スーパー負けヒロイン大戦 〜選ばれなかった16人の未練を断ち、最高のハッピーエンドを掴み取るIF救済劇〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「あなたのその衣装、誰に見つけてもらうためのもの?」
撫子の問いに、黒猫の足が止まった。
鐘が鳴る。領域へ黒い礼拝堂と白い蛇道が現れた。黒猫の背後には翼を模した影と無数の魔法陣。撫子の周囲には、視線を避けるように曲がり続ける蛇の抜け道が伸びている。
「愚問ね。これは私が私であるための聖装よ」
黒猫が指を鳴らす。魔法陣から黒い鎖文字が放たれた。
『堕天聖典・自己命名』。
自分で名付けた世界観を現実へ押し出す武装。理解されない趣味も、痛々しい言葉も、すべて「五更瑠璃」という少女が他人の評価から自分を守るために築いた城だった。
撫子は蛇道へ身を滑らせる。鎖文字は髪をかすめ、背後の白い道へ突き刺さった。
「自分であるため、かあ」
撫子は笑う。
「でも、本当に誰にも分かってほしくないなら、そんなに説明しないよね」
黒猫の眉が動く。
「難しい言葉を使って、分からない人を追い返して。それでも1人だけは、意味を聞いてくれるって期待してた」
白蛇が地面から立ち上がり、魔法陣へ巻き付く。
「『変な子だ』って言われても平気なふりをして、『それでも好きだ』って言う人を待ってたんじゃない?」
鎖文字が軋んだ。
俺は2つの武装を見る。
「黒猫の力は、理解されない自分を誇りへ変える。ただし、理解されたい願いを否定するほど城壁が厚くなる」
撫子の蛇道が黒猫の足元へ忍び寄る。
「撫子の武装は『無害擬態』。弱く、可愛く、攻撃されない存在として振る舞い、責任と選択を周囲へ渡す。だが、隠した欲が大きいほど蛇は太くなる」
「ひどい言い方」
撫子は頬を膨らませた。
その仕草すら武装だった。
黒猫は鎖文字を引き、蛇を空へ吊り上げる。
「私が理解を求めたことなど、最初から承知しているわ。だからこそ、理解しようとしなかった者へ媚びなかった」
「京介お兄ちゃんには媚びたよね」
撫子の声が低くなる。
礼拝堂の窓が割れた。
「好きな格好を見てほしい。作品を読んでほしい。妹より自分を選んでほしい。全部言えばよかったのに、格好いい言葉で包んだ」
黒猫の頬が赤くなる。
「あなたにだけは言われたくないわ。可憐な妹分を演じ、相手が勝手に愛してくれる筋書きへ逃げた蛇に!」
魔法陣が連結し、巨大な黒い門を作る。
『夜魔女審問』。
門から放たれた光が撫子の擬態を剥がしていく。おとなしい声、俯いた顔、決断を他者へ任せる仕草。その下から、選ばれたい、邪魔者を消したい、自分だけを見てほしいという赤い文字が露出した。
撫子は顔を覆う。
「見ないで」
「見るわ」
黒猫は一歩も引かない。
「ここは、醜い願いを隠して勝てる場所ではないもの」
「黒猫ちゃんは、醜くても見てほしいんだ」
撫子の指の間から瞳が覗く。
「だったら、見られたあと嫌われるのが怖くないの?」
黒猫の門が揺れた。
撫子が白い蛇を自分の腕へ巻き付ける。擬態を捨てた蛇は、細く弱いものではない。赤黒く膨れ、礼拝堂の柱を砕くほどの巨体へ変わった。
『可憐脱皮』。
「撫子は怖いよ。好きじゃない撫子を見られて、嫌いって言われるのが」
巨蛇が黒猫へ突進する。
「だから、好きになってもらえる撫子だけ見せた。黒猫ちゃんも同じ。違うのは、仮面が可愛いか格好いいかだけ」
黒猫は黒門を盾にする。衝突で礼拝堂が傾き、魔法陣が半数消えた。
核心だった。
