ろうとする。優しさであると同時に、終わりを先延ばしにする結び目だ」
結衣の笑みが少し硬くなる。
「柑菜の武装は『夏待ち密封瓶』。言えなかった感情を内側へ溜め、限界の瞬間にまとめて放つ。長く耐えた分だけ威力は増すが、届くときには遅すぎる危険がある」
「やっぱり、似てるね」
結衣が糸を指へ絡める。
「似てない」
柑菜は即座に否定した。
「私は言った。遅かったけど、言わないまま近くにいることを選ばなかった」
「それ、あたしが言わなかったって責めてる?」
「責めてる」
湖面が揺れた。
結衣が一瞬、作り笑いを忘れる。
柑菜は瓶を振りかぶり、石床へ叩きつけた。割れた瓶から透明な波が飛び出す。
『告白決壊』。
抑えていた言葉が衝撃波となり、教室の机を吹き飛ばす。結衣は群青の糸を網にして受けるが、1本ずつ切れていった。
「好きって言えば、誰かが困る。関係が壊れる。そんなの分かってた!」
柑菜が波の中を走る。
「でも、壊さないことばかり考えてたら、自分の気持ちは最初からいなかったことになる!」
透明な波が結衣の肩を打ち、彼女を教室の壁へ押しつける。
結衣は痛みに顔を歪めながらも、切れた糸を結び直す。
「いなかったことにはしてないよ」
「じゃあ、何にしたの」
「みんなと一緒にいたい気持ちにした」
群青の糸が太い縄へ変わり、柑菜の波を束ねていく。
「好きな人だけ欲しいわけじゃなかった。あの場所も、あの時間も、全部なくしたくなかった。どれか1つだけ本物で、ほかは言い訳だったみたいに言わないで」
結衣の背後に放課後の教室が蘇る。窓際の席、机を囲む影、ぎこちなくも続いた会話。恋だけでは説明できない居場所。
『3人分の放課後』。
糸が柑菜の手足へ巻き付き、湖畔から教室へ引きずり込む。
「好きって言って終わるより、言わないで続くものを選んだ。それも選択でしょ?」
柑菜は机へ叩きつけられ、息を詰まらせた。
核心だった。
告白だけが勇気ではない。失うものを知ったうえで関係を残すことにも覚悟はある。結衣は曖昧さへ逃げただけではない。曖昧なままでも大切だった時間を守ろうとした。
屈服判定の光が柑菜へ集まる。
柑菜は床を見つめた。
自分は言った。だが、言ったことで相手に答えを求め、すでに別の誰かへ向いていた心を揺らそうとした。遅れて差し出した正直さは、いつでも正義になるわけではない。
「私の告白は、自分が楽になるためだったかもしれない」
波が弱まる。
結衣の糸が締まる。
「海人に知ってほしいって言いながら、知らないままでいさせる苦しさから、私が逃げたかっただけかもしれない」
柑菜は目を閉じる。
それから、糸を握った。
「でも、知ったあとの答えを相手に返した」
透明な液体が、今度は彼女の身体の内側ではなく、握った糸へ流れ込む。
「断る自由も、困る自由も渡した。言わなければ、その自由さえ相手から奪うことになる」
群青の糸が透明に染まり、拘束がほどけた。
柑菜は立ち上がる。
「続けたい関係を守るために、相手が本当は何を望んでるか聞かなかったんじゃない?」
結衣の笑顔が止まる。
柑菜は一歩ずつ距離を詰める。
「3人でいたいって、八幡も雪乃も同じように望んでるって確かめた?」
「それは」
「確かめたら終わるかもしれないから、確かめなかっただけでしょ」
教室の机を結ぶ糸が震える。
「終わらせたくない優しさって、終わりたい人まで縛ることがあるよ」
群青の結び目に亀裂が入った。
俺は結衣の表情から、笑みが消えていくのを見る。
彼女は関係を大切にした。誰かだけが傷つくことを避けた。けれど、全員のためという言葉の中に、自分がそこへ残りたい願いも混ざっていた。
「結衣の武装は、切れた糸を結び直す。でも、切ろうとしている本人の意志までは見ていない」
「あたしが、みんなを縛ったって言うの?」
「縛った部分はある」
俺は答える。
「同時に、その糸に救われた部分もあった。だから単純に間違いとは言えない。問題は、いつまで結び続けるかだ」
結衣は唇を噛む。
「期限なんて、誰が決めるの」
「誰も決めてくれない」
柑菜が言う。
「だから、自分で決めるしかないんだよ」
透明な波が1本の時計へ変わる。針のない時計だった。待つ時間に終わりを付けられなかった柑菜自身の武装。
『夏の終刻』。
柑菜が時計の盤面を殴る。砕けた数字が鋭い雨となって教室へ降る。
結衣は糸を傘のように広げる。しかし数字が触れるたび、結び目に「いつまで」と刻まれていく。
いつまで3人でいるのか。
いつまで答えを待つのか。
いつまで好きではないふりをするのか。
結衣の足が止まる。
「じゃあ、柑菜は終わらせて平気だったの?」
糸が1本、柑菜の胸へ伸びる。
「告白して、選ばれなくて、友達の幸福を見せられて。それで、言ってよかったって本当に思えた?」
柑菜の時計に亀裂が入る。
「今も後悔してない?」
湖面に記憶の影が映る。言ってしまったあとの静けさ。選ばれた2人を見送る痛み。知らなければ、もう少し近くにいられたかもしれない未来。
柑菜の目に涙が浮かぶ。
「後悔したよ」
時計が崩れかける。
「言わなきゃよかったって、何度も思った」
結衣の糸が胸へ届く。
「でも」
柑菜はその糸を両手でつかんだ。
「後悔する権利まで、自分に渡したかった」
糸を引く。
結衣の身体が前へよろめく。
「誰かのために黙ったきれいな私じゃなくて、困らせて、泣いて、後悔した私でいたかった!」
柑菜は結衣を抱え込むように腰へ腕を回し、そのまま湖畔側へ投げた。
水面が大きく割れる。
結衣は糸を伸ばし、教室の机へつなぐ。落下を止めようとするが、柑菜が透明な波で糸を洗い流していく。
『善意解除』。
切るのではない。結び目をほどく技だった。
1本、また1本と糸が外れる。最後に残ったのは、結衣自身の手首へ巻かれた1本だけ。
手放せば、教室は遠ざかる。
握れば、自分がそこへ残りたいという願いを認めなければならない。
結衣は糸を見つめた。
「あたしは」
声が震える。
「みんなのためだけじゃなくて、あたしがあそこにいたかった」
糸が淡く光る。
「好きな人のそばに、友達の顔をしてでもいたかった」
それを認めた瞬間、武装は強くなるはずだった。
だが、結衣は続けた。
「でも、それで2人の答えを遅らせたなら、優しいだけじゃなかった」
群青の糸が静かにほどける。
精神的屈服の光が降りた。
結衣は抵抗しない。
湖面へ膝をつき、自分の手から離れていく教室を見送った。
鐘が鳴る。
「勝者、谷川柑菜」
領域が消えた。
柑菜はすぐ結衣のそばへ座る。
「友達になれそうって話」
結衣は目元を拭い、苦笑する。
「まだ有効?」
「うん。ただし、遠慮しない友達」
「それ、結構きつそう」
「お互いさま」
2人は立ち上がった。
控え室へ戻ると、詩羽が静かに言う。
「優しさにも期限がある、か」
一花が視線を落とした。小咲も何も言わない。誰かのために引いた者たちへ、柑菜の言葉は次々に刺さっていた。
俺は掌の印を押さえる。
4試合で、4つの選ばれなかった理由を見た。強引さ、遅さ、作品への迂回、優しさによる先延ばし。
どれも欠点だけではない。彼女たちが誰かを大切にしようとした形そのものだった。
欠点を消して想い人になれば、理解したことにならない。
だが、欠点まで肯定すれば、ただの迎合になる。
選ぶとは何なのか。
その答えが見えないまま、次の名札が赤く灯る。
五更瑠璃。
千石撫子。
黒猫は立ち上がり、闇色の裾を払った。
「さあ、蛇よ。あなたが隠した願いを、私の言葉で暴いてあげる」
画面の向こうで、撫子が初めて笑った。
「暴かれるの、そっちかもしれないよ」