2人とも仮面を選んだ。撫子は他人が好む自分。黒猫は他人に理解されなくても誇れる自分。方向は逆でも、「素の自分を拒まれる前に、見せる自分を選別した」という構造は同じだ。
屈服判定の光が黒猫へ集まる。
「あなたの闇は、拒絶されても傷つかないための予防線」
撫子が蛇の頭上から囁く。
「分からない人が悪いって言えるから」
黒猫は歯を食いしばった。
「そうよ」
光が強まる。
「私は、理解しない側を愚か者と呼ぶことで、自分を守った」
彼女は胸元のリボンをほどく。翼の影も門も消え、五更瑠璃という1人の少女だけが石床へ立った。
「でも、予防線の内側から出なかったわけではない」
黒猫の手に、小さな原稿束が現れる。
「読んでほしいと渡した。好きだと言った。格好悪く取り乱した。私は仮面が剥がれたあとも、彼の前から逃げなかった」
原稿が一羽の黒猫へ変わり、巨蛇の額へ飛び乗る。
『素顔の使い魔』。
小さな猫は蛇を倒せない。だが、爪を立て、鱗の隙間へしがみついた。
黒猫が撫子へ問う。
「あなたは、仮面を剥がされたあと何をした?」
撫子の笑顔が消える。
「怒った。世界を責めた。好きな人が自分を選ばない現実を、間違っていることにした。違う?」
巨蛇が暴れ、使い魔を振り落とそうとする。
「撫子は悪くないもん」
「その言葉が、あなたの檻よ」
黒猫は蛇へ飛びついた。鱗に爪をかけ、自分の身体ごと這い上がる。
「悪くない者は、選び直せない。失敗を自分のものにできないから」
撫子の周囲へ屈服判定が現れる。
それでも撫子は蛇を操り、黒猫を石床へ叩き落とした。黒猫の身体が跳ね、息が止まる。
「選び直すって、何を?」
撫子の声が震える。
「暦お兄ちゃんは撫子を選ばなかった。何を選び直しても変わらないよ」
「彼の選択ではない。あなたの選択よ」
黒猫は立ち上がる。
「愛される自分を演じ続けるか、愛されなくても自分の欲を引き受けるか」
魔法陣ではなく、黒い足跡が石床へ現れた。一歩ごとに、痛々しい台詞、失敗した告白、嫉妬、未練が刻まれる。
『黒歴史巡礼』。
黒猫は消したい過去を足場にして走った。否定せず、他人のせいにせず、自分の履歴として踏むたび速度が上がる。
巨蛇の顎が開く。
黒猫は飲み込まれる直前に横へ滑り、撫子の腕を取った。そのまま背負い投げるように蛇の頭から引き剥がす。
撫子の身体が石床へ落ちる。巨蛇が守ろうと尾を振るうが、素顔の使い魔がその目を塞いだ。
黒猫は撫子を押さえ込む。
「言いなさい。あなたは悪くなかったの?」
撫子は首を振る。
「撫子は」
「愛したことではない。愛されるために、自分も相手も物語へ閉じ込めたことよ」
長い沈黙。
巨蛇の輪郭が薄れる。
「悪かった」
撫子の声は、可憐でも恐ろしくもなかった。
「撫子も、悪かった」
屈服判定の光が降りる。
鐘が鳴った。
「勝者、五更瑠璃」
領域が消え、黒猫は撫子から離れる。
撫子は起き上がらない。
「認めたら、楽になると思った?」
黒猫が問う。
「ならない」
「でしょうね。でも、次は選べる」
黒猫は手を差し出した。撫子はしばらく見つめ、指先だけを重ねる。
控え室へ戻った黒猫へ、あやせが小さく言った。
「仮面を外しても、ずいぶん芝居がかっていますね」
「これが素よ」
即答に、あやせは呆れたように口元を緩めた。
残る第1回戦は1試合。
小野寺小咲。
中野一花。
2人の名札が灯ると、誰より先に三玖が画面へ近づいた。
撫子が認めた「自分も悪かった」という一言は、観戦していた全員にも残った。負けた者だけではない。誰もが、選ばれなかった原因を相手や運命へ預けたままでは次の戦いへ進めない。第1回戦の最後は、その事実を最も静かな2人へ突きつけようとしていた。